昨年の夏から冬にかけて公開された映画「ディープインパクト」、「ゴジラ」、「アルマゲドン」の共通していたのはニューヨークが破壊されたことです。なぜ、ニューヨークが怪獣やら天変地異に狙われるかというと、「誰が見てもわかりやすいから」ですね。「自由の女神」が倒れて東京の「お台場」だと思う人間はかなり小数でしょう?
京都もこれに共通する一見すればすぐわかる建物(=ランドマーク)があります。だから、ゴジラやガメラが攻めてくるんですね。清水寺や東寺の五重塔が出てくれば誰でも一瞬で「京都だ!」って認識できるはずです。こういう記号性の高い町って、そんなに多くありません。私が今住んでる横浜にしろ「ランドマークタワー」というそのままの名前に日本一のノッポビルがありますが、一目でわかる認識率は京都にくらべるとかなり低いでしょうね。
他方、時代劇を除くと京都が舞台になっている普通の映画やドラマは少ないと思います。京都弁を使わないといけないという制約があるのでしょうが、すぐに頭に浮かんできませんね。
CMでいうと、JR東海は当然でしょうが、サントリーの「のほほん茶」など、その記号性が使われてるにもかかわらず、映画やドラマに使われないのはなぜなんでしょうか?同じ関西でも大阪を舞台にしたものは結構すぐい思い浮かびます。
赤井英和の「どついたるねん」や、「道頓堀川」、洋画の「ブラックレイン」は「沈黙したニューヨーク」のようなあやうさが感じられました。あ、実際のニューヨークも今ではすっかりきれいになりましたけどね。
その一因として、実際に住んでいる人の顔が見えないことにあるような気がします。生活の匂いがしないんですよね。で、イメージとしては「舞妓さん」では、15秒や30秒はもてても、2時間はもたないっていうのが想像できます。
実際に住んでみると当然のことながら、活気もある普通の人が大半な訳ですが、それが表に出てこないのは個人的には残念です。