(あらすじ)
「キープ」とは、インカ時代に数字が記録された紐の束です。登場人物たちは、キープには言葉としての機能も託されており、その行政命令文書がインカ道上で、飛脚から飛脚にバトン・リレーのように受け渡しされていた、と推測しました。
二十八歳の津崎は、七カ国から集まったトレッカーたちと、植生の多様さを楽しみ四二○○メートルの峠を越えます。シャーマンが自分の手術跡を知覚したことへ驚き、神をめぐる議論が日常会話のように交わされることに、面食らいます。特にアメリカ人ダンが、オーストラリアからのキースへ放つ言葉は、度を超す一歩手前だと、懸念していました。
津崎は二十四歳のチリ女性マリーアに惹かれますが、マヤ文明の食人と現代メキシコ人の関係を気にする彼女を把握できません。ダンの悪戯心で、小川のほとりで二人きりになりセックスします。彼女は、「月が最寄りの陸地」だったラパヌイで生まれた、と囁きます。
キャンプ最後の夜が明け、遺跡でダンが殺されて見つかります。犯人はキースだと憶測されますが、確証がありません。ペルー人のガイドは通常の捜査を避け、マチュピチュの「月の神殿」で、アンデス的な決着をつけようとします……。
津崎とマリーアは南海の孤島へ飛びます。表面上はのどかに観光しますが、見れば見るほど、モアイ以降の悲劇に触れてしまいます。
愛着ある社会と、その過去の暗部との間に揺れるマリーアは、津崎を洞窟へ案内し、ラパヌイ人の食人の証を見せます。知らない父の死、急死した母、サンティアゴでの五年間を告げます。マリーアにとってのキープを実感した津崎は……。
完全版は原稿用紙500枚です。第一部 インカ道
一日目……クスコの空
二日目……キープ
三日目……シャーマン
四日目……死んだ女性の峠
五日目……雲霧
六日目……マチュピチュ
第二部 ラパヌイ
一日目……アパート
二日目……チリ椰子
三日目……孤島
四日目……モアイ
五日目……ハンガロア村
六日目……鳥人
七日目……遠足(最初の12,000文字)
第一部 インカ道
一日目…クスコの空
標高三三九七メートル。クスコは盆地だ。アルマス広場のベンチから、禁欲的な青い空を見上げた。
ホテルのある路地から太い通りに出て、ここまで歩いた。四角い広場の周囲をゆっくり回った。東のヘスス教会と北の大聖堂は巨大だが、他は三階建てが広場に面していた。中世スペイン風のアーチが商店街のアーケードになっていて、一階には薄暗い貴金属店や両替商の狭い間口が並んでいた。
所々に上階への階段が口を開けており、料理のメニューが貼り出されていた。二、三階は主にレストランのようだった。
旅行会社という看板を上げた店が何軒もあった。インカ・トレイル、マチュピチュ、聖なる谷、コルカ渓谷、ナスカ──。どの入り口にも料金表はない。両替えを兼ねているが、レートも見えない。
あの門口の奥はどうなっているのだろう。でも、北東の角のブロックにあったガラス張りの旅行会社に惹かれていた。
ベンチから立ち上がると、後頭部が指先で軽く押された感じがした。が、すぐに消えた。五、六歩進むと、また圧迫された感じがした。高山病という言葉が思い浮かんだが、広場を斜めに歩いていった。トレッキング・ツアーと明日からのホテルを決めなくてはならない。
車道を渡った。先ほど覗いた時と同じように、三人働いていた。中年女性、若い男性、中年男性。肌の色は白さが強い。店内の表示には、英語とたぶんスペイン語が並記されてあった。
ガラス扉の英語の貼り紙を確認した。
本日受付のみ。アベラルドの聖なるツアー十二日間。九月十五日にリマ解散。五つ星ホテルとインカ道での豪華なキャンプ。三○五六米ドルの半額割引。全ての遺跡の入場料とほとんどの食事付き。
南米に住む欧米人がターゲットなのだろうか。平均年収二二万円のペルー国民には、このガラス戸の敷居は高過ぎる。
日付を逆算した。ツアーは始まっている。不参加者の補充だろうか。キャンセル料をもらい、客を減らさない。ホテルも航空会社も名義変更を受け入れるのだろう。ガラス戸を押した。
「ブエナス・タルデス」
