|
 |
|
 |
|
建物外観 09/07/20
船舶の格好をしていて、煙突に相当する部分の最上階は展望室になっています。公園に隣接した広い敷地にあり、ゆったりした感じの環境です。カメラの後方がゆりかもめの船の科学館駅です。
|
|
エントランスホール 09/07/20
左側が正面入口です。奥に見えているゲート状の部分が展示室への入口です。入館料は大人が700円ですが、訪れたのが海の日ということで、無料で入れました。
|
|
 |
|
 |
|
ディーゼル機関 09/07/20
3階建てビル程度の大きさの舶用ディーゼルエンジンです。三菱UE型ディーゼル機関と呼ばれて、重さ195トンもある実験機だそうです。ともかく、でっかいです。
|
|
ガスタービンエンジン 09/07/20
GE社のLM1500というガスタービンエンジンです。1960年代のものと思われます。ガスタービンは大きな出力が得られますが、大量の燃料を消費するので、一般商船にはあまり採用されません。艦艇や特殊な船舶が主です。
|
|
 |
|
 |
|
日石丸模型 09/07/20
日石丸は1971年に竣工した載貨重量トンで37万トンの原油タンカーです。当時は日本石油で、現エネオスの子会社のものでした。竣工当時は世界最大でした。石播こと石川島播磨重工呉工場で建造され、1985年に解体されました。長さは346メートルで、蒸気タービン1機で15ノットで航行しました。
|
|
日石丸号鍾 09/07/20
現物です。近くには同じく日石丸のコンパス、六分儀なども展示してありました。
|
|
 |
|
 |
|
戦艦大和模型 09/07/20
戦艦大和の巨大な模型です。ガラスケースに収められていましたので、うまく撮れませんでしたが、何とか大きさも感じてもらえると思います。戦艦大和は1940年に建造され、64000トン、長さが240メートルでしたが、1945年九州南方で沈没しました。この模型は50分の1で、長さが5メートル足らずということになります。精密で、でっかいです。
|
|
戦艦霧島模型 09/07/20
戦艦霧島は1815年建造の32000トン、長さ222メートルでしたが、建造後2回にわたり改造されています。1942年の第3次ソロモン海戦で被弾して沈没しました。この模型は98分の1で、2メートル余りの大きさです。やはりガラスケースの中です。
|
|
 |
|
 |
|
潜水艦コーナー 09/07/20
左側の入口から入ると、中には操舵席と潜望鏡のシミュレータがあります。
|
|
曳航水槽 09/07/20
細長いプールです。中央の白い横向きのバーが船体模型を引っ張って走ります。このときの船体模型が作る波や船体の安定度などをビデオカメラで観測し、船体に掛かる水の抵抗を計測します。これらのデータを船体の設計に役立てようという目的のものです。造船会社や研究所が持っているものでしょう。
|
|
 |
|
 |
|
しんかい2000模型 09/07/20
しんかい2000の5分の1模型です。しんかい2000は1981年に三菱神戸で、支援母船なつしまとともに竣工しました。2000というのは2000メートルまで潜航可能という意味の数字です。母船のなつしまに搭載されて潜航海面まで進出し、そこで海中に吊り下ろされます。空中重量24トン、長さ9メートルで、乗員3名収容可能です。しんかい2000は2002年に活動を休止し、以後の探査はしんかい6500に引き継がれました。
|
|
咸臨丸模型 09/07/20
咸臨丸は日本史の教科書にも登場する江戸幕府の軍艦です。オランダで建造され、1857年に就役しました。洋式のスクリューを持つ蒸気船です。出入港時のみ機関を使用し、外海では帆走していました。3本マストで、排水量620トン、長さ49メートルで、この模型は実物の50分の1です。咸臨丸は戊辰戦争で新政府軍に拿捕されて、1871年、暴風で沈没しました。
|
|
 |
|
 |
|
西徳丸模型 09/07/20
この西徳丸の模型は明治中期に北前型弁財船の模型として作られたものらしいということで、詳細は不明のようです。
|
|
和船模型 09/07/20
江戸時代の弁財船の模型です。後部に赤い布等を使って、華やかな展示になっていました。弁財船といえば、左の画像みたいに帆走が主だと思っていましたが、大勢の人手で漕ぐタイプもあったらしいです。
|
|
 |
|
 |
|
操船シミュレータ 09/07/20
