インカ道トレッキング2日目06:00……
テントの外で誰かが何か、声をかけています。ポーターが洗面器にお湯を持っていました。無風で、山に微かな靄がかかっています。大きなマグカップで飲む、ティーバッグの紅茶は爽やかです。
07:09……
朝食は果実のような甘いスープ。パンにはブルーベリー・ジャムとバター。
ヒルダさんが説明します。
今日のコースには、遺跡の建物はありません。アンデスの植生を体感できます。昨日のコースは植物の乏しい地域でした。これから草原を歩きます。峠は乾いています。越えると、草原、密林が続きます。密林は雲霧林と呼ばれています。アマゾンからの湿った空気が当たるからです。お願いがあります。決して枝道へは踏み込まないで下さい。入るほどに草木に被われて、迷います。そうなったら、探し出しせません。熊もいます。大きくはありませんが、危険です。
07:40……
ワイジャバンバ・キャンプ場を出発。
07:56……
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日が照ってきました。インカ道へ入ってから初めてです。樹木は青々と茂り、左右から土の道にせり出しています。朝の霧が植物に良いのでしょう。穏やかな登りが続きます。
08:09……
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女性の乳房のような、岩の稜線が見えました。「死んだ女性の峠」という意味のワルミワヌスカ峠です。あそこまで稜線が2本横たわっています。道は見えません。1,200メートル登ることになります。
08:15……
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桃色のパッション・フルーツです。標高3,280メートルの標識を過ぎて、ポーターに抜かれ始めました。ガスコンロ用のボンベを背負っているのは、見て取れました。
08:47……
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小さな橋を渡ります。藁葺屋根の一軒家がありました。廃屋かと感じましたが、ニワトリが3羽、草をついばんでいました。
08:53……
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だいぶ登りました。草木の高さは50センチぐらい。その分見通しが効き、少しだけ登ってきた道を見下ろせました。茶色に枯れた斜面を、きれいにインカ道がなぞっています。カメラを掲げて、200mmの望遠で覗くと、トレッカーをほぼ2倍の早さで抜いていくポーターたちが見えました。ファインダーの中に、インカ道より20メートルぐらい上で茶色い馬2頭が草を食んでいました。いや、ロバかもしれませんね。
09:21……
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再び、植生が豊かになりました。雲霧林の始まりです。道ばたからすぐ、勢いの良い熊笹や細い草木が生えています。道の整備の手を抜いたら、たちまち林に被われてしまいそうです。道は曲がりが多くなり、急な坂には石段が築かれています。その段差が大きいので、私の足では太ももを踏んばらなくてはなりません。5、6歩で息が切れました。
樹木がたくさん生えています。幹の直径は50センチから1メートル近い。高さは20メートルくらいです。ほとんど全部、左から右に傾いでいました。
石段が増えて、15, 6歩踏んばっては立って休むの繰り返しになりました。
細めの幹にはコケが生えています。枝から、密生した緑のコケが、古びた蜘蛛の巣のように垂れ下がっています。日が遮られ、湿気があり、休んでいると涼しく感じられてきます。登りはじめると、汗ばみます。
ポーターたちも息を荒くして登っていきます。不透明のビニール袋で包まれた円筒形の何かを背負っているのを見かけました。あれでしょう。今はほとんどのポーターが裸足にサンダルを履いていますが、昔はリャマの革のサンダルを履いていたそうです。下りは滑るので、編んだ藁(イチュ草)を底にかぶせました。
09:29……
2メートル巾の急流が水音を立てていました。左側に石畳が登っています。40センチ大の角ばった石が固められています。500年を経てはいないでしょう。川岸やその上の樹木の枝に、熱帯で見られそうなコケ類が密生しています。石畳がトレッキング・シューズの底に硬くあたり、石段の段差が太ももに効いてきます。
09:36……
小川から離れ、また熱帯性の林に入りました。曲がりくねった道が縫うように斜面を上がります。樹木が多くて、見通しが利きません。
10:08……
休んでいると、汗が冷えていきます。バックパックから、今朝もらったオレンジのような果物を取り出しました。手で、さくっと剥けました。半透明の小さな固まりに黒い種らしき物が入っています。すすって口に入れました。甘く溶けていきます。酸味が程よい。種も柔かい。ここで、私の、あまりのトレッキング初心者ぶりを見るに見かねて、同じパーティーの女性たちが基本テクニックを教えてくれました。
1、歩幅を狭め、足を上げる高さを低めると、鼻で呼吸できる。広げると、口が必要。
2、静かに一歩ずつ、靴底に体重を移動する。
3、強めに息を吐く。すると、自然に空気を吸う。
4、右足で強く吐き、左足で自然に吸う。
5、汗をかかないペースを保つ。以降、歩くのが格段に楽になりました。息も長く続きます。右足首の痛みは少しずつ小さくなっていきました。感謝。
10:20……
石段を埋めた道幅が4、5メートルに広がりました。石段が連続します。
10:25……
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林から10メートルほどしか上がっていないのに、急に植生が貧弱になりました。見通しがききます。振り返って目を凝らすと、左右から山が降り、谷の正面に山が見えました。その山の向こうに、雪をかぶって雲がかかっている別の山がありますが、昨日のキャンプ場から見た光景に似ています。ずっと下に、白っぽい小さな何かが見えます。きっと、キャンプ場です。峠まで半分は来たでしょうか。
10:44……
か細い樹木が多い。高くても1メートルちょっと。半分茶褐色で、夏枯れしているのでしょう。ポーターたちも歩いて登っています。無表情で、荷物に潰されそうでした。
11:15……
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ルルチャパンパのキャンプ場に、既に食事テントが設営されていました。ポーター達の賃金はいくらなのでしょう。旅費全体から推察すると、1人1日千円を超えないはずです。ランチは塩味のスープと焼き立てパンケーキに、インスタントのちらし寿司でした。
