へっぽこ天使と貴公子の関係。
とある貴族の屋敷で開かれている夜会。
華やかに着飾った人々で、サロンは賑わっていた。
「ねぇ、シーヴァス様」
そんな人々の中でも一際目立つ、金色の髪をした麗しい青年の周りを取り囲んでいる
女性のうちの一人が耳打ちするように囁いた。
「今夜シーヴァス様がお連れになった方はどなたですの?」
金色の髪の青年――――――シーヴァス・フォルクガングは、その言葉に意味ありげに
微笑む。
「おや、セシリア嬢……。久々にお会いできた私よりも、あの者が気になられますか?」
「またそのような意地悪を仰るのね」
「あら、シーヴァス様。私も気になりますわ」
「それなら私もです。いつの間にかホールからいなくなられてますし……」
シーヴァスを取り囲む女性が次々に同意する。
そんな彼女たちの様子に、シーヴァスは更に笑みを漏らした。
面白そうだと思って連れてきたのだが、なかなか予想以上の反響だな。
シーヴァスは胸の内でほくそ笑みながら、実は姿を消しているだけですぐ傍にいるので
あろう、黒衣の天使を思い浮かべる。
「そんなに知りたいですか?」
「ええ、是非!」
シーヴァスの問いかけに、女性たちは瞳を輝かせんばかりにして頷いた。
「あれは『天使』なのですよ」
「……今、何と仰いましたの?」
「ですから、あの男は天よりの御遣いなのですよ」
シーヴァスの言葉に、女性たちはきょとん、とした後、それぞれ笑い出す。
「まあ、シーヴァス様ったら」
「ご冗談ばかり……」
「この世に天使が本当にいるわけありませんわ」
「それにあの方、少し拝見しただけですけど……とても天使様とは思えませんわ。黒い服を
身にまとう天使様なんて……」
世間一般には、天使というのは白い衣装を身に纏っていることが多いらしい。
白ではなくとも、青や水色など、淡い色が主だ。
そう。普通、黒い衣装を纏う天使なんて、誰が想像するだろうか。
当のシーヴァスとて、初めて彼が目の前に現れた時にはとても信じられなかったのだ。
その、背中に輝く純白の大きな翼を目にしても。
「おや、私の言うことが冗談だと思われますか」
「ねぇ、シーヴァス様。そんな意地悪なさらないで、本当のことを仰ってくださいな」
「新しい使用人ですの?でも、使用人をこんな場所へは連れて来ませんわね」
「やれやれ、困りましたね……。本当に彼は『天使』なのですが」
口調とは裏腹に、シーヴァスは楽しそうに笑って言った。
そして、その時。
「シーヴァス様」
不意に、背後から深く艶のある声で名前を呼ばれて振り返る。
「まあ……!」
周囲の女性たちも振り返って、その声の人物を見ると思わず小さく声を漏らした。
そこにいたのは、渦中の人物。
光を当てても尚、黒く輝くほどの漆黒の髪。琥珀を思わせる金色の瞳。左の耳に揺れる二つの
ルビーのピアス。全身を闇に包むかのような漆黒の衣装。
そして、どこか他を圧倒するような強烈な存在感を持っている青年。
「シーヴァス様、お話中のところ申し訳ありません。少々、私にお時間をいただけませんで
しょうか」
その男は、実に恭しくシーヴァスに訊ねた。
シーヴァスのような華やかな美しさではないが、十分すぎるほどにその男は人を惹きつける
容貌をしていた。女性たちが、ぼんやりと男に見惚れるのに、シーヴァスは苦笑しながら
返答した。
「無粋な男だな、君も」
「それは重々承知……」
「やれやれ、分かったよ。では、テラスででも飲み交わそう。月も綺麗だしな。……それに」
シーヴァスは、頬を染めながらその男を見る女性たちにチラリと視線を向ける。
「……どうやら、女性たちは今夜、君に夢中のようだからね」
シーヴァスの言葉に、女性たちは我に返る。
「ま……まあ、シーヴァス様!そんなことありませんわ」
「そ、そうですわ」
慌てたように言う女性たちに、シーヴァスは微笑みながら挨拶をする。
「では、ご婦人方。今夜はこれで失礼いたします。……行こうか、ヴァル」
シーヴァスが身を翻してテラスへ向かうのを追うように男が歩き出そうとすると、女性たちが
それを呼び止める。
「あ、あの、お待ちになって!」
「……何か?」
男は口元に微笑みを浮かべたまま、女性たちを振り返る。
「あの……こんなことお尋ねするのは失礼かと思いましたが……その、貴方はシーヴァス様と
どのようなご関係で……?」
その場の女性たちの、期待に満ちたような眼差し。
それに男は苦笑して、一言、こう答えた。
「そうですね。強いて言えば……彼は私にとって、なくてはならない……大切な存在、という
ところです。そう……もし彼が突然いなくなったりしたなら、私は必死で彼を探して彷徨う
でしょうね」
どこか切なそうな微笑みを浮かべて呟いた後、女性に一礼して去っていく男の後姿に、
