11.セイリオス
夕方のバス停で、ガイはバスを待っていた。塾の帰りである。時間帯が時間帯だけに混雑しているようで、なかなかバスはやってこない。早く帰って勉強したいのに、と彼は溜息をつく。
(いつもは待ち時間、こんなに長く感じないのにな)
一人で待つ時間は長い。少し前までは、一緒の塾に通う幼馴染みが一緒で、退屈したことはなかった。
(相馬……)
いまごろどこで、どうしているのだろう。ガイは直接その現場を目にしたり、相馬から相談されたこともなかったが、彼の家がどこか歪んでいることを肌で感じ取っていた。相馬は間違いなく、家に帰るのをいやがっていた。
(家出しちゃったのかなぁ)
受験に失敗し、恋にも敗れた。意気消沈して蒸発してしまってもおかしくはない。急にガイは心配になり、頭を抱えた。
「相馬……相馬ぁ! 早まるなぁ!」
「うるさい」
きしぇん!
何か奇妙な音とともに、頭をはたかれる。のけぞりそうになったが、その方向は車道だったので根性で踏みとどまり、ガイは怒りをはらんだ目で自分をどついた相手を振り返った。
「うあ」
そして固まった。
「なにをぼうっとしている」
が、その硬直は他ならぬ殴った相手によって解凍された。小麦色の肌とくすんだ金茶の髪の女子高生――それも「超」がつくほどの美少女――は、冷めた目でガイを見返している。
「あ、えと……?」
「私はメーマ・ラトゥ。お前はコウムラ・ガイ。間違いないな?」
「あ、うん。そうだけど」
「では、これを渡しておく」
やたら偉そうな女子高生は、畳んだ紙片をずいと突き出してきた。受け取って、それにざっと目を通したガイだが、真剣な面もちでそれをもう一度読み直した。
「これ……あいつが? あいつの居場所知ってるんですか!?」
「今は知らない。私はただ、これをお前に届けるよう言付かっただけだ。気は進まなかったが、私もあいつに伝言を頼んだしな。しかたあるまい」
紙片は、相馬からの手紙だった。
『いつになるかわからないから、まずこれだけを言っておきたくて手紙にした。あのときはごめんな。ほんとにごめん。
相馬』
たったそれだけ。相馬は筆まめじゃないし口下手だったから、手紙も口に出す言葉も短かった。けれどその分、思いがこもっていた。
「あいつがどのような選択をするか、保証することはできない。何か返事をするなら引き受けるが?」
「……」
ガイは、しばらく無言のまま手紙を握りしめていた。
レヴァ魔法王国の魔導士ギルドにて、門番にメーマの手紙を見せて彼女から伝言を預かっていると告げると、広い一室に通された。そこで待たされてずいぶんになるが、恐らく手紙の筆跡を調べているのだろうというのがマキシとアーサーの見解だった。
(やっぱり用心深くなるか)
相馬はぶらぶらと部屋の中を歩き回りながらも、すっかり退屈していた。いろいろ変わった彫刻や調度品があって面白いが、眺めているだけなのですぐに飽きた。
(メーマさん本人が来てくれたら、こんなにめんどくなかったのに)
彼女は彼女の役目があるから、無理だったのだろうが。
「お待たせいたしました」
現れたのは、相馬達の予想以上に若く美しい青年だった。銀色の髪と濃紺の瞳をしている。相馬はあわててマキシ達の所に戻り、青年二人は椅子から立ち上がった。
「私はメルド・トーイル。メーマ殿の書状、確認させていただきました。お待たせして申し訳ない」
「いや。いきなりだったし、こっちの用事は急ぐわけでもない。それよりも彼女からはちょっとした伝言を預かったから、できればセイリオス様にお会いしたいんだが」
「……それは、できかねます」
やはり。
三人ともそう思った。しかし引き下がるつもりはなかった。直接はその少年を知らないけれど、美しい少女魔導士が願ったことを叶えてやりたかった。少年の生い立ちと、彼女の強い忠誠ゆえに。
彼女は尊大で強引で、共有した時間が短かったため正直言って相馬もあまりいい印象はないが、転移の直前に彼女が見せた表情は、とても切なげで。彼女がどれほど主を大切に思い、離れがたく感じているかをあの瞬間垣間見てしまった。それは、相馬には馴染みの薄い感情だった。だから、こんなにも強く惹かれるのかもしれない。
