彼女は銀の烏と笑う






 その仕組みを知らなくても、使い方さえわかれば誰にでも使えるものというのは、かなり問題だと思う。





 漫画アニメ小説において、昼食は中庭や屋上で取るものということになっているのはなぜだろうか。中庭なんぞ草むらである。そんなとこに座ったらスカートが汚れる。わざわざ敷物を持参してまで、そんなところで弁当広げたくない。屋上は風が強いからほこりっぽくて以下同様。

「だけど、何でか知らないけど、ほとんどの人が昼は外で食べるよねぇ」

私が御飯と鮭を一緒に口に入れながら言うと、正面に座る友人は「それは」と目で外を示した。

「うちの学校、中庭綺麗だもん。広いしベンチも多いし。それに汚れが気になるなら、敷物じゃなくても新聞紙でも持ってくればいいことでしょ」

「そうだけどさ」

「あんた、単に人に逆らってみたいだけでしょう」

この子は朝雁(あさかり)高校――通称朝高――に上がってからの友達だけど、なかなか私に対する観察が鋭い。名前は山本有香。先月誕生日だったからもう十七歳で、染めてないショートボブの黒髪と切れ長の涼しげな目元が印象的。学校でも男女問わず人気がある、なかなかの美人だ。

 たいして私、秋津朱鷺緒(ときお)は……。腰までのながーい髪を丁寧に毛根から毛先まで茶色に染めてるのはいいけど、それをきっちり三つ編みにしている。そして眼鏡は黒縁。ブレザーの制服のスカートはまったく改造なしの膝下十センチ。ここまで言えば誰にでも予想できるとおり、性格もクラスでの位置づけも含めて、まあいわゆる地味で目立たなくていなくなっても誰も気にしない、というタイプだ。

 それはさておき。

「まあね。でも外で弁当に関しては、中庭に集まる人数が多そうだから、そんな落ち着かない昼食タイムは遠慮したい、ってことなんだけど。今夏だし」

「それはそうかもしれないけど、たまには外で日光浴びながら食べるのもいいんじゃない? 身体にもいいらしいよ」

「ああ、ビタミンEが生成されるもんね。でも人が多いのは――」

 私の言葉の途中で、がらんとした教室に突如高い音が鳴り響いた。ケータイの呼び出し音にとてもよく似ているが、大急ぎで私がスカートのポケットから取り出したのは、掌サイズのコンパクトだ。

 頬が緩まないよう気をつけながら、ぱかりと蓋を開ける。私の向かいで、有香も同じものを手に持って、同じ動作をしているのが見えた。

本来鏡があるべき部分には、私ではない人の顔。まだ二十代半ばほどの男性は、もうすでに私達にとっておなじみの相手だ。

『山本君、秋津君!』

勢いよく、彼は私達を呼んだ。

『本日十一時五十分、札幌市東区で条例違反の魔法を使用した男が、数人の市民を負傷させて逃亡した! 直ちに男の捕獲に向かってもらいたい!』

「っしゃあ!」

そっこー私は叫んだ。いつもいつも、この瞬間のためにわざわざこの教室を私と有香二人の空間にしているのだ!

『可能ならば、二十四時間以内に男の追跡・捕獲をすること。できない場合も男の素性と事件の詳細は報告書にまとめ、提出すること。以上だ』

「はい、りょーかいです隊長!」

ほんとは『支部長』だけど、今のノリとしては『隊長』がいいだろう。私はびしっ! と敬礼までして、椅子を蹴って立ち上がる。

「行こう有香! 天と地と人が私達を呼んでいる!」

「時代劇みたいなフレーズねー。まあいいけど、授業さぼれるし」

「じゃ、先生に早退届け出してこようか」

 こんなとき早退の理由は、『一身上の都合』で公式には受理される。ただ、休んだ授業の分はあとで必死で取り返さなきゃならないけど。

 それもこれもすべて、私達が『魔女』だからだ。




 そもそも、大昔から『魔法』『魔術』と呼ばれる力のことは、常に人の意識の中にあったと言える。シャーマニズム、儀式、乱暴だけど、すべて魔法につながると考えられないこともないからだ。そしてそれが実在するかどうか、人は長い長い間論争を繰り返してきた。だけど、「ある」「ない」なんて、証明できなかった。それはもちろん、どちらにしても決定的な証拠がなかったためだ。

