マヤの日めくり

(粗筋) 40歳の岸田は、父の急死に集まったわずらわしい叔父叔母から離れ、メキシコのパック旅行に一人で参加する。
 神話で重要なテスカトリポカ神の像が残されていないのを不思議に思い、現代メキシコ人とマヤ文明の断絶を感じ、同じ旅行グループの鮎子に一目惚れする。すべての秘密が明かされる時、二人の恋は……。
 完全版は原稿用紙271枚です。

 青空へ飛び立つジェット機のポスターに引き留められたのは、寺の和尚にお布施を納めた帰りだった。パンフレット・スタンドが並び、極彩色のチラシが世界中へ誘っていた。衝動に乗った。最初に言われた場所にすると決めた。
 左側に旅行バッグが陳列され、奥のパーティッションの向こうでは人が働いている気配がした。正面のカウンターにロングヘアの女性がいた。透明な海でのダイビングが似合っていた。
「いらっしゃいませ」と、引き気味に言った。
 私は立ったまま、右の壁一面に掲示されたたくさんのパンフレットを眺める振りをしていた。葬式で六日間休んだ二ケ月後に長期の有休がもらえるかどうかを考えた。私は宮城県の公務員で、小学校を五、六年で転勤する事務職員だった。学校長の下に置かれるが、私の立場は気楽だった。仙台市の教育委員会、学校長、教頭、教務主任、学年主任という系列から外れていたからだ。学校経営の予算の把握とミスのない書類作成で給料がもらえた。旅行は夏休みにするし、校長がどうしても欲しいとだだをこねた応接セットを手に入れてやったのだから、許可はもらえるだろう。学校に出入りする大手旅行業社の営業の顔が浮かんだ。修学旅行の値引きで揺さぶられていた。どんな小さな旅行でも結構ですから、お申し付け下さい。必ずご要望に添うようにいたします。私はそうすると約束したわけではないが、裏切っているような気分になった。でももう、日焼けした若い女性に引き寄せられていた。椅子に座った。
「いらっしゃいませ」と微笑んだ。
「来月行ける一番遠い海外旅行はどこですか」
「どんなところがよろしいでしょうか」
「どこでもいいんです」
 微笑みながら、目が私の意図を探っている。
「何か条件がおありですか」
「来月の二一日以降なら行けます」
「はい。では少々捜させて下さい」とディスプレイを見つめながら、マウスを動かした。「メキシコはいかがですか、一一日間。ジオ旅行という会社が主催するパックです。出発が二三日で、帰国は八月二日。ほぼ確実に催行されます、キャンセルが出なければ」
 サボテンとソンブレロ。サッカーの銅メダル。ペソが弱くて破産している国。いや、今は持ち直しているのだろうか。
「古代文明を探るというテーマです。遺跡を見ると、震えがくるそうですよ」
 目がメキシコへ飛んでいる。私はどんな古代文明にも憧れたことがない。笑った。
「サイパンのビーチのあなたを想像するような震えですか」
 彼女がもっと微笑んだ。
「なにしろマヤ文明ですから」
「料金は」
「五二万八千円です」
「えっ」
「食事も全部、博物館や遺跡の入場料も含まれています。添乗員も」と、大きな目玉がディスプレー上を捜した。「成田から成田までご一緒します」
 一日五万円近い。
「御参加はお二人ですね」
「私一人ですが」
「それでは、お一人部屋追加料金一二万八千円が加算されます」
 唖然とした。
「見知らぬ人と同室ではうまくいかない場合が多いので、お一人でツインをご利用していただくことになっています。この旅行社はとても評価が高いんです。ホテルも現地ガイドも評判が良くて、行程もゆったりとられています。他のパックが三カ所回る日に二カ所くらいに抑えていますから、年輩の方でも安心なんですよ」
 四○歳は年配者だろうか。聞けば聞くほど迷いそうだった。
「行きます。今、申込金を払います」
 呆気にとられて、私の顔を見た。

 叔父の正平から電話が入った。
「ちょっと聞いたんだが、泰男の喪もあけないうちに海外旅行に行くつもりじゃないだろうな」
「私も考えたんですが、この旅行は前から予約していて、キャンセルできないんですよ」と、嘘をついた。
「いつ出発だ。どこなんだ」
「今月の下旬です。メキシコに」
