旅のエピソード:2:メキシコ人とマヤ遺跡

 疑似オーバー・ブッキングのおかげで、メキシコシティからメリダへの航空機の中、英語を話せるメキシコ人と隣り合わせに座りました。スペインとマヤの混血のようでした。メリダでコンピュータの販売を営んでおり、名詞にはEメール・アドレスが印刷されてありました。

 私は日本からマヤ遺跡を見に来たと話しました。彼も数カ所行ったと言いました。メリダはどんな町ですか。100万人の商業の町で、魚が美味しい。景気はどうですか。いい会社と悪い会社があり、下がり続けるペソが輸入を厳しくしてます。農業には向かない土地のようですね。石油がなければ、メキシコは崩壊しているでしょう。どことなく、現代メキシコ人とマヤ文明には大きな段差が感じられます、と私は尋ねました。

 「普通のメキシコ人が遺跡を知ったのは、ほんの2、30年前です。公開されるほどに発掘が進んでからです。今でこそ小学生がテオティワカンやモンテ・アルバンに遠足します。私はマヤを知らないでオアハカ盆地に育ちました。サポテカ族かミシュテカ族の血を引いているはずです。祖父母もそれを意識していませんでした。単に、自分たちはインディヘナだと思っていました。私がマヤの血を意識するようになったのは、本を読んでからです。

 「ある時代は誇りです。別の時代は違います。人によっても異なります。独立した200年間は迷走しました。300年間、植民地でした。アステカの僅かな記録はスペインという他者が残しました。パレンケやオルメカは、記憶からは消え去りました。身に覚えのない文明に誇りを持つのは難しい。歴史が複雑で長いほど、答えにくいです。しかし、それがメキシコだと言う認識だけは持ちたいと思っています」