口には出さなかったが、ここにいる三人は全員同じ気持ちでいた。強い絆に焦がれるからこそだ。
「重要なことですか? そのようなことを、彼女があなた方に託すとは思えませんが?」
「俺は異世界に飛ばされて、こいつもこっちに来てしまった。俺達だからこそ、彼女が言づてを頼んだとは考えられないか?」
「……」
メルドと名乗った青年は、黙考した。しばしして彼が嘆息したのが、彼の敗北宣言となった。
「では、なるべく短い時間でお願いいたします。セイリオス様は非常に繊細な立場におられる。わずかな刺激も禁忌とされているのです」
「了解した」
アーサーがうなずく。メルドについて、三人は部屋を出た。
ぞろぞろと歩いて、彼らは螺旋階段に辿り着いた。何重にも長いそれを昇るうち、自然に彼らの息は荒くなる。
「ま、まだつかねぇのか?」
「外界から遠ざかるために、セイリオス様のお部屋は天に近い場所にあります。……やはり、私が伝言を承りましょうか?」
「……いや、いい。大丈夫だ」
「うん、平気……だ」
「早く……行こう」
三人はそれぞれの言い方でメルドの申し出を断った。ここまできたのだから、今さら引き下がっては何にもならないという思いも出てきている。メルドは肩をすくめてさらに階段を昇っていった。
どれくらい昇ったかわからなくなったころ、やっとメルドは足を止めた。小さな扉をノックして、二言三言かわしてから相馬達を中へ招き入れた。
「女の子!?」
いきなり叫んだのは相馬だ。部屋の中は質素で生活臭がまったくしない。そんな空間の中央にいたのは、銀髪で左右で異なる色の瞳を好奇心とおびえで満たした、華奢で綺麗な存在だった。
「こ、こらソウマ! 失礼しましたっ、セイリオス様!」
「いいえ。……メルド、この方々は?」
「<星天流>で異世界転移をしてしまった者達です。メーマ殿よりの伝言を預かっているとか――」
「ほんとに!?」
ぱっ、と少年の顔に笑みが上る。あまりの愛らしさに相馬は真っ赤になり、アーサーは言葉に詰まり、マキシは見とれてあんぐり口を開けたままだ。
「メーマに会ったの? 元気そうだった?」
「え、ええ。メーマ……さんにはすっかり世話になりました。んで、伝言ですが」
マキシはそこで、ちらりとメルドを見やった。メルドはずっと入り口の傍にじっとたたずんで、片時もらさずにマキシ達を凝視していた。
「メルド、少しだけ、外に出ていてくれますか?」
「……しかし、セイリオス様」
「大丈夫。この人達は僕になにもしない。そう思ったから、あなたもここへ通したんでしょう?」
どうやら、少年は頭もいいらしい。感心する三人をちらりと睨んで、メルドはしぶしぶといった体で退室した。
四人だけになると、おもむろにセイリオスは両手をうち鳴らした。瞬時に、部屋の風景が一変する。
「うわぁ!」
「すごい、これは……?」
「魔法だ。こんな使い方を見るのは、初めてだな」
「メーマが、いつか話してくれたんです」
静かに語る少年の声に、三人は耳を傾けた。
「外の世界では、青い空が頭上に広がっていて、大地には緑色の草というものが生えているんですってね。そして、蝶」
少年の言葉に導かれるようにして、無数の蝶が現れる。ただし、小さな人間の背に蝶の羽が生えている姿だ。
「えっと、君はずっと、小さいころからここにいるんだっけ?」
おずおずと相馬が尋ねると、セイリオスは寂しげな微笑みを浮かべた。
「僕の魔力は、とても強いから外にいると普通の暮らしができないって。父上と母上の顔も僕は知りません。兄上は……僕のことを気にかけてくださっているけれど」
相馬の胸が痛んだ。やはり、この少年も同じだ。同じ痛みを、苦しみを知っている。
「メーマは、自分は元気だと伝えてほしいって。あんたのことをすごく気にかけてた。そして誉めてたぜ」
「誉めていた?」
「とても聡明で、優しい主だと。だから自分の忠誠心をすべて、あなたに捧げたいのだと」
「……メーマ……」
セイリオスのことをどうして彼女があれほど気にかけていたのか、彼らは理解した。両親の顔も知らず、物心ついてからずっとこんなところに閉じこめられてきた少年を、彼女は守りたかったのだ。広がる空や、果ての見えない大地を教えたかったのだ。蝶の本当の姿も知らない、寂しい少年のために、彼女はすべてを捧げる決心をしていたのだ。
