クッキーとカップケーキ

 今日は休日で、日ごろの疲れをすべて吹き飛ばすべく、シーヴァス・フォルクガングは気持ちのよい風の入る寝室でぐっすりと眠っていた。

 彼をベッドから離れる気分にさせたのは、ふんわり漂ってきた甘い香りだった。

「……?」

 バニラエッセンス、香ばしい木の実、それから、濃厚なミルクティー。

「ようやくお目覚めか、シーヴァス?」

 銀のトレイを手に、ベッドの傍に佇んでいたのは、彼の妻である美しい女性だ。今日もきっちりと金の髪を結っているが、彼女のきつい巻き毛は自然に流してこそ彼女の真の魅力が際立つのだと、常々彼は思っている。

「ああ……おはよう、マイア」

「もうすぐ昼だぞ。疲れているのはわかるが、あまり寝すぎても身体には悪い」

「そうだな。では午後からは遠乗りにでも行こうか。君も一緒にどうだい?」

「悪くないな」

 言葉遣いはきつい印象を与えるが、マイアの口調は至って柔らかい。だからシーヴァスもいい気分になって、身体を起こして伸びをした。

 その膝の上に、銀盆がそっと置かれる。並べられていたのは、木の実の入ったクッキーとカップケーキ、ミルクティーだ。

「少しでいいから食べておけ。遠乗りはそれからでも遅くない」

「ああ。では、いただこう」

 結んでもいないぼさぼさの髪と顔が気にかかってはいたが、シーヴァスはマイアの言葉にしたがってまずクッキーを一つ手に取った。ひとかけ口に入れると、香ばしい甘さが広がる。

「どうだ?」

「これはなかなかよい味だな。あとでコックたちに……」

 礼を言っておかなければ、と続けようとしたが、妙な違和感が先にたって彼は口をつぐんだ。

 違和感――マイアが、彼の一挙一動を食い入るように見つめていること。

 まさか、という思いがまず浮かんだが、彼女の視線に圧される形で彼は訊いてみることにする。

「これは、君が作ったのか?」

 果たして答えは、肯定のうなずきだった。

「……意外か?」

 照れくさいのか、彼女は憮然と頬を膨らませ、顔を背けてしまう。

 確かに意外だったけれど、シーヴァスが感じていたのは『嬉しさ』だった。これが彼女なりの気遣いだと、彼はもう知っているから。意地っ張りで頑固で、自分と同じで素直になるのが苦手な佳人は、言葉よりも態度で気持ちを伝えようとする。伝わりにくいこともあるが、それはどんなにたくさんの労いの言葉よりもずっと雄弁で、ずっと暖かい。

 だから彼も、決して多くを語らない。こういうときに言うべきなのは、幾多の想いをこめたただ一つの――。

「ありがとう、マイア」

 そうして微笑むだけで、ちゃんと伝わる。わかりあえる。

 マイアはゆっくり彼に向き直り、ぎこちなく笑い返してみせた。

「どこまで走ろうか?」

「そうだな……」

 これからもこんな優しい時間は、ささやかなきっかけで生まれていくのだと、二人はともに感じていた。

 

 

 

 


2727Hitの勇魚様からのリクエストです。

「家事の話」とか言っておきながら、単なる夫婦の

ラブラブ……。でも、けっこう幸せに

まとまったかなぁと私は思うのですが。

勇魚様、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

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