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Between the word & the heart
ショートストーリー
透明な夕焼けの少年
”死ねるんだ”と思った。
ココから飛び降りれば私は確実に。
夕暮れの校舎の屋上から夕日がゆっくり沈もうとしていた。
そこにはもう、なんの恐怖もなかった。
きっと、ジェットコースターみたいなものだ。
冬がちょっと混じったような冷たい秋風が
セーラー服とスカートを大きく揺らしていた。
まるで小さな子供がイタズラでもするかのように・・・。
彼とのメールがそれまでの私のすべてだった。
それを彼は私のメールをあの娘と一緒になって笑ってたなんて・・・。
「あなたって、おばかさんね。」というイタズラメール。
それがあの娘だって気付いた時には、もう、すでに遅かった。
失恋なんてはじめてだ。
いや、それはもともと恋ですらなかったのかもしれない。
メールで始まった恋は、きっと、そんなものなんだ。
思えば実際に会っている時よりも、メールのやり取りのほうが長かった。
言葉なんて、相手の気持をちっともちゃんと伝えてはいないこと。
すべては私が都合のいい意味に、勝手に解釈していただけなんだ。
私が送りつづけたものも、ただの薄っぺらな文字の感情にしか過ぎなかった。
私はもう、すべてが信じられなくなっていた。
世の中は、嘘にまみれていることを知った。
本当に哀しい時、人は涙さえ出ないのだなと思った。
18才にしてはじめて、心がどうしていいかわからずに泣き叫んでいる。
誰も私のことなんて、わかってくれないし、わかろうともしてくれない・・・。
私の母も、彼以上に最低だった。
家計簿ばかり見つめ、いつも愚痴ばかり吐いている最低な人。
部屋にひとり、カギをかけている私に、母はただ、受験の事ばかり話している。
心配なのは、私のことじゃなくて、いつも受験の事だった。
私の本当に大切な事は、この心の中にあって、教科書なんかの中にはない。
”もっとがんばれ”と母は口癖のように私に言う。
私はすでにがんばっているのに、これ以上に頑張らないといけないの?
何一つ、私のこと、見てくれていない。
何か裏切られたような気持ちで、机の上でひとり、泣いていた。
あまりにも切なくて、夕日がきれいだったから・・・。
今思えば、死にたい時のきっかけなんて
そんなふうに、とても単純なものかもしれない。
部屋の窓から、私は靴も持たないままで、裸足のまま、飛び出した。
それは生まれてはじめて何かに背いた私の行為だった。
そう、私はすべてから逃げ出したかったんだ。
そして、誰にも知れず、誰も私を知らない場所まで・・・。
私にとって学校の屋上は、ちょうどそんな場所だったのかもしれない。
身近にあるようで、置き去りにされた場所。
そう、ちょうど私の心のような・・・。
夕暮れの校舎の屋上で、きれいだったあの夕日が、徐々に光をなくしてゆく。
もうすぐあの地平線の彼方に沈もうとしている。
あの夕日が消えたら、私も一緒にココから消えよう・・・
”死”が現実の中、私に、そして確実に迫っていた。
そんな時だった。
「君は死にたいの?」
どこからか声がした。
それは、エコーがかったとても澄んだ声だった。
ふと、気付くと、私の目の前の空中に
透明な12才くらいの少年が、まるで満月みたいに浮かんでいた。
夕日を背に少年の体が、きれいなオレンジ色に染まっていた。
「き、君は・・だ、誰?いや、一体なんなの?」
私がその言葉を口にするのに、少しばかり時間を要した。
心がすっかりパニクッた。何がなんだかわからなかった。
無理もない。くどいようだけど、その少年は空中に浮かんでいたのだ。
どう考えたって空に浮かんだ少年を見るのは、これがはじめてなのだから。
「どうしてそんなところにいるのよ・・・下校時間はとっくに過ぎて・・・
いや、そうじゃなくて、だいたいなんなの?あなたは?