「ブエナス・タルデス」と、口ひげの男性がにこやかに迎えた。背広を着ていた。ネームタッグに、フェリーペ・ディアスと書かれてある。
英語に変えた。
「聖なるツアーに興味があります。行程表を見せてもらえますか」
「もちろん」と、カウンターを目で捜して、「これです」と差し出した。
どのホテルも、ガイドブックの高級クラスに載っていたように記憶している。
「あのう、一人でもいいですか」
「ええ。シングル料金は」と、別の書類に目を走らせた。「四七○米ドルです」
まともな一人部屋使用料金だろう。
「私は三枚の航空券を持っています。九月十四日発のクスコ・リマ間と、同日夜のリマ発ロサンゼルス経由の成田行きです。ツアー料金にはクスコ・リマ間が含まれていますね」
店員は目をしかめた。
「そう書いてあります」
「最終日が九月十五日です。私のクスコ・リマ間をキャンセルすることになります。そしてリマ発とロス発を十五日へ振り替えます。合いますね」
「航空券を今お持ちですか」
「はい」
「拝見します」
ショルダー・バッグから取り出した。彼はディスプレイの前に座り、キーボードを叩いた。
「セニョール・ツザキ」
「はい」
「このチケットは──」
日付変更が利かない格安航空券だった。
「なんとかしてみましょう」
南米が好きになってきた。
「そちらでお待ち下さい」と、椅子を勧めてパーティションの奥に入った。中年女性はディスプレイに向かってマウスを使っている。若い男性は書類を読んでいた。
フェリーペが戻り、私に目を向けた。
「とても良いことには、三枚の新しい航空券は可能です。とても良いと言えないことは、クスコ・リマ間は今日キャンセルすると、二五ドルしか戻りませんし、リマ・ロス、ロス・ナリタの日付変更料が六十ドルかかります。他に、これはうちが発行した券ではないので、手数料が両方で二十ドル。差し引き──」と、電卓を叩いた。「五五ドル、払ってもらえますか」
数字をねつ造しているのではないか。半額は魅力だが、隣のホテルに回されはしないか。
「払えば、今、新しい航空券がもらえますか」「預かり証です。リマ空港のカウンターで、搭乗券をもらえます」
言ってみた。「シングル料金が二三五ドルではいかがですか」 私を見た。「すみません。値引きできない部分なんです」
「リマのデイ・ステイを含めて十二泊ですね。今晩を含めると、三泊は消えています。四七○ドルの十二分の九を払えばいいはずです」
私をじっと見て、言った。
「オーケー」と、電卓に指を滑らせた。「マイナス一一七ドル。これでセニョールのものです」
「全部で幾らですか」
また電卓を叩いた。
「一九三六ドルです」
「払います」
「グラシアス、セニョール・ツザキ。今日はどこのホテルに泊まりますか」
「インカ・デルソル・ホテル」
間があった。
「メントール通りの」 メモ帳を開いた。
「そうです」
「このツアーは、今頃はクスコ市内を観光しています。でも、貴方の名前を手配するのに午後いっぱいかかります。ですから、明日の朝、ホテルに迎えが行きます」
「何時頃」
「朝です」
「何時ですか」
「八時か九時」
迎えが来ないかもしれない。電話しても、今はにこにこと英語を話しているこの男にスペイン語でまくしたてられたら、私に何が出来るのか。カードとパスポートを手渡した。受け取って、行程表をじっと見た。「一つだけチェックします。二、三分お待ち下さい」
また椅子に掛けた。彼が電話している内容は不明だが、元気の良さで相手を自分のペースへ巻き込もうとしているような印象を受けた。大げさにグラシアスを繰り返した。にこにこ顔で壁際に歩き、私のパスポートをファックスした。コピーもとった。別の機器へカードを読み取らせ、数字を打ち込んだ。
「オーケーです」と、振り向いた。
私はカウンターへ寄った。パスポートとカードと控えを受け取り、プリント・アウトにサインした。
「ところで、アベラルドは人の名前ですね」
「そうです」
「どんな人なんですか」
「クスコで最も高名なガイドの一人です」旅行社を出ると、遅い昼食を食べる気になった。さっき見かけたレストランへ行くことにした。メニューが分かりやすかったからだ。