それが、西暦2035年になって、ようやく不毛な水掛け論に決着がついた。ことの初めから説明すると長いから省くが、ある物理学者がある研究をしていたら、副産物として魔法の存在が明らかになってしまったのだ。発見者が物理学者というのは皮肉だが、その学者の偉いところは、現実逃避することなく魔法の仕組みから理論までを解明したところだろう。彼がそれを学会で発表してから、魔法の体系・使い方の分野で研究が進んでいる。

私が日本の北海道に生まれたのが、西暦で2087年。魔法発見から52年後だ。そのころ、魔法に関するとんでもないことがわかって、世界的に大騒ぎになっていた。




 札幌市は、造られたときから碁盤の目状の街だ。方角と目的地の住所さえわかれば、ほとんど道に迷わない。……逆に言えば、それを把握できなければ、最悪なまでに迷う。

 この<仕事>を初めてから、脳内マッピングも自然にできるようになった。いいことだ。

「ううん。二十四時間以内は無理そうだねぇ」

 私達は、夜の札幌をひたすら走っていた。移動手段を交通機関とかに頼らなくていいっていうのは、魔法の便利な点の一つだ。さすがにほうきには乗らないけど、身体能力をあげることができるから、歩くだけでもかなりの速度になる。走ったらそう……車と競争ができるかな。

 そろそろ日付が変わる。私と有香は<ターゲット>を探すために別れて捜索に入り、ついさっき合流したところだった。私達以外にも何人か――もちろん、傷害事件だから警察も――<ターゲット>を探すため動いているはずだけど、どうも相手はかなり上級の使い手らしい。力が大きいだけでなく、多分頭もいい。

「事件発生から約十二時間経過、か。どうする、一度<会社>に報告に戻る?」

 夜が来てもむわんと熱い札幌の夜の中で、そう尋ねてきた有香だけが涼しげだ。身体にぴったりとした黒いボディスーツは、有香のスタイルの良さを際だたせている。背、高いしなぁ有香は。

「そして……あんた……いい加減その格好どうにかしてよ」

 やり手のスパイみたいな服装の有香は、じとっとした目つきで私を上から下まで眺めた。まあこれはいつものこと。私も、いつもと同じように拳を握って勢いよく答える。

「黄金律っていうのは、少しも崩さないように守ってこそのもの!」

「……あんたの場合、守る価値あるの?」

 有香の表情は、さらに疲れたようなものになる。

 今の私は、昼間に街中を歩けば(夜も)十人中五人が見て見ぬふりをし、四人が警察に通報するであろう姿をしている。

 つばの広い、円錐形に尖った帽子(先端は折れている)、ふりふりレースが盛りだくさんのフレアワンピース(色はオレンジで超ミニ)、三つ編みにしていたおかげで茶色の髪はふわりと背中に流れている。んでもって、白のニーソックスとローファー着用。

「何を言いますか有香ちゃん。これこそが『魔女っ娘』じゃないですか」

 私は、あらぬ方向を見てふぁさっ、と髪をかき上げる。見えない角度で、有香はきっと生暖かい顔をしているに違いない。

 魔女っ娘。1980年代に流行ったらしい、日本のアニメジャンル。今の私みたいなかっこうに変身して、ステッキなどのアイテムを持っていたりお供に小動物がいたり人を幸せにしたりアイドルになって歌を歌ったり、まあ苦労して探し当てた資料ビデオによると、そんな感じだった。もちろんそんな古い、しかもアニメに興味を持ったのは、今私達が所属している組織、通称<会社>からのコンタクトがあってからだ。

<会社>は、正式には国際魔法擁護団体日本支部。活動内容と目的は、『魔法』とそれを使う者を守ること。

 魔法発見以降、三十年くらいは何もなかった。科学技術方面は発達したけど、それでも昔のアニメのように、指一本で何でもできたり宇宙旅行に一瞬で行けたりなんて、それこそ『魔法みたいな』変化はなかった。でも、ある日突然、一人の小さな子供が魔法を使ったのだ。

そのときまで、魔法を使うには、通称ステイオンという石が必要だとされていた。ステイオンは例の物理学者の本来の研究の副産物で……まあ、できた経緯とかは難しいから省こう。

 だけど、学者達が魔法の研究を進める中で、子供の魔法使用事件が起きた。そしてそれ以降、その子供と同じように、ステイオンなしで魔法を使うことのできる人間――魔法士が、世界各地で確認され始めた。

