カイロ・タワーの少年

 往復と待機のタクシー料金を一人10ポンドに添乗員が交渉して、グループのほぼ全員がカイロ・タワーに登りました。明日は春祭という日の夕方でした。靄の彼方にうっすらと、クフ王とカフラー王の頂上が見えます。デートコースらしく、たくさんのカップルが手摺にもたれていました。これから食事して、酒は飲まないで、それから──。どうでもよろしい。私たちのグループをちらっちらっと振り向いてみていた少年が、どういうわけか私の目を見て、「ジャパンから?」と尋ねました。写真の左に写っているのが、その子です。

 ブロークンな英語ではありません。英語のイントネーションに馴れた、きちんとした音声です。カールした短い髪、輝く瞳、浅黒い肌、人なつっこい表情。九歳か十歳ぐらいだと思いました。
「そう。カイロに住んでますか?」
「はい、カイロに住んでます」
「カイロのどこですか?」
 少年は私が聞き取れない地名を言いました。「僕、日本大好き。いつか、行きたい」
「いつか、必ず来れるよ」
「必ず。みんな、あなたの家族?」と、私のグループを指さしました。
「いいえ。友人たちです。彼らと一緒に日本から来ました。こっちの二人の少年は、君の友達ですか」
「はい」と、少年は喜んで、にこにこと私たちの会話を見ていた二人を紹介しました。名前は聞き取れませんでいた。
「英語が分かりますか」
「駄目」
「じゃ、きみはきっと、フランス語なら大丈夫だね。それからきみは、ドイツ語かな」
「駄目だよ」と少年は答え、この二人は何とか、何とかで、何とかなんだと、言いました。二人は短い言葉を返して、三人で笑い転げました。私は周りを見回しましたが、彼らの親らしき人は見あたりません。もう夕陽が落ちて、暗くなりかけていました。
「奥さんと一緒に来たんですか」
「いいえ。残念だけど、一緒に来れなかったんだ」
「子供は何人いますか」
「一人もいません」
「一人も?」と、少年は友人の一人を指し、誰々は三人の兄弟がいて、こっちの誰々は二人の兄弟と四人の姉妹がいるんだよ、と言いました。
「君の兄弟は何人ですか」
「三人兄弟。あなたの妻は、一人だけですかv
 えっ、と私は少年の生き生きした瞳を見直しました。
 少年は、「一人しか、妻がいないのですか」と繰り返しました。そうです、ここはイスラムの国なのです。
「ええ。一人だけです」
 彼の英語力は、16歳の私がアメリカ留学して半年経過した頃のそれに似ていました。
「きみは何歳だい」
「十四」
「きみたち、みんな?」
「そうだよ」
「君のお父さんの職業は何ですか?」
「運転手」
 ふむ。ふと、思いついた。
「君たちに名刺を上げよう。欲しいかい」
「うん」
 うわーお、という感じで三人の少年が私の名刺を見つめた。
「これが私の住所と名前です。電話番号。そして、露天風呂。私は旅館を経営しています。読めますか?」
 カイロ・タワーを包み始めた夕闇の中で、少年たちの目から見えないレーザー光線が名刺にあてられているようでした。
「できないよ」
「君の年なら、数年の内に、大学へ進学するかもしれませんね。カイロ大学って知ってますか。日本語学科があります。そこで勉強して、この名刺が読めるようになったら、日本へ来なさい。歓迎します」