エッセイ2:空を見上げてインターネット
可能だと聞かされていたことをやろうとして、思いもかけないハードルを見上げることになった。
私のパソコン暦は10年を越える。最初に外国製のそれを購入した時に手を震わせながら7桁の円の札の束を支払ったのを覚えている。それ以来二度の買い換えを経て、便利な文房具を使い続けてきた。使いこなせているという自負があった。マスコミがもてはやすインターネットでは宣伝広告ができるという触れ込みだし、世界中の面白そうな連中がホームページを作るはずだし、私にできないはずがない、と思い込んだ。
書店に駆け込み、これで完璧インターネットなどと題する入門書を3冊買った。社長を説得し、接続会社と契約し、通信ソフトを買い入れ、デジタル回線の工事を依頼した。接続機器を購入し、入門書に従って必要なデータを入力し、胸を躍らせてリターン・キイを押した。私はパソコンを熟知している。手書きより速くタイプする指先はキーボードと神経で繋がっている。さあ今、私は世界と直結する。
ところが繋がらない。表示されたモデム・コネクティング・エラーとはいったい何なのだ。エラーしているのはモデムという変換機械か、接続コードが不良品なのか、接続ソフトが壊れているのか私のその設定が誤っているのか。 パソコンではかなりのことが可能だと言われているが、数秒ですむことからプロに有料で依頼してできることまで、かなりの幅がある。私は自力で数分でできると確信していたし、多大な投資もした。どこが不都合なのか、見当がつかない。消化不良など起こしたことのない胃が痛み出す。自分の机の上でパソコンとプリンターで作業している分にはトラブルはほとんど生じないが、他者と関係を持とうとするとハードルを越えなければならない場合が多いのだ。
3日間の暗中模索と冷や汗と自己不信の後、私は白旗を掲げた。NTTマルチメディア部の専門家に来ていただいて一からやり直してもらった。さあ、これで大丈夫ですよとおっしゃってお帰りになられてから、私は設定内容をあちこち覗いてみた。変更されていた箇所はただ一カ所、接続先の電話番号が 0245226919 となっていた。私の使っている2世代前のノートブック・パソコンはインターネットの影もなかった時代のハードであり、中身のソフト群は日本語版あり機能限定の英語版ありで古いソフトや最新型のそれが入り乱れたパッチワーク状態である。他の全てのソフトと相性の良い電話回線接続ソフトは10種類ある形式の3番目か4番目の古い版だけであり、それには 0245-22-6919 ではなく、 0245226919 と入力しなければならなかったのだ。こんなことはあの入門書のどこにも書かれていない。
その後、胃の痛みは嘘のように消えた。宛名の欄に endow@nifty.com と入力されれば世界中どこからでも電子の手紙が送られてくる。http://homeage1.nifty.com/endow/ のような住所をタイプするだけで、一瞬にして世界のどこのホームページでも滑らかなフルカラーで見られる。手の平で隠れる大きさの白黒の、のんびりと動くざらざらした画面に見とれていた十数年前の感動とは比べものにならないが。
だが予約を頂戴したのはまだ4名で、もちろん維持費さえ賄えない。今、私はインターネットの先を見上げている。(1996年11月)