土産物屋と両替商に挟まれた階段を上がった。ドアのガラス越しに中を見た。明るく広そうだった。押して入った。白い漆喰壁に小さな額が点々と飾ってある。木のテーブルと椅子が置かれてある。十五メートル奥に、白人の男女がいた。
エプロンをかけた若い女性が、おそらくスペイン語で、たぶん人数を尋ねた。ウノと答えてみた。右手で窓を指し、次に奥に向けて、何かきいた。私は窓を指差した。そこへ案内してくれた。
狭いテラスだった。椅子が二脚並び、小さなテーブルがあり、すぐ前が大きなガラスだった。アルマス広場が眺められた。メニューに英語があった。
「スパゲティ・ウイズ・トマト・ソース、ボトル・オブ・インカ・コーラ、ディッシュ・オブ・ブレッド」
ウェートレスが、スィ、グラシアスと答えて下がった。
溜め息を吐いたら、後頭部の圧迫感が増した。腕時計の右のボタンを押した。次にガラス面の二時に指先を触れる。十五時四八分だったデジタル表示が、三四○三メートルに変わった。さっきまで座っていたベンチを見下ろした。たぶん正確だろう。
行程表を取り出した。明日泊まるヤナワラ村が聖なる谷にあるなら、二八○○メートルくらいだろう。ここより低いが、二か所のキャンプ場は三六○○メートルだ。頭痛が悪化するかどうかはわからない。ショルダー・バッグには血管を広げる薬を入れてある。副作用を覚悟して飲むほどの痛みではなかった。
黄色いインカ・コーラは、かき氷のシロップに似ていた。炭酸がふやけていた。パスタは固めに茹でてあり、香ばしい酸味が唾液を誘った。食べ進むと、トマト・ソースにまぶしてある香草をきつく感じた。暖かいパンはバターをなめらかに溶かした。
もう一度、右ボタンを押して二時に触れた。三四○二メートル。気圧換算の高度計にしては、許せる誤差だ。
頭痛が強まった。すぐそこに十二角の石も黄金神殿もあるが、今日は自重した。聖なる谷から帰っても、クスコでフリーの半日がある。その時でいい。会計は八百円だった。後頭部に頭痛の卵をぶら下げて、アルマス広場を出た。広い通りをゆっくりと下っていった。静かで、落ち着いた町だ。小さな車がけっこう走り、地元らしき人たちや欧米人の観光客が歩いているが、騒がしさがない。歩きながら、見上げた。クスコは空の一部なのかもしれない。
角の店で水とパンとジャムを買った。ほとんど人通りがない路地に入り、小さなホテルに戻った。にこっとしたおばさんからルーム・キーをもらった。三階まで階段を上った。後頭部が疼いた。酒と走るのは駄目で、熱いシャワーを避けなさい、と読んだことがある。千葉のアパートを出てから丸二日たっていた。午後四時からシャワーが使えるし、温いなら良いと決めつけた。
身体も髪もすっきりした。頭痛もくっきりしてきた。頭の中ではなくて、その外側が脈打っている感じがした。空腹を覚えた。パン二口で、満腹になった。ベッドに潜り込んだ。シーツがさわやかだった。頭を枕に乗せた。なんだか、枕の中に私の頭痛があるみたいだった。
目をつむったが、眠れない。起きて、頭痛薬を一錠飲んだ。リップ・クリームとスキン・クリームをぬった。正露丸を飲んだ。ベッドに戻った。枕を二つ立てて、上体を起こした。
壁のタペストリーをぼんやり眺めた。色褪せていた。真ん中に四人並んでいる。赤いポンチョとニット帽はお揃いで、親子だろう。小さな女の子がリャマの手綱を握っていた。隣に、白い壁、赤い屋根の家がある。みんな、灰色の石段畑に立っている。その下にも石段畑がある。左半分には緑の葉があり、右には黄色いトウモロコシ。とすれば、標高は二五○○ぐらいか。 四人の上には、右に高い山があり、左に丸い太陽があった。
想像で追加した。一番下にハチドリと海があれば海岸砂漠になる。高山の向こうへ緑のコカの葉とバナナを添えてアマゾンを表す。さらには、どう描き込めば良いのか私自身もわからないが、全てをインカ道で繋げば完璧だ──。
──社会人になっての夏、高校時代の世界史が妙に思い出された。面白味のない教師が淡々と説明したが、話は記憶に残った。