「メキシコ」と、あきれたように間をおいた。「七七忌も終わってないじゃないか」
 わかった。マンションに線香上げに来た下の叔母がパンフレットを見つけて、ご注進に及んだのだ。
「百カ日の法要まで、告別式といっしょにすませましたよ」
「そういうもんじゃないだろ。墓参りもしないのか」
「出発は七七忌を過ぎてからです」
「百カ日はどうなんだ」
 喪はいつ明けるのだろう。
「そんなことじゃいくら泰男の子だからって、面倒見れないぞ」
 世話になった覚えは一つもない。
「親が死んだら遺産で海外旅行なんて」
「いえ、私のお金です」
「遺産もあるんだろう」
「はい。残してもらいました」

 長男の正平、長女、次女の次ぎに親父が生まれた家は、戦前は小作人を抱えた農家だった。農地解放でほとんどを失ったが、プライドは残った。二○年ぐらい前に祖父の葬式が終わった後、親父は酔っぱらって、遺産なんかいらない、一人でやってきた、とつぶやいた。険しい田舎の爺そのものの顔を思い浮かべて、私は正平叔父さんが独り占めしたのだろうと想像した。叔母たちはどうだったのだろう。何でも金に換算して評価するあの二人が抵抗しなかったはずはない。その上をいく正平に押し切られたのかもしれない。お前たちは嫁にいき没落しそうな本家を助けなかったとか、農地を売れば食っていけないとか理由をつけて。男手一つで私は二○歳になれた。それで充分だった。
 日本酒が好きだった親父は心臓麻痺で死んだ。もがいて四合瓶を倒し、割れた音で隣室のおばさんがドアを叩いた。すでに死亡していた。親父はああいう生活で、ああいう死に方になってしまった。圭太が生きていれば、二人の給料で一軒屋の頭金をつくり、香奈は仕事に出て、親父が孫守りをして││。そういう家庭になったかもしれない。
 俺はここがいいと言って、親父はアパートを出なかった。私は独りで住んでいた部屋から広めのマンションへ移り、新婚生活を始めた。赤ん坊が生まれると、香奈の行動のすべてが子供を中心にして動きだした。私は気の合った教諭たちの飲み会の誘いに応じ、土日の授業外活動を手伝うようになった。あなたがもう少し圭太の面倒を見てくれれば、と口に出した。さあ、幼稚園! という本を読み、経費のページを広げておく真似をし始めた。
 その圭太が七ヶ月で死んだ。乳幼児突然死症候群という診断だった。香奈は私の喫煙に厳しい目を向けた。タバコをやめても、彼女は私に話しかけなくなった。お金はいらないから離婚してと言われた。圭太は母親似だと言われていたのに、香奈は、私を見るたびに圭太を思い出すと泣いた。なすすべなく判を押した。アパートを決めるお金を下さいと言った。車も必要だと言われた。払った。仕事を見つけるまで送金して下さいと言いだした。
 親父は何も言わなかった。市役所の退職金と年金で生活できたが、私は小遣いを渡していた。死亡後に預金通帳を開くと、毎月あげていたのと同じ金額が打ち込まれてあり、引き出されていなかった。
 二年後に香奈が再婚するまで、私は給料の三分の一を振り込み続けた。誰が知らせたのか、通夜の直前に七、八年ぶりに香奈から電話が入った。焼香は断った。通夜では隣のおばさんが一番泣いた。
 親父の晩年が幸福を絵に描いたような環境になかったのは、私にもわかる。でも死に顔を見て、「たった一人で、こんなところで」と正平がつぶやいたのを、私は決して忘れない。金に困ったら兄貴に相談しろ、と言われたことがある。とんでもない。あの爺に頭を下げるぐらいなら、サラ金から借りまくると思った。
 メキシコ行きを申し込んだその足で本屋に入った。ガイドブックと新書を手にして、マンションへ戻った。親父は数十年前に香港に行ったことがある。売春宿に案内され、彼女たちのすさみに怖じ気づいて、一人でホテルに帰った。そう笑っていた。二八歳で死んだ母が海外に旅行したとは聞いていない。俺が死んでもこれだけは大事にしろと親父が言っていた仏壇に、母の写真が飾られてある。亡くなったのは、私が幼稚園にいる時だ。白黒写真の若々しい母は、もう私よりはるかに年下だった。おかあさんはうまい味噌汁をつくり、陽気な人だったと、親父が言っていた。
