インカ道トレッキング1日目

前書き……トレッキングの出発地点に着くまで、私にとっては面白い事がいっぱいありました。しかし同じような旅の出来事は、他の方々のホームページにそれぞれの描き方でたくさん掲載されています。また、一般的にはマチュピチュ市街地がペルー旅行のハイライトとなり、多くのデータ量が割り当てられるべきでしょうが、それも余所様のページに繰り返し掲載されています。ですので、それらのほとんど全てを省略し、「古典的インカ道トレッキング」の4日間と、あまり紹介されていない「マチュピチュの月の神殿」だけを載せました。ご了承下さい。

07:00……

ヤナワラ村のロッジを出発したワゴン車は未舗装道路を走り、「KM82」地点へ着きました。四日間の「古典的インカ道トレッキング」の出発点です。「KM82」とは、クスコ駅を起点とし、マチュピチュの麓にあるアグアス・カリエンテス駅までの線路上の82kmの距離を意味します。ちなみに、日帰りインカ道ハイキングの出発点は、「KM104」地点です。トレッカーは身支度を確認します。十数名のポーターたちは、就労規則に従って、重さ20kgごとに背負う荷物を割り振ります。

天気は曇りで、暑くもなく寒くもなく、無風です。「KM82」から、鉄道線路へ降ります。数十メートル、バラスの上を歩きます。この線路は、かつてのインカ道を拡幅して敷かれました。

08:06……

左へ降りると、ウルバンバ川に架かる吊り橋が目に入ります。そのたもとに、ペルー政府観光局の検問所が建っていました。藁葺き屋根の質素な建物です。

真顔の係官がいて、登録してあるパスポート番号と照合します。ガイドのヒルダさんの記憶では、規制がなかった頃、一日2,000人が入山して、インカ道は渋滞し、キャンプ場にテントを張れる余地がなくなり、混乱したそうです。ということで、観光客は前もって、入山料を添えて登録しなくてはなりません。ツアーなら、旅行社が代行します。

日本の場合、以下のようになります。
1…一ヶ月以上前の予約を受けて、旅行会社は入山料を添えてパスポート番号をペルー政府に登録する。
2…日本の旅行業法によれば、一ヶ月以上前のキャンセル料は無料である。
3…例えば40日前に私がキャンセルしても、ペルー政府は前納された入山料を払い戻さない。
4…主催旅行会社は、入山料を損する。

このトレッキングを含んだ主催旅行は、欧米では人気があるようです。ところが、日本では馴染みが薄く、過去数年間に数社がツアーを募集しましたが、ほとんど催行されなかったと聞いています。

5…それでなくても、催行人数に達しにくい。

私が参加できたツアーの場合、6、7、8月の募集が10名に達せず、申込者はそのまま申し込みを翌月に移していったそうです。乾期が終わる9月、わずか5名でツアーを出してくれた西遊旅行さんには、特別の感謝を。少人数催行追加料金が惜しくないツアーとなりました。残念ながら、2006年からは同様のツアーを企画しにくいとのことで募集していないようですが、入山規定が変わる可能性もあります。興味のある方は、西遊旅行さんにアンテナを向けておいてください。

08:21……

標高2,806メートル。吊り橋を渡ります。このウルバンバ川が、三日後に着くマチュピチュの麓へ流れています。

世界にはたくさんのトレッキング・コースがありますが、このコースは特別だと言われます。40キロの間に、半砂漠や草原、密林があります。車では行けない遺跡を幾つも見ます。山岳光景をへて、類い希な遺跡へ行き着きます。前半の2日間、石畳は現代の修復がなされています。マチュピチュまでの2日間は、インカ時代ほとんどそのままです。500年前のインカ道は、16世紀のタイム・ロードと言えるかもしれません。

ガイドのヒルダさんです。スペイン語、英語、ケチュア語を話します。花や植物の名前は、彼女から聞きました。ヒルダさんも複数言語使用に忙しいときがあり、花の名前がどの言語か不明な時があります。