アジアの人はトナカイを食べたくて、北へ向かった。一万五千年前の氷河期に、アリューシャン列島が氷続きになっていた。モンゴロイドはシベリアからアラスカへ歩いた。そこへ残った人たちはカナダ・エスキモーとなり、南下した人々はアメリカ・インディアンとなり、マヤ人となり、チリの最南端で停止した。その証拠に、最後の氷河期以前の人骨は南北アメリカでは見つかっていない。
この説が今も正しいかどうか自信はないが、地球儀に描かれた太い線のようだった。
すべてをたどるのは、夢のまた夢だった。一週間程度の休みで行けるのは合衆国だが、痕跡はほとんど残っていない。メキシコや中米はパック旅行でも十日は欲しい。南米なら、駆け抜けるだけでも二週間は必要だった。普通の会社員がまとめて休める時期に旅行代金が高騰するのも気に入らなかったが、実のところ、仕事に追われながら休暇の延長を言い出す度胸がなかっただけだ。私のアパートには、南北米大陸古代文明コーナーができていた。
そんな本棚に近寄る人はほとんどいない。アメリカ旅行が話題になった時、当時の恋人に、私はフワニータを見たいと言った。それ何ってきかれた。五百年前に火山を鎮めるために捧げられた十歳ぐらいの少女のミイラで、氷漬けで発見された。アレキパという町の博物館にあって──。だって、それ、ミイラでしょ、と彼女が言った。私は、フワニータのくぼんだ眼孔が見つめていたものを知りたいとは続けなかった。
いや、それが原因で別れたわけではない。ロサンゼルスでアウトレットへ行き、本場のディズニー・ランドで遊び、ラスベガスでルーレットをしたいというあの娘を包容する気が起きなかっただけだ。 人命より重いものがあった文明が米大陸の太平洋岸に限られていたわけではなかったように、人類にとってはごく普通の社会の姿だったような気がしていた。絶対神だろうが八百万の神々であろうが、人の生命を超越した概念が存在していた。それは、千葉に住み、避雷針の研究をしていた私には身近には感じられない世界だった。
矮小な例はあった。
机上で検討して実験をする。うまくいかない。ある研究員が、まずかった点に気づく。神がかりな能力だと賞賛される。しかし二度続けば、理論に瑕疵があるのに気づいていて、後から指摘したのだと、私には勘ぐれた。
つまるところ、新大陸コーナーで過ごす時間が増えたのだが、だからいつか仕事を辞めようとは考えていなかった。三ヶ月前、掲示板で希望退職者への優遇措置を読んだ時、水門が開いてしまった。
期間は二週間と決めた。旅費を五十万円とした。再就職はどうするのだという囁きを黙らせるには、そうせざるを得なかった。しかしシューズとバックパックを買い、航空券と初日のホテルを予約すると、収支は崩れだした。なるようにしかならないと感じた。
腕時計の右ボタンを押して八時に触れる。右上ボタンを押し続けて、午前六時にアラームをセットした。ついでに十時に触れた。摂氏一七度。おまけで二時。標高三三七一メートル。
日本では、ペルーは遠過ぎた。行こうと決めれば、来れる場所だとわかった。二日目…キープ
午前六時に目が覚めた。頭痛が消えていた。順応したのなら、再発する可能性は低い。唇と顔にクリームを塗った。日焼け止め液を、顔面と首筋にのばした。虫除けスプレーは唇に苦い。炎症予防の目薬を垂らした。荷物をまとめ、午前七時に朝食をとった。狭い食堂で、一人でトーストにバターを塗り、コーヒーで流し込んだ。ロビーで鍵を返し、二人しか座れないソファで待った。
正面の壁に掛かっている貧相な額を眺めた。色褪せたキープが飾ってあった。昨日も気づいたが、格安ホテルにオリジナルがあるはずはないから、よく見なかった。でも、紐のくたびれ具合が、本物らしさを感じさせた。立ち上がって、間近に見つめた。
横に置かれた太い紐がある。直径は五ミリぐらい。十五、六本の糸が結わえられ、縦に下がっていた。二ミリの太さだ。リャマか何かの毛だろう。一本ずつ、五センチとか十センチとかの間隔を開けて、結び目がある。うろ覚えだが、あれは一で、そっちは四だ。糸の長さは三十センチ弱で、ほつれるようにすり切れていた。インカ時代の数字の記録と言われていた。
