神楽坂篇 トップ頁 メニュー 前頁 次頁

 神楽坂の街はJR飯田橋前の神楽坂下交差点から神楽坂通りに沿って、西は東京メトロ神楽坂駅付近までを呼んでいるみたいです。神楽坂の名称の由来の定説はありません。江戸時代はこの一帯は武家屋敷など多かったようですが、大正12(1923)年の関東大震災で焼け残ってからは花街として繁栄し、今もその名残が一部感じられるところもありますが、それも時を経るにしたがって希薄になっているように見えます。  (06/09/04

kgrzk300.jpg kgrzk302.jpg
JR飯田橋駅 06/09/02
 中央線の駅です。JRの駅としては、ここが神楽坂の街への最寄駅となります。西口の方が近いです。東京メトロの地下鉄の東西線、有楽町線、南北線の飯田橋駅も隣接しています。

神楽坂下交差点 06/09/02
 正面が神楽坂通りの東端になります。横切っている広い道路は外堀通りです。カメラの後方がJR飯田橋駅の西口になります。

kgrzk304.jpg kgrzk306.jpg
神楽坂通り(1) 06/09/02
 右上の画像の神楽坂下交差点から神楽坂上交差点に向う500メートル足らずの間は緩い上り坂になっています。道幅は車が何とかすれ違える程の幅です。しかし、車は一方通行に規制されていて、午前と午後では規制の向きが逆になります。夕刻は西行です。したがって?、この画像は奥が東でJR飯田橋方向です。手前に向けて上り坂です。その傾斜は、普通に歩くにはあまり負担を感じない程度です。以前に比較して路上駐車が格段に減っていました。道交法のご利益でしょうか。

神楽坂通り(2) 06/09/02
 神楽坂通りの言うのは、早稲田通りの一部であり、早稲田通りが神楽坂の街を通過する部分が神楽坂通りと呼ばれています。標識には早稲田通りと記してあるのもありますが、商店街としては神楽坂通りと呼んでもらいたいのでしょう。町名は神楽坂通りに沿って、東側から西へ向けて、神楽坂1丁目から神楽坂6丁目に分かれています。

kgrzk308.jpg kgrzk310.jpg
パチンコ屋 06/09/02
 この街にもパチンコ屋は存在していました。その店の前の歩道には自転車が止めてありました。雑音も煩いです。

陶器屋 06/09/02
 陶磁器、ガラスの器などの店で陶柿屋とありました。神楽坂2丁目です。

kgrzk312.jpg kgrzk314.jpg
着物のリサイクルショップ 06/09/02
 着物のリサイクルショップというのは、初めて聞くような気がしますが、古着屋さんと同じなのかどうか。たんす屋というのが店の名前でした。タンスの肥やしになっている着物を買い取りますってことでしょうか。やはり2丁目です。

和装品の店(1) 06/09/02
 草履等の履物や傘が見えましたが、傘はこうもり傘もいっぱいありました。やはり和装品だけでは成り立たないのでしょうか。看板には老舗という形容詞と助六という名前がありました。3丁目です。

kgrzk316.jpg kgrzk318.jpg
和装品の店(2) 06/09/02
 こちら店では前の歩道までお香の香りが漂っていました。同じ和装品でも、この店では袋物や手芸品みたいな小物などが見えました。店内に香を焚いて人を呼び込む作戦もお見事です。ローマ字でミヤサカという看板が見えます。3丁目です。

肉まん屋 06/09/02
 3丁目の五十番という肉まん屋さんです。この前を何回か通りましたが、いつも5〜6人のお客さんがいました。


kgrzk322.jpg kgrzk324.jpg
毘沙門天 06/09/02
 神楽坂通りに面した神楽坂5丁目です。なかなか華やかな色彩のお寺で、寺の名称は善国寺ですが、神楽坂の毘沙門天様として、知られており、遠い場所からも信者が多くお参りに見えるとか。18世紀末にこの地に越して来ました。

露店の花屋 06/09/02
 善国寺の前の路上に陣取った花屋さんです。寺の参拝客相手でしょうか。
kgrzk328.jpg kgrzk330.jpg
料亭の小路 06/09/02
 多分、神楽坂4丁目です。狭い路地の両側に料亭と思しきものが数件連なっていました。殆ど人の通りはありません。神楽坂の通りの北側に平行して走る軽子坂の通りを入った場所です。