彼女が常に、グループの先頭を歩きます。いつも、西遊旅行の添乗員さんが最後を歩きます。

08:25……

乾燥した、半砂漠のような地域です。土の道は踏み固められており、細かな石が混じっています。左右に広がる雑草や雑木は半分枯れています。雨期なら緑を増すでしょうが、道は泥でぬかるむはずです。

がさついた岩肌の山が左右にそびえています。顔を上げないと、その上の空がよく見えません。正面の山の頂上は雲で隠れています。

短い坂を上り切ると、谷を見通せる場所に出ます。足下に、太い棘が咲いたような竜舌蘭が生えていて、大きさは1メートル。その崖下から、ウルバンバ川が真っすぐに下っていました。右に線路が伸び、左にインカ道が掠れた白茶色の線になって続いています。

08:35……

ポーターたちが足早に抜いて行きます。私たちのパーティーかどうかはわかりません。20kgの荷を背負い、裸足にはサンダルだけ。それでもスピードは二倍ぐらい出しています。普通のトレーナーを着ている場合が多く、雨具を隠す場所はなさそうです。雨が降ったら、濡れながら仕事をするのでしょうか。

08:35……

他のパーティーのトレッカーも歩いています。写真は、テント一式を背負った、欧米の若者たち。経費節約型トレッキングです。

08:41……

緑の高い樹がユーカリです。たしか、湿地帯を乾かすために20世紀に持ち込まれたと読んだことがあります。乾期枯れしている風景の中で、そこだけ緑が濃い。

ロバが連なって降りてきました。私たちは道を譲ります。荷がないので、インカ道沿いの村へ物資を運んだ帰りかもしれません。8頭いて、2人、付き添っていました。トレッキング道以外は低木が密生しているので、ロバでも足を踏み入れようとはしないでしょう。黙々と歩いていました。

08:50……

レタマという灌木です。ふと見上げると、近くの山の向こうの谷を挟んで、雪山が見えました。白い雪の下は、黒い。遠くの山肌は暗く、近くのそれは薄緑に見える。尾根の雪はとても清潔そうです。道ばたの竜舌蘭は2メートル半ぐらいの高さと幅に広がっています。巨大な食人植物のようです。

08:58……

ぽつんと人家がありました。腰の高さまで自然石を荒く積み、その上は日干しレンガです。二棟並んでいて、片方はヘアブラシをかけ忘れたような藁葺屋根で、もう一部屋は頼りなさそうなトタン屋根です。そばに百合を逆さにしたような白い花をたくさん咲かせているのはカンパチョの木です。

09:08……

後から、汽笛が聞こえてきました。鮮やかなブルーの列車が走っています。屋根に窓がないので、バックパッカー・クラスでしょう。殺風景な岩肌とウルバンバ川の間を走り抜けて、マチュピチュ方面へ見えなくなりました。線路を歩いている人は見えません。汽笛は、トレッカーへの挨拶でしょうか。

09:09……

道の左に墓地があります。十区画ぐらい。石が長方形に並べられてあり、装飾のほとんどない十字架が立っています。インカ道のアクセントは、サボテンの赤い花です。

09:33……

また農家がありました。道路と家の間にたくさんの、様々な大きさの石が積み上げられていて、土留めになっています。石の上で何かが動きました。ニワトリが三羽。白。茶。青ざめた黒。太ももが逞しく、美味しそうです。小さなブタもいます。真っ黒なブタがニワトリを追い払って、地面に口をつけました。けれど、むき出しの土にこびりついたような雑草しか見えません。

「農家は食べません」とヒルダさん。「売るためです」

09:38……

谷側が広がっていました。川面は見えませんが、対岸に石造りの集落の残骸が見えます。サラ・プンクというインカ遺跡です。石段を上がった小高い段丘に、ほぼ長方形に造られているようです。四角い家屋が中央の広場を囲む配置らしい。曲面で囲んだ太陽神殿が見当たりません。復元できなかったか、最初から建設されなかったのでしょう。

