中国・中央アジア・カフカス・トルコ旅行その1(中国編)
中国、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、グルジア、トルコを経てヨーロッパに行く事にしてみた。サンライズ出雲に乗って岡山から新幹線で三原まで行きそこから呉線に乗って広島まで行き、新幹線で新下関、山陽本線で下関まで行ってから中国の青島までフェリーで行った。セノハチに行きたかったけど、今回は諦めた。でもカマは見てきた
このHPには珍しい旅行記でも書きながら写真を載せてみる事にしてみる。
青島までのフェリーは空いていて4人様の部屋を独り占めして快適だった、ノートPCにエミュやゲームを入れて行ったのでそれをやってた。
レストランがあんまり美味しくなくて中国人が作ってるせいか味噌汁にトマトが入ってた。
最初の目的地の青島港の景色。
青島に着くと入国手続きは簡単で、四方駅と言う青島の中心の駅に行き北京行きの列車まで待ってた、歩いてると旅館か何かの勧誘がしつこくて俺を中国人だと思ってる、暇なのでその辺に座ってても声をかけてくる、はっきり言ってウザイ、トイレが無いので「便所」と書かれてる方へ行くとスラム街で俺が今まで生きて来て一番汚く、臭いトイレだった。
中国の駅はキップを持ってないと入れなくて、しかも列車が少なくて、人が大量に乗っている、警察だか軍人だか知らないがたくさん警備してる、到着した列車を見ようとしたら何か文句言ってきた、中国語だから何言ってんだか分からないのでシカトして見てた、でも写真でも撮ろうものなら捕まりそうなので止めといた、700系のパクリみたいなデザインだった。
キップを持って来てもらった案内の人と駅に入って列車を待った、臭い駅で人が多過ぎでコミケの入場の様に列車のホームまで行った、案内の人は案内用のチケットを持ってるので入れるみたい、この人は日本語堪能の現地の旅行会社の人だった。
列車は北京行きの寝台列車、長いのでホームからカマが見えない。中に入ると俺の席のある4人コンパートメントの部屋に6人ほど居て話し込んでる、案内の人がどかして俺は上段のベットに入った、日本の様にはしごは無い、しかもカーテンも無い、最悪である・・・。この時点で乗ろうとしてたカザフスタン国境越えは辞める事にした、1等寝台がこれじゃ乗る気もしない、トイレも床に穴が開いてるだけで嫌な感じ、でも綺麗ではあった。個室寝台、洋式トイレと言う習慣が無いんだろう。
一応撮った客車。
そんな感じで北京に着いた、朝5時半くらいであるが駅前には大量の人が居た、どっから何しに涌いて来るんだろう。しかもまた話しかけてきてウザイ、まずは地下鉄で天安門広場へ行った、スゲー広い、良くテレビとかで見る天安門である、周りは警官?公安?軍人?みたいなのが沢山配置されてた。後で知ったんだが丁度天安門事件から18年(だったかな?)の日だったらしい。どうせ天安門事件なんて巧妙に隠されて一般市民は知らないだろう。天安門をくぐり中に入ると中は結構こじんまりしてた、ここでもメダルやら買わないかとウザイ。
有名な天安門広場と天安門
その後はマックで朝飯を食べて駅前の航空券売り場でウルムチまでのチケットと、ウズベキスタン航空でウルムチ・タシュケント・バクーまでのチケットも買った。ビザを頼んだ会社が入国日を間違えたのでカザフスタンには行かない事にした、この時点で結構妥協した行程になってる。
暑い中重い荷物を背負ってなんとかホテルを見つけた、結構小さく綺麗な良い感じのホテルで隣が警察(公安)なので治安も安心で部屋からは線路が良く見えいろんな列車が見れて大変良かった、夜は操車場の照明が明るくて良く見えた、高崎操車場にもこんな立地条件のホテルがあれば良いのにと思った。
ホテルの部屋から撮った列車達。
晩飯は駅前のレストランで餃子と炒飯を食べた、餃子は日本の普通の奴を水餃子にした感じ、皮が厚くて美味しかった。炒飯は卵炒飯でこれも凄く美味しい。
さすが本場の中華料理を感激した、ビールも飲んだ。こんな感じの晩飯。
次の日(6月5日)は万里の長城へ行く事にした、有名な八達連(だったかな?)は人が凄くて身動きも取れなかったなんてのを見たので、遠い司馬台長城と言う所へ行く事にした、公共の交通機関は無いしツアー申し込むと1人だから料金が倍で3万円とかHISに言われたのでタクシーを借り切って行く事にした、行く前に吉野家で牛丼を食べたが味が一緒だった。