 国際魔法擁護団体の発足理由は、そこにある。世界中の魔法士を把握・保護するための団体で、魔法士は団体への所属義務を、国際魔法使用条例で定められている。生まれたときに適性検査があって、魔法士だと確認された時点で団体に登録されるんだけど、それについての説明はある程度の年齢に達してから、ということになっている。ま、確かに幼児に説明してもわけわかんないだろう。私も未だにマニュアル見ないとこの辺よくわかんないし。

 私の場合、高校入試終了直後に、<会社>の人と会って魔法士だと説明されて、二年経つわけだ。有香も同じようなもので、<会社>の建物で会ってから友達だ。同じ高校というのはそのときに知ったけど、有香以外にも朝高には魔法士がいる。その人達とは、必要以上に親しく話したことはない。クラス・学年が違ってしまうとどうにも学校では話しにくいし、<会社>の建物に行ってもいつも会えるわけじゃない。その人達も、やっぱり私達と同じように、頻繁にそれぞれ仕事が割り振られるからだ。

「朱鷺緒」

 有香が、夜空を見上げて私を呼んだ。私も気づいている。奴らが帰ってきたことに。

「お帰り。何か見つかった?」

 まず有香が、細い腕を掲げた。そこに降りてきた影が、ばさりと音を立てて翼を畳む。――それは有翼の、巨大な蛇。……うーん、いつ見ても有香と翼蛇のツーショットは迫力だ……。知らない人が見たら、有香が襲われてるとしか思わんだろうな。

 翼蛇は、恭しく有香に鎌首を下げて、

『マスターを中心とし、半径四キロに渡り捜索いたしましたが、魔法力は痕跡すらも感知できませんでした。この領域にはいない、と判断してよいと考えます』

「そう。ごくろうさま、クロス」

 クロス、というのがこのとても礼儀正しい蛇さんの名前。有香の使い魔なんだけど……命名は私なんだ。だって有香、「ポチ」とかつけようとしてたから……。

 一応説明すると、使い魔は私達の魔法力を吸収して生きていて、それぞれに特殊能力も持っている。分類すると二種類あって、一つはその辺にいる小動物に魔法力を与えて使い魔に変化させられたものたち、それから私達自身の魔法力を凝縮して創り出したもの。私達の場合は二番目のほう。

 さて、クロスは帰ってきたけど、うちの使い魔どうしたろう。使い魔と主は一心同体だから、あんまり離れすぎると使い魔が消滅してしまう。主の魔法力の高さによって、移動範囲は広くなっていき、有香の場合はさっきクロスも言っていたように半径四キロ以内、私は少し広くて半径五キロ。だから、帰りがちょっぴり遅くても変ではないんだけど……。

『朱鷺緒殿』

「ん?」

『インウからの伝言を預かっておりますが』

「伝言?」

インウは、私の使い魔だ。自分は戻ってこないでクロスに伝言だなんて、何があったんだろう。

『直接の手がかりではないかもしれないが、目撃証言との合致点を持つ男を発見したと。彼と別れたのが十分四十三秒前、場所は大通公園でした』

「……大通公園て……」

 いちいち解説するのも馬鹿らしい、昔からの札幌観光名所の一つだ。環境保護とかで2010年から植林されて、今じゃ大きな並木道のようになっている。その一方の端にあるテレビ塔という鉄筋タワーは、昔は中に入れたらしいけどもう封鎖されている。

「朱鷺緒」

 同じことを考えたのか、有香が私を呼んでこくりと首を縦に振った。そう。あり得ない話じゃない。

「ここから全速力でどれくらいかかるかな?」

現在地は、札幌南区の端。大通公園は北になるけど、道なりに移動すると面倒くさそうだ。

「直進で5分前後ってところ。朱鷺緒、悪いけどあんたにかまわないで行くから」

 使い魔の使役範囲は私のほうが勝ってるけど、純粋に魔法を使う能力は断然有香が上。同じことをしても、私は絶対有香に負けるんだ。

「了解。先にテレビ塔に入っててもいいよ。一分くらいの遅れにしかならないと思うし、クロスとインウがいるしね」

 魔法を使って全力疾走した有香には、私は追いつけない。二人とも了解済みだから、有香はもう一度うなずいただけですぐに走り出した。もちろん、私も。

 しばらくすると思った通り、距離が開いてしまう。走り出してすぐ、私達はビルの屋上まで駆け上がって、屋根づたいの移動に切り替えたんだけど、有香の細い後ろ姿は軽やかに鮮やかにどんどん跳んでいって、今は暗さのせいもあって目で追いかけることもできなくなった。