09:55……

サボテンが見当たらなくなりました。ごろごろした砕石が斜面を被っている箇所にさしかかりました(振り返って撮った写真です)。自然の崖崩れでこうなったのか、もともと緩い地盤を補修したのかはわかりません。土が混じっていないので、土木工事が行なわれてたのかもしれません。土の道は砕石の崖を横切って造られてあります。

川をはさんで、右(写真では左)に広い平地があります。でも、何も耕作されていないし、遺跡の痕跡もありません。

10:19……

林の中を曲がりくねっている道をしばらく登ると、集落がありました。ミスカイという村です。見えるだけで5、6軒の家が、広場のような空き地を囲んでいました。数カ所で、色とりどりのペットボトルが、質素なテーブルに並べられています。売り台の足は釘でぶっつけられただけのようで、傾げ、平らにするために、石を噛ませてあります。清涼飲料は、ロバが運ぶのでしょうか。石壁にしつらえられたベンチに、何人ものトレッカーが腰掛けていました。が、買い手はあまりいないようです。

10:30……

土の道は、崩れ落ちた石を避けるようにして保たれています。植物の密度が薄まり、かろうじて岩肌にしがみついて生えています。

小さな橋を渡りました。巾は2、3メートルです。谷の数だけ、こんな支流があるのかもしれません。道はほとんどまっすぐに急に登っています。私は初めて息が荒くなりました。立ち止まり、登ってきた道を見下ろしました。ヒルダさんが指差しました。低い尾根に、白い屋根が見えます。「10年前に出来た小学校です。日系の大統領が立ててくれました。先生はケチュア語も話します」

11:01……

尾根を越えると、ラクタパタ遺跡が見下ろせました。左からの斜面を利用して築かれています。最上段に家屋か貯蔵庫の列が整然と並んでいます。山肌の岩の露出度や、そこから落下した数個の岩の箇所を眺めると、石が落ちにくいエリアに家屋が築かれたようにも感じられます。10段ぐらいの石段畑をへて、広めのすそ野の出っ張りに曲面の壁の建物があります。インカ特有の太陽神殿でしょう。全域を縁取って細い川が流れています。ウルバンバ川に注ぐはずです。ユーカリの樹が列になって生えています。人っ子一人いません。ここから往復なら、一時間ぐらいでしょうか。調査中なのかもしれません。

11:07……

少し歩くと、円形の石壁で囲まれた遺跡がありました。ウィルカラカイです。上の方が未修復で、全体の姿がよく想像できません。石の色が赤っぽいのは、このあたりにそういう石があるからなのかもしれません。

11:10……

ほとんど直立した崖の下、貧弱な灌木の間をうねるように下っていきます。土のインカ道には数メートルごとに石段が造られてあります。その段差が高い。崖を回り込むように降りていくと、赤茶色の岩肌に、明らかに人工の出入り口が見えました。その回りは石を積んで、門構えのようです。トンネルなら、向こう側はどこでしょうか。岩の厚みは、数十メートルはありそうです。いや、今私が歩いている道がなかったはずはないのですから、あれが通路であるはずはありません。もう一つ、同じような「門構え」を下に見つけました。祠のようなものでしょうか。あるいは墓か。と、見上げているうちに、石から足を踏み外しました。右の足首が内側に、曲がってはいけない角度でおれました。骨は大丈夫のようです。この後3日後のマチュピチュまで、そこが外側に折れないように歩きました。

11:24……

開けた谷に出ました。右は200メートルぐらいの幅で広がっています。左から山が迫り、岩の崖一面に、竜舌蘭の葉を薄くしたような、冠形の草が群生しています。葉の先端は、ほんの少し緑がかった黄色。ポロメリアという名前だそうです。開けた右側には、十数本のユーカリの樹が植えられ、平屋の人家が点在しています。

12:00……

植生が密になった箇所を過ぎると、高い所にいることを感じさせる風景になりました。ほとんどの植物が高さ1メートル以下です。道は傾斜地を削っただけで、山側は1メートルぐらいの高さに削られてあります。ちょっとでも雨が降ったら、土が流れてしまうでしょう。いつも手が入れられているように感じられました。

