ハッピー・バースディ
「ええええーーーーーーっ!?」
事件発生を告げると、真っ先にビセットが不満の声を上げた。正面に座っているルシードはその大音量を最も多く受けることになり、仏頂面をますますしかめた。
「しょうがねぇだろ。おら、さっさと支度してこい」
「でも……」
ビセットだけならまだしも、普段はこういう時に異論を唱えないフローネまでもが渋った様子なので、ルシードは少なからず戸惑いを覚える。けれど、結局彼女は武器を取りにすぐに部屋に走っていった。他の戦闘員メンバーも一度部屋に戻っていく(ビセットは武器がないので例外だが)中、彼は首を傾げるしかなかった。
「なんだってんだ?」
「ルシード、今回は俺も行こう」
いつもは事務所で待機しているゼファーも、そう申し出てくる。
「あ、ああ、かまわねぇが」
「ご主人様〜!」
服の裾を、ティセが引っ張る。
「がんばってくださいね〜! ティセ、お掃除もお洗濯もいつもよりがんばってますから〜!」
「準備終わったよ!」
だだだっと、いっせいにメンバーが階段を駆け下りてきて、むんずとバーシアがルシードの腕をつかんだ。
「ほらほら、さっさと行ってさっさと終わらせるよ!」
「おーっ!」
彼らがはりきる理由に、ルシードは結局現場につくまでに気づくことができなかった。
事件は、轢き逃げで、場所は新市街のノワ・ルーナ通りあった。それだけなら交通秩序保全部の管轄だが、現場に微量だが魔力の痕跡を認めることができたので、<ブルーフェザー>の出番となった。
「うーん……」
「なんだろうね、この魔力」
全員で魔力を調べていたが、はっきりと何と特定できず、ビセットとルーティが首をひねった。
「自動車自体に魔力があったわけではなさそうですね、センパイ」
「そうだな。けどただ積んであったものにしては魔力が強い」
「ゼファー、なんかわかった?」
バーシアの言葉に、ルシードはほんの少しだけ肩を揺らした。
今のリーダーは自分だ。それは<ブルーフェザー>の誰もが認めている。しかしいざというときにはゼファーの判断力と知識が頼りにされるのだ。もう、二年もリーダーとしてやってきたのに、それは変わっていない。
「……ルシード?」
ぼんやりしているところに、ゼファーが声をかけてきて、彼は思わず目の前の青年を睨んでしまう。深い色の、切れ長の瞳を。
「聞いていなかったようだな?」
「ん? ああ……悪い。何だって?」
ゼファーはただ微笑むだけだった。すべてを見透かされているようでいやになる。年齢の差だけでなく、リーダーとしての経験の差も原因なのだろう。
「何人かに別れて捜索した方がいいと言ったんだ」
「そうか。そうだな。ここにはもう手がかりはねぇようだし。じゃあ、ビセットとバーシアは西のほうを、ルーティとフローネは東だ。聞き込みを中心にして、随時連絡を取り合うこと。ゼファーは俺と一緒に南だ」
「わかった」
「じゃあ、あとでねみんな」
やはりはりきった様子で、それぞれ走っていくメンバーの後ろ姿が腑に落ちないで、ルシードは再度首をひねった。が、今はそれどころではないと思い直して、ゼファーとともに南下しつつ情報を集めた。
車の特徴は、幸い軽傷ですんだ被害者がしっかり覚えていた。緑の軽トラックだという。それ自体はめずらしくはなかったが、人を一人はねたのだ。車体に目だったへこみがあるだろうと仮定して聞きこみをしていくと、それらしき車はすぐに絞りこめた。
「十分くらい前、ここを通ったってよ」
「そうか。やはりこちらが正解だったな」
また鷹揚に微笑みかけられ、ルシードは憮然とした。いつまで経っても、この幼馴染みには追いつけないような気さえする。昔から、一つ成長するたびに大きな隔たりを感じていた。
「どうした?」
「……別に」
不機嫌を隠そうともしないまま、彼は歩き出そうとする。すれ違う瞬間――頭の上に温もりと重みを覚えた。
「な、何だよ!」
