ピクニック
サンドイッチ、林檎はウサギの形に切って、いちごのジャムを詰めた瓶と、こんがりきつね色のスコーンをバスケットにつめこむ。
「よし、と! リュドラルー、準備できたー?」
エラトは自分のアッシュブロンドをハンカチでくるくると包みながら、二階にいる青年に声をかけた。
「もうちょっと待って……うわっ!?」
どどどど! と派手に何かが崩れる音がして、エラトは反射的にできたばかりのお弁当をかばった。実際、少し家が揺れた気がする。
「リュドラル? 大丈夫?」
しーんとなってしまった二階が不気味で、彼女は恐る恐る階段を昇りかけ。
「ぶはっ!」
ほこりだらけのリュドラルが、物置の扉から転がり出てくるのを目の当たりにして、彼女は少し安心した。怪我でもしていたら大変だ。
しかし、怪我はないようだが彼の格好はひどいものだった。ズボンも上着も、さらに顔も短い茶色の髪も、真っ黒に汚れてしまった彼は、まだ周囲にもうもうと舞いあがるほこりにくしゃみをした。
「りゅ、リュドラル……」
悪いとは思いつつ、彼女は笑い出した。
「なんだよ、もう。笑うことないじゃないか」
「う、うん、ごめん。あはははははっ」
大爆笑する彼女を最初のうちこそ憮然と軽くにらんでいたリュドラルだったが、そのうちつられて自分も笑い出してしまう。
こんなところが、喧嘩も長続きしない原因なのだろう。
エラト――恋詩の意味の名を持つ少女は、かつてその背に淡い緑の翼を負っていた。地上のどんな宝よりも美しく尊いそれが今はないのは、彼女が両翼より価値あるものを見出したからだ。
インフォスという、神の造りし世界の一つで。限りある命と際限ない欲の塊である人間という生き物の中に。
彼女の勇者としてともに戦った、竜の養い子である青年リュドラルが、エラトの至宝である。
出発までにいろいろあったが、二人はほぼ予定通り、太陽が真上にたどり着くよりもずいぶん早く、仲良く連れ立って家を出ることができた。
「待たせちゃったかな? 急ごう、リュドラル」
「まだ大丈夫だよ。慣れない人の足だと、俺たちよりもずっと時間がかかるから」
手早く身体を洗い、さっぱりした服に着替えたリュドラルは、焦るエラトを安心させるように言った。
「でも、彼女は足腰も腕もずいぶん丈夫よ? こーんな大きな剣、ぶんぶん振りまわすんだから。あたし一回持たせてもらったけど、立ってるのも大変だったのよ。だからこんな山道、ひょいひょいひょいって三歩で登っちゃうかもしれないわ」
「それは無理だと思うよ……」
エラトはとても賢い少女なのだが、少しばかり世間知らずなのは否めない。今の発言については、足で移動するしかない人間の不便さをまだよくわかっていないゆえと見ることもできるのだが。
「あっ!」
早足で――といっても、身長と歩幅の差でゆっくり歩くリュドラルと同じくらいの速度になってしまうのだが――ちょこまかと進んでいたエラトの表情が、みるみる明るくなった。懐かしさと嬉しさがないまぜになった声で、彼女はお腹の底から叫んだ。
「フィーアーナーっ!!」
大声と同時に走り出している。あわててリュドラルはすれ違う瞬間に彼女の手からバスケットを受け取った。彼女の勢いだと、お弁当はぶんぶか振りまわされて、開けた瞬間悲惨な気分になりそうだった。
エラトは髪をまとめていたハンカチも振り飛ばして、長いアッシュブロンドをくしゃくしゃにして走っていく。待ち合わせ場所に指定しておいた、大きな樫の木の前に立っていた長身の女性は、少し驚いたように駆け寄ってきたエラトを受け止め、次いで微笑んだ。
「久しぶり。ああでも、あいかわらずだね。うまくやれてるか、ちょっと心配してたんだよ」
「リュドラルが一緒だもん。あたし大丈夫よ。フィアナは病気とか怪我とかしなかった?」
「一年に何回かは風邪ひいたり怪我したりもするけどね。……あたしが心配してたってのは、あんたがどじばっかりしてないかってことだよ、エラト」
「ひっどーい!」
華やかで楽しげな乙女たちの会話をゆっくり歩きながら聞いていて、リュドラルは面映かった。どうも、女性のおしゃべりを聞くのは苦手なのだ。
「あ、リュドラル久しぶり。あんた、背伸びた?」
「はい。こんにちは、フィアナさん」
短い栗色の髪を頭頂部で結い、快活に挨拶してくる美しい女性は、フィアナ・エクリーヤ。リュドラルと同じで、かつてエラトの勇者であった、腕利きの剣士にして賞金稼ぎだ。
「リュドラル、いつの間にお弁当持っててくれたの?」
案の定なエラトの言葉に、自分の判断が正しかったことを知ってリュドラルは苦笑した。
「やっぱり心配が当たってたみたいだね」
「どういう意味よ、フィアナ!」
