オークロッジ・クリスマス

(粗筋) 真冬の合衆国北部。ビル・デイヴィッドスンは事故死した同級生と親友のはずだった。だが振り返ってみれば、旧友を軽んじていたのに気づき、過去への申し訳なさにせき立てられてビルは事故を再調査する。
 その結果が去年まで穏やかだったオークロッジのクリスマス・イヴを一変させる。サンタを信じる子供たちを巻き込んで、旧友の妻や同僚、上司や友人が探り合う。吹雪で閉ざされた深夜にロッジが放火され、老主人が殴られる。ビルは大人たちを居間に集め、話術で犯人をあぶり出そうとするが……。
 完全版は原稿用紙221枚です。

 「オークロッジにサンタが来るんだよ」と七歳になったエオが目を輝やかせて唾を飛ばした。
「汚ったない、エオ。わかってるわよ。おかあさん、わたしあそこ好き。サンタさん必ず来てくれるから」とシェリル。
「いっぱいプレゼントもらえるんだ」とエオ。
「あんたなんか去年何もらったか覚えてないでしょ」
「ブーツもらったよ」
「馬鹿ねえ、エオ。あれはおとうさんたちからでしょ。サンタからは何」
 エオは口を開きかけたが答えが出ない。
「もう忘れてる」
「そんなことないよ、ほら、あのあれ、あれだよあれ」
「何よ」
「ドラム! そうだ。ドラムもらったよ」
「ああ、あれね。二回叩いて放っぽってあるやつね」
「だってシェリルがうるさいって」と我れらが息子の目にはうっすらと涙さえ浮かんできた。
 サリイと私は話し合った末に子供たちの関係には立ち入らないと決めていた。
 初老の夫婦が十二月の二十四日にサンタクロースを信じる子供たちの家族を泊めてクリスマスを祝うロッジがあるとカート・ヴィーシャウから誘われたのは、五年前のことだった。カートは時々短絡的になるとわかっていたし、そんな参加資格は危なっかしく思えた。同時に、私も妻のサリイも小さい頃にそんなクリスマスがあったら気に入ったはずだと認めた。
 当時、娘のシェリルは五歳の口達者で、息子のエオは泣き虫の二歳だった。他の客に雰囲気が壊されサンタが両親だと知らなくていい年齢のうちに気づいても、エオは何もわからないしシェリルには落ち着いて話せば大丈夫と私たちは考えた。
 この四年間にいくつかの家族の入れ替わりはあったものの、山奥の静けさ、なくてはならない雪、ロッジ前の大きな樫の木を飾る電球や暖炉、子供たちの賑やかな期待、オーク夫妻の穏やかな物腰とおいしい料理、それのどれ一つとして欠けた年はなかった。火の通り過ぎたポークソテーのテーブルで今年も行くと子供たちに告げた。
「サンタに手紙は書いたかい」
「そうだ、書かなくちゃ」
「読める字でね」
「そろそろ出したほうがいいぞ。間に合わなかったらたいへんだ」
「うん」とエオが立ち上がって走り出すと、シェリルが言った。
「後片付けはやらないわけね、エオ」
 子供たちが二階へ上がると居間の物音が静まった。サリイはファッション雑誌をめくっていた。今夜のフットボールはつまらないと思いながら、私は暖炉に目を移した。
 オークロッジの暖炉は大きく薪も太かった。山奥の十二室の小さなホテルだった。あそこにいるとほっとするのは白熱電球だけの明かりのせいだろうか。いやそれよりオーク夫妻の人柄だろう。オーク老には実直さがあった。奥さんのルースは料理の腕が最高だった。手先も器用で子供たちは毎年手彫りのレリーフをもらえる。去年は確か、落下傘で降りてくるサンタクロースだった。
 一昨年だったか、早目に着いたためにオーク老と話す時間があった。
 四十年前にルースの両親が亡くなって遺産が入った。あいつは近くのホテルへ勤め出し、二年働いた。ある日見取り図と計算書を見せられた。すべてあいつがやった。そこまでやられたら、わしはこれといってしたいこともなかったから手伝うべきだと感じた。計画どおりにはいかなかったがなんとかやってきた。ビル、今度は夏に来たらいい。冬はスキーの客が多過ぎる。バード・ウォッチングもハイキングもやれる。まわりの木に巣箱をたくさんつけた。二○九号室に泊めてあげよう。窓に伸びてる枝にリスが挨拶に来る。