旅 館 06/09/02
 作家や脚本家などが作品を書くのに使うので本書き旅館と呼ばれる旅館和可奈です。素人にはホテルの方が居心地よく書けると思うのですが、売れっ子の作家さんはこんなところががお気に召すらしいです。したがって?、旅館といっても、誰でも泊めてくれるワケじゃないです。左の画像の最も奥の位置です。

kgrzk332.jpg kgrzk334.jpg
細る道 06/09/02
 カメラの後方が右上の画像の旅館和可奈です。この道は南の神楽坂通りへ向かっていますが、進むに連れて道幅は狭くなります。そして、神楽坂通りへの出口は歩行者一人が辛うじて通り抜ける幅しかありません。ふり返って出口を見ると、とても道路とは見えず、単なる建造物の隙間にしか見えません。

住宅街のカフェ 06/09/02
 神楽坂の街は神楽坂通りを外れると、狭い道多くなります。そんな道を歩いていると、思わぬ場所で、客が列を作って待っているレストランに出くわしたりします。さすがに、それを撮る勇気はありませんでした。これは住宅街と思われる場所のカフェで、道路沿いの植え込みの裏側はテーブルが並べてあります。このときは、道路には人影も見えませんでしたが、こんな場所でもカフェが成り立って行くものだなと感心しました。

kgrzk336.jpg kgrzk338.jpg
高層ビルと駐車場 06/09/02
 神楽坂通りに沿っては高いビルは殆ど見当たりません。しかし、通りを外れると、ご覧のとおりのビルが建っていました。マンションです。数年前にはありませんでした。手前の駐車場は時間貸しのもので、神楽坂通りに面しています。残念ながら、神楽坂の街も変らずに同じ風情を保つことはできそうにもありません。

神楽坂上交差点(1) 06/09/02
 ここでは神楽坂通り=早稲田通りと大久保通りが交わっています。この画像の奥が西方向で神楽坂6丁目です。左右に走るのが大久保通りです。
kgrzk340.jpg kgrzk342.jpg
神楽坂上交差点(2) 06/09/02
 大久保通りです。画像の奥が北で、大久保通りはJR飯田橋駅の東口に出ます。車の通行量はそれほど多くはありません。

神楽坂通り(3) 06/09/02
 神楽坂通りの神楽坂上交差点より西側の部分です。神楽坂上交差点より東側の部分に比較して、若干、人通りは疎らになります。商店も域外からの客を相手にしたものよりも、そこに生活している人のためのものという色合いが濃くなっているいるような気がします。この画像の左正面はスーパーです。

 
kgrzk344.jpg kgrzk346.jpg
神 社 06/09/02
 赤城(あかぎ)神社です。群馬の豪族が16世紀末にこの地に移ってきたときに建立しました。神楽坂6丁目の北側に隣接する赤城元町で、東京メトロ東西線の神楽坂駅のすぐ北側です。

絵 馬 06/09/02
 暗くなって読みづらいのですが、左上のプレートには蛍雪天神絵馬と書いてあります。その蛍雪天神なる神様は左画像の赤城神社の本殿の左側の小さな社にいらっしゃいます。蛍雪という語から思い当たる人も多いかと思いますが、あの受験出版物の旺文社が寄贈したものだそうで、平成17年建立だそうです。ま、神様の赤ちゃん?です。絵馬の数が少ないのも納得です。旺文社は近くの矢来町にあります。

kgrzk348.jpg kgrzk350.jpg
公 園 06/09/02
 赤城神社近くの白銀町にある新宿区立白銀公園の夕刻です。親子で遊んでいる人が多いです。日本人の家族よりも、一見して欧米系外人家族と思しきグループの割合が多かったです。神楽坂の街を歩いていても、あまり外人さんが多いなとは感じませんでしたが、この公園は多かったです。アジア系の外人さんは殆ど見掛けませんでした。気付かなかったのかな。

地下鉄神楽坂駅 06/09/02
 東京メトロ東西線の神楽坂駅です。神楽坂の街の実質的な西側の端っこに相当する位置にあります。部分的には神楽坂6丁目に入っていますが、大部分は矢来町です。この他に都営地下鉄の牛込神楽坂駅というのが大久保通りにあります。

頁トップ