12:33……

また人家がありました。1軒だけのようです。

12:46……

道から一段低まった平地に深緑色のテントが立っていました。ハトゥンチャカという場所です。小さいテントで調理しているようです。大きな方は食事用でしょう。刈り込まれた草地にブルー・シートが広げられてあります。みんながザックを置きました。

20メートルほど離れて、砲弾形のテントが立っています。床の広さは1メートル四方。便座が2個並んでいて、ポリバケツにビニール袋が落とし込んであります。左が液体用、右が固体用と、ヒルダさんが説明しました。テントのポケットにトイレット・ペーパー、そっちの隅の不透明なビニール袋が紙その他用。川には捨てません、ウルバンバ川沿いの処理場まで運びます。ふむ、ポーターの誰かと誰かは、これを背負っていくのですね。

大きなテントには、テーブルと椅子がセットされてありました。プレーンなトマト・スープは暖かく、パンが添えてあります。プラスティックの皿に、ニワトリの腿焼き。紙ナプキンで骨を握ると、重く感じました。肉は引き締まり、味が濃い。添えられたぬるいニンジンと白いカリフラワーも味が濃厚でした。

13:15……

私たちがハトゥンチャカを出発すると、ポーターたちが食事テントへ入っていきました。昼を食べてから、テントなどを撤収するのでしょう。また荷を背負い、私たちを抜き、今晩のキャンプ場へ先回りするはずです。

13:43…

熊注意の標識があります。体長1メートルぐらいで、ヒルダさんは2度見たそうです。短い橋が架かっていました。4、5メートルぐらいの川で、浅そうです。

14:07……

落ちている糞は、ロバのでしょう。道は登りながらくねり、両側からせり出している樹木が道の上にかかり、枯れかけた緑のトンネルのようだ。樹木は2〜3メートルの高さがあります。

ポーターに抜かれ始めました。昼食時に見かけた顔もありました。つい、荷物に目を凝らしてしまします。トイレ一式を背負うのは、交代制なのでしょうか。

14:13……

数件の家が集まっていました。段差のある土地に、思い思いに建ち、道もそれにそって折れています。一軒のわらぶき屋根のひさしから、棒が突き出て、先端に赤い袋がぶら下げてあります。黒い子豚が4匹、地面に口をつけていました。土をよけると、餌になる根でもあるのでしょうか。

14:18……

木々の切れ間から、組みが見えました。地図によれば、ウルカパタの遺跡です。3、40メートル離れているだけですが、道は見当たりません。人影はありません。

14:20……

また小さな橋です。川幅は2メートル。川面まで1メートル。増水時には、橋は川の一部になるかもしれません。

14:43……

新しい建物がありました。トレッカーやポーターが何人もいます。アクリル板が壁に打ち付けられており、ワイジャバンバの農業省というスペイン語だけは読めます。金属プレートがあり、ペルーとフィンランドの国旗が浮き彫りにされています。ペルー政府がフィンランド政府の援助を得て建築された建物でしょうか。他の文字は読めません。

パスポートを集められました。窓口の向こうで、係官が書類と照合しています。年代物の計量器が置かれ、ポーターが1人ずつ荷を載せています。係官が目盛りを見ていました。1人のポーターの荷は20kg以下という規則があります。でも、ここで超過なら、置いていくのでしょうか。いや、罰金が科せられるだけなのかもしれません。

14:55……

土の道をしばらく登ります。山の形に沿って、曲がりながら登っています。2、30分登って振り返ると、通ってきた数軒の人家の屋根が見下ろせました。谷の向かい側の斜面に、こちらと同じような土の道が見えます。あれもインカ道なのでしょうか。熊笹を見かけるようになりました。

15:01…

ワイジャバンバ・キャンプ場に到着しました。かつては石段畑だった平地にテントが立てられてあります。高度は3,004メートル。気温12度。

16:30……

ポップコーンでお茶。

18:03……

夕食は、塩味の野菜スープ。マスと米。スペシャル:バナナ焼きチョコレート添え。

21:00……

雲りなのか、星は見えず。就寝。熟睡。