頭に手を置かれたのだとわかった彼は、振り払おうとして飛びのいた。二人の青年の間に空間ができる。そうして初めて、彼はゼファーの深い緑色の瞳にどんな表情が浮かんでいるのかを目にした。
ただ、真っ直ぐな瞳。
「俺が出てくる必要はなかったな」
「な、なんだよ急に」
思いがけない台詞で、彼は戸惑った。彼にしてみれば、ゼファーがいなければ行動が遅れていただろうと思っていた。この手の捜査では、決断の遅さが致命傷になる。
「今日はなぜ、みんながはりきっているのか知っているか?」
「……いや。何かあったか?」
素直に訊き返すと、ゼファーは笑みを深くした。彼が歩き出したので、ルシードもそれに続いた。
「お前の誕生日だろう?」
「あ――!」
「忘れているところが、お前らしいがな」
「で、あいつら俺に隠れてパーティの準備でもしてたのか?」
「ああ」
胸がこそばゆくなって、ルシードはなにも言えなくなってしまった。去年もパーティをして祝ってくれたが、面映さには慣れることができない。
「そのために、早く事件を解決しようとしている。これがどういうことかわかるか、ルシード?」
「あ?」
「みんな、お前を頼りにしている」
ルシードは目を見開いた。次いで、紅潮する頬を隠そうとして俯き、早足になる。
「そんなことねぇよ。あいつら、すぐサボろうとするし普段はちっとも俺の言うこときかねぇし……」
「だが、お前についていこうとしている。見ていればわかる」
立ち止まり、振りかえったルシードの視線の先で、ゼファーが強く頷いた。
「もちろん、俺も同じだ」
「ばっ……!」
今度こそ、あからさまにルシードの顔は赤くなった。急激な変化だったため、隠すこともできなかった。
「バカなこと言ってねぇで、とっとと行くぞ!」
きっと、照れ隠しということも悟られてしまったに違いない。
「かんぱーい!」
ひときわ大きなビセットの声と、グラスの触れ合う音が混ざり合う。口々に、祝いの言葉が発せられる。
「ほんと、はた迷惑だったよなー」
ジュースを一気に飲み乾して、ビセット。そのはた迷惑な轢き逃げ犯を捕まえたのは彼だった。
「でも、気持ちはわかるわ。病気の娘さんのために、急いでいたんでしょう」
フローネはどこまでも温和だ。彼女にも遠いところで静養している妹がいるから、より理解できるのかもしれない。
轢き逃げ事件を起こした男は、魔法で無理やり成長を早めた桜を持っていた。今は冬、そのさなかに開花させるのだから、使用される魔力の量は膨大になり、それが痕跡として現場に残っていたのだった。病気で長いこと外に出たことのない娘のために、娘の好きな花を持っていきたかったのだと涙ながらに男は話した。その娘は、二日後に手術を控えているのだそうだ。
「あのおじさん、どうなるのかな?」
「事情が事情だから、それほど思い罰にはならないと思うけど。幸い被害者の人もひどい怪我は負わなかったのだし」
「あう〜」
わかっているのだかいないのだか、ティセも神妙な面持ちで頷いている。
(まったく、こいつらはそろいもそろってお人よしだよな)
胸の中で憎まれ口を叩くルシードの頬には、本人も知らないうちに優しい微笑が浮かんでいる。
困っている人がいたら、声をかけずにはいられない。悩みを打ち明けられたら、一緒になって考える。そんな仲間に生まれた日を祝福されるのが、嬉しかった。祝ってくれる気持ちがありがたかった。
「あ、ルシードもっと食べろよ。俺が全部もらっちまうぞ」
「だめですぅ! これはご主人様のなんです〜!」
「こら二人ともやめなさい!」
バードソング・リバーのせせらぎの中、にぎやかな笑い声は絶えることなく響いていた。
ルシード誕生日おめでとうなお話です。
レポートの直後に書いたからちょっと
変かもしれません……。ティセとか久しぶりだから
戸惑ったところもありましたし。
『悠久』シリーズのいいところは、友達を
思いやる気持ちをたくさん盛り込んでいる
ところだと思います。シリーズは終わってしまったけど、
創作はまだ続けていきたいです(^^)。