運命の双子



 雨の女神が洗っていったのだろうか。遠くの空が鮮やかに青かった。
 蒼穹を横切る鳥の影を、エレフは紫の目を細めながら見つめていた。
「エレフ、どうしたの?」
 よく似た顔立ちの妹が、両手に一杯木の実を持って駆けてくる。顔の左側で編み込まれた銀の髪に、一房葡萄酒色が混ざっている。エレフもそれは同じだが、彼は反対側を編んでいる。物心ついたときから、毎朝母が整えてくれるのだ。
「また鳥を見ていたの? 本当に好きなのね」
「ミーシャだって、湖のお月様が好きじゃないか」
「だって綺麗じゃない」
 ふふ、とミーシャは笑った。彼もつられて頬をほころばせる。
 彼らは双子だった。季節により色を変える山の中で、優しい父と美しい母、そして互いの片割れ以外を知らずに育った。
「木の実、集まったの?」
「ええ。薪も十分じゃない?」
 申し合わせたように、二人は同時に歩き出した。
 夏の日のみずみずしさを少しずつ失っていく草や、静かに眠ろうとする木々の様は、昔から少しも変わらないはずなのに、季節が巡るたびに何かが違うように思えた。
 彼ら自身もそうだ。どこまでも飛んでいける鳥たちにエレフがあこがれるように、ミーシャも水面の月にずっと想いを寄せている。
 くすり、とエレフは笑った。
「なぁに?」
「いや、ちょっと思い出しただけ」
 あれは、いくつの時だったろうか。ミーシャがひどくだだをこねて、父母を困らせていた。
「水に映った月を取って欲しいって、お父さんに泣いてお願いしてた」
「いやだ、まだ覚えてるの?」
 柔らかな頬をふくらませ、ミーシャの手が軽く肩を叩いてくる。それがさらに、おかしさに拍車をかけた。
「もう、いつまで笑ってるの!」
「あははは」
 その手から逃げるため走り出すと、すぐに彼女も追いかけてくる。けれど怒っているのは言葉だけだと、振り向かなくてもわかっている。
 秋の夕暮れは早い。少し冷たい風が、優しい匂いを運んでくる。
「早く帰ろう。お腹空いたよ」
「うん!」
 家までは遠くない。いつもより少し帰りが遅くなったから、母は心配しているだろう。
 時折振り返りながら、少年は家路を急いだ。


「探したぞ、ポリュデウケス……」
 炎のような赤い髪の、すさんだ顔つきの男。最後に見たときよりやや面変わりしていたが、忘れられるはずがなかった。
「スコルピオス殿下……!」
 ポリュデウケスは、妻をかばうため前に出た。剣が重い。手入れは怠らなかったが、もう何年もこうして持つことはなかった。
「アルカディアの双璧と謳われた勇者が、こんな山奥で隠遁生活とは。貴様、なぜ剣を捨てた?」
 後ろに数人の兵士を従えて、赤毛の男はぎらぎらとした目を少しも逸らそうとせず、彼を威嚇する。その剣は、いつでも彼と妻を刺し貫くことができるに違いない。
 あのころとは違う。
 だめだ、自分の剣では役に立たない。
 ポリュデウケスは、深く息を吸う。
「野心家のあなたにお話しした所で、ご理解いただけないでしょうが」
「ただいまお父さん!」
「お母さん! ……ぁ」
 勢いよく開けられた扉。
 よく似た顔の子供達。
 だめだ。
「ほほぅ。捕らえろ!」
 兵士が動く。
 彼は渾身の力で剣を薙いだ。
「早く!」
 全身で盾となり、妻を後ろへ押しやる。足を踏ん張り、振り下ろされた刃を受け止めた。
「子供達を連れて逃げなさい!」
 叫びながら、切り結んだ一人を打ち払い、脇を通り過ぎようとした二人目に返す刃を叩きつけた。妻は子供達の手を引き、すでに外へ飛び出している。
 どこまで持ちこたえられるか。
「ラコニア軍はすでに掌握した」
 その場の兵士達をすべてうち伏せた彼の前に、スコルピアスが立ちはだかる。
「ポリュデウケス。私の下で働け」
「断る、と申し上げたら?」
「ならば、冥府の王にでも仕えるのだな」
 残忍な笑み、膨れあがる、炎の気配。
 あのころには、まだ抑えられたものを。
 刃がぶつかり合う。一撃一撃、青き銅の鋭利さが奪われていく。
 それでも長く切り結ぶほどに、かけがえのない者達はより遠くへ逃げることができよう。
「ぃやあああ!」
 裂帛の気合いと共に、かつての勇者はすべての力を眼前の敵に叩きつけた。




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