 それから八週間、かつての人生であれほど真剣に大量の本を読んだことのない日々を過ごした。メキシコ共和国はサボテンだけの国ではなく、マヤという民族はいないとわかった。紀元前十二世紀から西暦十六世紀まで、幾つもの民族が都市遺跡を残して消えた。現代メキシコが胸を張って説明できない部分が古代メキシコの根本にありそうだった。何故ああいうふうに続いてしまったのか。遺跡が教えてくれなくてもいい。日本から充分に遠ければ、それで良かった。
 世界は良いの世良ですと名のった添乗員が集合場所に立ち、まわりを見渡した。思い思いの場所に腰掛けていた人たちが静かに立ち上がった。扇の要へ向かうように集まり始めた時から、私は一人の女性に引きつけられていた。薄いグレーのジーンズをはいて、静かに離れて立っていた。目鼻立ちが爽やかだった。一七五センチの私の目くらいの身長だ。添乗員がチケットを配り始め、その女性はささきあゆこさんと呼ばれた。もう一組、女性の二人組が印象に残った。二人とも似たような黒っぽいファッションに身を固めていた。添乗員を入れて一一名のグループだった。

 配られたチケットは、ささきあゆこさんの隣席だった。
「お一人で御参加ですか」
「え、まあ」
 耳元で秘密を明かしているような囁き声だった。
「岸田といいます。よろしく」
「ささきです」と微笑み、頭を下げた。
 なんとなくリズムが切れ、彼女はリュックからガイドブックを取り出した。ネーム・タッグに、佐々木鮎子と書かれてあった。鮎。スイート・フィッシュ。
 私はファイルを開いた。自分への、八週間の中間報告だった。小学校のスキャナでガイドブックを読みとらせ、文章と写真を並べ替え、書籍の文章も加えて作成したオリジナルの盗作ガイドだった。
「あの、それ、ご自分でお作りになったんですか」
「ええ。でも、本に載ってるのを行程に合わせただけです」
「すごいですねえ。ガイド、できるんじゃありませんか」
「無理ですよ」
「それだけ勉強してると、楽しみでしょうね」
 私は笑った。
「あなたも行くんですよ。私が誤解していなければ」
「そうですよね」と笑った。
 航空機が動き出した。彼女は窓へ視線を向けた。滑走路と芝生と遠くの建物が窓を横切っていく。短めの髪の横顔を見つめた。捻られた首筋に皺ができている。私と同じか、一つ二つ年上だろうと感じた。

 ロサンゼルス空港の細長いトランジット・ルームで二時間の待機だった。体のために歩き回った。鮎子が一人で腰掛けていた。一つ椅子を置いて座った。
「佐々木さん、アイス・コーヒーでもお飲みになりませんか」
「あ、あの、わたし、あんまり喉乾いてませんから」
「そうですか」と、にこやかな笑みを変えないようにして立ち上がった。トイレへ行き、売店へ寄った。鮎子から離れた椅子に腰を降ろした。
 まだ一時間四○分ある。ガイドブックを開き、首都の空港につけられた名前の人物の項目を読み返した。
 古代メキシコはスペインによって終止符を打たれた。その後の三○○年の支配から武力で独立国となり、何人もの大統領が登場した。私腹を肥やしながら、後に石油とウラニュウムが発見されるカリフォルニアやニュー・メキシコ、アリゾナを安値でアメリカに売り払った。気づいた時には、残った国土の二割が外国人の所有で地下資源も彼らのものとなり、惨憺たる十九世紀を迎えていた。ベニート・フアレスはオアハカ州にサポテカ族として生まれ、一二歳までスペイン語を話せず、勉学を重ねて弁護士となった。州知事に選ばれ、国外追放され、戻って大統領となった。富裕すぎたスペイン教会の財産を没収し、自作農を押し進めた。機会を与えられても小作農たちに土地を購入する金がなく、農地解放は失敗する。それでもガイドブックの中では最も光っていたメキシコ人だった。ベニート・フアレス国際空港へ離陸するまで、まだ一時間三○分あった。

 午後九時にホテルに着いた。ロビーのソファーに腰を下ろした。世良添乗員がカードキーを渡した。
「初日ですので、簡単に皆さんをご紹介させていただきます。あらためて私から。入社して四年目です。どういうわけかメキシコやグアテマラの添乗が多くて、会社ではセニョール・世良と呼ばれています」
 参加者の名前だけ紹介していった。
