花を贈ろう
亜麻色の髪、はしばみ色の瞳の、可憐な少女がこの腕に降りてきたときのことを、グリフィンは一生忘れないと思う。
誰よりも愛している、翼を捨てた天使。
「おはようございますっ、グリフィン!」
朝起きて、ぼーっとしつつかいかに降りたグリフィンを迎えたのは、いつものあわただしい「おはよう」ではなかった。
大分伸びた髪を二つに分けて三つあみにしているエイランは、満面の笑顔でグリフィンを見つめている。
「どうした? 今朝は卵焦がさなかったのか?」
「はい。見てください、綺麗に焼けましたよ……じゃなくって! 見てほしいのはこっちです」
一瞬つられて目玉焼きの皿を持とうとしたが、エイランが手にしてグリフィンの目の前に差し出したのは、こぼれそうなほどにたくさんの花が生けてある白い大きな花瓶だった。
「どうしたんだ、これ?」
「天界のお友達が持ってきてくれたんです! 今日、私のお誕生日だからって」
「誕生日?」
言われて初めて、グリフィンはそのことに思い至った。天使には人間のように生誕の日を祝う慣習などないものと、今までかってに決めつけていたのだ。
「天使はね、グリフィン。生まれた日のお祝いに親しい人から花を贈られるんです。その人にふさわしい花を選ぶんですけど、すっごく難しいんですよ」
「ふーん」
めずらしく饒舌なエイランがかわいくて、グリフィンはそんな彼女にいちいち相槌を返していた。自分の表情が柔らかいことに、彼自身は気づいていない。
「私も毎年迷ったんですよ。リリト先輩には薄い黄色の薔薇がいいかなって思うんですけど、マイア先輩は白薔薇以外思いつかないから同じ花になっちゃって駄目かなって思うし、でも早く決めないで他の友達とぶつかっちゃうのもいやだから、結局それにするんですけど」
「ふんふん」
「リールくんには福寿草にしたんです。リールくんって、とってもお花が好きだから、選ぶほうもとっても楽しいんですよ。それからアレクス先輩は、毎年菫をくれるんです。私も菫が好きだから嬉しいんです。でもでも、アレクス先輩はあいかわらずかっこよかったなぁ」
エイランが息をついだその瞬間、ぶぼっとグリフィンがコーヒーを噴出した。
「きゃあっ! どうしたんですかグリフィン!?」
わたわたと台ふきを持ってきてテーブルや床をふこうとするエイランの腕を、グリフィンが強くつかんだ。
「ぐ、グリフィ……?」
「『アレクス』ってな、男か?」
「は、はいそうです……」
グリフィンは、とてつもなく怖かった。本人に自覚はまったくなかったが。
「そいつがこの花を持ってきたんだな?」
「は……はい」
エイランが泣きそうなことにもまったく頓着せず、彼はやおら花瓶に手を伸ばすと、それをそのまま玄関に持っていこうとする。
「グリフィン! そのお花、どうするんですか!?」
「捨てるんだよ。決まってんだろ」
「駄目ですよう!!」
果敢にも彼女は彼の腕にしがみついた。
「一年ぶりに会えたんです。お花、もうもらえないと思ってたのに、来てくれたんです。なんで捨てちゃうなんて言うんですか? こんなに、こんなに綺麗じゃないですかぁ……」
後半はすでに涙声になっている。さしもの彼もうっと詰まった。
花に罪はない。それはわかっている。グリフィンが腹立たしく思うのは、自分の前でエイランが他の男の話をした、という一点に尽きた。
(お前、無邪気すぎんだよ)
純粋無垢、といえば聞こえはいいが、元天使の乙女はどうも感情を素直に表しすぎるきらいがある。彼女が自分のことを慕ってくれているのは、身をもって知っているが、それでもおもしろくないものはおもしろくない。要は、つまらない独占欲なのだ。
仏頂面のグリフィンと、うるうるしているエイランは、少しの間にらみ合っていた。が、勝負の行方など最初からグリフィンの負けに決まっているのである。
(つくづくこいつの泣き顔に弱いよな、俺は)
グリフィンはため息をつき、花瓶をエイランに渡した。ひったくるようにそれを受け取った彼女は、素早く彼の手の届かないところに持っていった。
「ご飯冷めちゃいましたよ。早く食べてくださいね」
あからさまに不機嫌な声で言って、彼女は彼を待たずさっさとパンを食べ始めてしまう。
彼も黙ってテーブルについて、もくもくとめずらしく成功した目玉焼きにフォークをつきたてた。
「……」
「……」
沈黙。
ただ沈黙。
気まずいことこの上ない。
早くこの場の空気を変えたくはあったが、そのきっかけをどちらが先に作ることになるのか、彼にはわかっていた。
二人の食器がからになったとき、エイランが口を開く。
「なんで、怒ったんですか?」
やっぱりな、とグリフィンは心の中で笑った。彼女はグリフィンに怒られるのを最も苦手としている。
「私、何かしたんですか? ごめんなさい」
「何が悪いかもわかんねぇで、謝るんじゃねぇよ」
「ごめんなさい」
うつむく彼女の肩を、亜麻色の三つあみが滑り落ちる。
「エイラン」
彼はその頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。そして彼女が恐る恐る顔を上げるのを待って――。
「――っっっ!?」
小さな唇の横に、キスをした。
ぼーっとなっているエイランの耳元で、そっとささやく。
「お前からキスしてくれたら、許してやる」
「っっっっっっ――!!」
果たして、エイランが言われた通りにしたのかどうか、それはまた別の話。
999ヒットの、かずし様へのプレゼントです……。
なんかあったのか自分……。
新婚さんネタです。新婚さんは苦手ジャンルのひとつだったのに。
今回の目標は「嫉妬するグリフィン」
だったんですが、すっかりテーマが「なんだかんだいって
すぐに仲直りする新婚さん」になっちゃいました。
どんなもんでしょうね?
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