ピザ配達人は見た!〜怪奇の館〜
リュドラルの家はピザ屋である。なかなか味がいいと巷でも評判で、おかげでリュドラルは毎日毎日宅配のためにあちこちを駆けまわっている。最近はようやく免許を取ったので、いくぶん楽にはなっているが、大変なことに変わりはない。
店長譲りのかなり年季の入ったバイクで、今日もリュドラルは街中を走る。てきぱきと仕事をこなしていき、食事もしないまま昼ごろ向かった配達先は、今まで彼が行ったことのない場所だった。
「えっと、この住所だよな」
そこは、かなりの豪邸だった。念のためメモで確認してから、彼は注文されたピザの箱を持ってやたらと大きな門に取りつけられたインターフォンを押す。重々しい金の音が、かすかに彼の耳にも届いた。
『どちら様でしょうか?』
マイクから返ってきたのは、負けず劣らずおどろおどろしい声。男か女かもはっきりしない。やや気圧されながらも、根が真面目な彼は愛想よくピザを持ってきたことを告げた。
『それはありがとうございます。お手数ですが、中へ入って居間のほうに持ってきてはいただけませんか? なにぶん手が離せない上、今は家の者もおりませんので……』
妙な申し出だとは思わないでもなかったが、気のいい彼は門を押し開け、でっかい扉から家の中に入った。
「……」
その途端、絶句してしまった。なんともいえない装飾が彼を迎えたのである。
外から見て想像していた通り、天井は遥か上方にあった。しかもシャンデリアがぶら下がっている。飾られている絵画はどれも非常に高価そうであり、何より雰囲気が重厚だった。普段こんな家を見なれないリュドラルは、ただただ圧倒されて本来の目的を忘れそうになった。
「いけないいけない。これを居間に持っていかなきゃ。……それにしても、居間ってどこにあるんだ?」
肝心なことを聞いていなかった。今ごろ向こうもそれに思い当たって唇を噛んでいるのではないだろうか。
ともかく、ここがエントランスであることだけは確かなので、彼は真っ直ぐ正面に向かって歩き出した。扉は他にもいくつかあったが、目的地と違ったとわかった時点で戻れば、いつかはたどり着けるはずだ。心配なのはむしろ、ピザが冷めてしまうことである。
正面の扉の向こうには、長い廊下が待ちうけていた。窓もなく、扉もない。しかも暗い。殺風景極まりない廊下である。彼はテクテクと歩き続けたが、行けども行けども果てが見えない。だんだん疲れてきて、少し休憩しようと彼が立ち止まった瞬間、横合いから何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
身体をひねったためぶつかることはなかったが、驚きは大きかった。
「な、なんだ?」
薄暗いのにここには電気がなく、数本の蝋燭がともっている。その頼りない光で確認したところ、飛び出してきたのは小さな少年だった。犬を抱きしめて、茫然としている。見なれない人間がいたのでショックを受けたのだろう。リュドラルはそう判断してにっこりと少年に微笑みかけた。
「あ、あの、ピザの配達できたんだけど、居間がどこにあるか教えてくれる? 迷っちゃってさ」
「こっちじゃないよ。エントランスから向かって右の、三番目のドアから行けるよ」
「そうか、ありがとう」
リュドラルは礼を言って、踵を返しかけた。が、気になるものが視界の端に映ってもう一度少年を振り返る。
少年は、すでにもときたほうへ戻っていた。呼びとめようかとも思ったが、気のせいかもしれないと考え直して、リュドラルは早足でエントランスへ向かった。
(気のせいだよな。あの子の抱いてた犬に角が生えてたなんて……)
少年に教えられたとおりに進んだリュドラルだが、またしても迷っていた。三番目の扉を開けた先にはまた二つ扉があって、何となく勘で左に進んだのだが、間違っていたようで食堂に出てしまった。
「うーん。困ったな……」
すでにピザは冷たい。
また誰かに会わないかと期待したが、ここへ来るまで一切人の気配はしなかった。そして例によって家全体が薄暗くて不気味だった。
きぃ……と突然背後で音がして、リュドラルは飛びあがった。
「あら? 誰あんた」
そこにいたのは、銀の長い髪をきっちりポニーテールにした少女だった。勝気そうな顔立ちの美人だが、照明のせいかリュドラルには恐ろしく見えた。
「え……と、その」
「ああ、ピザの配達? 居間に持ってくんじゃなかったの?」
「そうなんだけど、迷ったみたいで」
「『みたい』じゃなくて完璧に迷ってるわよ。ま、あたしも初めて来たときはなかなか目的地につけなかったけど。居間はね、右のドアを入って左に真っ直ぐ進んだところにあるわ。あんた左に入ったんでしょ?」
「うん。あ、ありがとう」
そそくさと礼を言い、リュドラルは食堂を出た。言われた通り一度戻り、右側のドアを開ける。
「左に真っ直ぐ……と」
またしても長い廊下を歩きながら、リュドラルは今更ながら先の少年と少女のどちらかにピザを渡してくればよかったのだと思った。
「あれ?」
そしてもう一つ思い出す。インターフォンの声の主は、確か家の者がいないと言っていたではないか。それから、『手が離せない』とも。
(いったいなんだって言うんだ?)