高速を使って2時間くらいで着いた、凄い田舎で120km離れてるのにまだ北京市内らしい、2時間程待ってもらう事にして行ってみた。人はあんまり居ないし、少し待てば無人の構図で長城を撮影出来るし、いい感じで朽ち果て、天気も凄く良いので良かったが、暑くて階段は急なのでかなり疲れた、ここでラーメンマンのフィギュアと組み合わせて写真撮ろうと思ったが、間違えてモンゴルマンを持って来てしまった。出発間際に入れたので後姿で間違えたんだろう、これはかなり痛烈な失敗である。闘将!!ラーメンマンの歌を聴きながら降りてタクシー乗り場まで戻った。
司馬台長城の万里の長城。
また2時間ほどかけて北京駅へ戻り遅い昼飯を食べた、今度は違うレストランでファーストフード店の様な所で牛バラご飯を食べた。これも美味しかった。
ホテルで休んで晩飯は王府井と言う所へ行った、ここは繁華街でかなり開けてる、ビルも新しいしいろんなブランドの店が入っていて中国(と言うか一部の都会だけ)の発展が良く分かる、小吃街って横町に入って坦々麺、刀削麺、小饅頭にビールを食べた、こっちは結構小汚くて大雑把な感じだが美味しい、横町全体がフードコートの様になってるので、そんなに量は無いので麺が2種類食べられた。
しかしこの時点で中国ってのはさすが中華料理の本場で何処で何食っても美味しいだろうと甘い幻想を抱いていた。これで北京は終わり、次の日は新彊ウイグル自治区のウルムチへ向かいます。
飛行機で3時間半くらいかかり、バスで駅まで行きそこを基点に宿を探した。
目星を付けてた宿は受付の中国人がろくに話も聞かずに部屋は無いと言って相手にされなかったので、豪華なホテルに行ってみたら値段も思ったほど高くなかったのでそこにした、ここは海外旅行で俺が泊まったホテルでもかなりの豪華さである。このウルムチは北京からかなり距離があるのに無理やり北京の時間にしてるので9時でも全然明るい、あの広大な国土を1つの時間で管理してるのだから無理がある、晩御飯はファーストフードの様な中華料理屋で焼きうどんみたいなのと炒飯を頼んだが味はイマイチだった。ちょっと残念・・・。まだ外は暗くないのに寝た。
次の日はウルムチからバスで吐魯番(トゥルバン)と言う所へ行った、この新彊ウイグル自治区は広くてちょっと移動して観光しようと思うと寝台バスで1泊とか飛行機を使わないと駄目で、この吐魯番はバスで2時間程なので行きやすかった、途中は広大な景色が広がっていて風力発電の風車群やデカイ岩山に中国の死海なんかが見えた。
バスからの景色、風車の奥の貨物列車、草原、岩山
バスが吐魯番に着くとタクシーをチャーターしようと思ってウロウロしてると日本語を話すガイドがやって来た、値段もだいたいガイドブックの相場なので頼む事にした。ホテルのボーイをしながら日本語を覚えたオスマンさんと言う新彊の人である。最初はまず柏孜克里克(ベゼクリク)石窟と言う石窟に行った、ここは石窟の中に壁画が描かれており曼荼羅とかで見る様なお釈迦様や大仏の様な絵が沢山描かれてる奴です、保存状態の良い物を公開してるみたいでなかなか面白かった、でもすぐ見終わった。
ここで日本からのツアーの一行を見た、年配の方々で日本語の会話して解説聞いてバスで移動でツアーも良いなぁとか思ったりした。ちなみに中国人ツアーは手前にある作り物の真新しい石窟とか西遊記の像のある変なテーマパークの所だけを見てこの本物の石窟までは来なかった。
柏孜克里克石窟とその周辺の景色
次は吐峡石窟寺と言う所に行った、でも単なる村だった、土のモスクや墓などがある村で観光地化はしてなく、途中は悪路の山を越えて新彊人の村やバザールを超えて行った。
持ってきたガイドブックにも載って無い所だった、団体も来ないで個人で知ってる人だけが来る様な所で、観光客がほとんど居なかった、オスマンさんの顔見知りらしく無料で入った、その辺を村人が歩いていて遺跡みたいな所に住んでて凄いなぁとか思ってたら、クリクリ坊主の子供が俺の所へやって来て鞄に着いてた金具を外して「頂戴〜」みたいな事言ってきた、それが無いと困るので俺も笑いながら軽く頭を小突いたりして「返せ〜」みたいな事言っても返してくれないので、金具は必要なので持ってたパワパフのノートを数枚破いて「こっちあげるから、それを返して」みたいな事を言うとニコニコしながら返してくれた。文章で書くと物乞いの子供に何か上げた様な感だが、素朴な感じで何か凄く感激した。
この村の様子
