なれそめ

 

 

 

 ある仕事を終えて久しぶりにのんびりと釣りをしようと思った俺は、竿とバケツを持ってぶらぶらと森の中に入っていった。森の中だと涼しいし、何より落ちつくんだ。

 その森の中には当然川が流れていて、俺は適当なところ――といっても、条件とかをいちおう考えてるんだ――に座って、釣り糸を水の中にたらした。

 こうやって待っている間、いろいろなことを考えるのが俺は好きだ。そのせいで肝心の魚が一匹も連れないこともよくあるけど、いいんだ。その日の夕食が少しにぎやかになれば上等さ。

「ラッシュー! こっちこっち!」

 ……近くに村があるんだろうか。子供の声が聞こえてきた。うーん、できればあんまりこっちにこないで欲しいんだけどな。魚は音に敏感だから、少しでも騒ぐと逃げてしまう。

 がさがさ。

「あ……」

「……」

 俺の願いは空しくも無視されてしまった。ちぇ。いつもいいことしてるんだから、これくらい叶えて欲しかったな、神様。

「お兄ちゃん、誰?」

 対岸の茂みから出てきたその男の子は、やや警戒しながら誰何してきた。俺と同じ茶褐色の髪をしていて、綺麗な青い目をやんちゃに輝かせている。

「俺は、リュドラル。ここで釣りをしてるんだ」

 尋ねられたから、俺は名乗った。もっとも、『釣りをしている』というのはもう過去形で言ったほうがよかったかもしれない。少年は川の向こうからまた質問をしてきたからだ。魚なんてとっくに逃げてしまっているだろう。

「旅をしてる人? じゃあさ、僕の村に来て欲しいな。あんまり人が来なくって退屈なんだ」

「村って、この近くなのかい?」

「うん。ガルフ村っていうんだよ」

 俺は釣りを完全にあきらめて、少年にこっちへ来るように言った。少年は嬉しそうに笑って、助走をつけてぽんと川を飛び越える。

「あ、僕自分の名前言ってなかったね。僕はヤルル・ウィリング」

 近くで見ると、ヤルルは身体中から『元気』を発散しているような子だった。きっと村でも子供たちから人気があって、でもよく擦り傷を作ってくるから母親に叱られるんだろうな。

 俺はそんな思い出を持っていないけれど、怪我が絶えなくてよく注意された。ヤルルを見ていると、子供のときのことがふと頭に浮かんできた。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「ああ。ごめん、なんでもないんだ」

 浸ってしまったことが照れくさくて、俺は頭をかいた。

 

 ヤルルは細工師の仕事もしていて、森へは材料にする気を探しに来たのだそうだ。父親がもうずっと行方不明だから、母をその仕事で助けているらしい。こんなに小さいのに。

 ああ、でも小さいっていったって、あいつとそんなに違わないんだよな。

 あいつ。最近知り合った相手で、おどおどしてて人見知りが激しくて、すぐに泣く。手のかかる弟みたいな感じだ。それでもあいつもあいつなりに、自分の仕事を一生懸命にやろうとしてる。

 偉いよな、ヤルルも、あいつも。俺も俺なりに、何かをしないとならないな。とりあえず今は、あいつの仕事を手伝ってやることが一番なんだけど……。

「お兄ちゃーん!」

 ヤルルの声が頭の上から降ってきた。いつのまにか、かなり高い木の上に昇っていたんだ。

「危ないぞ! 降りてこいよ!」

「大丈夫だよ! 僕、木登りは得意なんだから!」

 急いでヤルルの下に駆けつけた俺のあわてぶりなんてまったく気にかけず、彼は太い横枝の上にまたがった。

「気持ちいいよ! お兄ちゃんも……」

 言いかけた彼は、そのまま動きを止めてしまった。俺も驚いて、その場に立ち尽くす。まさか、まさか――!

「……ええっと、あの、ヤルル・ウィリングですね?」

 白い光の中から現れて、俺のときと同じことを切り出したのは、やっぱり予想通りのあいつだった。

 緑の髪を揺らして、いつでも泣き出しそうな大きな水色の目をした天使。極端に落ちこむとはらはらと落ちてくる白い羽根で、俺の部屋を何度も埋めたあいつ。

「フォスカリール!」

「え? ああっ、リュドラル!」

 向こうも俺がいるのが意外だったようで、声をかけると大きな声を上げた。そして……。

「うっ、うわわわわああぁぁぁぁ!?」

 その声にびっくりしたヤルルはバランスを崩し、まっさかさまに落ちてくる。

「「ヤルル!」」

 俺とフォスカリールは同時に叫び、咄嗟に動いたがタイミングがあわない!

 そこに現れたのは、青い風だった。

「……!?」

 二本の長い角を持ち、青い身体の上に少年を受け止めたのは、大きな獣だ。姿だけだと魔物だけど、一瞬だけ俺を見た双眸にははっきりとした知性があって、俺を圧倒した。

「大丈夫ですか、ヤルルっ」

 例によって泣きそうな顔をしたフォスカリールが降りてきた。ヤルルは彼を見てかえって落ちついたのか、にっこり笑ってうなずく。

「平気だよ。ラッシュが受け止めてくれたし」

 

 

 天使の姿が見えるってことは、世界を救う勇者の資質があるということだ。年齢からすると信じられないけれど、神獣と友達だというヤルルは、確かに勇者にふさわしいのかもしれない。

 しかし結局、ヤルルは世界のための勇者にはならなかった。いつか帰ってくると約束した父親を待つために、この村を守りたいんだって彼は言った。

 俺は、そんな彼のために直接的にはなんの力にもなってやれないけど、この世界を破滅から救うことが彼の役に立つと思うから、がんばりたいと思う。

 両親というものを俺は知らない。だから、それを大切に思うヤルルには、ずっと幸せにいてほしいから。

 

 

 


2222Hitの朔月様へのプレゼント、

ヤルルとリュドラルのお話です。

どの天使を出すかで迷ったんですが、久しぶりに

リール君に出場してもらいました。どうでしょう?

書いてるうち、リュドラルって両親についてどんなふうに

思ってるのかな、と考えてしまいました。その話も

書けるようになりたいですね。まだまだ勉強不足です。

 

 

 

 

 

  HOME   BACK