12.乱入

 

 

 

 メーマは不機嫌だった。いきなり通信オーブからのけたたましい音で、眠りを妨げられたからである。今、セイリオスの夢を見ていたのに。

「……私だ」

 不機嫌さを辛うじて抑えて、彼女はオーブを手に取る。次の瞬間、メーマの背筋がぴんと伸びた。

「め、め、め、メルド様!?

 彼が敬愛する主の実の兄ということは、彼女も知っていた。思わずオーブを持ったままぺこりと頭まで下げてしまうほどにあせっている彼女に、故郷からの声は冷静に必要事項だけを告げた。

「――それは……本当に可能なのですか……?」

 それが叶うのだとしたら、主は――優しく哀しいあの少年は、自由を手に入れることができる。

「ええ、やります。やらせてください。あの方のために」

 少しの迷いもなく答えたメーマに、メルドは笑ったようだった。『すまない』と返ってきた声が柔らかだった。

 オーブから魔法の輝きが消えてから、メーマはてきぱきと着替えを始めた。時計を見ると、午前二時。この国では、魔物が徘徊を始める時刻だという。

 しかし、メーマが導こうとしているのは、何より清らかで素晴らしい輝きだ。

 

 

 <星天流>という現象には、周期があるのだとメルドは説明した。まず『導入期』があり、そのときは二つの世界の障壁にほんの小さな穴があき、そこからせいぜい空気や塵が流出する程度なのだという。魔導士達が気をつけなければならないのは『盛期』で、そのとき世界の障壁の穴が大きく広がり、相馬とマキシのように世界を越えてしまうのだ。原因は、すれ違う世界の障壁同士の摩擦によるのだそうだ。それさえ乗り切れば『収束期』となり、世界は再び離れていく。メルドは、現在が『盛期』と『収束期』の狭間にあるのだと予想していた。

「世界の障壁に大きな穴があいている今ならば、論理的には可能なはずだ。だが送り出す者が物質の属性を持たないため、入り口を開く魔導士と出口を作る魔導士が必要になる」

「つまり入り口があんた、出口がメーマの奴だろ?」

 メルドは、その通りとマキシにうなずいた。

「そして、もう一人の協力者が必要になる。それが――ソウマ、君だ」

「え?」

 唐突に名指しされ、理解できない難しい話を適当に聞き流していたソウマは、驚いて思わず立ち上がった。そのため、他の三人の視線を一気に浴びることとなる。

「君と一緒ならば、二つの世界をつなぐ道はより安定する。君があちら側の属性を帯びているからだ」

「……帰らないとならないってこと?」

「端的に言えば、そういうことになる」

 相馬は唇を噛んだ。アーサーとマキシは、そんな彼を気遣わしげに見つめる。三人の間の微妙な空気を聡いメルドは感じ取ったが、部外者の自分が口を出していいことではないのだろうと判断し、あえて淡々と話をまとめた。

「事は秘密裏に運ばなければならない。私から直接、彼に説明してくる。君達の部屋はこちらに用意させたから、休んでいってくれ」

「……うん」

 暗い表情でうなずいた少年が気にかかったが、メルドはやはり何も言うことなく部屋を出た。たまたま通りかかった下位の魔導士に客人達の世話を頼み、弟のいる塔へ戻りかける。

「メルド」

 短い赤毛の男が、彼を呼び止めた。舌打ちしたくなったが、上司なので自分を抑える。そんな内心を押し隠し、メルドは淡い微笑すら浮かべて男に頭を下げた。

「ご用でしょうか、バーン様?」

「うむ。至急頼みたい用事ができた。ついてきてくれ」

 今度こそ無意識に舌打ちしそうになったが、何とか黙って男の後についていくメルドだった。

 

 

(家に帰る……か)

 ベッドの上で、相馬はずっと考え続けていた。メーマに宣言はしたが、旅が終わっても結論はまだ出ていない。

(俺は、どうしたいのかな?)

 家に帰れば、また母に抑圧される閉鎖的な生活が待っている。高校受験も、滑り止めで公立を受けていたから、そっちに受かっていれば春から高校に行かなければならず、そうなると今度は大学受験に向けて母は相馬をしめつけるだろう。ただ腹を満たすだけの味のない食事、安らぎのない家庭、そんな生活。

 反対に、ここを選べばマキシとアーサーと一緒に暮らすことになる。二人とも優しくて兄のように好きだし、彼らと一緒なら、楽しいと思う。今までになかった何かを得られるかもしれないと思う。この世界には、たくさんの希望が見えるから。

(だけど)

 いつもここで、『だけど』と思考は元に戻ってしまう。天国と地獄のようにはっきりと明暗の分かれている選択のはずなのに、迷いがある。こちらの世界を選んでしまうのは、なぜか納得できない気がするのだ。

「……なんだ?」

 どやどやと、階下が騒がしくなり、相馬は身体を起こした。喧噪はすぐに階段を昇ってきて、相馬の部屋の前で止まる。直後、乱暴にドアが開けられた。

「な、何だよあんた達!」

「異世界の少年だな?」

 がっしりとした体つきの赤毛の偉丈夫が、ずかずかと部屋に入ってきて相馬の腕をつかんで寝台から引きずり降ろした。

「だから、何なんだよ!? いきなり入ってきて、何するんだ!」

「……うるさい小僧だな」

 心底うんざりした男の呟きと前後して、相馬は後頭部に激しい衝撃を感じて息を詰まらせた。一瞬目の前が白く輝き、吐き気がこみ上げてくる。

「あまり手荒な真似はしたくない。おとなしく、この国から去ればよし。あとは好きにすればいい」

 徐々に濁っていく意識の最後に、男の言葉がこびりついた。

 