(有香……)

 有香は、私よりずっと冷静だし、頭もいい。魔法の力もあるし、クロスとのコンビネーション攻撃は、私達の<会社>支部の中でもトップクラスだ。

 でも、だからって。

(私にもこっち方面の力が、もう少しあればなぁ)

 心配にならないわけない。力が足りなくて、悔しくないはずなんかない。

「いざとなったら……頼むよインウ」

 私は自分の使い魔のことを思い浮かべた。




 有香は、テレビ塔の入り口を封鎖する頑丈な扉を、まったく傷つけることなく通り抜けた。テレポーテーションだ。魔法というのはイメージを具現化する力だから、これくらいのこともできるようになれる。要は、想像力が鍵というわけだ。

『マスター以外の魔法力の気配はありません。ですが、ご注意ください』

「わかってる」

 クロスは自分の羽根で宙に浮き、有香と一緒に前進を始めた。しかし数歩も進まないうちに、彼女は動きを止めて自分の周りに守りの魔法を展開した。

 直後、激しい衝撃に魔法の防御壁が震えた。その中にいる有香は目を細めたものの、いつもの冷静さを少しも揺らがせずにいた。

「逃亡中に、魔法を使用しての攻撃なんて……。捜索に出てる魔法士が、今ので完璧にあんたに気づいたよ」

「ふふ……。気の強い女だな。魔法力もなかなかだ」

正面から、男の声が近づいてきた。暗くて有香にはよく見えない。有香は防御壁を解かず、相手の出方をうかがっていた。そして、目線で傍らの使い魔に合図を送った。

「しかし、気づいたところでどうにもならんぞ? この空間で使った魔法は、一切外へ漏れることはない。そしてさらに言えば、ここはテレビ塔の中ですらない」

 この場は、テレビ塔の中と考えるには広すぎると、闇の中でも感じられる。だが同じ現象を、有香はすでに知っている。

「空間歪曲……」

「ご名答だ。空間をねじ曲げ、外界との接点を限りなく小さくする。破るための方法も、その様子だと知っているな?」

 空間歪曲は、魔法の用法としては、かなり高度な部類に入る。高い魔法力は勿論のこと、『空間をねじ曲げ、外界との接点を限りなく小さくする』現象を、より具体的にイメージできなければならない。

 破る方法は二つ。術者自身の意思で解くか、外との接点である箇所に強力な魔法力をぶつけ、無理矢理に無効化するか。しかし、一人の魔法士の力では二番目の方法は不可能に近い。

 有香は、何も反応しなかった。背中に隠したクロスに右手で触れて、じっと相手のいるだろう暗がりを凝視するだけ。

「助けが来る可能性は、ゼロだ。というわけで、君はここで死ぬ。死体くらいは外へ戻してあげよう。安心するといい」

 ――いつも思うが、その台詞の何をどう安心しろというのだろうか。さらに言うと、どうして無条件に自分の優位を信じていられるのか。

「空間歪曲なんて、あんたが思ってるほどすごいもんじゃない。私の相棒だって、こんなこと簡単にできる」

「だが、その相棒とやらは今ここにはいないんだろう? 負け惜しみにしか聞こえないな」  ――ん、そろそろだね。力もたまったし。

『有香、クロス。もういいぞ』

 男と有香の間に、第三の声が割って入った。

「遅いよ、朱鷺緒!」

 有香がそういって防御壁を消し、クロスを身体の前に持ってくる。

そこで一度、<私>の視界は切り替わる。私の前には、テレビ塔を封鎖する扉。

「同時に行くよ、有香!」

 私は叫び、扉に向かってありったけの力を放った! 白い光が弾け、すぐに消滅する。でも力自体が消えたわけじゃない。目に見えなくなった分、私の力は強力になっている。

「空間歪曲、解除ぉぉぉぉっっっ!!!」

 私の力を、テレビ塔の内部から押し返す力を感じる。有香だ。空間歪曲を強制的に解くためには、強い魔法力が必要とされる。私と有香二人分の力、それも内と外からの同時攻撃なら、絶対に空間歪曲は解除できる!