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狭い平地の回りは崖で、微かに水音がします。50センチぐらいの高さに水が流れ落ちていました。小鳥がいます。全身の羽毛は濃い灰色。くちばしと足はオレンジ色。そばで咲いている小さな花に向かい、たぶんハチドリがホバリングしていました。望遠にして、シャッターを半押ししました。カメラは焦点を結べず、いつまでもジージーという音を立てていました。
峠の乳房岩が見えます。望遠で覗きました。左の、丸くくぼんだ線が峠でしょう。爪楊枝の先のような、裸の樹のようなものがあります。登り切った人たちかもしれません。
12:09……
また登りです。道の右側は開けています。左の斜面に道が築かれていて、ずっと真っすぐ急に登っています。全ての植物は、高さが50センチを越えていません。高度は3,713メートル。まだ400メートル登らなくてはなりません。
12:25……
ごく最近整備された道が続きます。ゴツゴツした現代インカ道の急な登りの連続です。尖った小石の混じった土の道が10メートルぐらい登り、土留めのためか、ごつい石段が横たわっています。太ももを意識的に持ち上げないと、クリアできないほどの段差です。同じパターンが延々と続くかのようでした。左の山の斜面から、遠い山が見えます。部分的に雪化粧されています。右に乳房岩が見えてきました。
12:37……
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一本道の最後の登りに、大勢のトレッカーが乗っています。ポーターはいません。すでに峠を越えているのでしょう。
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道の端に立って休みました。右の山を見上げました。頂上付近は、雪の白さで真っ黒い岩肌が際立っています。時々、雲が最上部を隠します。中腹はどす黒い緑です。か細い滝のような雪の筋がくねりながら落ちています。いや、雪解け水が光ってのかもしれません。
途中から、道には土がなくなり、岩が敷き詰められています。角張っています。平らそうに見えて、角が不揃いなので、躓きそうです。最後の200メートルの傾斜は、ほとんど30度に見えました。手をついて這い登りたくなります。きちんと施工してある石段の石が、やけに硬く感じられました。
14:06……
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ワルミワヌスカ峠の標識に、4,215メートルと書かれてありました。峠は、円弧を描く土でした。登り続けたらここまで来たという感じです。日本の最高地点より高い所にいるという実感はありません。登る必要のなくなった、延々と続く坂道を見下ろすのは、安堵感以外の何ものでもありません。あと数十メートルと見えながら、思い思いの場所で立ち止まっている数人がいます。腰に手をあてて、俯いて、大きく息をしているようです。トレッキング・コースの最高地点で体調に異常がないので、高山病にかかる心配も消えました。空気が薄いとも感じません。私はたまたま、薄い酸素に強い体に生まれたようです。
14:45……
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反対側を見ました。真っ逆さまに右へ落ち、左へ数百メートル続く道だけが人工物です。茶色と黒の厳しい山が続きます。樹木は見当たりません。山肌にしがみついている草類が、赤茶色に枯れています。数キロ先の正面は、別の山系が黒々とそびえ立っています。手前に谷らしき空間が見て取れます。今夜のキャンプ場はその下のはずです。
他のパーティーはすでに先へ過ぎていったようです。ほとんど無人の石畳を下っていきました。
15:25……
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巨大なツクシのような植物が、その下の竜舌蘭に負けずに伸びています。ブロメリア。にょきっと立って、以前は固まっていた黒い蕾が力なく開いてしまったような姿です。いや、もしかして、竜舌蘭の花かもしれません。まばらですが、けっこうな範囲に群生しています。
小さな薄紫の花は、ジャガイモ野生種です。五弁の小さな百合のようです。地面には枯れたような雑草が生え、土は固く締まっていました。僕らの夕食に使えるほどの大きさではないかもしれません。
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インカ道は、これまでにないほどにきちっと石が組み合わせれています。1メートル半の幅で、地面の傾斜を舐めるように、くねりながら降りていきます。地面から10センチぐらい隆起して工事してあるので、浮き彫りのジグソー・パズルのようです。特別にあつらえた専用通路を歩いているような気分になります。
この道を女性軍は、石蹴りをするようなステップで駆け下りていきます。私は右足首を考慮して、慎重派となります。
16:00……
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すり鉢の底みたいな箇所に、パカイマヨ・キャンプ場が見下ろせました。あそこは3,600メートルです。谷をはさみ、遠くにルンクラカイ遺跡とそこへ登るインカ道が眺められます。明日、登ります。植物に緑が増してきました。1メートルを超える高さの低木もあります。
14:13……
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木の枝を渡した橋を渡ります。山間に寄り添ったようなキャンプ・サイトを見下ろしながら降りていると、家路を急ぐ気分になりました。
16:45……
お茶の時間にチョコレート・バーとクッキーとチーズが出ました。
18:11……
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急速に暗さが増していきました。夕食はトマト・スープとスパゲッティ・クリームソース。高度のせいで、パスタは茹で具合が今一でした。
20:00……
食事テントから出て、皆で星空を見上げました。左右からそびえる山で、くっきりと天の川が切り取られています。巨大な岩の裂け目から、星の海を覗いているようです。星々が、遥か彼方にあるのか、手を伸ばせば触れるほどに近いのか、見極められません。星の海に吸い込まれそうです。ここの星空は、昼の太陽と同じ強さの存在感をもっています。残念ながら、見るに堪える写真は撮れませんでした。
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21:00……
就寝。熟睡。