国立科学博物館篇 トップ頁 メニュー 前頁 次頁

 国立科学博物館は台東区上野公園内にあり、1877年に教育博物館として創立されました。1914年に東京教育博物館に改称され、その後は1931年に東京科学博物館、そして1949年に現在の国立科学博物館という名称になりました。この名称の変遷からも分かるとおり、現在も教育という性格を強く持っています。最寄り駅はJR上野駅で、その公園口が最も近い位置にあります。原則、月曜日が休館日で、入館料は一般が600円です。 (09/10/31)

建物正面 09/10/28
 建物はどっしりした感じです。この画像は正面玄関ですが、見学者は右横の方から窪みへ降り、地階の入口から入るようになっています。ここは完全に上野公園の中です。このとき、カメラの後方では小学生の団体が弁当を食べていました。

シロナガス 09/10/28
 正面左側には巨大な(多分、実物大)のシロナガスのオブジェが展示してあります。左手前の頭を茂みに突っ込んで餌を食べているように見えます。

D51型蒸気機関車 09/10/28
 建物正面に向いて、シロナガスと対照的に左側には蒸気機関車の実物が展示してあります。D51=愛称デゴイチの231号です。

エントランス・ホール 09/10/28
 地下1階です。案内嬢の左が展示場への通路です。右億はミュージアムショップです。
ホアンホアン 09/10/28
 上野動物園の人気者だったパンダのホアンホアンの剥製です。1980年に来日、1997年に死にました。
生物分類の部屋 09/10/28
 地球上には160万種の生物がいるということですが、その分類の様子を展示してあります。中央の白い丸っこいケースは原生生物を展示し、そこから床の上の光の線によって、植物界や動物界に結ばれています。

カブトムシ 09/10/28
 アゲハチョウの標本の隣にカブトムシの仲間の標本を展示してありました。この画像はその中でも大型のヘラクレスオオカブトです。中央アメリカから南アメリカの熱帯に分布します。

ラフレシア 09/10/28
 地上最大の花と言われるラフレシアです。直径が60センチほどありました。東南アジア等で見られ、人間にとっては快適とは言えない匂いを発するそうです。でも、有毒ではありません。

万年時計 09/10/28
 万年自鳴鐘(まんねんじめいしょう)は江戸時代に田中久重が製作した置時計で、和時計の特徴である不定時法に則っています。万年時計の名で広く知られています。田中の死後、故障していたものを国立博物館が修理しました。機械式時計の最高傑作と言われています。国の重要文化財に指定されています。不定時法というのは日出と日没によって一日を昼と夜に二分し、それぞれを6等分して一刻とする方法です。したがって、春分、秋分以外では昼間の一刻と夜間の一刻では長さが異なります。

印籠時計 09/10/28
 水戸黄門の印籠の三つ葉葵の紋の代わりに時計が埋められているものです。江戸後期のものですが、国産ではありません。作成された経緯等のチェックを怠りました。

 
壁掛時計 09/10/28
 テレビドラマの茶の間の場面等に登場する壁掛時計です。明治後期の国産ですが、昭和の中頃まで壁掛時計のスタイルは大きな変化はなかったようです。

中型象限儀 09/10/28
 伊能忠敬が天体の高度を観測するのに使用した器材です。画像の左奥に彼が作成した地図が展示されています。1800年頃のもので、象限儀は現在の船舶等で使用する六分儀の前身に相当します。

天球儀 09/10/28
 江戸時代の天球儀です。周囲のプラスチック材は展示のために複製したものでしょう。この画像では確認できませんが、星座の名称はひらがなですが、カタカナでも記述されています。
顕微鏡 09/10/28
 シルエットになってしまいましたが、国産の顕微鏡で、18から19世紀、江戸時代後期のものです。後ろに蘭学という文字が見えていますが、当時の医学の進歩に欠かせないものだったのでしょう。