もしかして、私を迎えにきた死神なの?それとも幽霊?どうなのよ!」
「死神?幽霊?」少年はそう言うと、怪訝そうな顔して私を見つめた。
「ちぇ、せめてエスパーとか言えないのかなァ・・・
まぁいいや、今はそんなこと。
でも、そんなんじゃないと思うよ、少なくとも僕はね。」
「だったらなんなのよ?」
「そんなに怒らなくなっていいだろ?少なくとも僕は君の味方なんだ。
そうだなぁ、僕は、そのう・・・つまり、う〜ん、ちょっと説明しにくいんだけどなぁ・・・」
まるでアニメの中のインテリの少年みたいに、メガネもないくせに
おでこのあたりを、何か自慢でもするみたいに人差し指で押さえて目を閉じていた。
なんか・・・とっても気に入らないヤツ。
「何よ、早く言いなさいよ!」
まったく煮え切らない男ほど、イライラするものはない。
それにしても、なんて人を見下したものの言い方をするんだろう。この少年は。
こいつに彼女なんて絶対出来ないだろうなと私は思った。
「君の・・・つまり・・・」
「つまり何?あぁ、イライラする!
男らしくないわね!はっきり言いなさい!」
「ちぇ、なんだよ、その言い方!君こそ全然女の子らしくないじゃないか!」
12才くらいの少年に、”君”なんて言われたかない!あぁ、背中が痒くなる!
「余計なお世話よ!こっちだってね、今、死ぬのに忙しいんだからね!
早くしてよ!まったくもう!」
なんだか言ってる事が無茶苦茶だけど・・・まぁいい。
いずれにしたって、こんな生意気な少年に、
こんな謎めいた事を言われたんじゃ、死んでも未練が残って仕方ない。
まるで謎を残して次回予告されてしまう、視聴率稼ぎのテレビドラマみたいだ。腹が立つ!
そんな私に、少年はやれやれといったような表情で
やがて、大きな深呼吸をひとつすると、静かにこうつぶやいた。
「じゃ、驚かないで聞いておくれ。
実はボクは、君の子供なんだ・・・。」
「へぇ?私のこどもぉ〜?」
何を言ってるのか、この生意気な少年は。
18才の私にこんな大きな子供がいてたまるもんか。
聞いた私がバカだった。
これじゃ、死んでも死にきれないわ。どうしてくれるのよまったく・・・。
「頼むからそんなに恐い顔をしないでくれよ。
わかったよ。もうちょっとわかりやすく言えばこうなんだ。
つまり僕は、この先の未来に、君から生まれる子供なんだ。」
「はぁ?」
ますますわけがわかんない。
だいたいなんで、こんな時に、こんなややこしいのが出てくるの?
私はただ、ここから消えてしまいたいだけなのに。
「いや、それじゃ、困るんだよ。」
え?私はしゃべったのわけじゃないのに。私の心が読めるのだろうか?
な!なんて最悪な!じゃ、今までの私の心も読んでいたのか?
あぁ、ちきしょうー!ますます気に食わないヤツ!
まるで日記に書いた自分の秘密をこっそり読まれているようで腹立たしい!
そういえば、今、少年の口は動いていない。
どうやら私たちは、心の中でしゃべっているのだった。
”どっかに早く消えてよ!”と私は心であいつに叫んだ。
「そうはいかない・・・。」
少年は目を伏せ、ゆっくりと、急にマジメな表情でそう言った。
「僕はね、君が生まれる前からずっと、君から生まれようと決めていたんだ。
これは理屈じゃないし、理由もない。ただ、君から生まれたかったんだ。
僕は今まで、いろんな人の子供に生まれたけど、どれも12才までしか生きれなかった。
事故にあってしまったり、事件に巻き込まれたこともあった。
病気で死んでしまったこともあった。
その度に、たくさんの哀しい涙を見てきたんだ。
君ならちゃんと人生が送れると僕は直感したんだ。
哀しい思いをさせてしまった人達に、償う事が出来ると思ったんだ。
本当にただ、直感した。訳はわからない。
だから、君に死んでもらっては困るんだ。
僕は君から生まれたいと思っているのだから。
君は知らないだろうけど、君が生まれた時からずっと、僕は君を見てきたんだ。」
「・・・そう。じゃあ本当にそう思っているのなら、どうして私を救ってくれないのよ!
