初めに

──砂漠とナイルの生死観、弱者の神々の許容──

 宇宙の誕生から進化論までを見つめようとするヒトは、自分はどこから来てどのように歩み、どこへ向かっているのかという好奇心を抱いています。物質から精神を持つ人間への変化の中で、古代文明は初めて社会が形成された興味深い時期だと言えるでしょう。好奇心を運ぶ船は、地中海へ向かいます。

 300万年前のエチオピアで、類人猿が人間になろうとしていました。その頃のエジプトは雨季と乾季のある熱帯サバンナ気候で、植物と動物が生息していました。エチオピアから歩いてきた人間は、狩猟と採取生活の常で自分たちの食糧を確保できる距離を保ちながら、広大なエジプトに離れて生活していました。

 気候が変わり、砂漠化する度合いに合わせて、人々は川へ移動します。毎年の洪水の後には新しい肥沃な土砂が残り、それが農作物に良いことを経験的に知ります。洪水の及ぶ範囲を広くすれば、農地を増やせます。より大人数の組織がより大規模に潅漑できます。離ればなれに暮らしていた部族と部族が集まり、組織だった集落が作られていきます。

 通常、優位にある集団は弱小集団を隷属させます。ところがこの地の人々は驚くべき方法をとりました。吸収される集団の神々を、ということは儀式や生活様式や価値観をも、強者が容認して内包してきたのです。その結果、20世紀の私たちは2000を越える神々のリストを手にすることになります。

 乾燥期が何十年も続きます。ナイルの両岸だけの緑地と外側の砂漠との明確なコントラストが、人々に、生と死を視覚的にとらえさせます。また、太陽は毎日昇り沈みを繰り返し、毎年ナイルが肥沃な土を約束してくれるのに、人間の生だけが一度きりのはずはありません。人は死ぬと西の彼方にある来世に行き、そこで復活して永遠の生命を授かるはずです。生はこの世限りではなく、来世のための墓を造り、沢山の副葬品とともにミイラになって埋葬されるのが現世の夢という人生観が生まれました。

 砂漠とナイルの生死観、弱者を許容する集団化、この二つが過去を貫いています。現在のエジプトで、私たちは欠けた石と干からびた遺骸に出逢います。頭の中でミイラに血を通わせ、朽ちた石組みから彼らの生の場であった建築物を想像し、5000年前のこの地のヒトの営みを感じます。