思っていたのとは違う、というのがジェスの第一印象だった。

 レヴィンに誘われ、せっかくだからとリティ共々彼の兄に紹介してもらうことになったのだが、待ち合わせ場所の男子寮前で本を読んでいた青年は、レヴィンとかなり異なった容姿の持ち主だった。

 髪の色は、灰色。短く切っているので、ますます顔立ちを精悍に見せている。瞳の色は浅黄色だった。レヴィンを見ても、少し柔らかい印象にはなったものの、それほど表情に変化はなかった。

「兄上、遅くなりました」

「いや。私が早すぎただけだ。先週はすまなかったな」

 そんなやりとりをするだけでも、レヴィンがとても喜んでいるのが見ているジェス達にも伝わってくる。

「レヴィン、本当にお兄さんが好きなのね」

「家族だし、四人だけでこっちに来てるしな。やっぱ会いたいよな」

 ジェスもリティも、故郷を離れてたった一人で留学してきた。それだけに、家族への思慕は痛いほどにわかる。それぞれに物思いに浸っていると、レヴィンが二人を振り返った。

「兄上。二人はこの間知り合った友人です。彼がジェス・マルクトゥール、彼女はリテュエルセーテ・ボラーナルです」

「は、初めまして……」

「こんにちは。ジェスです……」

 幾分緊張して二人がぎくしゃくと挨拶すると、青年は意外なことに親しげに自らも名乗った。

「クルト・ユールだ。レーヴィオンの友人に会うのは初めてだ。会えて嬉しい」

 彼の話し方は、とてもきびきびしていた。差し出された手は固く、ジェスには彼が恐らく剣の使い手であることがわかった。ジェスも、短剣を扱うからだ。

「クルト様は、アルヴァンテス大陸一の剣士でいらっしゃるんですよ」

 いつの間にかそばにセディがいて、ジェスに耳打ちしてきた。クルトはまだリティと話しているので、小声である。

「<戦いの女神アルファーナの寵児>と、みんなが讃えます。あ、アルファーナっていうのは僕たちの国の女神の一人です」

 アルヴァンテス大陸、ドルゴール王国の歴史では一応エルネイス教が布教されていたらしいのだが、結局受け入れられず教理のみが純粋に学問として学ばれるにとどまったらしい。主に信仰されているのは、古来から続く<リーザ十四神>への信仰だ。魔術は神々に通じる力と考えられているのだと、セディは説明してくれた。

「へー。すげぇな。でも、確か西のラジェーン大陸じゃ、魔術って悪魔の力なんだよな?」

「………ええ。悲しいことですね」

 ただ単にその差異が興味深いと思ったのだが、どうやらジェスの一言はセディの何かを刺激したらしかった。感情豊かな青年は、むっつりと黙り込む。

(アレ?)

 やはり、自分たちが大切にする信仰をけなされたように思ったのだろうか。謝ろうとジェスは口を開きかけたが、それより一瞬早く誰かの駆けてくる足音が聞こえた。

「クルト様! レーヴィオン様も。遅れてすみません」

 恐らくとても焦っているのだろうが、そんなことをまったく感じさせない声だった。とても静かで、揺らぎがない。ぶしつけなことにジェスはまじまじと、その声の持ち主を観察してしまった。

 頭に添う長さの、癖のある黒髪の青年が、息を切らして微笑んでいた。顔立ちは柔らかい。彼はレヴィンとクルト、そしてセディに順に挨拶すると、ジェスとリティに不思議な青い色の瞳を向けた。

 そして――微笑んだ。

 彼は美貌ではないし、レヴィンの笑顔のほうがジェスもリティもよほど心臓に悪い思いをするのだが、彼の笑みはまったく違った意味で二人の中に忘れられない印象を残した。優しさ、穏やかさ、安らぎ……。そんな言葉そのものの微笑だった。

「あなた達は、レーヴィオン様とセディの知り合いですか? 僕はシアン・ラルジェア。初めまして」

 惚けていたジェスに、シアンの手が差し出される。あわてて握り替えし、ジェスはぼそぼそと自己紹介した。

「ジェス、って呼んでもいいですか? 嬉しいな、あなたは海のようだね」

「え?」

 人なつこい幼子のような相手に、ジェスは面食らうばかりだった。レヴィンが苦笑して、

「シアンは人の本質を見るんだ。彼は予言者ラルジェア一族の一員だから」

「よ、予言者?」

 なんだかさっきから驚いたり狼狽えたりばかりのような気がするジェスである。聞き慣れない言葉がさらに彼を戸惑わせ、それを見て取ったクルトが補足説明してくれた。

「アルヴァンテス大陸にドルゴール王国ができる前から、ラルジェア一族は存在していた。彼らは時を読む力を持ち、様々な知識に精通していた。その力すべてを私達は『予言』と言うんだ」

