第3章:日の出のために何をしたか3-1:小道具 残念ながら、メキシコ国立人類学博物館のすべての説明文はスペイン語で書かれていました。しかし展示物を繋げると、物語は明白です。
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左のスケッチのように、生け贄を押さえます。生け贄の背中には、背当ての石を置きます。黒曜石のナイフで胸を切り裂きます。取り出した心臓の置き、中央の穴から血抜きをします。 マヤには、チャックモールと呼ばれる人形がありました。
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血抜きの器以外に、心臓はチャックモールの皿に置かれたと言われています。ところが、それを描いた浮彫がありません。皿の上では、油を燃やしたり、香を焚いたり、トウモロコシを置いたりしなかったと断言はできません。雨を受けたいというシンボルだったのかもしれません。しかし現物を見れば、生け贄から取り出したばかりの、血の滴る、ぴくぴく動いている心臓以外に、置くべき物はあり得ないと感じられます。上下の4体が人類学博物館に展示されてありました。スペイン語では出土地が書かれてあったはずです。
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寝そべり、首をもたげています。眼差しは虚ろで、皿に添えてある腕には筋肉の盛り上がりがありません。右のチャックモールでは、曲げた膝が緩み、男根が勃起しています。意識を喪失しながら、習性で姿勢を保っているように感じられます。このチャックモールはどんな夢を見ているのでしょうか。
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どちらも新チチェン・イツァにあった、未修復のチャックモールです。水で溶けた表面があばたになっていて、顔面と皿は失われています。白いオットセイが霧の中で頭を上げながら、表皮がとろけてしまったようです。
新チチェン・イツァの戦士の神殿の屋根はなくなり、今は吹き抜けになっています。2本の柱の間の床、幅広い石段の最上段の上に、最も有名なチャックモールがあります。
どこまでも澄んだユカタン半島の青空をバックにして、点のような白い像が見て取れます。そばには巨大な暦の神殿があります。しかしそれに負けない存在感が放たれていました。ある儀式の、唯一無二の中心的機能を果たすことが伝わってきます。
そばで、全身を青く塗られた生け贄が仰向けに寝かせられます。助手たちが手足と首を押さえます。神官は黒曜石のナイフで生け贄の胸を切り裂き、心臓をえぐり取ります。血まみれの心臓がチャックモールの皿に置かれます。体は転げ落とされ、真っ赤な石段に血が付着します。染み込んだ血痕が日々黒ずみを増していきます。もう1,000年もたちました。血が染みこんだ漆喰は溶け、石灰にひびが入りました。崩れ落ち、粉々になります。風がジャングルに運んでいきました。
3-2:新チチェン・イツァの生け贄の泉
直径4、50mの円筒形にくり貫かれたような生け贄の泉が、白い地層を見せていました。
濁った緑色の水をたたえています。熱い空気も水面も動きません。1,000年間そのままだったように、真夏の日が照り続けていました。
池の縁にある石の建物で、聖なる生け贄になるために、体を清められ、化粧され、飾りをつけられました。手足を縛られ、重しをつけられ、池に投げ込まれました。子供の骨が21体、大人の男性が13体、成人女性8体が引き上げられました。金細工やヒスイも、骨ももっとあったはずだ、という人が大勢います。でも土地の所有者であった外国人が何体か引き上げました。どれぐらいの装飾品を売りさばいたかは、不明です。