他のラルジェアの者はいないのかと、ルディルは使者に尋ねた。すると使者は困ったように、サージェン以外のあの一族の者は、村に足を向けないのだとだけ答えた。その回答では納得できなかったものの、カイはこれといって重大なことでもないと快く頼みを引き受けた。
そして三年目の祭りで、また前の年と同じ儀式を行い、前年までと同じようにカイは村人や友人達と、賑やかに祭りを楽しんだあとに深い眠りについたのだった。
目覚めは、唐突だった。村の一軒に泊めてもらったのだが、まだ細い月明かりが閉じた窓の隙間から漏れてくるような時刻に、カイは眠りから醒まされたのだった。
「何だろう……」
疲れていたはずなのに、意識は冴え冴えとしてとても寝直すことはできそうにない。彼は少し考えたのち、寝台から降りて外へ出ることにした。
月明かりを見たと思ったが、扉をくぐると実際は夜明けが近い時刻だった。朝の始まりが見える、終わりの近い夜の中を不思議な気持ちでカイはゆっくりと散歩していた。
昼と夜、光と闇の混じり合う時間には、思いがけないものと出会うこともある。
そんな話をしてくれたのは、誰だっただろうか。幼い頃、寝物語に養い親が聞かせてくれたのか、青い炎の乙女が秘密めかしてささやいてくれたのだったか。
無目的に歩くうち、村の入り口まで来ていた。風が冷たくて身震いし、カイはひたと足を止めた。
光と闇が曖昧なときには、思いもしないものとの邂逅がある――。
記憶が蘇る。そのことを話してくれた静かな声、穏やかな口調。そして、優しいまなざし。
鮮やかな青の。
「……サージェン――!!」
一瞬喉に詰まったが、カイは大きな声で友の名を呼んだ。感激で胸が震え、心のままに彼は予言者の青年に駆け寄ろうとしたのだが。
「……」
他ならぬサージェンが、片手を上げてカイを制した。言葉はなかったが彼の身体から感じられる威厳のような空気に、カイは動くことができなくなる。
「サージェン」
それでも、カイはせめてと彼に声をかけた。
「あの日突然君がいなくなって、どれだけ僕が心配したと思ってるんだい? 僕だけじゃない、ユアニも、村の人も、ルディルやカーサだって口に出さないだけで君のことを気にかけていたよ。本当に……三年も。その間、村の祭りの日に『術』を使うのは、僕の役目になってしまったよ」
「君は、とても見事に『魔力』を使うようになったね。カイ」
ようやく、サージェンが口を開いた。三年ぶりに聞く彼の声、彼の声を纏う自分の名前に、カイの心は熱く揺さぶられる。
だが、サージェンは依然としてその場から動こうとはせず、距離をおいたままで彼は次の言葉を発した。
「この三年。私は、待っていた」
何を、と問うことは叶わなかった。
霧が、突如サージェンの細身の身体を包み込む。驚いてカイは駆け寄ろうとしたが、すぐに霧は飛び散って、そのあとには青の予言者の姿は消えていたのだった。
夢だったのか、と明るくなってから再び起き出して、カイはぼんやりあの出来事を思い返していた。朝食を採って一休みしていると、ますます現実感が薄れていくのだ。
「どうした、カイ?」
「ぼーっとして。まだ疲れてんのか?」
ルディルとカーサが、言いながらカイの顔を覗き込んできた。
「何なら、もう少しゆっくりしてってもいいんだぜ? ルディルだってかまわねぇよな?」
「な、なぜ俺に振るんだ」
カーサがにやにやする理由をもちろんカイも知っているから、彼も便乗した。
「そうだよ。別に離れてるわけじゃないのに、ルディルはなかなかこっちに来ないんだから、こういうときくらい少しでも長く、彼女と一緒にいてあげなよ」
「カイまで何を!」
ルディルは、その髪と同じくらいに頬を赤く染め、それを見たカーサはにやにや笑いをさらに深くした。
ユアニは、カイ達が去ったあともこの村で暮らしていた。だが、まだ彼らがここにいた一年と少しの間に彼女はずいぶんと幸福そうに、美しく微笑む娘になっていた。特に、ルディルが傍にいるときは、彼女のはにかみ混じりの笑顔ははっとするほど輝くのだ。
ルディルのほうも、彼女を大切に想っているのは周囲の目にも明らかだった。それなのに、二人がずっと一緒にならない理由は――。
(もし、僕が会ったサージェンが本当に本物の彼だったら)
ユアニは、特別に喜ぶに違いない。花嫁になる姿は絶対に兄にも見せたいのだと、切ない瞳で望んだ彼女は、あれからずっと彼の帰りを待ち続けていた。
「何だ?」
家の外が、急にざわめき始めた。
「カイ様!」
ばたんと大きな音を立てて扉が開き、小柄な娘が転がり込んできた。
「イニル? どうしたんだい?」
「大変なの! でも、とってもいいことよ! 早く早く、カイ様ったら!」
少女に手を引かれるままに、カイは家を出て……驚愕のために瞠目した。
鼓動が、妙にはっきりと聞こえる。風が鳴っていた。
今彼の視界には、ただ一人しか存在していなかった。
やはり、あれは夢ではなかったのだ。
「サージェン……!」
彼は、やっと帰ってきてくれたのだ。この村へ。妹のもとへ。カイのところに。
「あ、間違いなくあいつだぜ!!」
「まったく……今の今まで、俺たちを心配させて、どういうつもりだったんだ」
少し遅れて、カーサとルディルがやってきて、サージェンの姿を見出した。カイの前に出ようとしないのは、彼らがカイを思いやってくれているからなのだろう。
どんなに、この瞬間が現実になるのを待っていたことか。
「サージェン」
幻ではない彼に、触れる瞬間。彼が自分に微笑んでくれる瞬間。彼の声が、自分の名前を呼ぶ瞬間。
これは、間違いなく現実だ。
「……カイ」
サージェンの声で呼ばれて、カイは全身を喜びに震わせた。足までもが、止まってしまう。相当に緊張し、歓喜している自分を知り、苦笑しつつカイは再び足を踏み出そうとする。
空気を切る音が、すぐ耳元で聞こえた。
「カイ!?」
「お前っ……カイに何しやがる!!」
ルディルが駆け寄ってきて、カイの頬を持っていた布でぬぐった。白い布に、赤い染み。
(血……?)
茫然としているカイの向こうで、カーサがサージェンの胸ぐらを乱暴につかんで揺さぶっている。
「何でカイに攻撃した!? カイがあそこで止まってなかったら、もっと大怪我してたところだぞ!?」
徐々に、カイにも事態が呑み込めてくる。先ほど、カイの頬を空気の刃が切り裂いたのだ。それは、確かに『魔力』によるもので、この場でそれができるのはカイと……。
「どうして……サージェン」
抑揚を欠いた、ほとんど息のような言葉が彼の口から漏れた。サージェンは、ゆっくりと彼のほうに首をめぐらせて、小さく、唇を動かした。