むくれるエラトの顔がつい笑いを誘い、リュドラルとフィアナは笑みを浮かべた顔を見合わせた。
デュミナス帝国は大きな一つの島である。少し前王妃が無謀な戦を世界に対して行ったが、今は無残な傷の上にも新しい生命が息づき、過酷な記憶を優しく覆い隠さんとしている。
三人が歩を止めたのは、鮮やかな色彩の溢れる森の中の広場だった。
「リュドラル、ござ敷いて」
「うん」
肩に担ぎ上げていたものを、リュドラルはばっと広げた。今朝、奮闘の末物置から引っ張り出してきたのはこれだった。
「どうしたの、これ?」
「山の麓の村に、トリシアちゃんって友達がいるんだけど、彼女がくれたの。いろいろ使い道があって便利よって」
「たとえば?」
「野菜を干したり、今みたいにピクニックのときに敷いたり。あ、野菜は今は干してないから」
いちおう裏返しにしといたし、と言うエラトに頷いてみせ、フィアナは靴を脱いでござの上にあがりこんだ。
「お弁当にしよう!」
彼女の隣にちょんと座った少女が、嬉々としてバスケットからお弁当を取り出して、目の前に並べていく。
「エラトが作ったの?」
「うん。これ全部あたしのお手製でーす」
ハムとキャベツをはさんだサンドイッチ、ウサギの林檎、こんがり焼けたスコーンに手作りらしいジャム。さらにビスケット、パイ、マドレーヌ……。
「……よくこんなに作ったね」
「だって、久しぶりにフィアナに会えるんだもん」
バスケットから、魔法のように次々出てくるお菓子や食べ物に、フィアナもリュドラルも唖然としていた。そんな二人の内心にはまったく気づかず、エラトはにっこり微笑んだ。
「さ、召し上がれ」
花の中を渡ってくる風と、強く明るく輝く太陽の下で、三人はたくさんの話をしながら食事を楽しんだ。不思議なもので、最初はとても食べきれないと思ったたくさんの食べ物も、弾む会話と柔らかな自然の香りの中だといっそうおいしくて、いつもよりも食が進む。
「ああおいしかった。料理がうまいね、エラト」
「えへへ。リュドラルもおいしかった?」
「うん、とってもね。ごちそうさま」
エラトがそれは嬉しそうに笑ったので、リュドラルもフィアナもいい気分になる。
風が、三人の間をふわりと通りぬけていく。花の香りが心地よい。
「あたし、お花摘んでくる。夕ご飯のとき、テーブルに飾るの」
言葉と同時に立ち上がり、彼女はあっという間にスカートを翻して走っていってしまう。食事を終えたばかりだというのに、あんなに動いて大丈夫なのだろうかとリュドラルは思わずにいられなかった。
それはフィアナも同じだったようで、ふと目が合うとくすりと笑った。
「あの子は、今でも天使なんだね。明るくて自由で」
少し離れたところで無心に花を摘む少女の背中を、フィアナは優しいまなざしで見つめた。
「ほんとのこと言うと、あたし、あの子が地上で人間として暮らすって聞いてすごく心配したんだ」
「……」
リュドラルは、黙って彼女の言葉の続きを待った。
「あんたとは旅の途中で一回会っただけだったよね。人を見る目に自信はあるから、あんたがどういう人間なのか、あのときだけでだいたいわかったつもりだよ。でも、天使がここで生きていけるのか、あたしにはわからなかった」
短いポニーテールの、凛々しく美しい女剣士は、ゆっくりと視線をリュドラルに戻す。
「だから、突然会いたいって手紙出したんだけど……。取り越し苦労だったんだね。エラト、とっても幸せそう」
すっと右手を差し出されて、リュドラルは少し戸惑って彼女を見た。右手は、彼女の利き手であったはずだ。剣士は、利き手を他人に預けたりはしないはず。
「あの子はあたしの命の恩人で、大事な妹分。大切にしなよ」
「フィアナさん……」
利き手の握手は、信頼の証なのだと理解して、リュドラルは元気よく頷いて彼女の手を握り返した。
「はい!」
「ん。いい返事」
互いに手を離したとき、エラトが二人を呼んだ。
「ねえねえ。持てなくなっちゃった! 手伝ってー!」
「……夫婦喧嘩の種になるところだった」
悪戯っぽく舌を出したフィアナは、何事もなかったかのようにエラトに手を振った。
リュドラルはと言うと、耳どころか首まで赤くなってしまったことを気づかれないうちに、平常心を取り戻そうと必死になっていた。
808hitを踏んでくださった、パスタ
様へのプレゼント創作です。フィアナとリュドラルと天使ちゃん
で、ほのぼのになったと思いますが……いかがでしょうか?
リュドラル、フィアナが相手だと口数が少なく見える
のは、何となく彼が年上の女性(とくに美人)
に弱そうな気がしたからです(^^;)。
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