中国・中央アジア・カフカス・トルコ旅行その4(トルコ編)


グルジアのバトゥミからトルコ国境の街のサルプって所へはバスで20分程で着き歩いて国境を渡りトルコへ入りました、歩いて国境を越えるのは初めてでこれで飛行機、列車、船、車(バス)徒歩と体験出来た。
トルコ入国後はタクシーでホパって街まで行きそこからバスでトラブゾンまで行き、ホパの街にはバスのオトガル(バスターミナル)があってそこでウロウロしてると誰かが声をかけてきてバスのチケットの買う場所を教えてくれた、どうやらすぐ出発するので急げとの事、でもUSドルしか無いのでここは一旦断ると大丈夫だみたいな事言ってきて走ってバスに乗り込んだ、乗車してお金を払ったんですが10ドル出して現地通貨のトルコリラできちんとお釣りが返ってきた、バスは綺麗で広いし外貨なのに計算してきちんとお釣りを出すとは、今までのいい加減なタクシーばっかり乗ってきた俺は感激しかも3時間程乗るのに700円程とは安いなぁと思った。
ようやく快適になりトラブゾンに着いた、このトラブゾンって街は俺の予想に反してすごい賑やかな街だった、都会で人ごみがすごく渋谷とか新宿って感じがする。近くの旅行代理店でカッパドキア近くのカイセリって空港までのチケットを買って目星を付けてたホテルに行った、この辺りで何故か腹を壊し体調がかなり悪くなって辛くなってきたので少し休んだ、しかしミネラルウォータしか飲んで無いのに何故腹を壊したんだろう、冷たいのを飲みすぎたのかと思って少し口に含んで温くなってから飲むことした。数時間経って高台の所まで行き黒海と街並を見に行った、バトゥミでは高い所が無かったので良い景色だった。

トラブゾンの高台のボステペからの景色、街並と黒海

晩飯はホテル前の食堂で魚のフライ、ピラフにカレーみたいなのをかけたのを食べた、賑やかな街でいろいろ面白そうだが怖そうなので何処にも行かずに寝た。ここはアヤソフィアとかスメラ修道院とかが名所なのだが何となく気が乗らないしスメラ修道院は遠くてタクシーをチャータするとか書いてあるのでパスした、もうタクシーのチャーターは嫌だ。
朝起きてトラブゾン空港まで乗り合いタクシーで行き、移動手段も公共交通手段が発達してきて安く行ける様になってきたので安心になってきた。乗り継ぎもあって昼過ぎにはカイセリ空港に着き、空港からタクシーでオトガルまで行ってそこからカッパドキアのギョレメ村までバスで行った、ここでもウロウロしてると誰かが声をかけてきてギョレメと言うとバス会社のカウンターまで案内されてチケットを買った、ここではボッタリの白タクも居ないし、アホな警官も居ない、本当に助かる。(これが普通なんだけどね・・・)
バスに乗ってると凄い大雨が降ってきた、あっという間に道路が水溜りになっていく、凄い雨だ景色も岩場が目立ちカッパドキアって感じがしてきた、1時間程でギョレメ村に着いた、小さい村だがオトガルには旅行会社にATM、レストランなどがあり不便そうではなかった、観光案内所でホテルの一覧表みたいなのとガイドブックを見てホテルを決めた、外は雨だが傘を持ってたので助かった、傘を持ってる観光客は珍しいのか案内所おじさんが傘を見て笑ってた。
ホテルは結構綺麗でプールも付いてる、無線LANもあるので便利(正確にはロビー用の無線LANが弱くなって部屋で受信出来てるだけだが)やはり腹の調子が悪いので少し休んで晩飯を食べに行った。そんなに暑く無く、エアコンが無くても快適なので少しは体調も回復するだろうと思った、おそらく暑くて冷たいミネラルウォーターやらコーラなど飲んでエアコンの部屋に居っ放しだったので体調を崩したんだろう。
晩飯はトルコ料理の店でケバブとピラフが乗っかった料理を食べた、ここで念願の肉にヨーグルトを付けるって食べ方をしたがあんまり美味しくなかった、ホテルに戻り部屋にテレビが無いのでロビーでF1を見た、途中で老夫婦が来てF1を見てたスペイン人でアロンソを応援してた、年配の人でもF1見るからヨーロッパは違うなぁとしみじみ感じた、レースはハミルトンが勝った、しかしイギリスGPのチケットは大丈夫なのかと不安になってきた、部屋に戻って寝た。