 両親たちは前もってサンタのプレゼントを送るようになっていた。そのために一部屋をクローズしておくのは経営上たいへんな事でしょうと尋ねた時に、オーク老は儲かる儲からないというよりもここにわしらの生活があるということで充分だと答えた。助かることもある、一室分働かなくてすむから。部屋が空いているとどうしても予約を入れてしまう。二十四人分のフルコースを作るルースの忙しさは並たいていではないからな。六十五だ。コックを雇うように言ってはいるのだが、料理を作らないと自分のロッジでなくなると感じているのだろう。うんとは言わん。
 まったくルース・オークの料理は素晴らしかった。クリスマスぐらいはああいう食事をしてもいいだろうと思った。
「やあねえ、ビル。一人で思い出し笑いなんかして」
「きみと出会ったころのことさ」
「男性はそう答えるって書いてあるわ、この雑誌に」
 男の神秘性をあばく女性誌は発禁にすべきだと私が言えばたぶんサリイは男性の神秘性ってずいぶん底が浅いのねと切り返す、そこへ私はじゃ女性のはどうなんだと続けることもできたが、苦笑いしてテレビに顔を戻した。ふいに、走り去るだけだと感じていた車の走行音がドライヴ・ウェイの入り口で止まり、この家へ向かう気配が伝わってきた。サリイが窓に寄って車回しを覗き込んだ。
「マージェリイよ、一人みたい」
 午後八時四十二分は約束なしの訪問としては極めて異例の時間だった。サリイはドアへ歩いた。だらけたボール・ゲームを眺めているつまらなさとマージェリイとの不快にならずに終わったことのない会話の――、いや、くだらなさを競っても始まらない。
「こんな時間にごめんなさいね、サリイ」
「いえ、いいのよ。さあ入って」
「本当にごめんなさいね、ビル。電話で都合をきくべきだったんだけど」
「かまわないさ、マージェリイ。いつでも歓迎だよ」
「暖炉の前で暖まって。カートのこと、お気の毒でしたわ」
 腰掛けたマージェリイは一瞬涙ぐんで鼻を軽くすすってから首を横に振った。
「外は寒かったでしょう、マージェリイ。すぐ暖かいお飲み物作るから」
「そんなことなさらないで、サリイ。実はね、ビル。カートのこと、いろんなことあれから考えたりしてたらどうしてもあなたに会わなくちゃって思い始めて、会ってお話ししなくちゃって思ったらいても立ってもいられなくなって――」
「わかるよ、マージェリイ」と見当もつかなかった。
「それでねビル、あの報告書がとても気になりだして――」
「うちの会社のやつかな」
「あの中に――」
 いつ降りてくるかもしれない子供たちに聞かせたくない話になる予感がした。
「マージェリイ。地下に机を置いた部屋がある。そこに場所を変えたいんだが、どうだろう」
 マージェリイはポットをかけてるサリイに目を向けてすぐに視線を戻した。
「え、ええ、いいわ」
 私は立ち上って歩きだした。
「こちらへ。サリイ、飲み物が欲しいときはインタフォンで伝えるから」
「わかったわ、ビル」とレンジの前で言った。
 狭い階段を降りようとした瞬間土踏まずが刺されたように痛んだ。忘れたころに思い出させてくれる痛みだった。足の裏を外側へこわばらせて階段を降りた。
 私は机を回ってソファを勧めてから腰掛けた。遊んでいて刺さったトゲだった。小学校の終わり頃だ。トゲ抜きで抜こうとしたがやればやるほど奥に食い込んだ。我慢できない程ではなかったし肉をほじくるほうが怖くてやめた。痛まない二、三日が過ぎると、ほじられた箇所の肉が盛り上がりきれいに皮が張った。あの遊びにあいつがいっしょだったかどうかはよく覚えていない。
「カートのことは残念だった」と本心から言いながら、机の上のマイクロ・カセット・テープ・レコーダーに気づいた。整頓する振りをしながら録音ボタンを押した。
「みんな、お葬式に集まってくれてありがたかったわ」
 友人の埋葬は淋しいものだった。中学の頃、彼は又聞きをその場にいたようにしゃべり事実と思い込んだ私を困らせた。高校のパーティで女の子の気を引こうと夢中になり、話に入れた手振りでビールをぶちまいた。駐車場では隣の車に気をとられてタイヤを縁石に食い込ませた。だから赤信号の横断歩道で車に跳ねられたのはカートらしくないとはいえないが、三十年来の友人を包んだ棺桶に土くれがかけられるのを見て彼に似合った最後だと納得できるわけではなかった。
「いいやつだった」と過去形をもう一つ重ねたかった。
「あたし、まだ気持ちの整理がつかなくて」