窓に相当する部分に投影される景色等を見ながら、操船を体験できる器材です。小学生連れが楽しんでいました。
|
|
捕鯨砲 09/07/20
75ミリ捕鯨砲、すなわち鯨を捕らえる銛(もり)です。発射すると、銛がロープを引っ張りながら飛んでいって、鯨に刺さるというシロモノです。
|
|
 |
|
 |
|
ブリッジ 09/07/20
博物館の中に、船舶のブリッジを模したものです。左側が船首になります。操舵装置、レーダーレピータや各種の通信機などを備えていて、触ることもできます。
|
|
展望室 09/07/20
高さ70メートルです。全周を展望できます。もちろん、エレベータで昇ります。展望室は1階と2階の2つのフロアに分かれています。 |
|
 |
|
 |
|
展 望(1) 09/07/20
展望室からの北西方向の眺望です。レインボーブリッジの左の支柱と重なって東京タワーが見えています。左下の巡視船の煙突の手前には身長18メートルのガンダム像が立っています。周りの緑は潮風公園です。橋手前の右端の建物はホテル日航東京です。
|
|
展 望(2) 09/07/20
展望室から南東方向を見下ろした画像です。左下の赤い船が宗谷、その奥のやはり赤い塗装の船体の船が羊蹄丸です。いずれも船の科学館の別館になっています。
|
|
 |
|
 |
|
宗 谷 09/07/20
初代南極観測船の宗谷です。現役中は海上保安庁が運用していました。1938年に竣工、1940年に海軍に引き渡され、特務艦宗谷として1945年の終戦までガダルカナル等の南方で行動し、戦後、1949年、海上保安庁所属となりました。1957年の第1次から62年の第6次までの南極観測のための輸送にあたり、1978年に退役しました。
|
|
宗谷前甲板 09/07/20
宗谷は排水量4100トン、長さ83メートルで、ヘリコプター2機を搭載しました。建造から70年を超えています。さすがに船体、機材にも腐食が目立ちます。それも考慮してか、見学コースは一方通行の限られた通路です。この前甲板にも、見学者はロープが張られた通路から見るだけで、入ることはできません。
|
|
 |
|
 |
|
宗谷ブリッジ 09/07/20
宗谷のブリッジの様子です。狭いです。宗谷は殆ど現役時代の状態を保って展示してあります。右の画像の羊蹄丸と対照的です。
|
|
羊蹄丸 09/07/20
かっての青函連絡船の羊蹄丸の外観です。外観は多分、現役時代と大きくは変わらないと思います。1965年から88年まで青函連絡船として就航しました。総トン数8311トン、長さ132メートルです。貨車48両を搭載して、巡航速力18ノットで函館、青森間を結びました。
|
|
 |
|
 |
|
羊蹄丸船尾 09/07/20
鉄道線路が3対見えています。赤い塗料で塗りつぶしてありましたが、運行中はこんな塗装ではなかったと思います。これが辛うじて列車を搭載できることを示しています。上部のローマ字名等は現役時代のものではありません。
|
|
羊蹄丸内部 09/07/20
羊蹄丸の内部は羊蹄丸と関係ない船舶模型の展示等が大部分で、連絡船時代の船室等は見ることはできません。綺麗に整備されてはいますが、連絡船の様子を見ようという人にとっては物足りなさを感じさせます。
|
|
 |
|
 |
|
羊蹄丸ブリッジ 09/07/20
羊蹄丸のブリッジです。宗谷のブリッジに比較すると、広々した感じを受けます。
|
|
羊蹄丸船内の機関車 09/07/20
羊蹄丸船内で唯一、連絡船の名残を留めるものです。客車も隣りに展示してありました。この部分はレールも残っています。
|
|
 |
|
 |
|
羊蹄丸ファンネルマーク 09/07/20
角度がよくないですが、国鉄を示すJNRをロゴ化したファンネルマークです。JR北海道に移ってからはこれも替えられたものと思います。
|
|
羊蹄丸推進器 09/07/20
羊蹄丸の推進器で、可変ピッチプロペラと呼ばれる形式です。プロペラの回転数、方向のみならず、羽根の角度を変えることができるものです。直径3.25メートル、重さが6トンあります。これを2基備えています。左上部に船名と船籍港を記したものが見えますが、国鉄時代は船籍は東京でしたが、1987年以降のJR北海道時代は函館に替えられました。
|
|
 |
|
|
|
おまけ 09/07/20
これは船の科学館と関係ありません。すぐ近くの潮風公園に展示されていました。身長18メートルの原寸大ガンダムです。おまけ画像です。
|
|
|