他人の幸せを撮り続けた男

あたしが就職したのはビデオプロダクションと言うか写真館のビデオ制作部だった。写真館のビデオ部署だからメインの仕事は冠婚葬祭の撮影業務。平たく言えばブライダルビデオの撮影ですよ。ブライダル・・ブライダルねえ・・

いや、婚礼自体が嫌いって事はなかったんだけど、ブライダル撮影にはあまりいい印象がなくてね。これは学生時代に一度だけ経験したブライダルビデオのCA(カメラアシスタント)のバイトが発端。五反田にある某二流宴会場で2時間ほどの披露宴の撮影2件にCAとして同席したんだけど、これが双方とも安っぽい宴会でねえ・・ 

特に印象に残ってるのはこの時の新婦さんが両親不在で宴会の終わり間際、新婦の書いた「天国のパパとママへ」みたいな手紙を専属司会者が情感たっぷりに読み上げるわけ。BGMにはエレクトーンのお姉さんが弾く「秋桜」かなんかが大音量でガンガン流れちゃって列席者の涙を絞る、と。

あたしが関係者だったらそれはそれで感動的なシーンだったのかも知れないけど、第3者的な醒めた視線で捉えれば出来の悪いアメリカのメロドラマそのものって印象で完全にシラけてしまった。こんな三文芝居みたいな物に毎週付き合わされるとはブライダルビデオカメラマン業は地獄だね、とか思ってた。まさかその筋のプロになるとは思わなかったな。

ただ、あたしが就職した写真館は業界じゃ少々名の知れた老舗の大手で、常駐してる宴会場も一流どころばかりだったからこれほど安っぽい宴会を毎週見させられる事はなかった。大半は何とも優雅な上流階級の社交会場みたいな雰囲気でね。フロアの使い方にせよ学生時代にバイトした宴会場が3つ4つ入りそうなスペースをふんだんに利用して100人足らずの宴会が催される。BGMなんか弦楽四重奏の生演奏だもん。まあ、一番安いコースでも1件の予算が3-400万って宴会場だからね。

しかし宴会時間が異常に長かった。二流宴会場の和洋折衷だったら2時間足らずで終わっちゃうんだけど、こちとらフランス料理のフルコースだからイヤでも3時間近くかかる。しかも一流の宴会場はスピーチの最中に皿を下げたりしないから悪いタイミングで話の長いオヤジが話し始めたりすると終了時間がどんどんズレ込むの。10年の現場経験の中で最も長かった披露宴は4時間50分だったか。これは列席者が500人近い大宴会だったけど。

この業界も景気が良い時期は左うちわだったな。あたしが就職した頃は正にバブル全盛期でデタラメに儲かってた。注文は毎週ひっきりなしに入ってきてたし、撮影へ出向けば必ずと言っていいほど親御さんがご祝儀という名のお小遣いを包んでくれた。時にはカメラマンのあたしとCAのバイトへそれぞれ1袋づつ万札の入った祝儀袋を渡してくれた事もあったし、もう上流階級の方々にしてみれば金が余っちゃって仕方ないような時代だった。

でも、こんな良い時期は最初の2・3年だけ。バブル崩壊後は注文件数もめっきり減ったし世間的な流れとして結婚披露宴は縮小化の一途を辿りブライダル産業自体が危機的な状況へ陥ってしまった。最後の2年ほどは正に悲惨で、あたしなんかは毎日職場へマンガ雑誌を読みに行ってたようなもんだった。だって仕事が無いんだもん。そしてビデオ制作部は撤退を余儀なくされる、と。

10年間に渡るブライダルビデオカメラマンとしての経験の中であたしが得た物って一体何だったのかな? 正直言って仕事はつまらなかった。そりゃ赤の他人の幸せばかり撮り続けてりゃ嫌気も差しますよ。ちなみにこの業界って婚期を逃す男がデタラメに多い。人の幸せばかり見てると自分の幸せを逃すんだな。あたしなんかも正にそのクチ。

