「――ったく」

 グリフィンは、細めに開けた窓から外を見て、派手に舌打ちした。

 雪は当分やみそうもない。それどころか、風がどんどん強くなってくる気配がする。

「あ、グリフィン……どうでした?」

 小さな台所でお茶を淹れていた少女が、不安げなまなざしで問いかけてくる。彼女にそんな顔をされると、グリフィンはいたたまれなくなる。

「大丈夫だ。そんなにひどくはならないって。食料だってあるんだ、一ヶ月くらいなんとかなるだろ」

「うん。でもね、グリフィン。私、お隣のリアさんに本を返しに行きたいんです。だから早めにおうちに帰れたらなぁって思ってたんですけど」

「別に、約束してたわけじゃないんだろ? だったら向こうだってとやかく言わねぇさ」

 いつものように彼女の亜麻色の頭をぽん、と軽く叩こうとして、彼は思いとどまった。

(駄目だ駄目だ。それやっちまったらせっかくここまで来た意味がないじゃねぇか!)

 ここまで来た意味。十二月半ばの、網すぐ年末でとてつもなく忙しいはずなのにわざわざ休みを取って、部下たちにブーイングをくらいながらもエスパルダの雪山にやってきたその目的は、ただ一つだ。

「グリフィン」

「あ?」

「あの、お茶」

 自分の世界に使っていたグリフィンを、怪訝そうな様子のエイランがじっと見ていたことに気づき、彼はあわてて笑顔で取り繕った。ごまかしきれてもいないようだったが。

「……」

「……」

 並んで直に床に座り、しばし二人とも黙りこむ。話題がないのだ。

(くそ、なんかこう、ばばーんと場が盛り上がるような話は……)

 エイランが自ら淹れてくれた紅茶は、香りも味も絶品だったのだが、悶々と考えこむグリフィンにはわからない。さらに、彼の横顔をさっきからずっと凝視する彼女の視線にも。

 ことり、とエイランが床の上にカップを置く小さな音で――静か過ぎて、それでもはっきりと聞こえた――彼は彼女のほうに顔を向けた。少女のはしばみ色の瞳には、うっすらと涙が浮いている。

「お、おい。どうしたんだ?」

 ぎょっとして尋ねると、彼女はとうとうしゃくりあげて、両手で顔を覆ってしまった。

「ごめんなさい、グリフィン。わ、私が『雪を見たい』なんてわがまま言って、ここまでつれて来てもらったから……! 私、いつもグリフィンに甘えて、いろんなことしてもらって、そのせいでグリフィンに迷惑かけて……!」

「ばっ――!」

 カップを後ろに放り投げ、グリフィンはエイランの細い肩を抱きしめた。腕の中で彼女が身じろぎする。いつになく激しい抵抗に、彼もむきになってぐいぐい力を入れる。

「離してください……っ! 私もう、あなたのそばになんていられないです。ごめんなさい、私が鈍いから、ずっと気づけなかったんです。甘えてばっかりで、あなたのお荷物になってるのに、私――」

「この、馬鹿!」

 もうなりふりかまっていられなかった。本当は、ムードが最高潮に盛り上がってから言うつもりだった。予想外の展開になってしまって、しかもこんな妙な場面でなんて、最悪だとは思ったけれど、気にしてるときではない。

「迷惑だと思ったら、わざわざここまで準備するかよ!」

 彼女の抵抗が弱まった。グリフィンが何を言い出したのかわからなくて、戸惑っているらしい。

 彼は、さらにきつく少女を抱きしめた。

「それに、お前の言う通りだったら最初からここに残れなんて言わねぇ。……お前が好きじゃなかったら、一緒になってくれなんて口が裂けても言わねぇよ!」

 がらじゃない。まったくらしくない。こんな台詞がぽんぽん飛び出すなんて。これではどこぞの貴族様だ。でも、恥ずかしいとか照れるとか、そんなふうにはまったく思わなかった。

 エイランが雪を見たいと言ったので、今は旅をする商人たちの護衛を主な仕事としている用心棒集団<ベイオウルフ>の頭目でありながら、二ヶ月も休暇を取った。人手が足りない状況なのに、部下たちは表向きだけブーイングしながらも、彼のために自分たちの休みを犠牲にしてくれた。自分たちのリーダーの心を承知していたからだ。

 世界を救うための、誰も知らない英雄の一人となった閉ざされた十年間で、彼は天から降りてきた天使と恋に落ちた。最初は幼いころに別れた妹を重ねていただけだったが、いつしか天使は、彼にとって誰より大切な少女になった。すべてが終わったら自分の元に来てくれると約束してくれた、あの瞬間の彼女の笑顔は、二ヶ月近く経った今でも彼の宝物だ。

 それなのに、今まで自分は彼女を泣かせてばかりだ。

「迷惑なんかじゃねぇ。甘えられるのだって、その……。だから、エイラン」

「グリフィン……」

 腕の中から彼を見上げてきたエイランは、まだ泣いていた。ただ、頬を伝う涙は悲しみと悔しさのためのものではない。

「私、ほんとにグリフィンのお嫁さんになってもいいんですか?」

「……何回も言わせんなよ」

「お料理、下手ですよ。毎朝パンだって真っ黒だし……」

「いつかちゃんとできるようになるだろ」

「お洗濯しても、グリフィンの服破いちゃうし」

「縫えばいいだろ」

「それからそれから、お皿洗ったら一枚終わるごとに十枚は割っちゃうし」

「そしたら割れないの買ってこい」

「あとね、あとね……」

 むきになって自分の欠点をあげつらう彼女の唇を、グリフィンは無理やりふさいでしまった。予想よりも柔らかくて温かいその感触に、キスしたのはこれが初めてだと気づく。元天使の少女は無邪気で無防備で、こんなふうに触れるのがためらわれたのだ。

「……っっっ!!」

 顔を離したとき、彼女は耳まで赤く染めていた。が、負けず劣らずグリフィンも首まで真っ赤である。

「返事は!?」

 褐色の肌のためそれは目立たなかったが、照れ隠しのために彼はわざとぶっきらぼうに尋ねた。

「……」

 次の瞬間、首どころか身体全部に血がのぼることが起きた。

「嬉しいです、グリフィン。私とっても嬉しいです!」

 花の蕾が開く、神秘的な美しさを持つエイランの微笑みが、彼のすぐ目の前にあった。

 雪はあいかわらず降りつづけていたが、風はやみ、穏やかな夜が静かに訪れようとしていた。

 

 

 

 


1567Hitの、高橋怜様へのプレゼントです。

ざざざざざざざざざざざざざ(砂を吐く音)。ぐ、グリフィン

よりも誰よりも、私が一番らしくないんぢゃ……。

甘いラブラブを書こうとしてもついギャグに走る私が

ちゃんとラストまで書けたのはなぜ??

けっこうお約束な展開でしたが、閉じ込められた

雪の日の二人です。こんなんでよろしかったでしょうか?

 

 

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