天体望遠鏡 09/10/28
 1880年に英国から輸入された20センチ屈折式天体望遠鏡です。東京天文台に設置されました。国の重要文化財です。

ゼロ戦 09/10/28
 正確には零戦21型改造複座機です。ラバウルの253航空隊に所属していたものです。

屋久杉 09/10/28
 屋久杉の幹のスライスで、直径が2.4メートル、樹齢が1600年とは驚きです。

地震の震源 09/10/28
 表示が透明板を使用しているので、画像としては見づらくなってしまいました。左の方に朝鮮半島の地形が見えますが、これから日本列島を推測して下さい。透明板を重ね、震源の深さに対応した透明板の上の震源の位置に地震の規模で色分けした標識を置いてあります。こうすることによって、震源の位置を三次元で確認でき、プレートと震源の分布を視覚的に捉えることができます。かなりの労力と経費の掛かった展示物でしょう。

フタバスズキリュウ化石 09/10/28
 福島県いわき市で1968年に発見された化石です。発見したのは当時高校生だった鈴木直氏です。国内で初めて発見された首長竜の化石で、これにより8500万年前には日本にも巨大爬虫類が生息していたことが証明されました。全長約7メートルです。それまで、日本で大型爬虫類の化石が発見されることはないというのが定説だったそうです。

フタバスズキリュウ骨格模型 09/10/28
 左の画像の化石の直上に展示されているフタバスズキリュウの骨格模型です。これによって長い首を持っていたことが分かります。

気仙隕石 09/10/28
 画像の中央のもので、日本最大の隕石です。1850年に現在の岩手県陸前高田市に落下した隕石です。落下時の重量は135キロでしたが、住民がお守りなどとして触ったり削ったりして、展示されているのは105キロになっています。

アンモナイト化石 09/10/28
 アンモナイトは6億年前から6500万年前まで生息した軟体動物頭足類です。その化石は国内でも発見され、北海道、次いで岩手県、千葉県などで多く発見されています。巨大なのは2メートルにも達するものもあるそうですが、この展示品も70センチ位でした。

ヨシモトコレクション(1) 09/10/28
 1998年、ハワイ在住日系のヨシモト氏から寄贈された400点に及ぶ大型哺乳類の剥製の一部です。これらの剥製群には圧倒されます。

ヨシモトコレクション(2) 09/10/28
 コレクションには現在調査が困難な地域の標本を含み、学術的に価値の高いものだそうです。動物園に行くよりはこちらの方がいろんな動物が見られるような気がしますが、剥製の数に比べて展示場所が狭く、折角の剥製も近くから見れないものがあります。

物理実験室 09/10/28
 たんけん広場という物理実験をゲーム感覚でやれるようにした子供向けの施設です。滑車や磁気などの実験道具がありました。自由に触って遊ぶことができます。指導員も常駐していらしゃいます。

座席予約システム 09/10/28
 国鉄の座席予約システムマルス101です。1964年から1970年まで稼動しました。このシステムは1列4座席にしか対応していなかったために新幹線には使用されませんでした。それでも、世界トップの座席予約システムでした。現在はマルス501に引き継がれています。歴代、日立が担当しています。

真空管式コンピュータ 09/10/28
 1956年に日本で初めて開発に成功した電子式コンピュータです。1700本もの真空管が使用されているFUJICです。富士写真フィルムのレンズ設計に使用されました。経費は会社が負担しましたが、殆ど岡崎文次氏という技術者が設計から製作までを独力でやられたそうです。折角のシステムも2年半しか使用されず、早稲田大学に寄贈され、その後、国立科学博物館に移管されました。

九元連立方程式求解機 09/10/28
 アメリカのウィルパーは1936年に構造解析や経済上の計算を行える計算機を作成しました。その情報を基に航空研究所が1944年に作成した国内初の大型計算機です。木製のシーソーのようなものが並んでおり、今では計算機のイメージとはほど遠い感じの機械です。

ペンシルロケット 09/10/28
 戦後日本初の実験用ロケットです。1954年に年間予算560万円で開発が開始されました。予算の制約から超小型の火薬式ロケットを実験装置として使用し、その形が鉛筆のようであるところからこの愛称が生まれました。正式の開発名はタイニーランスでした。展示されているのは長さが23センチ、重さ190グラムです。これが現在の53トンの重量を持つH2Bロケットの原点です。

ミュージアムショップ 09/10/28
 売店です。商品は恐竜の模型だったり、星座盤だったりです。菓子の類の食べ物もありました。この他にレストランやラウンジもあります。


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