 数瞬後、均衡を保っていた二方からの力は、同時に中間地点の空間に吸い込まれ始めた。ねじれた空間ごと、消えているのだ。その手応えを確認して、私はすぐにテレビ塔の中に走った。

「有香!」

「到着時間に差がありすぎだよ、朱鷺緒」

 元の広さに戻ったテレビ塔内部、そこには中背の中年男と有香、そして有香の使い魔クロスの――人型をとった姿があった。魔法士が創り出した使い魔は、主から送り込まれる魔力の量により、姿を変えることができる。今のクロスは、背中に翼を生やした長身の青年に変化している。……小麦色の頬のあたりに、鱗がちょっと見えるのがご愛敬だ。

「仲間がきたか。だが同じこと! お前達を殺して逃げればいいだけの話だ!」

「いや無理。私とおっちゃんじゃ、力に差がありすぎる」

 さらっと言い返すと、男はすごい顔になった。

「ガキが生意気なことを! 空間歪曲を解いたくらいでいい気になってるのか!?」

「あんなもん、どうでもいいよ。そうじゃなくてさ」

 私は、右腕を持ち上げた。男は身構えたが、この動作は攻撃ではない。<彼>を迎えるためのもの。

「綺麗でしょう? 私の使い魔」

 腕に、光が降りる。鋭いくちばしの烏は、その全身に夜の黒ではなく月の銀を持っている。瞳は金に輝いて、男を威嚇するように睨みつけている。

「さっきから、この子はこの場所にいたんだよ。だけどあんたは、まったくそれに気づかなかった。私がこの子の目を借りてここを観察していることにもね」

「何だと……!?」

「つまりあんたは、私より数段弱い」

 使い魔の存在を、気配ごと隠してしまうだけの力を私は持っている。有香の得意とする魔法使用分野はまったく駄目だけど、私は使い魔に関係する魔法に特に秀でている。

「銀の烏だと……!? まさか、お前があの……!?」

「わあ有名人だ。すごいね」

「そんな変なカッコしてるんだから、目立つし噂になるに決まってるでしょう」

 ……有香のつっこみは無視して、私は長い髪をかき上げた。同時に、銀の烏が宙へ舞う。

 そして、爆ぜる光。

「国際魔法擁護団体日本支部所属、魔法士秋津朱鷺緒。人呼んで『烏の魔女』!」

「……恥ずかしいから、いちいち言わないでよ、それ」

「有香ちゃんほっといて趣味なんだから」

そんなやりとりさておいて、私は改めて男と対峙する。光はすでに形を取って、私の隣に佇んでいる。

普段は銀の烏であるインウは、クロスと同じように人型になれる。銀の髪に金の瞳の少年に。

「インウ、行くよっ!」

「……さっさとこうすればいいだろ。回りくどい奴だな」

 冷めた口調で言ってくるインウの後頭部に、私は平手を叩き込む。

「つっこみ入れてないで、さっさと行く! 有香とクロスも!」

「回りくどいのはいつものことだよ」

「妙に登場のタイミングがいいのも、いつもですね」

「だからそういうコメントはあと!!」

 ええい中途半端なノリで。

 インウ、私、有香、クロスはともかく同時に男に向かっていった。

 これで終わる可能性が高かった。そもそも、もしかするとインウを人型にする必要もなかったかもしれない。

 それでも、私がそうしたのは。

「……ふふふふふふふ」

 男が、唐突に笑い出した。

「馬鹿めが! 俺にはなぁ、切り札があるんだよ!!」

 男の右手が、ズボンのポケットから何かを取り出した。直後、身体の前面に衝撃があって、背中から地面に叩きつけられた。

「朱鷺緒」

 身体を起こすと、インウがそばに来て鋭く私を呼んだ。私ももうわかっている。男が何を持っているのかを。爆発的な魔法力の増幅は、それでしか説明できない。

「ステイオン……!」

 魔法が現実のものとなってしまった、そもそもの原因である石。製造法は数十年前に完全に隠滅させられたのに、石自体は今でも、どこからか流れて時折こうして現れる。

国際魔法擁護団体は、ステイオンの回収も任務としている。魔法の力を持たない人はもちろん、魔法士がステイオンを手にすると、一瞬にして手に入れた強い力に夢中になって、犯罪に走る例が圧倒的に多いんだ。

