質問攻めの大スフィンクス

 貴方を一目見ようと、私は21時間も航空機に乗りました。カフラー王のピラミッドの東面を南から北へ横切り、坂を下りていっても、何も感じません。ガイドさんに指摘されて、初めて後ろ姿に気づきました。世界で最も大きく、最も毅然としたお姿のはずなのに、どうしたことでしょうか。

 カイロ博物館には腕や鼻の欠けた彫刻や割れて折れた柱が展示されてあります。トイレを捜して歩いていても、振り返らせる存在感を感じます。貴方からはそれを受け取れないままに、正面に回ります。それでも、メンフィスのアラバスター(雪花石灰岩)製のスフィンクスや、写真で見るカルナック神殿参道のスフィンクスに見られる背中や胸や前足の自然な丸みが、貴方には見られません。お尻と後ろ足の部分には猫科の動物を思わせる曲面が残っています。

 しかし、背中と胸は平面的です。前足は全く浸食を受けていないので、平坦に風化していたのを滑らかに修復したばかりなのでしょう。胴に似合わない小さな頭部は鼻と顎髭が失われ、無惨です。背中と胸と前足とは別物のように感じられます。オリジナルの設計者、前足と胸の平坦化させた人物、頭部の整形外科医、そして背中を平らにした自然と、少なくとも過去には四名のデザイナーが貴方に関わっている、と想像されます。

 あなたの素顔はライオンだったのですか。

 何の証拠も上げられずに、オリジナルはライオンの全身だったと言われています。しかし、メンフィスのスフィンクスはライオンの胴体で、おそらくはアメンホテプ三世の人間の顔をしています。カルナック神殿の参道のスフィンクスはライオンの胴体でヤギの頭部をしています。ですので、4700年前にカフラー王が自分の顔に刻み直す前に、山犬やコブラの顔でなかったとは誰も断言できません。

 あなたの胴体にある縦溝は、雨の跡ではありませんか。

 どれぐらいの激しさで、年間何ミリ、何年間降れば、あの二本の縦の浸食跡ができるのでしょうか。加えて、あなたは過去に何度も砂に埋められていましたね。紀元前5世紀にヘロドトスがあなたに言及していないのは、全く見えなかったからでしょう。西暦18世紀に、ナポレオンは首から上しか見ていません。最終的には 1926年に全部の砂が取り除かれました。雨は降っても砂に被われていれば、ほとんど影響はなかったでしょう。期間も不明です。ただ、雨なしではその傷はつきません。

 この地域は紀元前8000年以前は、緑のサバンナだったと考えられています。氷河期が終わり、乾燥が始まりました。再び紀元前5000年前頃から千年間少々は雨の多い期間だと言われています。そして、古代エジプト王朝が始まった紀元前3000年頃には再び乾燥が始まりました。少なくとも紀元前5000年からの降雨は受けているはずです。上下エジプトが統一されるより前に、大スフィンクスが作られた可能性が強い、と言えます。

 お一人でも寂しくなかったですね。

 ほとんどの場合、スフィンクスは守護神として二体一対で参道に置かれます。ホルス神殿のホルス神像、カルナック神殿やルクソール神殿のスフィンクスはそうなっています。あなたの周りにパートナーはいらっしゃらないようです。メンフィスのそれは一体しか残っておらず、対があったという痕跡は残っていないという事を頭の隅に置きながらも、あなたは、古代エジプト的ではない考え方で建造されたと推測できます。

 「カフラー王の参道が真東ではなく、南東に傾いているのは、ピラミッド建設以前に大スフィンクスが存在していたからだ」と言われています。

 ところが地図をみれば、カフラー王の参道を真東方向に建設してもあなたは邪魔にはらないことがわかります。カフラー王がピラミッドをクフ王のそばに建設する際には、川に面すべき河岸神殿から極端に離れていないこと、事実、ギーザの台地や赤ピラミッドのまわりには無数の貝殻の細かい欠片が砂に混じっていました、それと、地盤が強固なことが条件だったはずです。紀元前26世紀の河岸線を細かく推定することは難しいことですが、大スフィンクスの北に河岸神殿を設けるより、南側に傾ける方が条件にあっていたのかもしれません。 本当にカフラー王の顔に整形されてしまったのですか? 現在のあなたの顔の特徴の幾つかが、カフラー王の兄と推測されるダドフラー王に似ていると指摘されています。ダドフラー王は長生きせず、現在崩壊しているピラミッドをアブ・ローシュに建設しました。ファラオの系譜が明確でないこともあり、弟が兄の王座を奪い、父のクフ王の隣に自分のピラミッドを建設した可能性が指摘されています。兄を追いやった罪滅ぼしに兄に似せて彫り込ませたのですが、兄弟なのでカフラー王にも似てしまい、カイロ博物館にあるカフラー像はよく知られていたので、今のあなたの顔はカフラー王のだということになっているのかもしれません。

 素顔ではなくなってしまいましたが、化粧もいいものですね。

 耳の近くに赤のような茶色が微かに見て取れました。あなたにはカラフルだった時代があったのでしょう。その後で、鼻とあごひげが破壊されました。鼻はトルコ支配時代に射撃訓練の標的にされました。フランス軍によって射撃されたとしばしば言われますが、18世紀に描かれた絵はナポレオンの登場のはるか以前に鼻が失われていたことを証明しています。顎髭は大英博物館に持って行かれました。

 前足の先に、雑然とした遺跡がありますね。

 部分的な発掘と補修がなされていて、立入禁止です。ある部分はスフィンクス神殿として建設されたものかもしれませんが、後に古王国時代に補修されて貴族の墓へ転用され、あるいは隣接する場所に新設されたのかもしれません。

 あなたの前足の間には、3500年前のトトメス四世が捧げた石碑「夢の碑文」があります。

 『トトメス四世が王子だった頃、砂漠で昼寝をしていたところスフィンクスが夢に出てきて、「自分を砂から掘り出してくれたら、王にしてやろう」と言った。実行した彼はその後王になった』ということが書かれています。あなたを出汁にして、彼は即位を正当化できると考えたのかもしれません。あなたは王にお墨付きを与えることができたのですね。ということは、トトメス四世は順当に王位につける立場にはなかった可能性があります。

 五人目のデザイナーは気に入っていただけますか。

 アスワン・ハイダムの影響でギーザの台地の降水量が増加し、雨水による浸食が進んでいます。また、かつてはナイルの洪水が地中海へ吸い流した塩分が地下から溜まる一方で、石灰岩が脆くなっています。補修していたのはお尻と脇腹と前足で、私の目ではわかりませんでしたが、首も補強したはずです。お尻から右へたおやかに曲がっている尻尾は、思わず撫でてみたくなるほどの出来映えでした。かつてのあなたは全身が、触れるのを躊躇させるほどの、美と生命力と巨大さを放っていたはずです。新聞で、1998年5月末に補修完了の式典が行われたのを知りました。一ケ月間で激変させるほどの危険を伴う補修はやらないでしょうから、私が撮影した4月半ばとほぼ同じ姿でしばらくはありつづけるでしょう。

 あなたは7000年以上も前に、今は痕跡もない人々によって、自然信仰の象徴として、小さな山から彫り出されました。長い歳月の後に、エジプトのファラオが自身の象徴としてお顔を造り変えました。彩りを添えられたあなたは、しばし砂に埋もれるままでした。砂嵐にさらされ、大砲の弾を放たれても、既に貴方の眼差しではなくなっていましたが、ナイルに生きる人々が巨石を積み、ナツメヤシを栽培する何百世代の移り変わりを見つめてきました。あなたに見つめらて、自分を見つめます。