マチュピチュの月の神殿

11:00……

マチュピチュ市街地の北東の奥に、藁葺屋根が復元された家屋が2軒並んでいます。その間に立つと、聖なる岩が見えます。晴れていれば、同じ稜線の山々が背景に望めるはずです。聖なる岩の奥の左側に登山検問所があり、パスポート番号などを記帳します。

四日間トレッキングしてきたインカ道と比べると、未整備に感じられるインカ道が続きます。竹が密生し、暗い。大きな石が露出しています。くねくねと曲がり、草木が邪魔をして見通しが利きません。山側も谷側もきちんとしたカーブを描かず、谷側は所々地面が崩れています。

少し登り切ると、正面にワイナピチュ山が見えます。道が螺旋を描くように、ねじ上がっています。絶壁に石段が続いており、頂上を目指すトレッカーたちがとてもゆっくりと登っていました。

道はいったん降り、ワイナピチュ山の麓で二股に分かれます。大洞窟と書かれた左へ進みました。

真っ逆さまに落ちていくような石段がありました。珍しく、太いワイヤーが谷側に渡してあります。ほぼ逆方向の曲がりを繰り返して降りていきます。ワイナピチュ山の岩がそこだけひさしになったような箇所に、石段がくぐっていました。上部に横割れの亀裂もあります。自然にそうなったのか、部分的には人の手が入っているのかは、わかりません。

かなり降りてから、登りになります。垂直の岩に無理矢理石段が組み込まれていました。一段一段が高い。ステップの山側は、岩肌が削られ、足りない幅を石で補い、手摺代わりの石垣が谷側に連なっています。ひとしきり登ると、少しは平らな箇所に建物がありました。屋根があったかどうかは不明ですが、広い開口部があります。意図的に残された自然石が祭壇のように突起しており、山側の石垣には壁がんがあります。重要度の低い神殿兼警備支所だったかもしれませんが、これは私の勝手な想像です。

土の道になりました。これもインカ道なら、これまで歩いていた道はかなり補修されていたということなのでしょうか。植生が豊かで、暑くなったら緑の臭いが立ち込めそうです。なだらかに地面が降りています。急な所には、約1メートルの幅だけ石段が組んであります。地面より出っ張っているので、取ってつけたように見えました。

道は苔むした岩や、捩じれた木の根の間を縫うように右に左に、落ちながら曲がっていました。左右からの幹が交差した箇所や、わざわざ岩を切り通して道が続きます。ちょっと開けた箇所に、道らしい道はなく、ごろごろした石が散在していました。

左の空間が開けました。手前に低く森があり、谷間があり、向かいは山が連なっています。右の山側の向こうに、遺跡らしき石垣がありました。石段畑を歩き、巨大な岩盤が造る洞窟の前で止まりました。

これが、月の大神殿です。岩下の広場のような平地は10メートル×20メートルぐらい。精巧な石組みが地面と天井の岩の間に回されています。壁がんや、二重になった門口の奥に壁がんが造られてあります。いや、壁がんのない、二重門口もありますね。整然と配置されてあります。失礼ですが、500年前の更衣室のようにも見えます。平地には、どこかの山を模したらしい自然石が飛び出ています。天井は、表面が細かいでこぼこになっています。ノミや槌で叩かれた跡はああなるはずです。

右奥に自然石で両脇を固められた3段の石段がありました。そこから先にも洞窟が伸びています。こちらには壁がんなどは見当たりません。土の地面は平らです。暗くて良く見えませんが、その先に石壁があり、もっと奥まで続いていそうな気配がありました。

なんとなく、完璧に復元されていないか、建築途中だと感じられました。月を意味する何も見つかっていません。マチュピチュには、日差しが冬至を知らせる太陽の神殿があります。こちらは、岩の下にある分だけ薄暗い。あるいは、暗く造られました。ですので、月の神殿と呼ばれ始めたのかもしれません。雰囲気は、写真で見たネアンデルタール人の岩影住居に似ています。

大神殿を出て右へ渡りました。右側に岩をくり抜いた4段の石段があります。登ると、石組みの部屋がありました。倉庫のようにも見えますし、神官の住居のようでもあります。通路の口も空いています。

降りて右横へ歩くと、一段下に長い石壁がありました。写真は、その石壁の下から撮っています。

中央に写っているのが二重門です。出入り口の片面の枠が一段引っ込んで造られてあります。反対側には、その引っ込みはありません。出入りするに当たって、何らかの注意を喚起する設計です。ウィニャイワイナ遺跡でもマチュピチュ遺跡でも、数カ所見られます。おそらくは、二重側から入るのが許される階級とそうでない階級があったのかもしれません。だとすれば、この場合、私は聖の度合いが高い側から低い側に通った、と言えるかもしません。

石壁から幅2メートルぐらいの石段が降りました。段差は高く、苔むしています。その先に、大きな岩が幾つも無雑作に置かれてありました。もともとここにあったのか、加工のために運ばれたのかはわかりませんが、月の神殿エリアの建築材料だったことは想像できます。

20メートルぐらい降りると、右に石室がありました。3、4室です。屋根はなさそうです。そこの手前から石垣の崩れを利用して、また下がります。

さっきの石室が建っていた巨大な岩がせり出した下に、石の壁と門が見えました。幅は5、6メートルでしょう。両脇に壁がんを備えた、一重の門が開いています。これが、月の小神殿です。今にも、上の岩盤に潰されそうに見えます。

小神殿の門に入る前に、見上げました。岩盤がせり出し、その上にさっきの石室がのっています。上が家屋で下が神殿なら、インカでは、上階が上位ではなく、地中に近い方が聖の度合いが高かったのかもしれません。

標高は2,266メートルです。薄暗い小神殿に入りました。目が慣れる前に、頭上の岩盤に圧迫されました。天井が右から左へ落ちています。横が20メートル、奥行きが10メートルちょっとでしょう。高さは2、3メートルありますが、落下中の巨大な岩の球のような天井に息苦しくなります。奥に申し訳程度に石垣が組まれ、壁がんが幾つも造られてありました。地面は土です。所々に石が突起し、また転がっていました。

外へ出ました。

右に、伐採したばかりの土地のように、開けた傾斜地がありました。右から左へ緩やかに落ちています。石材がたくさん転がっています。もともとこの辺り一帯がこういう土地なのでしょう。3、40メートル先は木立で見えません。道は識別できません。この先に、ウルバンバ川へ降りるインカ道が続いていると、ガイドブックに書かれてありました。

ここまで約1時間かかりました。谷を挟んだ向かい側の山に雲がかかり始めました。