とは言え、それなりにプロ意識は持って望んでたよ。俺的に一番拘った部分があるとすれば無個性で飾りのない記録撮影に徹するって事か。こう書くと実に味気なく思われるだろうけど、自分の意識はむしろ逆でね。披露宴を記録するカメラマンが出しゃばる事は御法度だと思ったからこそ無個性に徹したわけ。同業のカメラマンには婚礼ビデオを俺の作品みたいに捉えてる奴もいたけど、あたしゃそれは絶対違うと思ってた。

婚礼ビデオを作品視してしまうカメラマンがどういう撮影をするのかと言うとカメラアングルに凝ってみたりやたらズームを多用したりするんだけど、そうやってカメラマンが出しゃばり過ぎると記録された内容自体がどんどん希薄になってしまうと思うのね。少なくとも俺は、だけど。

例えば新婦が感極まって泣き出したとする。多くのカメラマンはそれをクローズアップで捉えてたけどあたしは絶対そういう撮り方をしなかった。新婦の泣き顔ってのは披露宴の中では一つの大きな見せ場なんだけろうけど、それを大写しにすると他の物が見えなくなるじゃない? 

あたしは新婦の泣き顔と共に新郎の反応も確実に捉えたかったからこういう場面では寄り画よりむしろ引き画を多用した。これはケーキ入刀や花束贈呈といったセレモニーの場面でも共通してて、如何なるシチュエーションにおいても何かを強調するような撮り方をしないよう心がけてた。

そういった無個性で出しゃばらない撮影をする事により、記録された内容そのものに対して観る者は初めて没頭出来るんじゃないかな?ってのがあたしの持論。要するにカメラマンではなく影法師に徹するって事ですよ。それが正しい選択だったかどうかは今でも分からないんだけど。

それと、当然ながら撮影技術は相当に磨かれた。ブライダルって所詮はプライベートビデオでしょみたいな捉え方をされてるけど、ある意味じゃ取材撮影の何倍も難易度が高いのね。だって、失敗を許されない一発撮りって状況が延々3時間続くんだもん。緊張感も精神的な疲労度も取材撮影の比じゃないし、何よりもカメラに触れてる時間がENGカメラマンよりも格段に長い。オンエアじゃないってだけで俺も随分と格下に見られたけど撮影能力だけならそんじょそこらの下請けプロのカメラマンにゃ負けねえよって意識は常に持ってたな。

ちなみにブライダルやってたって話を人にすると何か面白いエピソード無かった?って事をよく聞かれるんだけど、これはあまり無かったなあ・・ あたしも1000件近い婚礼を見てきたけどドラマみたいなハプニングに遭遇する機会には残念ながら恵まれなかった。同業者からそういう話を聞く機会は結構あったけど。

ただ、これだけ多くの件数をこなすと列席者に著名人が混じってるって事はよくあったな。覚えてるだけでも橋本龍太郎、渡辺美智夫、松任谷由美、久保田利伸、前田亘輝、森末慎二、デーブ大久保、中村勘九郎、松本幸四郎、吉永小百合、ポール牧、Jun Sky Walker(s)辺りは撮った事がある。まだまだいるけどもう忘れちゃったな。

それとジャイアンツの土井コーチの娘さんの披露宴は俺が撮影してる。列席者には堀内さんや淡口さんも来てて乾杯の発声は長嶋監督だった。スピーチが15分くらいあったんだけど、話が面白いからみんな聞き入ってた。あの時は手元にカードと金ペンが無かった事を心の底から呪ったね。

こんな調子で10年もの間ブライダルビデオカメラマン業を営んできた訳だけど、この期間あたしが婚礼しか撮ってないのか、といえば決してそんな事はない。他にも様々な撮影業務をこなしてきました。これについては次回また詳しく書く事にしましょう。

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