 中年の二人は高梨という夫婦だった。夫は縁なしメガネが堅そうで、薄い唇の妻は吊り目のメガネをかけていた。初老の男性は堂島という名前で、ベルトがまわしのように目立つおなかをしていた。裕福な老後を送っている、退職した公務員のような印象だった。学生のような男の子は、ちょうじと紹介された。漢字の見当がつかない。二人とも一人で参加していた。年輩の夫婦は沼崎といった。奥さんはふくよかで温厚そうだった。小柄な夫はほとんど禿げていて、笑うと、綺麗に並んでいるとは言えない歯がのぞいた。若い女性のペアは立花と粉村という名前だった。片方は三○歳ぐらいで、痩せて胴が長い。もう一人はフラッシュを光らせて機内食を撮っていた女の子で、幼く見えた。住所や職業はプライバシーに属すると、パック旅行いいとこ取りという小冊子に書かれてあった。
「お疲れでしょうが、これから夜のメキシコシティを歩いてみたいという方、いらっしゃいますか」
「はい」と若い男性が顔面を輝かせて、手を上げた。
「ちょうじさん、だけですか。お一人で散歩なさるなら、このホテルの周辺だけにして下さい。バーとか暗がりには足を踏み入れないのをお願いします。明日から観光が始まりますので、早めに休まれるのをお勧めします」

 部屋へ入った。ウエスト・ポーチを外すと、腰が軽くなった。壁一面が鏡の洗面所で顔を洗い、バスに湯を張り始めた。
 カーテンを開けて、窓からメキシコシティを見た。何と言うこともない町が広がっていた。空港からの道路には外灯が少なくて、よく見えなかった。窓を開いた。排気ガスの臭いがする。耳を澄ませた。特別な物音はしないが、微かなざわめきがあった。体の気怠さが遠くまで来たと教えていた。旅行業社がセットする流れに乗って、スーツケースとリュックで一一日間を過ごす。久しぶりに気持ちが軽かった。
 ドアがノックされ、スーツケースが届けられた。肉太りのたくましそうな女性だった。明らかにスペイン系ではない。一○ペソを手渡した。喜んだ顔が上の叔母に似ていた。
 最初に駆けつけた上の叔母が、通夜は父のアパートで行うと勘違いしたらしかった。私がいったん帰ったマンションから戻った時には、大掃除が終わっていた。いずれ私がやらなければならないので助かった、という気がしたけど、あんな小さなアパートで通夜をやると思い込むのはどうかしていた。葬祭場ですよと告げた時、ここだって言ったでしょと上の叔母は目尻を釣り上げた。正平や下の叔母はむっとしていた。
 バルコニーへ出て下を覗くと、車のライトと外灯が見えた。昇ってくるメキシコシティのざわめきが、少しずつ鮎子の囁き声に変わっていった。
 座席に縛られたままの九時間と四時間に苦痛を感じなかった。何度か見せた笑顔は、大学時代の友人のガールフレンドに似ていた。二人で道を歩いていた。向こうは私に気づかず、彼女はとても嬉しそうで、素敵なデートができて良かったねと祝福してあげたいぐらいの輝きだった。私がきいた、いい男はいままでいなかったのかい。彼女は恥ずかし気に首を振る。いいって意味がむづかしいのよ。初々しさに年齢は無関係だ。もしかすると、あの人はまだ男性体験がないのではないだろうか。あの人もバルコニーへ出ていないかと、私は左右を見た。一人きりのメキシコシティの夜に勝手な夢を見るのは、満ち足りているのか貧しいのかわからない。上の叔母よりはましだ。同じように一人で部屋にいる彼女は、同じ事を考えているはずはない。苦笑いした。

 動き出したバスで、小柄な男性がマイクのコードを確認していた。日本人を肉太にしたような体型だった。眉が濃く、鼻筋が通っている。吊り目だが、目はくっきりと大きい。世良がうなづいた。
「皆さん、おはようございます。私はガイドのロドリゲスです。ロドさん、と呼んで下さい。これから六日間、皆さんを古代メキシコへご案内いたします。
