幼馴染み

 

 

 

 神に近き場所は、いつも光に溢れている。姿のないまばゆい踊り子たちの向こうにくるくると翻るそれを見つけ、少年は顔中を微笑みで満たした。

「マイア!」

 きつい金の巻き毛を持つ、大人びた顔立ちの少女が振り返り、彼の姿を認めて顔をしかめた。それでも、少年の笑顔は変わらない。

「ね、マイア。今日は何して遊ぼうか? 昨日は約束してたのに、マイアどっかに行っちゃうし……」

「……」

 少年は、少女がふいと逸らしてしまった視線の先に回りこみ、真っ直ぐに見つめ返す。走ってきたためにはねている黒い髪と、興奮に上気した頬の赤、無邪気な金の瞳が少女のアイスブルーの鏡の中に映った。

「どうしたの? マイア、どこか痛いの?」

「違う」

「でも、すごくいやそうな顔してる」

「いやだから」

「何が?」

 少年は小首を傾げる。マイアと呼ばれた少女の方は、そんな彼の仕草にますます表情をきつくした。彼女自身に自覚はないが、怒りが巻き毛に縁取られた彼女の美貌をますます際立たせている。

「どうしてアレクスは、いつまでも私と遊ぼうとするの? 他の男の子と遊べばいいじゃない!」

 マイアに怒鳴られて、アレクスの大きな金の双眸はこぼれそうなほど大きく見開かれた。好奇心と、疑問と、そして驚きがその中にあって、マイアの決心はくじけそうになった。彼女とて、彼が嫌いなわけではないのだから。

「……マイアは、僕と遊ぶのがいやなの?」

 よく表情の変わる少年は、あっという間に笑顔を引っ込めて悄然とうなだれた。彼の感情は何よりも大きな目が雄弁に物語っており、間近でそれを見ているマイアは危うく首を振りそうになる。けれど、心の中で叫んだ。

(私、決めたんだから!)

「もう遊ばないの。だって、次の生誕の日が来たらアレクスと私は会えなくなっちゃうじゃない」

 天使は、男女分かれて成長期を過ごすという掟がある。人間年齢で六歳を迎えると、子供たちは養成施設に入れられる。そこを出るまで、異性に会うことは愚か施設の外にすら出られないのだ。

「だから、アレクスもいつまでも私と遊んでちゃだめなのよ。この前だって、私からかわれたんだから」

「……うん」

 アレクスの瞳は、とうとう潤んできてしまった。本心では、マイアも泣きたい。

 二人は、生まれた日が近かったため、今までずっと一緒に育ってきた。マイアにとってアレクスは弟であり、彼も彼女のあとを着いて歩いていた。何をするのも一緒で、大好きな幼馴染みだ。

「でも、僕マイアが好きだよ」

「知ってる。でもだめ。もうずっと会わないから」

 同い年の少女たちは、いつまでもアレクスと一緒にいるマイアをからかう。花輪も編めない男の子と一緒にいて何が楽しいの、小鳥のように歌えない男の子の何がいいの、と。

 恐らく、アレクスも同じに違いない。

「じゃあね。私、カナンと遊ぶ約束してるから!」

「うん。じゃあねマイア」

 別離を告げたのに、アレクスは気軽に言った。また明日も、なにも変わらないのだと信じているかのようで、マイアの方が切なくなる。

「マイア」

 少女がまだ小さな空色の翼を広げた時、少年はもう一度彼女を呼んだ。

「僕、ずっとマイアが好きだよ。僕の友達」

 彼女は、無言のまま飛び去った。

 

 

「ねえ、マイア」

 レンカに呼びとめられて、マイアは足を止めた。道を往来する天使たちの邪魔にならないよう、脇へ寄る。紅の翼の少女は、なぜかもじもじしながら一通の手紙を彼女に差し出した。

「? なにこれ?」

「恋文だって。シェルからよ」

 最近、妙になれなれしくまとわりついてくる男天使を思い出し、彼女は思いきり憮然とした。施設を出て一年あまり、寄生虫の如く寄ってくる男は星の数。その全員が同じ物を目当てとしているのを彼女はちゃんと知っていた。