あの声は、先に会った二人のどちらのものでもない。疑問が彼の中で渦を巻き、どんどん膨らんでいく。それは、ついには恐ろしい想像となって彼の足取りを重くした。
(居間についたら、なんか得体の知れない儀式とかやってたりして。あ、もしかして生贄とか? ……今日はほんと、変な家に来ちゃったなぁ……)
他にもバイトは五人いるのに、なぜよりによって自分に当たってしまったのだろう。うんざりしながら、とうとう彼は居間と思われる扉の前についてしまった。やっとのことでたどり着いたのに、まったく嬉しくない。
(開けなきゃならないんだけど……)
さっさとこの向こうにピザを置いて、代金をもらって店に戻りたい。でも開けるのが怖い。
そんな葛藤に悩んでいると、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「っわ!」
「なにやってるのそんなとこで?」
さっきの少女の声だった。振りかえったリュドラルは、彼女の後ろに犬を抱いた少年がいるのに気づいた。どこかで合流して、ここに来たらしい。
「ここが居間よ。早く入って」
言いながらも少女は、とっとと自分でノブを回してしまう。
「あ……!」
「みんなー! ピザが来たわよー!」
さーっと部屋から光が射してきて、闇に慣れてしまっていたリュドラルの目に軽い痛みが走る。
「待ちくたびれたぞ! ったく」
「お腹ペコペコだよー」
「さて、昼飯にしようぜ」
賑やか、というか騒がしい。ぱちぱちと何度か瞬きして、リュドラルは室内を見まわして唖然としてしまった。
大きな窓がほぼ部屋全部を囲んでいた。剥き出しになった床の上にはありとあらゆる物が散乱している。そして窓の先の中庭らしき場所には、たくさんのダンボール箱や紐で縛られた家具。
「ごめんなさい、私ったらここへの道を説明し忘れてしまって。迷ったでしょう?」
「あ、はい。少し」
ピザの箱を渡しながら、彼はまたしても絶句していた。あのおどろおどろしい声の主が、目の前に立っている華奢な金髪美人とは、どうしても考えることができなかったのだ。
「あのインターフォン、古いから声が変になるんだぜ。不気味だったろ?」
年が近いせいか、茶色の髪を短く刈った少年が気さくに話しかけてきた。が、近くで改めて見ると、少年ではなく少女であることがわかる。引き締まった健康的な身体は、女性らしい柔らかさをも持っていた。
「はい、これお金です。どうもすみませんでした」
「いや、俺のほうこそ。ピザ、すっかり冷めちゃって」
「じゃあ、私温めてきますね。まだ電子レンジは使えましたよね」
箱を持って、優しげな印象の少女が、扉のほうへ歩いてきた。レンジで火を入れるつもりらしい。
「ティアさん、手伝います」
一見少女のような少年が、少女の手から箱を受け取って、並んで廊下を歩いていった。
「ああ、すみません二人とも」
金髪の女性から受け取った金額を確かめ、レシートを打ち出すころには、リュドラルにもだいたいの状況が飲み込めてきた。
彼はお釣りをバッグから取りだし、女性の小さな手に私ながらかろうじて愛想を保って言った。
「引越し、大変ですね」
家の中が妙に薄暗かったり、人が一所に集まってダンボール箱に囲まれているのは、これで説明がつく。
「ええ。この通り二人で暮らすには広すぎる家ですので、小さな部屋を借りることにしたんです。家政婦さんたちには昨日おひまを出しましたし、この通り室内の移動も大変でしたので、自分で玄関に出ていくこともできなくて。本当に、お手数をおかけしました」
「いいえ。それじゃ、俺はこれで。まいどありがとうございました」
女性は、にこやかに彼を見送った。彼女の微笑はまさに花がほころぶように可憐で、リュドラルは家の中をうろうろする羽目になった苛立ちも疲労も、すべて吹き飛んでいくのを感じた。
(明るいところで見ると、不気味でもなんでもないよな。あの子の抱いている犬も、ここだとぬいぐるみだってちゃんとわかるし)
角のはえた犬の正体も判明し、彼はそれほどの不快感もなく、豪邸を去ったのであった。
(すごい美人だったよな……)
店の厨房の一角で、遅すぎる昼食を取りながら、リュドラルは先ほどのブロンド美人のことを回想していた。
青い瞳、細い肩と腕、繊細で小さな手、それにあの綺麗な笑顔。リュドラルの好みのど真ん中クリーンヒットだったのだ。
(また、注文してくれるといいな)
淡い思いをそっと抱きしめ、知らず知らずのうちに彼は柔らかい表情になっていた。
1414Hitの朔月様へのプレゼントです。
『家政婦は見た』のような感じを目指したんですが、
見たことないからタイトルだけしか似てないです(^^;)。
前半ホラーですね。最近ホラーが
好きなのかしら私。読むようになったのは確かです。
あんまり怖いのは駄目なので、ソフトなのですけどね。
朔月様、1414ありがとうございました。