あなた、幽霊でしょ?エスパーでしょ?何でも出来るんでしょ?
だったらこの私に死にたいなんて思わせないでヨ!」
知らないうちに、望みもしないのに、私から涙がこぼれていた。
「君を直接守る事は・・・残念ながら僕には出来ない。
僕は本来、君の前には存在しないものなんだ。
もし、そんなことをしたら、僕は本当の意味で死んでしまう。
永遠に存在しなくなってしまう。
それに君がそれで助かったとしても、君はその代償として、子供の生めない体になる。
君から二度と僕は生まれる事が出来なくなるんだ。
この前も、僕の友達が、つい、感情に流されて病気の娘を救ってしまった。
あいつの本当の意味での死ぬ時の、もがき苦しむあの顔は今もありありと思い出されるよ。
残念だけど、僕はそんなお人好しじゃない。あんなへまは絶対にしない。
だから僕は、君を直接助けたりしない。でも、君に死なれると困る。」
少年の鋭い瞳と針のような言葉が、私の心を小さく痛めていた。
気がつくと、夕日がなかなか沈もうとしなかった。
たぶん、時が止まっているのだろうと思った。
こんな時に、こんな小生意気な幽霊少年に説得されるなんて・・・。
涙がいつまでも止まらない・・・。
でも・・・生きていたって、ちっともいい事ないし、自由もないし何もない。
それこそ自分ごと消してしまったほうがすっきりとする。
確かに死ぬのは恐いし、痛いことかもしれない。
ちょっと恐いけど、それはたぶん、一瞬だ。
この永遠に思える苦しみに比べれば、なんてこともない。
私は小さく息を吸うと、ゆっくりとそれを吐き出した。
「せっかくあなたに出てきてもらって申し訳ないけど
私、やっぱり死ぬわ・・・。」
「ちょっと、待ってくれ!
本当はこうして君の目の前に現れるのだって、非常にまずいんだ。
君を助けにきたせっかくの僕の苦労が台無しになるじゃないか!
君に僕を生んで欲しいんだ。頼む、一生のお願いだからっ!」
必死な彼を見ていると、なんだかとても滑稽に思えてきた。
死ぬことさえも、軽いジョークのように思えてきた。
「まだ、生まれてもないのに、どうして一生のお願いなのよ?」
そう私が言うと、少年は”あぁ、そうか!”と真剣に悩んでいる。
涙もまだ、乾いてないのに、思わず私はククっと笑った。
なんだか真剣に死のうとしているこの自分が、バカみたいに思えてきた。
どうせいつかは死ぬんだ。
だったらもうちょっとだけ、生きてみようか・・・。
そう思った時だった。
私のケイタイからメールの着信音が聞こえてきた。
誰だろう?誰かがこの私のことを心配してくれたのだろうか?