 

 信じがたい話だったが、セイリオスはおとなしく兄の次の言葉を待った。兄が嘘をつくことはこれまでになかったし、彼自身それを信じたかった。

「お前は自由になれる、リオ」

 目を見開いている彼に、恐らくは無意識にメルドが手を伸ばしてくる。が、触れる直前でメルドはその手を宙にさまよわせ、降ろしてしまった。

(兄上……)

 彼に触れられるのは、好きだ。けれど、セイリオスがそれを口に出したことはない。メルドがもしも接触をいやがっていたらと思うと、怖い。

「必ず成功させてみせる。お前は、信じていればいい」

 ――何を?

 思ったが、やはり口にはしない。セイリオスは神妙にうなずいて、兄を見送った。

(……兄上……)

 メルドが訪れ、退出してから既に二時間。兄はそれほど待つことはないと言っていたが、二時間は長いのだろうか。それとも、短いのだろうか。

 胸騒ぎがして仕方がない。兄が連れてきた風変わりな三人組と面会してから、ずっと何かが起きそうな気がして落ち着かなかった。

(あの少年、ソウマっていったっけ)

 本を持ってくると、自分に言ってくれた。側近の少女と同じように、自分のことを気にかけてくれた人だ。その彼に関わる何かが起きようとしていると、セイリオスの勘は告げていた。それがいいことなのか悪いことなのかまで彼にはわからないから、やきもきしてただ<その時>を待っていることしかできない。強大な魔力があるくせに、本当に役立たずだ。

(あの人達にも、メーマにも、そして兄上にも、何事もなければいい……!)

 それだけを一心に念じて、セイリオスはじっと膝を抱えてうずくまっていた。

 ……メルド捕縛の報が彼のもとに届いたのは、ほどなくしてからのことだった。

 

 

 指定された時間になっても、空間の向こうから魔力が流れてくる兆しはない。メーマの不安は最高位に達していた。それに加え、傍には余計な物が張りついて離れない。彼女の不機嫌と、それによって起きる暴力は、彼女にしてみれば当然の理だった。

「ほんとに相馬が来るのか? ねえねえ、メーマさんってば! しかも魔法って何?」

「……お前は、<学習>という言葉を知らないのか? すべてあとで教えてやると何度も言っているだろう?」

「あとっていつ? もしかして、やっぱりメーマさん相馬の親父さんとかマキシさんとか相馬とかとグルになって、俺のこと大規模にどっきりにかけようとしてるんだろ」

「………あいにく、私にはそんな余裕はないぞ。暇もな」

「じゃあ何で相馬は来ないんだよー」

「…………ぃやかましいっ!!

 どかーん!

 漫画のような効果音と共に雷が落ちる。騒音の発生源であるガイは、自分とほんの数センチしか離れていないところに突如落ちてきた光の矢に、仰天して硬直していた。

「……これで、魔法の力が実在することは納得したろう。そこでおとなしくしていろ」

 景気よく落雷などを起こしたおかげで、幾分すっきりしたが根本的には何も変わっていない。メーマは、魔法人をかいた地面とその少し上の空間を眺めやり、眉をひそめた。

 メーマの家からほど近い公園である。時刻は、そろそろ深夜になろうかと言うところ。あちらの世界と時差があるため、この時間になった。今日の明け方近くにメルドから相談を持ちかけられたあと、すぐに彼女は行動を起こした。日中の内に、必要な魔導の道具をすべて用意した。それらを使って近所の公園を清め、結界を張り、彼女の魔力のほとんどを費やして魔法陣を描いた。……それらの作業の途中に塾の帰りに公園前を通りかかったガイに見つかり、うやむやの内に結界内に取り入れてしまったのだったが。

 すべてが終われば、あとはあちら側から入り口が開くのを待って、相馬と一緒に流れてくるものをうまく中和してこの世界の大気に溶かせばいいはずだった。それで彼女の大切な少年は自由を手に入れ、何憚ることなく外の世界へもいけるようになる。

 そのはずだったのに。

(あちらで何かが起きたのか)

 その可能性が一番高そうだった。セイリオスは魔導士達にとって重要な存在なのだから、メルドの計画が露見してしまったら間違いなく大騒ぎになる。

(メルド様に、何かが?)

 メーマは、杖を持ち直した。ここで考えているよりも、行ってみたほうが早い。

「メーマさん?」

 訝しげなガイの声は無視した。それを、彼女は思いきり後悔することになる。

 魔法陣の上に、穴があいた。メーマは地を蹴ってその中飛び込み、入ってきたばかりの入り口を簡単にだが閉じておくために再度呪文を唱えようとする。

「待ってよ!」

 その呪文が、完成する直前――。

 穴の縁に手をかけて、ガイがよじ登ってきたのだ。

 

 

 

 

 


なかなか終わりそうで終わらないです……。

すみません……。セイリオスに関わる部分が

やっぱり最大のポイントなので、丁寧に

書きたいと思います。とまたすごいいいわけ

くさいことを言ってしまいました。すみません……。

単に遅筆なだけです(←開きなおるな)。

 

 

 

 

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