この日はカッパドキア観光をする事にして朝起きてバス乗り場へ行った、観光ツアーを紹介されるが1人でのんびりしたいのでお断りした、バスでカッパドキアの中心都市ネヴシェヒへル向かった、カッパドキアと言っても広い大きいネヴィシュヒルや泊まってるギョレメ村とかいろんな街や村とその周辺で構成されている、全部見て回るのは何日もかかる。地下都市のあるカイマクリまで乗り合いタクシーで行った。
狭い洞窟の中にいろんな施設跡があり凄いと思った、順路を外れるともっと奥に降りられる穴があったりして気分は川口浩探検隊やらインディ・ジョーンズの様だった、ここで日本のツアーと遭遇した、20日ぶり位に聴くまともな日本語は懐かしくて珍しく他人に話しかけた、しかも女性だったし、今思えば実に自分らしく無い行動でその後に少し自己嫌悪に。

カイマクリの地下都市

その後はネヴシェヒルに戻り今度はウチサヒルって奇岩城みたいなのがある所へ行った、今度は日本人の2人組の個人旅行の人に逢った20代の男性だった、少し話して奇岩城の中へ入った、外見は興味深い感じだが中はそうでも無くてっぺんは高台で見晴らしが良くギョレメとネヴシェヒへル方面が見えて天気も良く良い感じだった。この辺の写真が一番気に入ってる、景色も天気も良く誰でも良い写真が撮れる所なんだろうけど。
その後はギョレメのホテルまで約6kmをのんびり歩いて帰った、途中に谷とかあって景色は良かった、ホテルのプールでのんびりし夜まで寝てた、そしてメインのギョレメ屋外博物館を見忘れた事に気付き後悔する。

ウチサヒルの風景と途中の谷

晩飯はトルコ料理のお店だった、ここは観光地なので安いとかボリュームのある店はあんまり無いのが残念。ホテルに戻って三脚を持って夜景撮影に出かけてから寝た、ここは平地なのであんまり良いのが撮れなかった。次の日は空港行きのシャトルバスが早いので早めに寝た。

カッパドキアの夜

イスタンブールまでの飛行機は朝から数本飛んでいて、さすがトルコの中心都市(首都では無い)だと思った、最初のルートと変更になり飛行機で移動しまくってるが、一応アジア横断の最後の目的地であるので何となくジーンと来るものがある。
飛行機はイスタンブールに着き、地下鉄とトラムで市街地へ移動する、地下鉄の入り口でガイドブックの乗り方を見てると妖しい2人組が寄って来た、警察と観光インフォメンションの者ですと名乗る、100%嘘だと分かるが、テキトーに話を終わろうとするが一向に離れない、ここは都会だから今までの地方都市の様には行かないんだと実感した、そんな奴らがわざわざ平日の昼間に日本人観光客にツアーとかホテルを紹介するかよ、俺は1人でグルジアから来てバスや飛行機に乗りここまでやって来た、イスタンブールがトルコ最後の訪問地だと言うと相手は騙せそうに無いと思ったのかどっか行った。このイスタンブールで日本語で話しかけてくる人間にロクな奴は居ないといろんな所に書いてある。
市街地に行き観光名所がひしめくスルタンアフメット地区でホテルを探しチェックインして、ガラタ橋の方へ出かけた最初の予定ならアジア側の駅に着いてから新市街地から旧市街地へ行く予定が逆になってしまった、少し残念と思いながらガラタ橋を渡りホテルに戻った、本格的な観光は明日にしてこの日はゆっくりした。
しかしホテルの部屋に俺が居るのにいきなりバスタブに工事をし始めやがった、しかもペンキを塗っていてシンナー臭くて気持ち悪くなって来た、こんなホテル泊まれるかと思ってフロントに行き文句を言って金返して貰って違うホテルにする事にした、もちろん全額は戻って来なかったが腹が立つ。 ちなみにこのホテルは無線LANが使えると言いながら、自前のネットワークは無い、フロントにネット名とかパスワード聞いても、「分からない、使える」とか言ってる、他のネットをタダで使ってるんだろう、しかしみんなセキュリティ保護がかかってていて繋げなかったけど、ペトロールホテルって名前です。これ読んでてトルコに行く人は泊まらないで下さい。
今度は少し離れて静かな所のホテルにした値段は少しするが木目調で綺麗なホテルなのでまあ良かった、今度はネットワーク名とパスワードをきちんと教えてくれた。この日の晩飯はガイドブックに書いてあった安いレストランにした、凄い美味しかった。

朝起きてイスタンブール観光をした、アヤソフィア、ブルーモスク、トプカプ宮殿、地下宮殿なんかを見た、近くに固まってあるのですぐ移動出来て便利だった、でもこれらを見るのに半日かかった。トプカプ宮殿はイマイチ被写体になるものが見つからず写真は無い、でも撮影禁止だったけど黄金の鎧、ルビーやサファイアの剣、ダイヤモンドぎっしりの王冠とかが凄かった。どれもたくさん攻撃力や守備力が上がりそうだった。
この辺の宗教施設はイスラムなのかキリストなのか良く分からない、キリスト教は西洋でイスラムは中東ってイメージが日本人にはあるからそう思うのだろう、エルサレムとかに行ったらますますそう思いそうだ。

