初恋の日記

 

 

 

 私が最初に『恋』というものを体験したのは、まだ私の背中に翼があったときです。私、天使妖精学校のアルスアカデミアに通っていたんですけど、そこでとっても素敵な方にお会いしたんです。でもそのきっかけっていうのは最低で最悪でした。だって私ったら、入学式の帰りに学校を見学していて、迷子になっちゃったんです。泣きそうになりながらうろうろしていた私に声をかけてくださったのがその方――アレクス先輩でした。

 

 

「………………なんだこりゃ」

 グリフィンはぶるぶると拳を震わせていたが、どうにかその日記を破かずにもとの場所に戻すことには成功した。いくら自分の妻とはいえ、他者の日記を無断で読んだことだけで充分非難される理由になる。この上その日記をばりべりに破いて日にくべたりしたら、深刻な夫婦の危機にまで発展しかねない。

 けれど怒りは抑えられそうになかった。

(あんのヤロなんだってこんなくだんねぇことをつらつら書いてやがる――!?)

 日記には『アレクス先輩』についてさらに長い長い描写が続いていて、頭に血が上ったグリフィンはそれ以上読むことができなかった。

(そりゃな、エイランがどんなこと書いてんのか興味もって読んだ俺も悪いんだろうけどよ、だからって普通は書かねぇだろこんなこと! なに他の男のことなんて……!)

 頭の中で(叫んだりしたらエイランに聞こえてしまうからだ)いろいろと罵詈雑言を並べ立てているグリフィンの耳に、いつものようにほんわかして至って無邪気なエイランの声が飛び込んできたのは、絶妙にタイミングがいいんだか悪いんだかわからないような、その瞬間のことだった。

「きゃあ! どうなさったんですかアレクス先輩!? ああっそんなところに立っていらっしゃらずにどうぞ座ってください! 今お茶でもお出ししますね」

(出すなあぁぁぁぁぁぁ!!)

 声に出さなかったのが奇跡のようだった。グリフィンは扉を突き破らんばかりの勢いでエイランの部屋を飛び出し、足音を荒く響かせて居間に突進した。

 ばたーん! と力任せに扉を叩きつけると、驚きに目を大きく見開いたエイランと、見知らぬ青年の姿が視界に映った。

「……」

「どうしたんですか、グリフィン……?」

 そのまま勢いに任せて、突然の客を放り出してやろうとグリフィンは思っていたのだが、ついにそれは果たせずに終わった。静かに輝く銀の羽根が、彼の心を沈静したのかもしれない。

「お前が、グリフィンか」

 すらりとした体躯を黒衣に包んだ長身の青年は、金のまなざしを真っ直ぐに彼に据えてそう尋ねた。その瞳の強さに、さらに彼は圧倒される。加えて、同性でも息を呑まずにはいられないその美貌。

(……天使って……)

 実は数日前にも、エイランの先輩という女天使がこの家を尋ねてきたのだが、彼女もまた人知を超えた絶世の美女だった。エイラン自身も決して凡庸な顔立ちではなく、むしろ美少女の部類に入るだろうが、彼女の知り合いは全員美男美女なのかと思うと何やらどっしりと疲労感を覚えるグリフィンであった。

「あ、グリフィンもアレクス先輩も、座っててくださいね。えっと確か、昨日焼いたクッキーをここに……」

「エイラン、俺はいいから」

 ぱたぱたと台所に戻ろうとするエイランにアレクスは言い、彼女ははっと口元を押さえしゅんとした表情になった。

「ごめんなさい、私……」

「かまわないさ。君が人間の生活に慣れつつあるという証拠だ」

 柔らかい言葉とともに、彼が少し微笑む。

(うわー……)

 笑うと彼の持つ雰囲気ががらりと変わった。神秘的で近寄りがたい印象がなくなり、気さくさが醸し出される。

 その笑顔を見て彼女がわずかに頬を染めたのを、グリフィンは見逃さなかった。

 彼女が台所に引っ込むなり、彼はアレクスのえり首を引っつかみ、そのまま外へ出た。

「お前らいったい何しに来るんだよ!」

 開口一番、そう怒鳴りつけてやると、アレクスは一瞬きょとんとした顔になったがすぐににやりとした。

「エイランは俺にとって大事な妹分だしな。幸せに暮らしているのか気になってあたりまえだ」

「天使ってな、あんまり地上に降りられねぇんだろ?」

「そこはまあ、守護天使の特権だな」

 つまり、アレクスはエイランに変わってインフォス守護の任についたらしい。ということは、これからも抜き打ち家庭訪問の可能性があるということではないか。

「絶っっっっ対、もう二度と金輪際来るな!」

 グリフィンはますます怒り狂うが、銀の翼の天使はただ心底おかしそうに笑うだけだった。完全にはぐらかされている。

「ま、しばらくはお前の言う通りにしてやるから安心しろ。そこまで嫉妬丸出しにされれば、エイランの今の生活なんて明らかだしな」

「……てめっ、誰が嫉妬だ!」

「これ以上いるとお前の血管が心配だから、おとなしく帰ってやるよ。じゃあ、またな。グリフィン」

 最後の最後まで、アレクスの優勢だった。グリフィンはアレクスが空へ昇って行ってしまうのを待たず、すぐさま台所へ向かった。そして塩の壷を片手にもう一度外に出て、景気よく中身を全部ばらまく。

「グリフィンっ! なにしてるんですか!」

「うるせぇよ。ったく。今度お前のダチの誰が来ても家に入れるんじゃねぇぞ!」

「そんな……」

 ……そんなやり取りがあったが、結局エイランの涙に根負けして市場まで塩を買いにいくことになったグリフィンであった。

 

 

 グリフィンは知らない。エイランの日記は、幸せの記録であることを。

 彼女はグリフィンに出会うまでの自分と、出会ってからの日々、そして現在の生活をすべて一つの物語のように日記にしたためていたのだ。一番新しい一文は、こう記されている。

 

 ――私の幸せは、グリフィンです。グリフィンまで私を導いてくれたのはアレクス先輩をはじめとする私の大切なお友達、このインフォスとここで生きる人々です。私はだから、私の周りのすべてが大好きです。そしていつも、それらのものがグリフィンの幸福を守ってくれることを祈っています

 

 

 

 


2424Hitの白桜様へのプレゼントです。

グリフィンに思いきり嫉妬させたくて、ライバル(?)に

登場してもらったんですが……。いったい何しに

来たんだろうこの人。それと、ここに少し書いてある

先輩の女天使の話は、他のサイト様へ

プレゼントさせていただいたものです。あっちではエイランが

やきもちを焼いてます。カップルにはとことん

やきもち焼かせたい私でした(^^;)。

 

 

 

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