「破って捨てておいて。読む気なんてないから」

「相変わらず冷たいのね。でも、わかるかも」

 銀の髪を背に払って、なぜかレンカはくすくす笑った。その笑い方が妙にいわくありげで、マイアの不機嫌はいや増した。こんな、少女たちの含み笑いは好きではない。

「幼馴染みの彼、素敵よね」

「は?」

 突然話題が幼馴染みに移り、彼女は面食らった。どうしてここまで飛躍するのか理解できない。わからないことが多いと、ますます不愉快になる。

「どうしてそこでアレクスが出てくるの?」

「えー? やだマイアったら、怒ったの?」

「別に。彼がどうかしたの?」

 また、レンカは喉の奥で笑い声を立てた。マイアの気持ちを逆撫でしていることは露知らず。

「ねえ、シェルの手紙は破っておくから、その代わりこれをあなたの幼馴染みに渡してくれない?」

 彼女は、どこかから一通の封筒を取り出した。香水を含ませ、ろうで封緘をしてあるそれは、こういうことに疎いマイアからみても艶っぽいことが書かれていると一目でわかる物だった。

「いいわよね? あなたたち、ただの友達なんでしょ?」

「……わかった。渡しておく」

 なるべくレンカを見ないようにして、彼女は手紙を受け取った。

 こういう頼まれ事は初めてではなかった。だから、こんな時の少女たちの表情が何かとても――マイアの不快感をあおるようないやな匂いがするのを知っていたから、目を逸らすのだ。

 

 施設を出てから、お互いまともに話をしたことはなかった。別れ方が一方的だった手前、マイアの方から訪れるのは何となく気が引けたし、離れていた期間はそれなりに長くて、話をしにくかった。

 アレクスも同じだったようで、恋文の配達という用事でも彼女が訪れていくと喜んでくれた。あの頃の無邪気さが少しだけなりを潜めていたが、真っ直ぐで好奇心が旺盛な少年であることにかわりはなかった。

「マイア!」

 図書館から出てきたところを運良く見つけ、声をかけると彼は笑って駆け寄ってきた。

「また何か難しい本を読んでいたの?」

「うん、回復魔法についてのラファエル様の論文を。マイアも読む?」

「いい。わからないから」

 離れている間に、アレクスはマイアに背がおいついていた。子供のときは、わずかにマイアの方が大きかったのにと、最初にそのことに驚いた。もう少しすれば、きっと追いぬかれてしまうだろう。

「今日は何? また手紙預かってきたとか?」

「そう。ほら、これ。レンカから」

 彼はそれを受け取りはしたが、何でもない顔でしまいこんだ。

「興味ないって顔ね?」

「うん、ない」

 あっさりした答えが、妙にマイアの癇に障った。レンカの態度は気に入らなかったが、こんな扱いはひどい。

「失礼だわ、アレクス。それは、恋文なんて腐るほどもらってるかもしれないけど――」

「真摯な言葉だったら、俺だってちゃんと読むよ」

 マイアの剣幕をそぐように、彼は肩をすくめてみせた。彼女の方は、訝しさに眉をひそめる。

「この……レンカ? 彼女は俺のことなんて何とも思ってないよ。彼女はね、ライドともティティスともハミルとも恋人みたいにつきあってる。みんな俺の友人だもの、間違いないよ」

「……嘘」

「本当。さらにいうとね、彼女はいつもたった一人を追いかけている。それは俺じゃない」

「ひどい」

 マイアの怒りは、今度はレンカに向けられた。

「どうしてそんなことするの!? 本当に好きな人にそう言えばいいじゃない!」

「たぶんだけど、彼女は追いかけているのが好きなんだよ。でもそれじゃ耐えられないから、そういう時のために三人のかりそめの恋人がいる」

「でもそれじゃ、その三人を騙してるってことじゃない!」

「……手に入れるのが、恐いのかもしれない。そういうの、俺も少しだけわかる」

「アレクス――」

 くってかかろうとして、マイアは言葉を飲みこんだ。アレクスの、切ない思いが見えた。金の瞳はいつもの真昼の輝きだけではなく、斜陽のはかなさをも内包していた。

 この感情は、何を意味しているのだろう。

「アレクス?」

「――そういうことだから、この手紙に返事はしないから。じゃあ、また、マイア」

 挨拶のキスを彼女のこめかみに残し、アレクスは天に舞いあがった。銀色が空に解けていくのを半ば茫然と見送り、彼女は静かに溜息を漏らす。不思議と、泣きたい気分だった。

 アレクスを置いてきたつもりだったのに、抜け出した気でいたのに、反対にどんどん彼から引き離されていくようで、心が寂しかった。

 

 

 銀の翼の青年をそのとき支配していたものを、彼女が知るのはずっと先の未来において、それに囚われた瞬間のことであった。

 

 

 

 


5000Hitの白桜様にプレゼントしました。

マイアとアレクスの思い出の話です。書いてみて

絶句しました(^^;)。二人とも

このままで成長してたらどういうことになってたんでしょうね。

歳月は残酷ですねぇ。

それはともかく、白桜様

ありがとうございました!

 

 

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