第4章:球技における名誉4-1:球技場での出来事 ほとんどのマヤの都市に、球技場と呼ばれる施設が建設されていました。
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モンテ・アルバン、ヤグール、ウシュマル、パレンケの球技場です。
互いに数百km離れて造られました。時代と土地によってルールが多少変化したので、構成部分の大きさや角度が異なっていると思われます。しかしとてもよく似た4つの施設で繰り広げられた何かは、ほぼ同一の行為だと感じられます。
左は、スペイン語で書かれてあるはずの出土地は不明ですが、球技場のリングと呼ばれる物です。上の写真のモンテ・アルバン、ヤグールの球技場にリングは復元されていません。欠片も残っていなかったので復元しなかったと思われます。
中央に迫り出した壁の上の方に、左右に1個ずつ石の輪が取り付けられていました。手を使わずに、ゴムを固めたボールを通せば得点になったと考えられています。
右はカンクンで見かけたポスターです。読めないスペイン語は、もしかすると、古のボール・ゲームの再演を告知していたかもしれません。
4-2:オルメカの首は敗者か勝者か ゴムの国の人と言う意味のオルメカ文化がメキシコで一番古く、紀元前12世紀から紀元まで続いたと言われています。
巨石人頭像はサン・ロレンソで発見されました。そこには石油もありました。ラ・ベンタ屋外博物館を作って運び込み、元の場所では石油を汲んでいます。
広がった鼻と厚い唇は、まるでアフリカ人のようです。首から下が造られた痕跡はありません。頭部には、昔のアメフトの革のヘルメットに似たものが刻まれています。ゴムの国のゴムを丸めたボールを使ったゲームの、マヤ球技の選手かもしれません。大きな名誉が大きな像を造らせるはずです。敗者に名誉は与えません。それならこれは、勝者の首でしょうか。でも敗者が聖なる生け贄になってしまえば、それは名誉か──。
4-3:球技場の浮彫 チチェン・イツァには13の球技場があります。もっと見つかるかもしれません。13というのはマヤでは神聖な数字ですので、14個目は作られなかった可能性もあります。
新チチェン・イツァの大球技場は全メキシコで最大です。手を使わずに、垂直の壁の上、首が痛くなるほどの高さにある4、50cmのリングにボールが通せるものだろうかと心配になります。
リングの下に、浮き彫りがあります。中まで詰まったゴムのボールはかなりの重さのはずで、この場所には最もボールが当たりやすいはずです。すぐに潰されてしまいそうです。別の場所から移動したのかもしれません。
下の方、中央部左寄りの丸いのが、ゴムを固めたボールです。それを挟んで、左右に7人ずつの選手が並んでいます。ボールを挟む2人はキャプテンでしょう。右のキャプテンは跪いています。首から棒のようなものが上に出ています。7筋の血のようにも解釈されます。その先が2つに分かれ、まるで蛇の舌のようです。左のキャプテンは立っていて、生首をつかんでいます。
長い間、勝者が敗者の首をはねると思われていました。でもマヤでは生け贄は聖なるものです。不名誉な敗者が、名誉ある勝者のキャプテンに聖なる死を与える役目を果たす。今日ではそう解釈されています。
サイズが気になりました。浮彫の選手たちの身長から考えて、3分の2ぐらいに縮小されているように見えます。すると、彫られたボールは直径が50cmを越えてしまいます。
4-4:髑髏棚の生首
新チチェン・イツァの球技場のそばに、独特な装飾をされた壁が残されています。
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上部には何もありませんが、何らかの神殿が建っていたはずです。つまり、残された壁は基段だったでしょう。高さは1mちょっとで2、30m続き、未修復の部分を入れると100mにも渡る外壁だったと想像されます。そこに、40cm四方の髑髏の浮彫がはりめぐらされていました。
1個1個顔が違います。外壁の上に何本もの杭を立て、髑髏を串刺しにし、それを見ながら1枚ずつ彫ったので、このような形になったのでしょう。
どれもタバコのヤニを思わせる歯の陰影と減退した歯茎が見て取れます。丸禿で、眼球の丸みの表現は、これが頭蓋骨ではないことを証明しています。モデルは、皮を剥がれた頭かもしれません。
4-5:隠された目的
人間の生け贄は宗教的な行為です。でも隠された目的があったかもしれません。貴重な水を粗末に扱った犯罪人を雨乞いの儀式に捧げれば、ついでに水を飲む口も減らせます。病にふせっている年寄りに、名誉ある死を授けるとも解釈できます。部族内の不平分子を、選ばれた栄えある者として生け贄にして、反乱の芽を摘み取ります。これ以上のクライマックスはありえませんから、被支配者を興奮させるためのエンタテイメントだったかもしれません。
残虐性は人間性の一つです。しかし人はそれだけでは満たされるはずはありません。人間性には美しさや優しさや子供の誕生や収穫の喜びなど、性善説を支える部分も含まれます。中米のガイドブックの書き手が美しいと形容していたのは、民族衣装の色使いとカリブ海だけでした。他の文明にも残酷さはありましたが、ルーブルや大英博物館の写真集をめくればそれだけではなかったのが誰でもわかります。私の8日間の旅行中に、マヤ的な美だと感じられるものにほとんど出会えませんでした。古代メキシコが例外なのでしょうか。