「マージェリイ、あんまり考えてはいけない。時がたつのを待つしかないさ」
 白々しく口にしながら彼女は私の言葉を聞いていないと感じていた。
「ここ二、三日特に考えることがあるのよ」
 本題に入りそうだった。
「どうしても考えてしまうのよ、考えないでいることなんかとてもできないの」
 さあマージェリイ、何が欲しくて来たんだ。
「ねえ、ビル。あの日の朝カートはいつものように家を出ていったのよ。いつもと同じように。それがどうして――」
「気持ちはわかるよ」と優しく言った。
「わかってないわ。ビル。もしサリイがああなったら、マーケットへ買い物に出かけて駐車場でふらふらと歩いて車に跳ねられる、その車に落ち度は全然ないなんてことになったら、ビル、そんなこと信じられる」
 言葉がない振りをした。
「あんなことでもう、カートはいないのよ」
 マージェリイがバッグからハンカチを出して鼻をかんだ。出発点では同意できるが後には必ずこうなる。ねえ、損したくないでしょ、なら、こっちが先回りして出し抜いちゃうのよ。
「あの報告書では納得いかないんだね」
「駐車場へ歩いてく途中でふらふらと赤信号の横断歩道に入った、それだけよ。ふらふらしてた理由はお酒も呑んでないし一歩先が見えない霧でもなかったし、わからないと書いてあるだけ。意味ないわ」
 うちの会社は明らかな自殺ではないことを調べただけだった。トラブルがあるとすれば向こうの保険会社との絡みに違いない。命の値段は収入や年齢などから裁判所で計算される。争う余地があるのは損失負担の割合と慰謝料だろう。
「あなたがまとめたの」
「会社の調査部だよ」
「じゃ、あなたがもう一度調べてちょうだい」
 彼の命が百万ドルで過失割合が四対六ならマージェリイは差額の二十万ドルを受け取れる。私が報告書を読んだ限りにおいてカート側が四対六か五対五ぐらいだろう。新たにマイナス点が見つかれば数字は変更される。
「マージェリイ、過失割合で争っているのかい」
「いいえ」
 少なくとも言葉は知っていた。
「過失割合は決定されたのかい」
「まだよ」
「よけいなことかもしれないが、マージェリイ。例えば再調査をやったとして例えばだよ、自動車側の新たな過失が見つかったとしてもうちは絶対に介入しない」と言いながら気づいた。過失をヴィーシャウ家の弁護士が見つけたことにすればいいのだ。マージェリイならやるだろう。手際のまずさで私も巻き込まれる。彼女は謝罪する。だが心からすまないとは感じない。あの娘だったら――いや、馬鹿げた空想だ。
「あの日のカートがどうだったか知りたいだけよ。朝から事故までカートの身に起こったことの全部。あの車の運転手とか目撃者の証言とか警官もね」
 運転手はよそ見をして横断歩道のカートを引っ掛けたのに、その瞬間を見てもいない目撃者が赤信号を見た振りをして、早く帰宅したい警察官が単純な飛び出し事故として処理したがった、従って過失重大な運転者にめでたくも一対九の損害賠償と莫大な慰謝料を請求できる。
「マージェリイ。もうすぐ私の方の保険金がおりるだけど、異議申し立てがあれば延期されるだろう」
「大げさにしないで。あたしはただ」
「自分で調べてみたかい」
「何を」
「事故を」
「あたしにできるわけないでしょ。ねえ、ビル、友だちだったんでしょ」
 きみからカートを守ってやれなかった友人だった。そしてきみは夫の死を自分の足では調べようとしない妻だ。シンシアだったなら相手の気持ちにつけ込みはしなかったろう。いや遠い昔のことだ。私が時々カートの妻がマージェリイでなかったらと残念がるたびに代案としてそう思いたくなるだけの話だ。
 カートは一目置かれる生徒ではなかったが、私はお人好しでお調子者の彼が好きだった。保険会社へ入った私に加入第一号を申し出てくれたのはありがたかった。彼が意図して他人を裏切るなんてことは絶対にないという安心感があった。気弱な二十四歳の青年に、初めてイエスと答えてくれた女性をもっと知ってから婚姻届けに署名すべきだという私たちの助言は通らなかった。友人たちと祝った結婚式が終わり、数日してカートが電話をよこした。保険金払込人と受取人をマージェリイ・ヴィーシャウに変更してくれと、メモか何かを読むようにしゃべった。たまに一緒に食事しても、以前は大雑把な計算さえしなかった彼が端数に神経を使うようになった。振る舞いに損得勘定が見え隠れし、軽い冗談に気安く反応しなくなった。半年でカートはマージェリイの手の平に包まれていた。しかし彼なりに幸福だったのかもしれない。ただ私としては、あの頃のカートの良さをわかってくれる女性に出遇えなかったことが残念でならなかった。