 今バスはテオティワカンに向かっています。西暦一世紀に栄えました。そこからメキシコシティに戻って、国立人類学博物館を見学します。紀元前八千年から現代までを扱っています。その時にシティの、ああ、メキシコシティとは長くて言いにくい、ですからシティと呼びましょう、十六世紀のアステカ王国の首都、テノチティトランを説明します。でもよくきかれます、テノチティトランはどこにあるんですかって。シティの真下です。人口二千万の世界一の都市の地下にあります。スペインがアステカ族を破りました。神殿を破壊しました。その上にスペイン風のシティを建設しました。この道路の下にも遺跡が埋まっているかもしれません。それじゃ見れない。安心して下さい。わかるように説明しますから。これで一日目は終わりです」
 生まれて初めてじっくり見るメキシコ人の日本語に聞き惚れていた。テンポのいい二拍子の音楽が流れているようだった。
「二日目は、銀の町タスコへ行きます。午後にシティへ戻り、十七世紀の大聖堂を見ます。次ぎは十六世紀のグァダルーペ寺院です。
 三日目は、朝早く飛行機でオアハカという町へ飛びます。そして紀元前五世紀から西暦七世紀のモンテ・アルバン遺跡を見ます。あまり移動しないで、トゥーレで大きな木を見ます。オアハカで泊まりです。
 四日目の朝は、ビヤエルモーサへ飛びます。紀元前十二世紀から紀元までのオルメカ文明のラ・ベンタ屋外博物館を見ます。午後に七世紀が最盛期のパレンケ遺跡を見ます。
 五日目は、飛行機でメリダへ行きます。九世紀のウシュマル遺跡とカバー遺跡を見ます。メリダへ泊まりです。
 六日目が、七世紀と十世紀の二度、人が大勢住んだチチェン・イツァ遺跡です。
 ふー。たくさんありますね。時代もいろいろです。頭がくらくらしてきます。こう考えて下さい。古代メキシコの特徴の幾つかはいろいろな遺跡に残っていますが、それぞれの都市が独立して栄えた、と。
 それからご注意下さい。マヤ族という民族はありません。マヤとは一定の文化的性格を表す言葉です。オルメカ族、テオティワカン族、パレンケ族、カバー族、イツァ族などは、マヤ的な文化を持つ諸民族であると言えます。
 また、私の説明にショックを受けることもあります。でも安心して下さい。みんな遠い昔のことです。今のメキシコのこともお話ししていきます。楽しい旅行にしましょう。
 ところで、メキシコが二度目、三度目の人はいますか。││。いない。皆さん初めて。誰ですか、こんなに暑い所は最初で最後だ、なんて言ってるのは。シティは二二○○メートルの高さにあります。スモッグがある。空気が薄い。走ると息切れします。でもね、何度来ても飽きない国です。歴史が古くて広い。リゾートもたくさんあります。みなさんが最後に行くカンクンは、世界一のリゾート・ビーチです。ところで左を見て下さい」
 険しい山の斜面にびっしりと、バラックのような家がはりついていた。
「あそこは国有地です。田舎で生活できない人が勝手に住み始めました。水道も電気も道路もほとんどありませんでした。あまりの不衛生さに、国が助けました。あのようにしてシティの人口が増えていきます」

 しばらくして平らな土地に出た。テノチティトランを囲んでいたテスカカ湖に繋がる湿地帯だった土地で、遠くに防水壁が残っていた。
 駐車場で降りた。乾いた熱気が肌に痛かった。インフォメーション・センターを通った。
「この暑さがたまらないのよ。遺跡に来たって感じね」と、後ろで声がした。立花という女性だろうと思った。
 でも遺跡はまだ見えない。後をついていった。ひょろりと伸びた木立が途切れたと思ったら、古い石段と壁が目に入った。左には、遠くまで遺跡が連なっている。目に入った瞬間に、穴のあくほど写真を見た太陽のピラミッドだとわかった。伏せた皿のようだった。はるか彼方に、これもガイドブックそのままの月のピラミッドが、同じような形の大きな山を背景にして霞んでいる。どちらも見上げるほどの高さのはずなのに、ここからでは地面にはりついているように見えた。空の広さと同化していた。
「この都市遺跡でどんな民族がどんな社会を作っていたのか、記録も言い伝えもありません。テオティワカンも、後の人がつけた名前です。西暦十三世紀頃に入り込んだアステカ族がこの廃墟を見ました。神にしか創れないと思って、神々の場所という意味に名づけました。西暦一世紀から五世紀が最盛期です。放棄されたのが七世紀頃です。では行きましょう」
「ちょっとすみません」と、私が手を上げた。「岸田といいます。一つ、お願いがあります」
「はい、何でしょう」
