エッセイ3:コップの中の「らしさ」
民報サロンを読まれた方から「遠藤さんらしいわ」と言われた時、私の中で3種類の反応が起きるのに気づいた。単純に嬉しく感じるのは積み上げてきた自分に自信があるときであり、反発を感じるのはあれは自分のごく一部に過ぎないと考えているときであり、悲しく感じるのは将来の展望を失っている時である。
十年ほど前に福島市飯坂町に転居するまでは、仙台市に住んでいた。駅から歩けば一時間のそこには商店会があったが、数年前に自然消滅に近い解散をしたと聞く。
まだそこが仙台市の中心街とは別個の商圏を持っていた頃に、私は中学生と高校生の時代を過ごした。学生運動の残り香が漂い、「北爆反対のステッカーを鞄に貼るのは中学生らしくなく、学生服には高校生らしさがあり、長髪は高校生らしくない」と生徒指導の先生方に決めつけられた。「らしさ」とは、過去をそう認識していると言っているだけに過ぎないではないかと反論したが、「らしさ」という金科玉条を打ち破れるほどの力は私になかった。逆に、人も地域も「らしさ」で生きられた時期が安楽な、安定した時代だったとも言えるかもしれないと、今は思う。
あの頃、仙台の中心街へ行くには乗合バスを利用するのが普通で、往復に時間がかかった。歩いていける範囲の地元を利用せざるを得ない時代に、僅かな自助努力であの商店街は生きていられた。移動の手段と時間とで限られた情報網の独占商圏が日本の全ての町に散在していた時代だった。
高校生という存在であれ、商店街という地域であれ、人の性格であれ、他の何かと比較しながら評価しなければならないが、「らしさ」を基準にしてしまうなら、それはその人自らが自分は広い世界を知らな過ぎると露呈していることになる。「らしさ」は小さなコップの中での言葉に過ぎない。
私は飯坂に移り住み、年輩の方々の過去のお話に耳を傾けた。スカイライン、夜の女性、競馬が飯坂に隆盛を極めさせた三大要因であったように思われた。今日、それらは魅力が薄れ、少なくなり、温泉旅館での宿泊が伴わなくなった。また、ここ2、30年間の出来事にまつわる話を耳にするとき、「遠藤さんらしいわ」と言われて感じる不快さと同じ気分を味わう場合があった。
しかし一方、半年に一度ぐらいの頻度で行政の長に直に質問し直接返答していただく機会に恵まれている。その場では否応なしに地域と自分の関係について考えざるを得ない。振り返れば、仙台という大きな地方都市の成長についていけずに取り残されていった商店街で小売業に従事していたあの頃には、仙台市長と膝詰めで地域について本音の議論をぶつけ合う状況など想像もできなかった。だからこそ、あの商店街は市街地と住宅地の間で、みんなが通り過ぎるだけの区域に変わってしまったのかもしれない。
自動車交通網も年々時間と手間を省いてくれるようになっている。その速度は魅力的だ。しかしこの地域の場合には今は単に地名告知に努めるのではなく、流すべき情報である地域の魅力を、紙一枚一枚を重ねるように積み上げて行くべき内向の時期だと感じられる。
おそらく、飯坂が再生したときには、「らしさがなくなった」と言われる地域になっているだろう。
(1996年12月)