旅のしおり2枚目…カディシュの条約のおじさんオリエント考古学博物館への小径です。
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巨大なトプカプ宮殿の裏にあるようなオリエント考古学博物館は小規模です。閑散としていました。フリュギア時代のスフィンクスによって護られたステップを上がり、玄関に入るりました。
私は賓客として招待されたわけではないのですが、髭を生やして小太りの中年男性が、「メルハバ、ウエルカム」と二カ国語を駆使して握手を求めてきました。なんとなく、館長かそのすぐ下の立場の人という印象でした。
「バビロニア? バビロニア?」ときいてきます。
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それがこの博物館のメイン・テーマであることは、一目見てわかります。でも私の目的は別でした。
「カディシュ。カディシュ・トリートメント。フォー・ピース。ヒッタイト・アンド・エジプト」と告げました。
丸い顔の目が丸くなりました。
「オー、カディシュ。カディシュ。ディス・ウェイ」と案内します。
別室まで歩きました。見かけた入館者は二、三名です。
「ディス」と、口髭が微笑みます。
「イエス、ディス・ワン」と私も喜びます。
「フラッシュ。フラッシュ、オーケー」と、口髭は、握った拳を広げて指を広げます。
ほとんどの博物館や美術館では、フラッシュ撮影は禁止されています。ほとんどのカメラマンは、何万回フラッシュを当てられようと、微々たる熱量では被写体に影響はあるはずがないと、希望的観測を立てます。そうだ、そうだ、博物館側だって承知していて、その証拠に、誤ってフラッシュを光らせた入館者に損害賠償を請求しないではないか、と指摘したくなります。それに、ナショナル・ジオグラフィック誌でも、ニュートン誌でも、フラッシュを浴びて色あせた絵画の特集なんか、見たことないぞ、と追い打ちをかける気になります。しかし、フラッシュは御法度です。
「オーケー、フラッシュ」と繰り返します。
この流れは、例のバクシーシ(エジプト編を参照)の登場をうながしています。不謹慎かもしれませんが、私がイスラムを感じる瞬間です。スラックスのポケットに手を入れ、手の平で札を折り畳み、その手で、トルコと日本の友好関係を確認する握手をした、かもしれません。
「あなたにこのカディシュへ案内していただいて、私は嬉しい」
「遠い日本からカディシュを見に来ていただき、私は感謝する」
この流れで撮影されたかもしれない写真が、これです。この流れで撮影されなかったかもしれないアナトリア博物館内の粘土板は、こう写ります。
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いずれにしても、私に楔形文字は読めないと言う点では大差がないのですが。 この粘土板の隣にある解説の英語版を訳します。
「カディシュの条約
紀元前1269年に、当時の国際語であったアッカド語で書かれた粘土板です。ヒッタイト国王のハットゥサス3世とエジプトのファラオであるラムセス2世の間で取り交わされました。現在のところ、世界最古の和平条約です。
同様の内容の記述が、ハットゥサスとエジプトで見つかっています。
ハットゥサス版は、1906年にヒューゴー・ヴィンクラーとテオドール・マクリディの指揮によるトルコ・ドイツの共同発掘作業中にハットゥシャのビユックカレで発掘されました。一枚の粘土板を構成すると確信される3つの欠片です。3つの断片のうちの2つの写真です。Bo. 10403 +6549+6674という整理番号がつけられています。
残りの1つは、ベルリン考古学博物館にあり、VAT 6207という整理番号を打たれています。もう一つはエジプトにあります。カルナックのアモン神殿の壁と、ラムセウムの壁に刻まれてあります。エジプト版の文書には、エジプトが優勢なままに結ばれた条約というニュアンスが表現されています。ヒッタイト版は、条約が結ばれた当時を、より的確に表現しています。
ラムセス2世の治世は、ヒッタイト帝国に敵対して始まりました。しかしながら、「海の民」への共同戦線が必要になったために、講和が結ばれた可能性があります。
写真の2つの欠片とベルリンの1つの欠片を統合した楔形文字の翻訳は、以下のとおりです。
『
偉大なる王制に永遠の価値がある良き平和と良き友情を表明するための、
偉大なる王であり、エジプトの地の王であり、勇敢なるレア・マシェシャ・マイ・アマナ(=ラムセス2世)と、
ハッティ(ヒッタイト帝国)の偉大なる王であるハットゥサスとの間の、条約 以下はレア・マシェシャ・マイ・アマナ(=ラムセス2世)の言葉である。
「今、私は、私たちの間に、良き友情(と)良き平和が永遠であることを表明する。表明するのは、ハッティの地とエジプトの地の関係に、永遠に、良き平和と良き友情である。
……
(私、ラムセス2世は語る)このように、見よ、エジプトの地とハッティの地の間にはそのような関係があるが故に、二つの地の間には、条約があるが故に、永遠に、神は敵意を生み出すことを許さない。
もし外国からの敵がエジプトの地に来れば、あなたの兄弟であるエジプトの地の王であるレア・マシェシャ・マイ・アマナは、ハッティの地の偉大なる王であるハットゥサスに(手紙を)送ります、
ハットゥサスの兄弟(=ラムセス2世)は言います、「(ラムセス2世の敵に対して)私を助けるために、ハッティの地の王はここに来て、ハッティ軍の歩兵(と)戦車を送り、私(=ラムセス2世)の敵を殲滅します」
』読みふけっていると、急に博物館内がざわめき出しました。五月は遠足の季節です。広くはない館内に散らばった制服姿の、おそらくは中学生が、にこにこと私を見ます。ハポン、ハポンと囁きます。記念写真撮影会場になってしまいました。
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