「友情とビジネスをいっしょくたにしないと言ったら、カートは友情の故に保険に入ったときみは言うんだろうね」
「カートはあなたをとても尊敬していたわ。あなたに調べて欲しいと思ってるはずよ」
 カートはきみをとても愛していたよ。だから、きっときみに――。
 机の下で足を組み替えると、また土踏まずに痛みが走った。木のささくれであれ細かな金属であれ、肉が同化させたり異物と感じないようにまわりの組織が順応しないのだろうか。結婚後のカートの顔を思い浮かべ、小学校の三年生から四年へ、いや四年から五年だったかもしれないが、進級して同じクラスになった時のあいつの笑顔を思い返した。
「きみは保険金の支払が延ばされる程には公の調査は望まない」
「ええ」
「では二、三日休みをとって個人的に関係者に会う。結果を報告しよう。いいかいマージェリイ、あくまでも個人として私が勝手にやることだ。再レポートには署名しないし調査で得られた情報が外に漏れた場合、私はすべてを否認する。証言せざるを得なくなってしまった時には単なる作文ですと答える」と言いながら、果たして押し通せるかどうかはわからなかった。「調査費用は私が負担する。きみは一セントも出さない」
「カートが好きだった理由がわかったわ」
「もう一つ。運転手や目撃者や弁護士には会えない」
「でも、それじゃ」と口をつぐんだ。生命保険金の支払延期と無駄かもしれない調査結果がマージェリイの頭の中の天秤にのっている。片方の皿に触れてやった。
「調査範囲を限って始めて運転手とかに当たってみなくちゃならない感触がつかめたら、また二人で考えてみる。どうだい」
 マージェリイが事故の当事者を調べろと言い張れば、私は断るつもりだった。
「お願いするわ」と立ち上がった。「こんな時間に本当にごめんなさいね」
「いいんだよ、マージェリイ。ところで今年もオークロッジへ行くはずだったのに残念だったね。いっしょにクリスマスを――」
「行くわよ、今年も。カートがサンタのプレゼントを送っていたのよ、事故のあった日に。モントゥー・デパートからクレジットが引き落とされていたわ。送り返してもらうのも何となく嫌でしょう」
「そうか、それもいいかもしれないね」
 居間へ上がり、私はサリイに小さく首を横に振った。サリイは笑顔でコートを手渡した。マージェリイも黙って身につけた。テレビに顔を向けてるエオは、どことなく縮込まって蒼くなっていた。シェリルはいない。
 私は玄関のドアを開けた。先月の大雪は溶けていたが空気は冷たかった。薄い霧が夜の闇に漂っている。
「本当にこんな時間にごめんなさいね。子供たちを寝かせる時間じゃなくって」
「九時半頃よ、ベッドに入るのは」
 車に乗り込んだマージェリイがエンジンをかけて窓を下げた。
「おやすみなさい、サリイ、ビル」
「おやすみ、マージェリイ」
 寒くて急いで家に戻った。
 ドアの内鍵を閉めながら、「もう少し下にいるから」とサリイに言った。
 カセットのラベルに日付と名前を書いた。
 カートはあの時会いに来た。ダニイがいい顔しないと彼は言った。ルイスにもう一度考えてみてもいいじゃないかって言われた。あの娘によくない噂でもあるのかい、ビル。答えられないでいるうちに、カートは私の意見を求めているのではないと気づいた。祝福を聞きたがっていた。どんな結婚でも楽しいことばっかりじゃないんだからと私は一般論を立てた。好きなんだろ。向こうもそうだろ。なら二人で頑張るさ、やれるよ。
 マージェリイは私やルイスやダニイが羨ましがるような女性ではなかったが、事実としてあの二人はやってこれた。今考えれば、友人たちが気に入る女性を妻にしなけれはならないというのは、カートなら思いのままに動かせるという私たちの思い上がりではなかったろうか。カートだって、私たち好みの彼でちゃならないなんてはずはない。とすると、私はどういう友だちだったのだろう。
 居間へ上がると、サリイしかいなかった。