「ケツァルコアトルは見ればわかります。テスカトリポカやウイツロポチトリの浮彫がテオティワカンのどこかにあれば、ぜひ写真を撮りたいのですが」
 ロドさんがわざとらしく目を丸くした。
「いきなり古代メキシコの核心に迫りましたね。残念ですが、ここにはなかったと思います。人類学博物館にも││、今は思い出せません。テスカトリポカはテンプル・マヨールにあったはずです、たぶん。すみません、今回のツアーでは行かないんですよ。幾つかの神について、バスの中でこのロドが説明します。ご勘弁下さい」
「わかりました」
 私たちは最初に見た石段の前まで歩いた。土の地面は固く平らにならされてある。
「私たちが今立っているのは道です。幅は五○メートル、長さは真っ直ぐ三キロあります。アステカ族が死者の大通りと呼びました。まわりにある建物を墓だと思い込んだからです。実は神殿でした。今でもそのまま呼んでいます。ずっと向こうに月のピラミッドがあります。あそこが死者の大通りの始まりです。この都市で何が行われていたのか、少しわかっています。巡礼と市場です。ここの特産品は黒曜石です。四○○もの工房がありました。それが中米に散在しています。ここにはないヒスイなどがここで見つかりました。それらは中米に散らばって産出されていました。他の土地からその地の産物を背負って人々が巡礼に来ます。死者の大通りに店を広げて売り、神殿の置物などを故郷に買って帰ります。また神殿の地下倉庫からは、酒の入ったたくさんの土器が見つかりました。楽しく飲まれたことでしょう。ではケツァルコアトルの神殿へ入ります」
 石段を上った。四、五○センチ角ぐらいの石が漆喰で接着されて││。見慣れた色と肌あいはセメントを思わせた。石と石の間のセメントには、三、四センチの小さな石が一列に並べれている。ミシン穴のように見える。装飾だろうと感じた。
 五、六メートルで上がりきると、一○○メートル四方より広い中庭を見下ろせた。今私が立っている石段が壁になって、四角く囲んでいる。左を見た。高くなった分、死者の大通りの両側に連なる神殿の基段が見渡せた。その上にあるはずの神殿部分は残っていない。ここから眺められる建築物のすべてが頑ななまでに直線的だった。知らない時代の、知らない土地に来た実感が湧いてきた。
 中庭へ降りた。取り囲まれ、埋められそうな感じがした。奥まったところに大きな建物があった。その正面でロドさんが立ち止まり、手の平を打ち合わせた。四方から、大きな音になって返ってきた。
「中庭は広いです。声を隅々まで聞かせる必要がありました。周囲の石段と壁はそのために造られたと考えられます」
 大きな建物は、二メートルぐらいの高さの基段が四段、ピラミッド型に、上にいくにしたがって少しずつ小さくなって重なっていた。最上段の上には何も見えない。
「これがケツァルコアトルの神殿の基段です。正面の石段を上った頂上には神殿がありました。修復はこれからです。基段て何ですかとよくきかれます。神殿を高い場所に造るための基礎です。神殿て何ですかともきかれます。神官が神様に降りてきてもらう場所です。ピラミッドって何ですかときかれます。一般的には四角錐の建物を言います。メキシコの場合、基段と神殿のセットのことです。基段の中には石の欠片と砂利が乱雑に詰め込まれています。その外側だけ、石と漆喰で壁を造りました。その上に漆喰を厚く塗りました。テオティワカンにはその上を赤や青で塗った跡が残っています」
 基段の壁に、七、八センチの厚さの漆喰が残っていた。さらには赤い上塗りも。当然そこには小石も石も見えない。すべての石段、外壁、神殿がそうなっていたのだ。今目に映るほとんどは、漆喰という薄皮が剥がされた姿なのかもしれない。
 右に回り込むと、すぐ裏にもう一つ同じぐらいの大きさの石の山があった。小山を覆っているのは、ずれたようなたくさんの石だった。かつては規則正しく重なっていたはずだ。石灰岩を粉にして水を混ぜると漆喰ができる。石に塗り、上から石を重ね、横に並べる。空気中の炭酸ガスが漆喰を固め、石と一体化させる。しかし二○○○年間の雨が表面の漆喰を流し、接着用のそれも溶かし、石を外側へずれさせる。丸っこい爬虫類の、細かいいぼのある固い皮膚のように変えた。