「ええと……占い師みたいなもんか?」

「違います」

 即座にセディが否定した。ジェスには結局クルトの説明でもよくわからなかったのだが、リティは何やら納得顔だった。

「私の国にも、それに近い人たちがいるわ。今は少なくなったけど、旅をして暮らす一族には必ずそういう役目の人たちがいて、みんなを導くんだって」

 やはりわからなかったので、ジェスは無理矢理納得した気持ちになることにした。これがよく教授達の口にする『文化の違い』というものなのだろうか。

「ジェス、リテュエルセーテ。これから夕食に行くことにしているんだが、一緒にどうだ?」

 屈託なくレヴィンは誘ってくれたのだが、さすがにジェスもリティも遠慮することにした。家族での時間を邪魔したくはなかったし、クルトはどこか、人を引き締まった気分にさせる雰囲気の持ち主だった。初対面のせいもあるかもしれない。

「サーラさんはどうする?」

 シアンが、後方を振り返って誰かに呼びかけた。つられてそちらを見て、ジェスは目を瞠る。

 癖の強い、肩までの茶色の髪と瞳の小柄な少女は、学院内有名人の一人だったからだ。サーラ・ウイニスである。

 どうしてクルトの従者(恐らくそうであろうとジェスは推測していた)で、どう見ても学生ではないシアンと彼女が知り合いなのかはわからなかったが、シアンはとても優しげに彼女に話しかけていた。

「いえ……私も、ご遠慮させていただきます……。せっかく誘っていただいたのに、ごめんなさい……」

「ううん、気にしないで。それじゃあ、またね、サーラさん。今夜はゆっくり休んで」

 シアンはレヴィン達と連れだって、そのまま行ってしまった。何とはなしに、リティはサーラに話しかける。

「あの人……シアンさんだっけ? 知り合いなの?」

「いえ……。ちょっと、ぶつかって、それで……」

 持っていた教科書で、今にも顔を隠してしまいそうな少女に、ジェスは意外な気持ちになる。

 サーラ・ウイニスと言えば、最年少の入学者だ。勉強ができるので、もっと堂々として小生意気な少女だと勝手に思いこんでいたのだ。

(なんか、妹いたらこんな感じなのかな)

 ジェスは、微笑んでいた。

「そんなに緊張しなくていいぜ。なあ、飯食った?」

「え? ……いいえ」

「一緒にいかねぇか? 三人で食うほうがうまいだろうし」

 リティは最初驚いていたが、その提案にはすぐにうなずいた。

「そうね。どうかしら?」

 サーラはもじもじしていたが、やがて小さく「はい」とつぶやいた。

(可愛いなぁ)

 なんだかほのぼのしてしまったジェスだった。

 お互いに自己紹介をし、話しながら三人は食堂へ向かった。学院内には学生用の食堂がいくつかあり、三度の食事はそこで取ることができるようになっている。なかなか味もよく種類も豊富で、しかも安いので学生達には好評である。

「そっか、魔術の予習してたんだ」  好物の肉の炒め物定食をつつきながら、ジェスはサーラと話していた。

「はい……」

 答える少女はなぜか暗い表情だ。ジェスはそれを、苦手科目だからだろうと解釈する。

「俺もさっき教えてもらってたんだけど、いまいちよくわからないんだよな。なんつーか……はっきりしないっていうか」

「そうね、曖昧なところが多い科目だわ」

 リティも話に加わってくる。

「三年生からは実践も入るんだって。何だか大変そう。実技試験で一発で合格できる人が極端に少ないって話だし」

「なんで卒業必修なんだろうな」

「本当に」

 小さな声で、サーラが相づちを打ってくる。ジェスとリティは同時に口を閉ざした。少女の呟くような言葉の中に、自分たちとは違う感情があるような気がして。

「あんな、邪神の業なんて……勉強どころか、触れるのも汚らわしいのに」

 邪神という単語で、ジェスは理解する。彼女はかなり敬虔なエルネイス教徒なのだ。かの神の教えでは、魔術は対立するネルフィードを力の源とするとして忌避している。しかし、それならなぜ彼女はこの学校にいるのだろう。アルフォート学院で魔術が学ばれているのは、すでに世間にも知られているのに。

「……すみません」

 感情的になった己を恥じたのか、サーラはやはり小声で謝罪し、食事を再開した。だが、何となく会話をしにくい雰囲気が残ってしまい、三人ともそのあとは無言のままだった。









気づいたら三年放置してました……。

書けなくなった期間が一年あって、そのごスランプ

だったり別な長編を書いていたり……。

シアンとレヴィンのご先祖の話をしっかり

させることができたので、書きやすくなった

点はあります。先祖代々癒し系のシアン。




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