Festival
今日はちょっと曇っていたけれど、ヤルルは別に気にしなかった。大好きな友達である、特別な人と一緒だからだ。
「早く早く! 僕ね、まずお昼ご飯食べたいな!」
自分で作った細工物を売ると言ってここへ来たのだが、ヤルルの本当の目的は賑やかな祭りの見物だった。ばたばたと元気よく走っていく彼を、後ろからゆっくり追いかけているのは、黒い髪の細身の青年だ。
「……そんなに走らなくても、店は逃げないって」
「店は逃げないけど、時間がなくなっちゃうよ。明日にはお仕事があるんでしょ、お兄ちゃん?」
「まあ、そうだな」
ため息をつきつつも、青年は立ち止まったヤルルの傍へ寄ると、その手を差し出してやる。ヤルルは照れくさそうに、でも嬉しそうに笑って彼の手を握り返した。
「じゃ、行くかヤルル」
「うん! お兄ちゃん」
『お兄ちゃん』と呼ぶほうも呼ばれるほうも、なんだか慣れていなくて面映い。
仲睦まじい二人は、会話だけを聞くと兄弟にも思えるが、顔立ちはまったく違う。もちろん血はつながっていない。青年――アレクスとヤルルは、世にも稀な間柄なのだ。今は隠しているが本来アレクスの背には銀の翼がある。太陽の生命力と月の優美さを兼ね備えた美貌の青年は、神の眷属である。ヤルルは天使に見出された世界を守る勇者として、毎日あちこちを旅する生活を送っていた。
いつもはアレクスを『天使様』と呼んでいるヤルルだが、アレクスが人間の姿を取っている以上それではおかしいので、今だけ『お兄ちゃん』と呼ぶことにしたのだった。一人っ子の彼には、急にできた『お兄ちゃん』の存在が嬉しくて、ついついはしゃいでしまう。
「こらヤルル。人が多いんだから走るなって言ってるだろ」
「あ、ごめんなさい、お兄ちゃん」
「……」
ヤルルが『お兄ちゃん』と口にするたび、アレクスは戸惑ってしまう。天使には兄弟や姉妹、いわゆる家族というものがいない。強いて言えば天に住まうものすべてが家族であり友人たちだ。彼にも『弟』や『妹』、『姉』と思う存在がいるが、地上の人間たちのそれとは違う。
(どうも……振りまわされてるな。この俺が)
苦笑する。どちらかといえば、自分は他人を巻き込んでいくタイプだと思っていたし、実際そうだったのに。
「ひゃっ!」
にわかに強い雨が降り出したのは、ちょうど二人が広場に足を踏み入れたそのときだった。
「お、お兄ちゃん、濡れちゃうよ!」
「こっちだ。早く」
ヤルルを引っ張って、アレクスは民家の軒先に飛びこんだ。祭り見物の客たちは、思い思いの方向に散らばっていき、ほどなくして広場にはまったく人影がなくなった。
「……あーあ」
残念そうに、ヤルルはため息をついた。
「せっかく大きなお祭りだったのに。僕、まだ細工物売ってないよ」
「すぐに止むさ。雲の流れが速いからな。晴れたら暑くなるぞ」
しょげ返っている少年を慰めるようにアレクスは空を指差したが、彼は頷かなかった。かわりに、アレクスの服をきゅっと握って心細い表情で見上げてくる。
「ねえ、天使様。お祭り全部見終わるまで一緒にいてくれる?」
思いがけない申し出に、アレクスは金の目をみはった。褐色の髪の少年は、アレクスの腕を両手でつかんで一生懸命に言葉を続けた。
「僕ね、今日どうしても天使様と一緒にお祭りを見たかったんだ。天使様はいつも僕のこと面倒見てくれて、戦いのときは助けてもくれるし、大好きな人なんだよ。だから、一度でいいからこうやって、天使さまのこと『お兄ちゃん』って呼んで、一日中お話したかったんだよ」
「ヤルル……」
「お仕事、たくさん残ってる? そうだったら、僕わがまま言わないよ。でもね、せめて雨が止むまではここにいてよ、天使様」
ヤルルは、アレクスのことをとても慕っていた。親友ラッシュと行き違いが生じたときも、彼が行方不明になったときも、真摯に励まして守ってくれた美しい青年を、ヤルルはいつしか実の兄のように思っていた。けれど、いつかアレクスは空の上に帰ってしまうことも、少年は知っていた。
だから、一日だけ楽しい思い出が欲しかった。
アレクスから返事がないのを拒絶と受け取って、彼は手を離してうつむいた。
その髪に、温かく強い感触が生まれて、彼ははっとした。
「天使様……?」
少年の頭に、アレクスの繊細な手が置かれていた。急いで上げた視線の先に、不敵に笑う天使の顔がある。
「今日一日は、俺はお前の兄貴なんだろ、ヤルル?」
自信に満ちていて強くて、とてもとても優しい金の双眸。
「うんっ!」
幼い勇者は、満面の笑顔で元気よく頷いた。
1313Hitの高乗様のリクエスト、<ヤルルに振り回
されるアレクス>というお話でしたが……うまくいきましたでしょうか?
私の中でアレクスは基本的に年下の相手には
兄貴っぽく、年上が相手だと弟みたいになってしまうのです。
そんな彼のコンセプトは『永遠の青年』だったりします(笑)。
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