「兄さんは、君がここにいることをどう思ってるんだ? こんな……牢屋みたいな所で暮らしてること」
「しかたのないことだと、兄も言います。……僕の力が暴走したら、たくさんの人が傷つくんです。僕もそんなのはいやだから……しかたがないんです」
「だからって――」
もっと、他に方法はないのだろうか。今にも消えてしまいそうに笑う少年を、こんな悲しみの中に置かずにすむ方法が。
「伝言、ありがとうございました。手紙も確かに読みましたから、いつでも訪ねてくださいね。あちらの世界にお送りしますから」
「あ、うん……」
後半の台詞は、相馬に向けられたものだ。いつでも帰りたくなったら、願いを叶えるとセイリオスは約束してくれた。曖昧な気持ちのまま、相馬は礼を言った。
「ありがとう。じゃあ、俺今度来るときなんか持ってくるよ。本とか」
「……それは、駄目なんです。申し訳ありませんが」
「なんで?」
「僕には、塔の外の人々の間で使われている文字が読めないんです。魔導士の古代文字だけを教えられてきたから」
「そんな……!」
相馬は絶句し、次いで怒りを覚えた。
だが、だからといってどうしようもできない。相馬は部外者であり、異世界から来た人間なのだ。セイリオス自身や魔導士達のやり方に口を挟む権利はない。
釈然としない気持ちのまま、相馬はマキシやアーサーと連れだってセイリオスの部屋を出る。メルドがそこで待っていた。
「彼に、同情を?」
うんざりするほど長い階段を降りる間、ふとメルドが訊いてきた。むっとしたまま相馬は返答する。
「ひでぇと思わなかったら人間じゃねぇよ。あいつ、俺と同じくらいの年なのにずっとこんなとこに閉じこめられてるなんてさ。……兄ちゃんまでそれをしかたないなんて言ってるなんて、信じられねぇよ……」
「そうか。だが魔導の何たるかを知らぬ者だからこそ、そう考えられるのではないですか? 私とて、彼のあの環境に納得しているわけではない」
メルドは足を止め、相馬に向き直る。後からついてくるマキシとアーサーは、自然上の段から彼と相馬を見下ろす形になった。薄暗くてよくわからなかったが、メルドは固い表情をしていた。
「私はこのギルドに入るために、血のにじむような努力をした。ここに弟がいると聞かされたから。それまで私は、隣国で魔導士としての修行をしていたのだが、両親が亡くなったという知らせを受けて一時帰郷した。そのとき、父の遺書の中に弟の存在が記されていたのだ」
「それって……まさか……」
「弟の名はセイリオス。生まれたときから優れた魔力を有しており、そのためなるべく早い時期にギルドへ連れていかねばならなかった。魔力が暴走しないように彼に魔導を教え、またその強い力を確実に手に入れるために。両親はだから、当時すでに隣国にいた私に弟の存在を教えなかったのだ」
メルドの顔を、相馬はまじまじと見つめた。指摘されれば、あの少年と面差しが似ているような気がする。年齢差とセイリオスの色違いの瞳から受ける印象のせいで、すぐには気づけなかったのだ。
「だが私にできることはなかった。弟の魔力は成長するにつれてどんどん強大になる。この塔の中でなければ、抑えきれないほどに……。私には……何もできない」
相馬と、マキシとアーサーからの視線を拒絶するように顔を背け、メルドは再び階段を降りていく。それを追いかける三人は、何も言葉をかけられなかった。
最後の段を全員が降りきるまで、沈黙は続いていた。それを退けたのは、メルドだった。
「……まったく、何もできないわけでもないかもしれない」
「方法があるのか?」
美しい青年は、静かに相馬の肩に手を置いて、告げた。
「魔力を根こそぎ、<星天流>によって外へ持ち出してしまうことができれば、あるいは――可能性があるかもしれない」
もはや、一年一回更新
なのかといわれてもなにも
返す言葉がございません……。
目標はあと一、二回での
完結ですが……。メルド青年、
けっこう私好みです。
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