カウンターの向こうのおばさんにきいた。
「本物の部分ですか」 丸っこい顔で、にっと笑った。
「イミテーション。フェイク。ノー・トゥルー」
笑みが気に入った。
ソファに座り直した。行程表を取り出した。枝豆の味がするコカ茶を飲んだ。スペイン語の新聞の写真を見ていった。ガイドブックをめくった。九時三十分に小柄なインディヘナが玄関から入ってきた。「セニョール・ツザキ」
「イエス」と、立ち上がった。
一七五センチの私より、十センチぐらい背が低かった。
「ガイドのアベラルドです。よろしく」と英語に変え、手を伸ばした。皮が厚く感じられた。
浅黒い肌に、白目と歯の白さが際立った。親しみやすい叔父さんのように感じられた。
「それで荷物の全部ですか」と、茶色のバックパックとショルダー・バッグを見下ろした。
「そうです」
トレッキング・シューズを見て、アウト・ドア用のジャケットも見た。
「一つ、お願いがあります」
「何でしょう」
「料金をツアー・メンバーに話さないで下さい」
「わかりました」と、笑った。
「もう一つあります」
「はい」
「他のメンバーへは昨日話しました。二十年前に私がガイドを始めた時、先任者は時々アンデスからの言葉を口にしました。真似て、繰り返しました。年月がたつと、アンデスが否定しないことに気づきました。今では、アンデスが私にガイドさせているように感じられます。アンデスからの言葉は、詩のようなものだと受け取って下さい」
彼は別世界にいるか、言い訳の種を蒔いているかのどちらかだと思った。私は頷いた。
旅行中、ホセという老人が自分を補佐する、古くからの友人だと付け加えた。
「では、バスへ」
私は二つのバッグを肩にかけた。
「十名います。自己紹介していただけますか」
「名前と国籍を」
「いい英語ですね。スペイン語は」
「わかりません」
アベラルドが頷いた。広い通りに、小型のバスが停まっていた。私は高いステップを上がった。右側が一人用で、通路をはさみ左側に二人掛けの座席が並んでいた。両側にも最後部にも、大きな窓が並んでいる。
最前列にアベラルドが座った。隣の、小柄なインディヘナがにこっとした。六十歳を越えているかもしれない。四角い顔で、眉が太かった。ホセと思しき老人に笑みを返し、私は顔を上げた。
九日間の同行者が私を見た。
「初めまして。ユージ・ツザキです。日本から来ました。少しの英語はわかります」
二列目の左に、中年の男女がいた。座席が窮屈そうな、大柄の男性と、とても小柄な女性だった。にっこりして頷いた。
右側には若い女性が一人で腰掛けていた。肩までの髪が茶色で、彫りの深い顔立ちだった。眠たげな二重瞼が、頷いて挨拶しているように感じられた。
三列目の左にいるサングラスの男性が、「オーケーだ。多国籍ツアーだぜ、これは」と、言った。
「参加できて、嬉しいです」と、返した。
隣の女性がにっこりと微笑んだ。喉元のネックレスは、金の純度が高そうだった。
その後ろに、好青年という印象を与える男性が一人で座っていた。「歓迎するよ」と、さわやかな笑みを浮かべた。青い目に吸い込まれそうだった。
五列目の左側に目を奪われた。薄い口ひげの男性は白いジャケットがおしゃれで、女性は鮮やかなオレンジ色のワンピースを着ていた。シルクだろうか。私は着たことがないのでわからない。にっこりした。
右の座席にふくよかな女性がいた。縮れ気味の長い髪を首筋で結わえていた。親しみやすい小母さんという感じだった。
六列目と七列目が空いていた。私は立ち止まった。八列目の右側に、若い男性が一人いた。頭を剃り、無精ひげを生やしていた。窓の外を見ていた。
私は六列目の左に座った。バスがゆっくりと動き出した。バスはアルマス広場に入り、四角い公園を回った。そこへ繋がる道の一本に入った。古いビルが迫る道を上り、曲がり、郊外に出た。
最年長はたぶん体の大きな男性で、五十歳ぐらいだろう。ハンサムな青年が二三、四か。救急車が来れない四日間と四二○○メートルの峠が待っている。順当な年齢構成だろう。