 そう、この男のように。

 ステイオンは、魔法を使おうとする意思に反応して力を発揮する。つまりは、魔法の力を必要としない限り、存在がわからない。発揮された力も、もともと使用者が持っていた魔法のそれなのか、実際に目にするまでわからない。すごくやっかいなものだ。

 この男は元からの魔法士だろうけど、だからこそ魔法をよくわかっていない典型的な例だ。魔法士は生まれつき魔法を使えるから、魔法のなんたるかを研究したり知ろうとしないことも多い。私も……少し前までそうだった。

 その仕組みを知らなくても、使い方さえわかれば誰にでも使えるものというのは、かなり問題だと思う。

「インウ! 右!」

 インウに指示を出しつつ、私は左から男の横に回り込もうとした。ステイオンを取り戻さないと、大変なことになる。

「無駄だぁ!! ステイオンがある限り、お前らは死ぬ! 死ね死ね死ねぇ!!」

 ああくそだめだ。こいつ暴走してる。力に舞い上がってる。

「こンの……大馬鹿野郎がぁぁぁっ!!」

 炎を!

 私が念じたとおり、巨大な火の玉が現れ、男を呑み込まんと突撃していく。

 だが。

「無駄だぁ!」

 私の炎を消したのは、水でも氷でもなかった。

「風!?」

 炎の力を、何倍にも増加させることもできる風、言ってみれば炎にとても親しい属性の力で、打ち消した!?

「ならば私達で!」

 すぐにクロスが飛び出し、有香が掌に力を集中し始める。

「攻撃力及び瞬発力、上昇」

 呟きと同時に、有香が放った力はクロスに命中する。クロスを攻撃の要とし、彼の力を状況に応じて的確に上昇させ、戦うのが有香達の戦闘方法なんだ。

「朱鷺緒、俺達も」

「うん」

 そして、私達は。

 図ったように同じタイミングで、走り出す。

「――!」

 有香達の攻撃を隠れ蓑に、一気に男との間合いを詰めたインウの蹴りが、男のこめかみに振り下ろされようとする。まさか肉弾戦で来ると思わなかったのだろう、男の反撃に少しの遅れがあった。

「うまい!」

 男がインウに何かの攻撃をするより先に、私は力を放っていた。今度は、雷だ。直接の弱点につながる属性はない上、さっきの炎よりも威力を強めておいた。完全に相殺されることはなく、いくらかのダメージは与えられるはず!

 雷の先で、男が動く。男も、力を放出した。――雷を。

 中間で、力がぶつかり合う!

「っく!!」

「朱鷺緒!!」

 有香が叫んで、すぐにクロスの悲鳴が聞こえた。多分援護に来ようとして、攻撃されたんだ。能力上がってるクロスと私を、二人同時に相手なんて……。

(やばい!!)

 しかも、私が押され始めている!? 回避しようにも、ここで力を抜いたらまずやられる。だけど、でも。

 考えていたのは、ほんの短い間だった。でもそれが、命取り。

「朱鷺緒――!?」

 有香の、声。

 目の前が真っ白になる。反射神経だけで動いたけれど、右の脇腹に何かがかすっていった。

「朱鷺緒殿!?」

 視界が回転して、ああ倒れたんだと少し遅れて思った。脇腹が……熱い。全身が冷たい。

「撃たれ……た……?」

「朱鷺緒殿、口をきいてはなりません。今回復を」

 冷静なクロスの言葉、熱い箇所に流れてくる、気持ちのいい力。有香の癒しの力。

「有香……」

「自分でやる、なんて言っても駄目だからね。あんた、こっち系の力は使えないんだから」  その通りだった。この治癒の力も身体能力を高める方面の魔法の使い方だから、私はちょっと苦手なんだ。

「まったく……今回も朱鷺緒殿がすべてご自分でおやりになったようなものですね」

 鱗はあるけど美形なクロスの顔を間近で見られて嬉しい私に、彼は溜息つきながら言った。

「結果的に、いつもあんたにおいしいところ持っていかれてる気がする。つくづく目立つの好きだよね」

「好きっていうか……。なんかそうなるっていうか」

 私はちょっと名残惜しく思いつつ、視線を移動させた。有香とクロスも、つられて同じ方を見やる。

 ――インウにものすごくぼこぼこにされている、男を。

「死なない程度にできる?」

「たぶん……」

「朱鷺緒殿が怪我をすると、インウの力が上がる。……いつ見ても、相関関係が謎です」

 主が怪我をすると、通常の場合主指針の身体を護るために、魔法力は身体の内へ向かう。でも私とインウの場合、逆らしいのだ。それで、今回のように私が怪我をして倒れると、直後怪我を負わせた相手はインウに半殺しにされてしまう。

