・水、煌きて・

 

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 じりじりと照りつける真夏の太陽の下を、出来る限り日陰を選んで歩きながら、服を汚している土埃を払い落とした。大気は熱気をはらんで僅かたりとも動くことなく、気力を奪っていくようだ。

 こんな暑い夏の日に、一体自分は何をしているんだと考えてしまう。

 こうしている理由ははっきりしているのに、そう考えてしまうのは、多分思考を朦朧とさせる暑さと先ほど魔物と戦った疲労のせいだろう。

 日の光を受けて煌く金の髪が、汗で肌に張り付いているのを鬱陶しく払いのけながら、シーヴァスは深い溜息を吐いた。

 何もこんな季節に、炎天下を自分の足で歩く必要などないはずの身分を持つ彼にとってみれば、今の状況は鬱陶しく苛立ちを募らせるだけのものであるはずなのだが、それでもシーヴァスは特に不満を口にすることなく歩みを進めた。

 それは、不満を向ける相手がいないということも理由であったし、望めば叶う夏に涼を求める生活が元来彼の望んだ生活だったわけではないことも理由だったかもしれない。

 そして何より、シーヴァスが今望んでいるのは涼やかで退屈な時ではなく、現実に乾いた喉を潤している水に他ならなかった。

 恐ろしいほど晴れ渡った空の下を、ただ歩くだけでも喉は渇きを覚えるというのに、不運にも魔物と出くわし戦いを終えた後では、喉の渇きどころか目眩までも感じられるようである。

 幸いにも主街道から外れていない場所なので、探せば水飲み場や井戸くらいは見つかるはずで、実際シーヴァスが澄んだ水の溢れた水飲み場を見つけるのは、そう時間を必要とすることではなかった。

 きらきらと光を反射しながら地下から引き上げられ溢れ出ている水は、それだけで暑さを和らげ渇きを潤すような気を起こさせた。

 けれども、その水を手に掬って口元に近付けた時から僅かな違和感は感じていた。

 そして水を口に含んで飲み下した時、違和感は確信に変わった。

 喉の渇きは、確かに消えた。けれども地下から現れたばかりの水に冷たさはなく、水を確かに飲んだのだという実感も得られない。ただ喉の渇きを感じなくなったという感触だけが、どうやら水を口にしたらしいと思わせるだけなのだ。

 シーヴァスは不意に、喉ではなく心の奥に渇望を感じた。

 子供の頃、まだ両親が健在だった頃の記憶が脳裏を掠める。その頃に、今と同じような真夏の日に、口にした一杯の水はどんなに美味であったことか。同じように水を口にしていながら、何故今はそれが得られないのだろうか。

 味わいのない水、冷たさのない水。

 そこを中心にして、シーヴァスは世界が灰色になっていくような気がした。そのままであれば、暑さが起こさせた体調の異変だとでも考えていただろう。けれどもシーヴァスは、自分の感覚が間違っていないことにすぐさま気が付いた。

「シーヴァス」

 何故なら、ただ一人の声で世界に色が戻ったから。

 その声が聞こえた瞬間、灰色に留まった世界が急に動き出したように感じられた。夏の太陽はそのままに、けれども不意に感じられる微風は驚くほど爽やかに涼を感じさせた。

「あの、魔物と出合ったと聞いて…。」

 指先に感じる水の冷たさのように、心地よく澄んだ声が耳に届く。

 声のする方向、空に顔を向けると心配そうな表情で銀の髪の天使が舞い降りてくるところだった。

「お怪我はありませんでしたか?」

 彼女の声が、その存在が、世界の調を整えていく。同時に麻痺し白濁としていたシーヴァスの意識も鮮明なものにしていく。

「怪我はないな。」

 そう答えるシーヴァスに、ようやく安堵の微笑を浮かべた天使を目にしながら、シーヴァスは彼女がいつだったか口にした言葉を思い出した。

 今のこの地上は時が淀んでいるのだと。

 地上の人間たちには気付くことが出来ないが、時のよどみは確実に世界を崩壊に向かわせているのだと。

 それを回避するために、この天使に勇者として選ばれたシーヴァスだったが正直なところ、彼女の言葉を実感として捉えたことはこれまだに一度もなかった。

 たった今の経験の除けば。

「レティシア……。」

「え、はい?」

 何か別のことに気を取られている様子だったシーヴァスに、不意に名前を呼ばれてレティシアは僅かに驚いた様子で首を傾げた。ゆっくりとした動きで背の翼をたたみ込み、地表に足をつけると、先ほどまで見下ろしていた視線で、シーヴァスを見上げた。

 さらさらと零れる銀の髪に、流れ落ちる水音が重なり、いっそう鮮烈に世界のありようが意識に流入してくる。

「あの…、どうかしたんですか?」

 名前を呼んだまま黙って自分を見詰めるシーヴァスに、レティシアは僅かに困惑を見せながら躊躇いがちに尋ねた。そのささやかな仕草に、彼女を困らせてしまっている自分にシーヴァスが苦笑する。

「いや…。 わざわざ来てくれたんだな。すまないな。」

 そう口にすると、レティシアははにかんだ笑みをほんのりと浮かべた。

 極々、ささやかに。

 けれども何よりも鮮やかに。

 目に映る鮮やかさは清水の如く染み渡り、心の奥底を焦げ付かせていた渇きをいつの間にか忘れさせていた。

 淀んだ時が世界のあり方自体を曇らせ、気付かれぬままにその色を奪っているのだというのなら、堰き止められた時を解放した時、世界はどれほどの輝きを取り戻すというのだろうか。

 天の輝きを運ぶ彼女ほどにだろうか、それとも澄み渡った世界でもなお彼女は特別なのだろうか。

 どちらにしても、それをシーヴァスが思い知った時、彼女は地上にはいないのだけれども。

 シーヴァスは冷たさを取り戻して指先を濡らす地下からの水に、自分の想いを浸して熱さを流し去ろうとした。

 そして暑さの中で知った心地よさは、いっそう自分の熱を思い知らせるのである。

 

 

 


暑中お見舞いに

SEPIA様からいただいた

創作です。夏にぴったりの、

爽やかで涼しげな雰囲気が素敵

ですね〜。純文学っぽい

深さがいつもすごいと思います。

SEPIA様、どうもありがとう

ございました。

 

 

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