バスは左右に曲がりながら、ガードレールのない崖道を上っていった。岩がちな山肌には緑があるが、か細い木や雑草がほとんどだ。登るほどに植生が貧しくなる。低い雑木林は疎林になり、草が岩肌に付着しているだけの、褪せた深緑色の風景が続いた。バスが降り始めると、少しずつ緑が明るくなっていった。スピードが落ち、空き地に乗り入れた。アルパカ牧場という、木の看板が立っていた。
みんながバスを降りてから、アベラルドが説明した。
「五百年前、西の海岸から山々を越えて、東のアマゾンまで、のべ四万キロと言われる道が整備されていました。それがインカ道です。
行き来したのは軍隊、 飛脚 、産物を背負った行商人だったでしょう。
海岸砂漠には魚の干物と干した海草があり、ジャングルでは果物が実ります。アンデスの三千メートルまではトウモロコシ、四千まではジャガイモが育ち、それ以上にはリャマ、アルパカ、ビクーニャの毛と肉がありました。
厳しい標高差がもたらす産物は、その場所その場所が孤立していたのでは共有できません。私たちの祖先は道で繋ぎ、神がばらばらに置いた恵みを、補完しあうようにしたのです」と、一息入れた。「このツアーには、リャマの群れがいる場所が含まれていません。でもここで、アルパカたちをまとめて目の前で見られます。入りましょう」
アベラルドに続いて、土手に上がった。細い丸太の柵が、細長い牧場を囲んでいた。華奢な柵で、幾つかに区切られてある。すぐ奥は山の急斜面で、土留めの石垣が組まれてあった。
右端の区画の立て札に、アルパカ・ワカヨと書かれてあった。足が短いそれのイラストも描かれてある。そばに実物がいた。薄茶色の毛がふっくらしていた。欧米人の女の子が草を与えている白いのは、ヒツジに似ていた。ストレートの茶色い毛を体中にぶら下げているのは、アルパカ・スリ。白と黒の斑が、リャマ・チャク。首が短めで、耳が立っていた。リャマ・カラはもっと首が細く、これも耳が立っている。どちらも、顔はヒツジで、首は太めのキリンで、胴は肥満体のウマで、足はコリー犬みたいだ。
子鹿そっくりなのがビクーニャだ。顔は焦げ茶で、外側の体毛が茶。腹の下と脚の内側は白。すぐにも飛び跳ねそうだが、ゆっくり歩いていた。寄ってきた。私は、足下の草を差し出した。澄んだ、でかい目玉が私を見た。草に口を伸ばした。小さな顎をゆっくりとしゃくった。顔がくしゃっと笑ったみたいだった。
全部で十数頭いた。体当たりで壊れそうな柵は、リャマたちが逃げ出さないのを前提としているはずだ。四千メートル以上に、天敵はいなかった。理想的な家畜だった。
アベラルドがみんなを待っていた。十メートル移動して、毛の染め物工房へ案内した。
土壁の小屋に 竈 があった。鍋から、ニット帽のおじさんが毛糸の固まりをつまみ上げた。植物を煮出して染める、燃料は薪とリャマたちの糞だと説明された。茶色っぽい黒豆みたいなそれが、かまどの奥で鈍く燃えていた。
染め上がった毛が、横に渡した枝に干してある。二、三十色あり、色見本のようだった。どの色も穏やかなパステル調だ。
これを使って、インディヘナが昔のやり方で編んでいます、とアベラルドが言った。政府が援助して、奥の売店が営まれています。気に入ったら、買って下さい、と言い添えた。
民族衣装の女性が何人か、草地に広げた敷物に座り、木の棒を使って、織っていた。みんな、素足にサンダルだ。黙々と手を動かしていた。見下げるポジションが嫌になり、私は売店に入った。
木造の小さな建物は、毛織物の土産屋だった。外で織られた物らしかった。テーブル・クロス、ニット帽、ショール、手袋。
別の出入り口があった。アルパカ・シルクという看板がある。アンデスに絹があったかどうか不案内だが、その一角には都会的なセンスが溢れていた。セーターやコート、マフラーなどが現代的にディスプレーされている。イタリアのカップルが、楽しそうにとっかえひっかえ試着を始めた。ファッション・ショーみたいだったが、二人には地味すぎるように見えた。● ● ● ● ●
「初めの12,000文字」版の終わりです。よろしければ、「完全版」をご注文下さい。