横浜元町篇 トップ頁 メニュー 前頁 次頁
 元町は横浜市中区のJR根岸線の石川町駅の東から東(正確には東北東)へ向けて延びる700メートル程の商店街です。お洒落な店舗が多い、有名ブランド品の店が集まっていることなどで知られているようです。歩いてみて、納得できました。皮肉な言い方をすれば、日常生活の必需品ではないものばかりを扱う商店街とも言えないこともありません。街は綺麗です。それも自然発生的なものではなく、設計図に基づいて作り上げた感じです。端にショッピングビルがある程度で、あとは同じような商店が並んでいるだけです。町は東から西へ向け、1丁目から5丁目まで道路に沿って幾何学的に略等間隔に分けられています。この元町だけではもの足りないので、元町からは外れますが、東の海に近い位置にある公園部分の画像もここに収容しました。  (05/10/07) 

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元 町(1) 05/10/06
 西の横浜球場の方から南東に延びてくる道路と元町商店街の道路が交差する元町交差点です。中央のアーチが元町商店街の5丁目側の入口です。以下の画像は5丁目から1丁目へ向け、撮った順序に並べています。

元 町(2) 05/10/06
 歩道にはこのようなベンチが適当な間隔で設けられています。
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元 町(3) 05/10/06
 レトロな看板に目を引かれました。階下が和装の店で階上が写真屋でしたが、同じ経営者かも。

元 町(4) 05/10/06
 中央はよく耳にするブランドのカバン屋です。
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元 町(5) 05/10/06
 唯一、目にした普通の食料品等のスーパーで、唯一、私でも入れそうな店舗でした。他の店舗は商品の値段ばかりでなく、店員のプライドも高そうに見えました。

元 町(6) 05/10/06
 真珠で有名な装飾品の店です。
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元 町(7) 05/10/06
 自動車のショールームではなく、革製品の店でした。営業時間外の閉店時はこの車はどうするのでしょうか。

元 町(8) 05/10/06
 道路の車道部分はワザと蛇行させてあります。高速で走るのを抑制するつもりか、単なるデザインなのか。ここでは、車は5丁目から1丁目へ東向きだけの一方通行です。

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元 町(9) 05/10/06
 手前の店舗はカバン屋です。

元 町(10) 05/10/06
 このド派手な建物は服飾の有名なブランドの店舗です。

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元 町(11) 05/10/06
 1丁目の東の端にあるショッピングビルです。服飾の店舗やレストランが入っています。

元 町(12) 05/10/06
 5丁目側の入口同様のアーチのある1丁目側の入口です。

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外人墓地 05/10/06
 元町1丁目から南側の坂を登ると外人墓地へ着きます。ここは、嘉永7(1854)年にペリー艦隊の事故死した水平を葬ったのが起源です。現在は2万平方メートルの広さで4200名程度の人が眠ってます。墓標の向こうに見えるのは桜木町辺りの高層ビルです。夜は中に入れないので、路上から柵越しに撮りました。

レストラン 05/10/06
 外人墓地の横にあるレストランです。この店のサイトには平均予算5000円とありました。5000円以下しか持ち合わせのない輩は来るに及ばずという警告と受け取りました。墓地を眺めて高級フランス料理を食したい向きはどうぞ。
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港の見える丘公園(1) 05/10/06
 あなたと二人で来た丘は港が見える丘・・戦後間もない昭和22(1947)年に流行した歌です。その丘がここであるということは確認されていませんが、昭和37(1962)年に横浜市がここを港の見える丘公園と名付けました。これはその展望台部分です。ここには、その歌碑もあります。この一帯は博物館や歴史的な保存建築物等が多く、散策するのにはいい場所です。

港の見える丘公園(2) 05/10/06
 展望台から前方を見たものです。方角は北北東になります。今はベイブリッジという格好なものがありますが、この橋の他には目玉になるようなものはありません。

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港の見える丘公園(3) 05/10/06
 これは北西方向を見たものです。中ほどの赤っぽいのは山下公園の氷川丸で、その先の白っぽい灯火が並ぶのが大桟橋辺りですが、遠いです。桜木町付近の高層ビルはもっと左の方で、殆ど視野外になります。

港の見える丘公園(4) 05/10/06
 公園の中で見付けた日時計です。これは市内の時計屋さんの組合がシチズン時計に依頼して作ったもので、かなり精密なものです。日時計で測れるのはその場所の地方時ですが、この地方時を日本標準時刻に換算する時差表というのまで刻んでありました。夜では折角の高精度も確認の方法はありませんでした。


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