次は高昌故城という城跡へ行った、ここで入場料を払って中に入るのだが、中でさらにロバの馬車代を取ろうとしてるので断ると、遠いので歩いては行けないから乗りなさいとの事。だったら最初から馬車代を入れておけば良いと思うのだが、しかしこれには事情があるのだ、この辺の観光施設はまず入り口に冷房の効いた綺麗な小屋で無愛想な中国人からチケットを買う、それで中に入ると現地の人がお土産やここだと馬車を薦める、観光地の入場料は全部中国政府の収入になり地元には還元されないと言う、地元の人間は自分たちの土地に勝手にやって来て無理やり中華人民共和国にされて自分たちの土地の観光収入も持っていかれるのである、万里の長城や天安門でならいくらでも取れば良い、ここは漢人の土地では無いチベットもウイグルも観光くらいは地元の人間の為に還元するべきだ!と俺は思う。
そんな事を思いながら馬車で城跡に着くと、この光景はガンダムでアムロが脱走して野宿した場所そのものだった、馬車の運転手が偶然にも近くの工事の人間と話し込んでたので、「風にひとりで」を聴いた。
高昌故城、結構朽ち果ててる
最後は西遊記の燃える山とドラゴンボールのフライパン山のモデルの火焔山へ行った、と言っても大きい山でずっと見えてるので車を停めて見ただけである、どこで見ても一緒なのにわざわざ有料の駐車場を作って西遊記の像まである場所があるが、そこには中国人の観光客が居た。
大きいので1枚に入らないので3枚に分割した、高さも調節して撮れば良かった。亀仙人のフィギュアも持ってくれば良かった。
昼飯に新彊うどんのお店に連れて行ってもらった、これは昨日食べた焼きうどんと同じだった、でもこっちの方が全然美味しい、置いてあった黒酢も凄い美味しくてたくさんかけた、もう一度食べたい。
ここでオスマンさんが明日天池と言う場所に案内しようかと言われた、ここは遊牧民のカザフ人の土地で自然が美しくて行きたいけど諦めてた場所なので結構心が動いた、やはり値段もそれなりだし悩んでると、友達のカザフ人のテントでお茶とご飯を食べましょうと言われて、お願いすることにした。その後はウルムチまで戻ってホテルに戻った。
途中で貨物列車に遭遇、窓から写真を撮った、タキだったのでここの資源も持っていかれるのかなぁとか想像してた。
帰りの景色、列車と草原
この日の晩御飯はウルムチの中華料理屋で中華丼みたいなのとまた焼きうどんを食べたが、不味い、これは本当に不味い、野菜類は火が通って無くて硬くて生だし、うどんも硬い、黒酢もくさくてかけられない、しかも凄い量、値段は馬鹿みたいに安い、半分も食べずに帰った。
ここも繁華街で競合店は多いはずなのになんでこんなに不味いんだろうか、店員はあいかわらず無愛想、小さい女の子で加護ちゃんを超ふてくされた感じにした様な子だった。まあ加護ちゃんもこの子もふてくされてるんだろうけど・・・。次の日は天地に行きます。
天池にはまた車で2時間程かかり公共の交通機関はありません。ゲートで入場料を払い結構緑あふれる川沿いの道を進んでいくと、カザフ人のテントが客引きをして道端には牛や羊が居ます、ひたすら山を登りオスマンさんの友達のカザフ人と待ち合わせして、さらに登ります。そのおかげでロープーウェイと歩きの所が車で一番上まで連れて行ってもらい楽でした。天池の奥には雪が残る峰が見えて良い景色です、お茶とナンをご馳走になって天池周辺を散歩する事にしました。
途中に居た牛、お茶とナン、天池の景色
小一時間かけて散歩すると最後にあったのは、この遊牧民カザフ人の地の天池に10数年前に中国が作った金ピカの仏像(台湾の企業が作ったらしい)で、入るのに10元(150円)だそうで、断るとそこに居た中国人が後悔するぞと言ってたらしいが、金払っても見たく無いです。
戻ると中国人の観光客の集団が大音響で音楽かけて騒いでました、しかし何なんでしょうかこの人達は、その後に凄い無愛想な女ににらみつけられるし
明らかに違和感のある観光施設、意味不明な看板(一番下の日本語に注目)
昼ごはんに羊の肉を塩味のスープで煮込んだのや、カザフ風ピラフ、スープなどがでましたが、ちょっと食べただけでお腹一杯になってしまい、残すことに。肉は臭いのキツイのがあってそれは食べられません、スープも結構臭いがキツイです。時々日本のジンギスカンでも臭いがキツイなんて言う人もいますが、そんな人は食べるの無理です。
オスマンさんが言うには馬で1日かければ雪山まで行けるらしい、さらに2日かければその奥にある凍った湖に行けるそうだ、そこを抜けてもまだモンゴルやロシアではなく砂漠が広がってるみたい、広い、本当に広い・・・。
その後は下山しウルムチまで戻って終わりです、途中で建設中の線路があって、その検査用の車両みたいなのを撮れた。
これで中国は終わりで、次はウズベキスタンへ向かいます。
建設中の鉄道、縦横無尽に広げるのは良いが乗りやすい鉄道にしてほしい
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