ブルーモスク、正式名称はスルタンアフメット・ジャミイと言う、イスラムのモスクだがステンドグラスでキリスト教みたい

アヤソフィア、元々キリスト教だったがイスラム教に変えられた寺院

地下宮殿、街中に地下鉄出入口の様な感じであるので変な感じ。メドゥーサの柱、なんか不気味

ホテルに戻って少し休んでからグランドバザールと言う屋内の市場みたいなのに言った、建物の中なので暑くなくいろいろ見れて楽だった、ここでお土産を買った。でもたくさん買うとかさ張るので収納しやすい物を多少買った。
この日の晩飯はガイドブックに載ってた安い食堂にした、日本語堪能な店主が居るらしく前を通った俺を見つけると「兄弟!」とか言ってきた、トルコ人はやたら「フレンド、友達」とか「兄弟」とか言ってくる、そっちの方が妖しいってのに気が付かないんだろうか、店内にはやたら日本語のメッセージカードがあって「美味しかった」とか「安くてボリュームがある」ってのは分かるが「1人でトルコに来て不安だったがここの店主さんのおかげで励まされた」とか「トルコ人の優しさに触れた」とかちょっとそれは違うんじゃ無いか…みたいなのもあった、単なる気さくな食堂の店主で食べに来てるんだからと思う、こんなのが居るから変に親切にされると勘違いして騙される奴らが居るんだろうと思った。まあここはそんな店ではないのだが、ケバブにピラフにトルコ風ピザのビデってのを頼んだ、確かに美味しかった、こういうピザ系が美味しい所は生地が美味しい、ライスにピザの生地で腹に膨れるのでナンは断った。
沢山食べてホテルに戻りまだ明るいが何処にも行かずにネットやらエミュをして寝た。

朝起きてこの日はガラタ橋に行き、アジア側に船で渡って駅に写真を撮りに行った。
ガラタ橋で鯖サンドを食べた、特に特色も無く無難に鯖のフライにパンの味だと思った。船はトラムや地下鉄とかと同じ様な存在なので100円ちょっとでボスポラス海峡横断が楽しめた。

船からのトプカプ宮殿とガラタ橋

アジア側の駅に行くと近郊区間の電車は乗客の乗り降りがあったが他は閑散としてた、アンカラからイスタンブールに行くアンカラエキスプレスは結構綺麗な車両で乗っておけば良かったかなと少し後悔した。カマは一瞬EF65かと間違えたの様なのがあった、多少写真を撮って今度はヨーロッパ側の駅へ行った、こっちも近郊区間の電車だけに人が居て他は閑散としてた、ここで乗ろうとしてたブルガリアのソフィア行きの列車を見つけた、凄いボロボロで汚くて表示のロシア語みたいなのを見てアゼルバイジャンでの記憶が蘇りゾッとした、これには乗れない、おそらくトイレも吐きそうに臭いだろう、もう旧ソ連圏は行けないと感じてやはりここで帰る事を改めて決意した、イスタンブールから一気に西欧へ飛ぶのは嫌だし、このまま陸路で旧ソ連圏の国々へ行くのは嫌だ。
そんな訳で帰りの飛行機のチケットを買った、直行便は高いらしくオーストリアのウィーン経由の便のチケットを買った。

トプカプ宮殿から見えた貨物、駅撮りしたELとDL

次はエジプシャンバザールと言う所へ行った、香辛料とかがあって良い香りがして売ってるものは日用品が多くこっちは庶民的な市場だった。
一旦ホテルに戻り夜景を撮るために遅くに夕飯を食べに出発した、ガラタ橋からの夕日や夜のボスポラス海峡にアヤソフィア、ブルーモスクを撮った。夕食はまたガイドブックに乗ってたセルフ式の食堂で煮込みハンバーグとご飯を食べた今度はそんなに美味しく無く日本で食べるハンバーグ定食って感じだった。
これで今回の旅行は終わって日本に帰るだけとなった、やはり片言の英語にそれなりな綺麗なホテルに泊まらないと嫌な様な人間の限界を超えてしまった事をして予定通りいかなかったがこれで自分の限界も分かったし、西欧なら大丈夫なのだから涼しい時にドイツやルクセンブルグなどにいつか行ってみようと思う、グルジア、ブルガリア、ルーマニア、ポーランドに行きたくなったらツアーにする。

ガラタ橋から見た夕日、夜のアヤ・ソフィア

さて帰りのウィーン経由の飛行機だが、丁度オーストリア、ハンガリー旅行に行ってた某氏(ここでは名前は伏せておく)の帰国日と重なりウィーン空港で偶然会ってしまい少し驚いた、予定知ってたからもしかして何て思ったのでそんなには驚かなかったけど。
これでほとんど飛行機で手抜きだったが俺の念願の中央アジア、コーカサス抜けのアジア横断は終わりました、最後に一言「旧ソ連圏の国々なんかもうこりごりだぁ〜


トップへ戻 る