ENG

ENG」とは「エレクトリック・ニューズ・ギャザリング(Electric News Gathering)」の略、放送業界ではニュースやドキュメンタリー番組等の取材撮影を意味する言葉です。広い意味ではブライダルビデオもENGの一種なんですが、いわゆるENGとブライダルビデオの相違点は要点のみを押さえるか全てを記録するかでしょうね。勿論、それが地上波に乗るか乗らないかも大きな違いなんだけど、撮影面での違いはこの1点に限ると思う。

以前の職場では土日に婚礼撮影が集中しており、平日は編集等の後処理をしてたんですが、機材数の関係上ビデオ部の全員が同時に編集作業は行えないのでどうしてもヒマな人材が出てしまう。更にカメラも遊んでる状況なので婚礼の無い日は単発で一般撮影を請け負ったりしてた。大抵はブライダルと同じスタンスでの記録撮影だったけど、中には「こんな仕事を一体どこから取ってきたんだ?」と思わずにいられない妙な取材撮影も含まれてたな。

とにかくビデオ部の室長は実に行動がマメな人でかなり人脈も厚かったから、そういった仕事も数々飛び込んできた。あたしが経験した婚礼以外の撮影業務を覚えてるだけザッと述べると講演会、表彰式、株主総会、調印式、展示会、竣工式、社葬、ディナーショー、ファッションショー、演劇、日舞、歌舞伎、ダンススクールの発表会、イベントのオープニングセレモニー、企業用VP、商品説明VP、etc... キリが無いのでこの辺にしておきます。

大抵は主催者側から依頼された記録撮影がメインなんだけど、大きなイベントになると放送局の取材陣と行動を共にする事も度々あった。ちなみにあたしが一般撮影業務で捉えた事のある最大の著名人は誰?と問われればやっぱり天皇、皇后両陛下って事になるだろうな。

ウチが常駐で入ってた宴会場の一つに会員制で皇室の血族や名家(徳川家の末裔とか)ばかりが名を連ねる所があって、天皇陛下の撮影依頼はそこから度々入ってきた。だからあたしは天皇を10回近く撮影してる。放送局でも皇室関係のENG撮影は相当な熟練者じゃないと任せてもらえないらしいから役得みたいなもんだよね。

一度だけ皇太子の撮影も請け負った事があって、その時はあたしもまだ入社したてだったから皇室撮影のノウハウが分からず、事前にSPから「ここから先へ出るなよ」って言われてるのにそのラインを超えてしまいSPに羽交い締めされた事もあった(笑) でも直系以外は警備も緩くてね。紀子さんなんかは手が届くような至近距離から撮影しても問題なかったよ。実際、今にして思えばあの職場には色々と貴重な経験をさせて貰ったな。

そういった婚礼以外の撮影業務の中で一番印象に残ってるのはインドネシアへ取材撮影へ出向いた時の事か。職場の先代社長と深い繋がりのある某民間ボランティア団体があって、そこではアジア開発に様々な援助をしてる。そうした活動の中でインドネシアのジャカルタ市で深刻化している海水の浸食をせき止める為、数万本に及ぶマングローブの木の苗を海岸線へ植えるプロジェクトが5ヶ年に渡り計画され、あたしは4回ほど同行してる。

一般公募の参加者や現地のボランティア団体の人たちと毎回1週間ほど行動を共にしたんだけど、その時の記憶は今でも鮮明に残ってますね。そもそもあたしは海外出張(旅行も含め)とは縁遠い人間だったので、初めて渡る異国で見る文化の違い、日本とは比べ物にならない貧富の差、街の空気や情景、それら全てが新鮮だった。

仕事の面でもいろいろあったな。訳も分からずENGカメラを担いだまま泥沼のような海岸線へズカズカ入っていったら足がハマって身動き出来なくなったり、その経験を活かして翌年は防水ケースに入れた8mmビデオカメラを用意し全身泥まみれになりながら撮影したり。

夜の自由時間は現地のボランティア団体の人(日本人)に頼んでかなりヤバ目の市場へ連れてってもらったり、スリに金を取られかけたりドリアン食い過ぎて腹こわしたり(笑)ジャカルタじゃ有名な鶏肉チェーン店で美味い鶏肉をたらふく食ったり、今となっては全てが良き思い出。

ボランティア団体の人たちも一般参加者の人たちもみんな真剣に地球の将来を考えてる人ばかりで、そういった人たちと様々な話をする事で自分自身も色々考えさせられた。また、このプロジェクトには議員さんも何人か参加してて、中には某現役参議院議員も含まれてた。世間じゃ「今の政治家はなっとならん」みたいな事を無責任にほざく輩が多いけど、あたし自身はこの人と数回に渡り行動を共にする事で「政治家だって頑張ってる人は頑張ってるんだよな」と思えるようになった。そういった意味でもこのプロジェクトにカメラマンとして参加出来た事は自分にとって大きな糧になったと思う。

ENG撮影をこなす上であたしが心がけた事はいいとこ撮りというスタンスに頭を切り換えた点かな? ブライダルでは当たり障りのない撮影に徹したあたしも少々突っ込んだ押しの強い画を撮るようにしてた。

これには全てを余すところ無く記録する必要があるブライダル撮影とは全く別の難しさがありますね。全てを捉えるって事は言い方を変えると撮りっぱなしでもOKな訳で、こういったスタンスでは画の緊張感が損なわれENG撮影としては不完全な物になってしまうってのがあたしの持論。だからENGでは正に俺が俺がって感じで前へ出て撮影してた。それでも無個性に徹するって点じゃブライダルと共通してたな。カメラマンが個性を出すのは本編(ドラマや劇映画の事)では重要な事だけど記録撮影や取材撮影じゃ必要ない事だと思ってたからね。そういう個性は自作の映画で爆発させりゃいいんです。

しかし、こういった一般撮影も不景気と共に受注件数が減っていった。一時期は土日になれば一人のカメラマンが毎週3・4件の婚礼撮影を、平日も2・3件の一般撮影をこなすというハードスケジュールだったものの部署撤退の2年前辺りは一般撮影なんぞ月に1件あるか無いか、婚礼撮影とてひどい時は2週間でトータル1・2件しか注文が入ってこない所まで経営が落ち込んでしまった。

こうなると母体である写真館もビデオ部署は儲けに繋がらない金食い虫的な見方をしますよね。実際、ビデオ機材のメンテナンスには相当な費用がかかるのでビデオ部署の売り上げ不振はそのまま赤字決算に繋がってしまう。そんな訳で遂に本社はビデオ部の閉鎖を決定。室長からは「スタジオ写真の撮影業務を一から始めるなら社員として残る道もあるがどうする?」と言われたけど、あたしはそもそも動画撮影を志した人間なのでスタジオ写真には全く魅力を感じられなかった。

そしてあたしは平成10年9月15日付けで10年間勤めた職場へ別れを告げる。そもそも好きで始めた仕事じゃなかったし、機会あらばいつか飛び出そうと思ってた部分もあったので部署撤退と言う形での退職は踏ん切りを付けるという意味でも自分にとって好都合だった。ただ、願わくはあと3年早く部署が潰れてくれてたら再就職にもさほど苦労しなかったろうなあ。退職した頃はあたしも既に32歳だったし、世間の風当たりは強く不景気も手伝って2年間ものフリー生活を強いられる形になる。これについてはまた次回・・

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