ティー・タイム

 

 

 

 インフォスでの任務も順調に進み、新米守護天使としての生活にも余裕が出てきたころ。

 その、天使アレクスは、退屈を持て余していた。

 補佐の妖精たちは仕事でばたばたと忙しく、話し相手にもなってくれそうにない。天界に行く用事もない。自分の分の仕事はとっくにすませてしまった。勇者たちは当面の事件を解決している。こういうわけで、彼はとてもとても暇だったのである。

 幸か不幸か、彼は要領がよかったのだ。勇者たちを動かすのも、きちんとその勇者の状況――現在地や体力など――を把握して、先の計画も立てた上でのことだから、成功しないことのほうが少ないくらいだった。そして、ゆとりができたら暇になってしまう。

(いや、もう一つすることがあったな)

 机の上にだらだらと寝そべっていたアレクスは、それに思い当たると急いで立ちあがって藍色のローブを羽織った。かなりルーズな部類に入る彼の出で立ちだが、それがかえってすらりと均整の取れた彼の肢体を強調している。

「あら? どちらへいらっしゃるんですか、天使様?」

 しとやかな豹の妖精の言葉が追いつく前に、彼は銀の翼を強く羽ばたかせて勢いよく地上へ降りていった。

 

 デュミナス皇国はようやく朝を迎えたばかり。この国にあるブルンという小さな村には、医師は一人きりしかいない。とても腕がよく、気持ちは優しく強靭で、自らを省みずに病人・怪我人に接するその医師はまだ二十五歳と年若い。長い銀色の髪の青年の名は、ディアン・アルヴィースという。

 天使アレクスが選んだ、インフォスの勇者の一人でもあるのだ。

 ディアンの診療所は、それほど大きくない。この時間どこに彼がいるのかをだいたい把握していたアレクスは、北側にある窓から家の中をのぞきこんだ。

 予想通り、ディアンはそこにいた。診察室のものを丁寧に整理している。室内に他に誰もいないのを確かめて、アレクスはこんこんと窓を叩いた。

「……天使様。どうなさいましたか?」

「用事はないんだが、様子を見にきた」

 開けてくれた窓からするりと滑りこみ、アレクスは床に降りて翼を畳んだ。そうして並ぶと、ディアンのほうがやや背が高い。

「やつれてるな? また徹夜だったのか?」

「ええ。昨夜急に運びこまれた怪我人がいまして。手術は成功して、今はもう自宅に戻っています」

「大変だったな」

 彼は、手を伸ばしてディアンの額に触れた。ほんの微量の癒しの力を、ゆっくりと送りこむ。しばらく続けていると、銀髪の青年の疲れた表情が和らいだ。

「ありがとうございます、天使様。これで、今日の診療を始められます」

「おいおい。今は少し気分がいいかもしれないが、これは一時的なものだぞ。お前のことだから、患者がいる限りずっと働くつもりなんだろ?」

「もちろんです。この辺りには、私しか医者がいないのですから」

 これ見よがしに、彼は大げさにため息をついてみせた。前から思っていたのだが、ディアンは真面目過ぎる。これでは勇者の仕事など頼みに来る余裕がないし、何よりディアンの身体のほうが心配だ。

「わかった。そういうことだったら、俺も協力する」

「え?」

 突然妙なことを言い出す天使に、ディアンはただ首を傾げるばかり。それを気にもとめず、アレクスは楽しげに笑った。

「安心しろ。アルスアカデミアにも医術の教科はあるんだ」

 

 

 その日、小さな診療所は今までにないくらいに患者の訪れが多かった。なぜか差し入れを持った女性たちが目立ったが、誰も何も言わなかった。

 どこから来たのかまったくわからない、神々しい美貌の青年助手の姿を見ると、誰もが心からの癒しを感じたからだ。

 

 午後のひととき、診療所は静寂に満たされる。簡素な休憩室で、ディアンはぼんやりと椅子に座っていた。

 意外に医者としても優秀だった天使が手伝ってくれたおかげで、たくさんの患者を診察できた。それはいいのだが、どこからか彼の噂を聞きつけて見物に来た女性たちの応対でディアンはすっかり気疲れしてしまったのだった。

「大丈夫か?」

 自分が疲労の原因であるのに、涼しい顔で訊いてくるアレクスに、ディアンは無言で首を振ってみせた。

「だから、あまり無理をするなって言ってるだろ。休憩時間、少し多くとっておけ。どうせ今日は、大半の患者は診終ってる」

 がちゃんと目の前のテーブルに何かが置かれて、ディアンは視線をそちらに転じた。そしてすぐに、青灰の瞳に軽い驚きを浮かべて天使の青年を見上げる。

「お前の家のほうに行って、作ってきた。勝手に入って悪いとは思ったがな。ま、とにかく食えよ」

 どうやって運んできたのか、木の盆の上には香りのいい茶と焼きたての香草入りオムレツが湯気を立てていた。午前中最後の患者を帰してから、まだ半時も経っていないのに、なんと手際のいいことか。

「あなたは本当に、なんでもできる方なのですね」

「なんでも、じゃないぞ。回復魔法は少しだけ苦手だ」

 軽く肩をすくめて、アレクスは早く食べるようにとディアンを促した。

 オムレツをスプーンで口に運ぶ。ふんわりとした感触と味のよさにディアンは言葉を失った。

「また手伝ってやる。だから、無理するなよ」

「ええ。何かあったときに体調を崩していては、勇者としてお役にたてませんしね」

「違う。そうじゃない」

 天使に対するものとしては当然と思って言ったのに、アレクスはディアンの言葉を否定してずいと指を突き出してきた。

「お前は俺の勇者である前に、友人だ。今回のことは全部、天使としてやったんじゃない」

 友人と。

 何の含みもなく、アレクスはそれを口にした。ディアンは最初ゆっくりと目を瞬き、やがて柔らかく微笑する。

「ありがとう、天使様」

「名前で呼べよ。これからはさ」

 そう言って笑顔を返すアレクスの金色の瞳は太陽のようだと、ディアンはまぶしくて目を細めた。

 

 

 


2828Hitの勇魚様のリクエストで、「アレクスと

男勇者の友情」と言うことだったんですが

何を思ったかディアンです。長編ではディアンは

アレクスの勇者ではないので、言わばパラレルですね。

けっこう仲良くなれそうな感じだと思うのですが、どう

でしょうね? お兄さんと弟みたい……。

勇魚様、どうもありがとうございました。

 

 

 

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