 左のケツァルコアトル神殿の基段と右の小山の間の通路へ、ロドさんが入っていった。切り立った、小さな谷のようだ。奥の神殿はごく一部だけ修復してあった。渡り廊下のような通路を挟んで、表の神殿の裏側の石段に腰掛けた。
 目の前に、奥の神殿の石段と基段、そして写真で見慣れた二種類の神像があった。
「最初にこちらが」と、ロドさんが奥の神殿を手で示した。「造られました。次はこちらです。さらに今私たちがいる空間をそのまま残したまま、二つに覆いかぶさる大きな神殿が造られました。壊されて埋められたのではありません。大きな神殿の内部のもう一つの神殿として残されました。雨があたりません。二○○○年前と同じ姿で残った。私はそう考えています」
 三重神殿らしかった。
「蛇の頭を見て下さい。羽毛の襟巻をしています。これがケツァルコアトルという神の像です。日本人に蛇はあまり好まれません。でもギリシアやローマでは脱皮が命の再生を象徴します。古代の病院のシンボル・マークに使われました。メキシコでは蛇の首に羽毛が加わります。羽毛は空を飛ぶ鳥です。蛇は母なる大地を這います。ですからケツァルコアトル、羽毛の蛇は天と地を表します」
 無骨な蛇の頭が真ん丸な目で真っ直ぐに睨みつけていた。首の回りに羽毛が立っている。顎の奥まで口が裂け、牙が並んでいる。ワニに近い。目の前に現れるすべてを食いちぎろうとする表情は、排他的だ。神話は、羽毛の蛇が自らの血で人間を創ったと伝えていた。そして人に文化と農耕を授けてくれたはずのケツァルコアトルは、呪いの言葉を除けば、目の前の無慈悲さと相いれない。具象化される時に操作が行われたのではなかったか。作り替えが好都合な者たちがやり、不都合だった人たちが正せなかったのかもしれない。
「羽毛の蛇と交互に並んでいるのが、雨の神チャックです。テオティワカンにも、これから行く遺跡にも川がほとんどありません。雨水が生命線でした」
 雨の神は、ヘッド・レスト付きのソファのようだった。背もたれに丸い目玉が二つ並んでいる。その下の外側の二つの二重丸は鼻の穴だろうか。尻当てが上顎で、牙が並んでいる。下顎はない。そう例えてみたが、本来はまったく違う意図からの造形かもしれない。
 死者の大通りに戻った。私は陽炎に揺れる月のピラミッドを見つめた。
「世良さん」
「はい」
「あそこまで歩くんですか」
「いいえ。バスで月のピラミッドまで行き、登って歩いて、太陽のピラミッドへ登ります。そこにバスが待機しています」
 もう一度見つめた。
「私だけ、ここから歩いていいでしょうか」
 世良が言葉を失った。
「あら、わたしたちも行くわ」と、立花が粉村を控えて言った。
「せっかくだから、私も頑張ってみますか」と、堂島が眺めた。
「わかりました。他に歩きたい方はいらっしゃいますか」
 ちょうじと鮎子が手を上げた。
「私とロドさんとバスは、沼崎さん、高梨さんといっしょに行程表どおりに移動します。六名の方にはそれぞれの体力がおありでしょうから、元気な人へついていくのが無理になった時点で、死者の大通りの中央を歩いて下さい。私が見つけます。集合は太陽のピラミッドの向かいの駐車場で、そうですね、一時間三○分後にしましょう」
 リュックを背負いなおして歩き出した。一○○メートルほど進むと、三メートルぐらいの段差に出くわした。石垣で囲まれた中庭のようなものが低く広がっている。向こうにも同じように、中庭が続いているのが見えた。
「ちょっと、これ何」と、立花が口にした。
 私も今見ている光景の写真を見たことがなかった。
「岸田さん、あなたが一番詳しそうだから、解説していただけないかしら」
「ガイドブックにもこれは載ってませんよ」
「いいから」
「ちょっとやってみてよ」と、堂島がにこにこと焚きつけた。
「僕、一人で先に行きます」と、ちょうじが歩き出した。
 緑色のナイロンのリュックを背負って中庭へ降りていく銚司を、みんなが無言で見送った。
「想像でよろしければ」
 堂島がうなづいた。

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