 だけど。

「よし、もう動ける」

 有香の手をどけて、私は起きあがった。

「ちょっと、無茶しないで」

「大丈夫。石を取り上げないとならないし――インウを止めなきゃ」

 いつもは殺さないけど、いつ殺してしまうかわからない。インウを、人殺しにするわけにはいかない。

「インウ!」

 私は、使い魔の名を叫んだ。そして、彼を人の姿にしている私の魔力を取り上げる。

 インウの身体が、一瞬びくりと震えた。

「もういいから、戻んなさい」

 インウが、私を振り返る。悔しそうなのは、錯覚じゃない。

 だけど何もできずに、インウは銀の烏の姿に戻る。羽ばたいて私の傍に飛んでくるのを、腕を持ち上げて迎えた。

「ごめんね。大丈夫だからね」

 笑いかけて、私はインウと一緒に男に近づいた。もう、立ち上がる気力もないらしい。ステイオンも手から離れて、そばに転がっていた。

 私はまず、ステイオンを回収した。しっかり握って、男と適度に距離を保つ。まだ意識があった男は、がくがくと痙攣しながらも私を見上げてきた。

「な……なぜだ」

「何が?」

「なぜ……そんな力があるのに……」

 うっわ。

 もう本気で、脱力した。

「どうして力があるのに、全部自分の思い通りにしないのかって? 私にはむしろ、力があるからって、どうして何でもかんでも思い通りにしたいのかがわからない。いや……思い通りにするって言うことが、どうして人を傷つけたりすることなのかっていうのが、ほんとにわからない」

 今までも、この男のようにステイオンを手に入れて、犯罪に走りかけた奴がたくさんいた。そいつらは全員、動機を「力がほしかったから」「他人を思い通りにしたかったから」と答えた。

「何より納得できないのは、同じ理由動機で犯罪に走っても納得されることが多いのに、同じ理由なのにいいことしようとしたら、いちいち小難しくて仰々しい理屈を訊かれるってことなんだけどね。『そうしたいから』じゃいけない?」

 自分が怪我をしたら痛い。他の人だって痛いだろうし、誰でも痛いのはいやに決まっている。だから、そんな想いをしないようにする力があるなら、存分に使いたいと思うのは、不自然なんだろうか?

「私は、これからだってそうやって行動する。それがすべて」

 笑って答えてやると、男は倒れた。気力が尽きたんだろう。あとは……<会社>の回収部の仕事だ。




 男も、結局今までに<会社>につかまった奴らと同じ動機しかなかったらしい。まったく人騒がせだ。

「こんなことで、人の授業時間を侵害するのやめてほしいよね」

「次は越野さん達がでるでしょ。しばらくは休みよ」

 一晩あけた日の、昼休み。例によって私の空間歪曲で教室内を無人にして、有香と二人ゆっくり昼を楽しんでいる。クラスメートには、魔法士であることはばれてない。別に隠すつもりはないけど、何となく言ってない。ちなみに越野さんというのは、同じ<会社>の魔法士で、この学校での先輩に当たる人だ。

「なるべくゆっくりしてたいねぇ」

「そうね」

 今日もいい天気。中庭には人がたくさんいる。みんなそうしたいから、中庭でお昼を食べる。私もそうしたいから、教室で有香と二人、のんびりする。

 なんでもそう。立場とやりたいことが違うだけ。そして、受け入れられるかそうでないか、というだけ。

 だったら、私はやりたいようにやる。それで苦しい目に遭う人が少なくなるなら、十分だ。

 窓の外の青空に、銀の烏が飛んでいた。











ほとんど初めてじゃないかという、現代ファンタジー

です。あんまり困ったので、舞台を札幌にしました(笑)。

今まで書いたことのない者を書いてみようと

思ったんです。ジャンル広げようと思って……。

そして出た結論。「やはり異世界ファンタジーに生きよう」

苦手でした……。本格的に書くなら、やはりもっと

修行しなくては駄目なようでした。なむなむ。






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