その場にいた女性たちがとんでもない妄想に突っ走ったことは言うまでもない。
「……あまりとんでもないことを言うな、ヴァル」
人気のないテラスに出たシーヴァスは、今までの微笑みはどこへやら、という渋顔で後から
出てきた男に言う。男の名は、ヴァイエル。
信じがたい話ではあるが、ヴァイエルは本当に天使であった。
地上界インフォスを消滅の危機から救うために地上に降りた天使。
そしてシーヴァスはインフォスを救う勇者の一人として、ヴァイエルに選ばれたのだった。
「いやいや、最近の女性っていうのはああいうネタを喜ぶと教わったモンでな。ちょっと
試しに」
人がいないのをいいことに、ヴァイエルは隠していた純白の大きな翼を現した。
その途端、全身が闇に浮かぶように淡く発光する。明らかに人間とは違う存在だと誇示して
いた。
「お前はともかく、私はどうするのだ。いい話のネタにされるではないか」
「俺は本当のこと言ったんだけどなぁ。お前は俺にとって、引いてはインフォスのために
なくてはならない存在だし?お前が行方不明にでもなったら慌てて探すしな。まあ、実際
探すのは俺じゃなくて妖精だけど」
「もう少し言い方というものがあるだろう」
「うーん。反省」
「反省しとらんっ」
腕を組んで首をかしげたヴァイエルに、シーヴァスは軽く怒鳴るが、この男には何を言っても
軽く受け流されると勇者になってから今日までの経験で知っていたので、溜息とともにそれで
終わりにする。
この男が天使だと言えるのは、その背中に輝く純白の翼くらいなものだ。
「まあまあ、そんなに怒るな。大体、俺を連れてきたら面白そうだって言ったのはお前じゃ
ないか」
「……それを今、たっぷりと後悔していたところだよ」
甘く見ていた。
天使を夜会などにつれて来たら、いつも余裕なこの男でも少しは焦ったり戸惑ったりするかと
思っていたのだ。
それなのに、この男はあっさりとあざやかな手際で切り抜けてしまった。
「お前は困るというようなことがないのか?」
「ないように見えるか?」
月の光を背中にすると、その輝く翼は更に淡く輝きを増す。
闇に溶けるような姿でありながら、決して闇には溶けない。
そんな天使は、不敵に微笑んだ。
「見えるな」
「なるほど。じゃあお前、頼みに来た依頼を断られた時の、俺の困り果てた姿は演技だという
わけか」
「あれはどう見ても演技だ。……演技というより、脅しか」
何度か依頼を断ったが、シーヴァスはその度に『前言撤回』といわざるを得ない状況に陥って
きた。
本人に悪意がない分、どうしようもない天使であった。
「天使が脅しなんかするわけないだろう」
「物凄く心外そうな顔で飄々と言うな」
「まあ、俺の脅しは天界でも有名ってゆーかぁ?」
「どっちだ……」
シーヴァスはテラスの手すりに肘を突いて額を押さえ、うなだれた。
相変わらず、まったく掴み所がない。
何を考えているのか分からないし、天使という以外にこの男については何も知らない。
だが、しかし。
「まあまあ。俺も、夜会とやらは結構楽しかったよ。って、姿消してたけどな」
「………」
「誘ってくれて有難う、シーヴァス」
笑いながら、ヴァルははっきりと言う。
この男の、こういうところに騙されるのだ。
その言葉には、含みも躊躇いも、適当さも全く感じられない。
確かに、いつもその通りの意味をのせて、ヴァルはこの言葉を発するのだ。
それは、掛け値なしの信頼を感じさせるには、十分すぎる程、胸に響くもので。
「……フン。礼を言われる筋合いはない。私が勝手に連れてきただけだしな」
シーヴァスもつい、この天使の前では気が緩む。
困ったようにしながら、いつもの皮肉さを見せた微笑みで答えた。
「では、月を背景にワインでも?シーヴァス様」
ワインのボトルをこちらに傾けながら不敵な微笑みで訊ねるヴァルに、シーヴァスも同じ
ような微笑みでグラスを向ける。
「そうだな。男二人というのは、いささか不満だが……たまにはこういうのも、よかろう」
シーヴァスは苦笑しながら、ヴァルによって注がれる、グラスに揺れる液体を見つめた。
月の美しい夜。
ある貴族の屋敷のテラスでは、天使と勇者の、密やかな宴が行われたという――
――――。
白桜様からいただきました。白桜様
のところの天使ヴァイエルさんと、シーヴァス(^^)。
白桜様のところでヴァイエルさんに出会ってから
一目ボレしてしまい、きりばん踏んだらリクエストしようと思って
いたところ、思いがけずプレゼントしていただけ
ることとなってしまったのでした。どうもありがとうございました。
白桜様のサイト「amatista」の、
ヴァルさんとお頭のお話も必見です!
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