 何かあったのかときいた。
 子供たちが降りてきておとうさんはどこってきくから、書斎にお客さん、ミセズ・ヴィーシャウって答えたら、シェリルがこないだ死んだカート伯父さんの奥さんでしょって。そうよ毎年オークロッジでいっしょのって言ったら、じゃ今年は来ないんだっていうのよ。どうしてって。来るのはおかしい、うちもおとうさんが死んだら行かないって。エオがおとうさん死んじゃやだって泣きそうになって、わたし、おとうさんは死んだりしませんよって言ってきかせても、エオはどうして死んじゃうのって頭の中がいっぱいみたい。シェリルにおとうさんは死にませんて言いなさいっていったら、あの娘、面白がってペロッと舌を出してテレビを見たのよ。だからわたしお尻をひっぱたいたの。シェリルは泣き出して、エオはすぐ感情移入しちゃうでしょ、涙流したの。おとうさんは死なないって言えない子はこの家の子供じゃありませんって言ったら、シェリル、泣きながら二階へ走っていって一、二分したらあなたが上がって来たの。あなたがまた書斎へ行ってからエオも二階に上がって二人とももう眠ってるでしょ、あとでベッドを見てくるわ。
 缶ビールを取ってくれと頼んだ。

 目覚ましのベルを止めた。隣のサリイに「おはよう、愛してるよ」と囁いた。サリイはしなやかに寝返りをうち、「わたしも」とつぶやいてまどろみへ戻った。廊下には毎晩セットしておくパーコレーターのコーヒーの香りが漂っていた。サリイと子供たちが起きるのは七時半を回ってからだった。外へ出た。東の空が日の出の気配を広げていた。暗さに反応する水銀灯がまだついている。息が白かった。ひんやりした空気を頬に感じながら新聞を拾い上げた。
 二日間の休暇の申請に部長はフィッシングにでも行くのかと、自分の趣味を私に当てはめて羨ましがった。
 警察署を訪れた。私とは親しい友人でカートとは単なる同級生のジョージが交通課にいて、若いクリント・ヤンガー巡査に引き合わせてくれた。
 事故の通報は誰からでしたか。
 運転手だった。すぐ救急車の手配をした。
 あなたが駆けつけた。
 そう。
 息は。
 なかったが病院に運ばせた。
 イースタン・ジェネラル。
 いや、アーサー・マカースィ病院。
 身元はすぐに。
 ああ、カードと免許証で。家族に連絡した。
 何か変わったことは。
 例えば。
 例えば――、朝出社した時と違う服装をしていたとか。
 朝には生きてたんだろうが、そん時には死んでたな。
 事故の場所を地図で教えてもらい、運転手と目撃者の名前を控えた。
 保険金の支払でもめそうな感じはありましたか。
 もめないやつがあるのかい。
 裁判所に呼び出されてせっかくの非番を台なしにするってことがあったんですか。
 いや、召喚されてない。勘弁してほしいね。
 事故現場は市街地だった。往復四車線の車道にはかなりの交通量があり、歩道もゆったりとられてあった。わずかにカーブした道に沿って大きなビル、小さな建物が並んでいる。当日カートが行った、いや、マージェリイによれば彼のクレジットを受け付けたモントゥー・デパートは広い間口を石造りの太い円柱と巨大な板ガラスで埋め、ショー・ウインドウには金と赤と白でクリスマスが飾られてあった。私はカート駐車した第二駐車場へ歩いた。中華料理店の前で止まり、横断歩道に目をこらした。急ブレーキの跡があった。はっきり見える信号越しに、車線の向こうの駐車場を眺めた。
 調査部によれば、プリンス・ステーショナリイ株式会社は現社長の父親が十八年前に社員二人で創立し順調に商いを伸ばしてきた。三年前に創業者は他界し息子のピーター・プリンスが代表取締役になった。それからの三年間、売上のグラフはわずかながらも下降線を描き経常利益はおだやかな減少を記録している。年商三百二十万ドル、従業員十二名。倒産寸前ということでは全くない。
 ピーター・プリンス・ジュニアとは去年のオークロッジで会っていた。二、三年前の夏の会社主催のピクニックでピーターの妻がマージェリイから聞いて、行きたがったと言っていた。

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「初めの12,000文字」版の終わりです。よろしければ、「完全版」をご注文下さい。