ふいに開けて見ると、それは私をふった”あの彼”からのものだった。
やっぱり、私のことを・・・
そう思うと、うれしさで胸がいっぱいになった。
生きていていいんだって思った。
でもそこには・・・
”クミコ、今度のデートのことなんだけど・・・。”
私はクミコなんかじゃない・・・。
それは彼の新しい彼女の名前だ。
きっと彼が送信先を間違えたのだろう。
こんな時に、タイミング、よすぎる・・・。
何のためらいもなく、ほんの少しだけ私は前を歩いた。
地面のないその場所まで。
体がふわりと舞った。
「やめろー!」
透明な少年の叫び声が聞こえていた。
ごめんね・・・・
落下しながら私は目を閉じて、息も出来ないほどの風を感じていた。
まもなく着地する。まもなく私は死ねる。
まもなく まもなく・・・。
・・。
・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・「?」
「きれいな着地だったぞ、前島。」
「すごいじゃない、直子!ひょっとして、新記録なんじゃない?」
私の周りで拍手が起こっていた。
私は確か、学校の屋上から飛び降りたはずなのに、私は”きれいな着地”をしていた。
拍手をしているみんなが体操服を着ていた。
体育の”ヒゲゴリラ”こと白石先生がニコニコしている。
「女子でこの高さの跳び箱が飛べるなんて、すごいなぁ。」
私はいつしか、午後の体育の授業の最中にいた。
私は透き通るような青空を見上げた。
あの透明な少年を思い出していた。
「あいつ、助けてくれたんだ・・・」
「どうした前島、うまく着地できたのが、そんなにうれしかったのか?」
白石先生が私に言った。
私はずっと泣いていた。
”ごめんね、ごめんね、”と心で叫びながら・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれから12年の歳月が流れた。
私は分娩台の上にいた。
結婚してから5年目に、やっと子供が出来た。
原因不明の不妊症だった私は
死ぬほど自分自身の治療をしたし、勉強もした。
やさしい夫は、こんな私を理解してくれた。
絶対に私は子供を、いや、あの少年を産みたいと思っていたのだ。
かつて死のうとしていた私のために、その犠牲になった彼のために・・・。
思えばなんて皮肉なことだったのだろう。
一方は死にたくて、一方は生きたくて・・・結局その逆になってしまうなんて。
「もしもの時は、あなたに危険が起きるかもしれない。
それでもあなたは、赤ちゃんを生みたいのですか?」
主治医から私はそう言われた。
斜めに切り裂く窓の光が、私の影をうなずかせていた。
覚悟はとっくの昔に出来ていた。
もう、私には何のためらいも、迷いもなく、ただ、そうしなければ
ならないんだと心に誓っていたのだった。
・・・・・・・・・
病室の天井のライトが、まるでにじんだように、とても眩しく見えた。
永遠とも思える生みの苦しみは、私のすべての過ちのせいのように思えた。
生むまで、私は死ねない、絶対に死ねないんだ!
そして、愛する夫のために、私の大切なすべてのものたちのために
生きたい!もっと生きたいんだ!
私の心を支えているものは、ただ、その思いだけだった。
母は外で一睡もしないで、私のこと、祈ってくれている。
あなたのやさしさに、今まで気付きもしないでわがままばかりでゴメンね・・・。
ありがとう・・・母さん、私を生んでくれて。
私もあなたのように、かけがえのない命を生みたい・・・
苦しみの中、小さい頃の思い出が、私の中で蘇ってゆく。
喜んでる私・・・泣いてる私・・・そして、その周りの素敵な人達・・・
こんなにも、私はたくさんの人達に、生かされていたなんて・・・
そして、あの少年も私にために・・・これは私だけの命じゃなかったんだ。
今頃そんなことに気付くなんて・・・
息もうまく出来なくなり、薄れゆく意識の中で、私は彼方に見える小さな光を
最後の力を振り絞るようにして、やっと捕まえた。
その時・・・
「おぎゃー、おぎゃー」
やがて長い苦しみの中、赤ちゃんが私から生まれた。
「ほら、元気な男の子ですよ。」と看護婦さんが
天使の笑顔のように教えてくれて
私にそっと、優しく、その小さな命を抱かせてくれた。
・・・なんて小さなぬくもりだろう。
愛しさに、頬に抱き寄せた時・・・
心にその声が聞こえてきた。
”バカだよ、君はどうしてこんな・・・。”
あの懐かしい少年の声だった。
あの時のように、エコーがかったとてもきれいな声だった。
少年は本当の意味で泣いていた。
あの生意気な少年が、声を荒げ、いつまでも、いつまでも
成す術もないままに・・・
だんだん遠くなる意識の中で
私は最後の言葉を少年に、そっと伝えた。
”・・・ありがとう。
ただ、それだけが、言いたかったの。”
その言葉は、やがて不思議な色に包まれてゆき
私の目の前にはいつまでも
あの日のきれいな夕焼けが、広がっていた・・・。
END
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。 EACH TIME
02/11/12
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