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「さっちゃんと女の子」

作 EACH TIME & 見えない小さな女の子


さっちゃんは、とても小さな女の子。いつもひとりで遊ぶことが大好きでした。
いつもひとりで、風と絵本とクレヨンとで静かに遊んでいることが、さっちゃんの毎日でした。
そんなさっちゃんを、幼稚園の先生は密かに心配に思っていて
”お友達と遊んで欲しいな”と心でずっと願っていました。

それはある日の昼下がりのことでした。
さっちゃんは、同じように、ひとりで遊んでいる女の子を見かけました。
その女の子は、小さなクマのぬいぐるみが唯一、友達のようでした。
さっちゃんは、人魚姫の絵本が、大のお気に入りでした。
さっちゃんは、その小さなクマのぬいぐるみで、女の子と遊びたいなと思いました。
その女の子も、実はさっちゃんの人魚姫の絵本が見たいなと、心で思っていました。

でも、その女の子は、さっちゃん達のいる部屋とは、別の部屋にいました。
先生からは、「そこは特別な部屋だから、行っちゃいけない」と言われていました。

ある日のこと、静かで穏やかな午後の教室で、その子が”ちらっ”とさっちゃんのことを
見ていることに、さっちゃんは気付きました。お互いに気になるけれど、恥ずかしくて何も言えない。
さっちゃんは、生まれてはじめてお友達と”お話がしてみたい”。そう思いました。

次の日、さっちゃんは、先生がいないのを確かめてから、隣の部屋へ近づきました。
どうしてもあの女の子が気になって仕方がなかったのです。
その子はさっちゃんを見るなり、うれしそうにクマのぬいぐるみを抱えて来ました。
その子は何か言葉にするのだけれど、「うー、うー」とうまくしゃべれない様子でした。
それでもさっちゃんは「遊ぼう」と言っているのがわかる気がしました。
女の子は、おいでおいでと手招きしています。

さっちゃんは、うれしくて、思わず教室に入りかけたけど
先生の言いつけを、そのときふと、思い出していました。
そしてさっちゃんは女の子に、ポツリとこうつぶやいていました。

「でも、先生がそっちに行っちゃいけないって・・・」

さっちゃんがそう言うと、やがてその女の子の大きなかわいい瞳から
ボロボロと涙がこぼれはじめました。
声にならない言葉で背中が、小さく震えているのがわかりました。
さっちゃんも、思わず言った自分の言葉に、とても泣きたい気持ちになって
気付けばその子ひとり残したまま、走って教室に戻って部屋の
隅でひざを抱えながら、ただ、小さくなっていました。

何も知らずに戻ってきた先生は、そんな姿でひとりいるさっちゃんを見て、こう言いました。

「ねぇ、どうしたの、さっちゃん?こんなところで・・・ね、いつもひとりきりでいないで
みんなとお遊びしましょうよ。ひとりでいたら寂しいんでしょ?みんなと元気に遊ばなきゃダメよ。
先生、心配なのよ。ね、ほら、立って遊びましょう」

先生は、さっちゃんの手を引っ張るけれど、さっちゃんはまったく動こうとしない。
さっちゃんはそのとき、心の中でこう叫んでいました。

”そんなんじゃない、そんなんじゃない。わたしがひとりでいるのはそんなんじゃない!”
さっちゃんは、ずっと何も言わないままに、ただ、かたくなに拒んだ心のままで
絵本を両手で抱きかかえていました。

「”人魚姫”は、もう、あきたでしょ?ね、こんな絵本よりも
みんなと元気よく遊んで欲しいのよ、先生は。どうしてわかってくれないの?ねぇ?」

先生は、わけのわからないさっちゃんのことで、困り果てていました。
そして心の中ではこう思っていました。
”なんてあきれた子なんでしょう。どうしてこうもわがままで
言うことを聞かない子なんでしょう・・・”

さっちゃんのほうは、そのとき心の中で、こう思っていました。
”私はただ、お友達になりたかっただけなのに、私があの子を泣かしちゃった。
私のせいで、泣かしちゃった・・・”

やがてさっちゃんは、大きな声で泣きはじめました。
大事な絵本を投げ捨てて、赤ちゃんのように何度も何度でも。
手も付けられず、あきれてしまった先生は、
仕方なくさっちゃんをそのままひとりにしました。

カチカチと柱時計が泣いています。
誰かが作った積み木が静かに、さっちゃんのことを見つめています。
外ではみんなの元気に遊ぶ声が、海の底のように聞こえてきます。

廊下に落ちていたさっちゃんの人魚姫の絵本。
それを拾った女の子が、やがてさっちゃんに近づいてきて
小さな声でこう言いました。

「うー、・・・うー」

それはあの女の子でした。
女の子は、絵本と小さなクマのぬいぐるみを
さっちゃんのひざの上に乗せると、小さく微笑み、また、言いました。
今度は少し力強く、ゆっくりと。

「あ、あ、そ、そ、うー、うー」

そして、さっちゃんは
濡れた瞳のまま微笑んで、その子にこう答えました。

「うん、遊ぼう・・・」

それがふたりの、はじめて心を交わした日。

その先、ずっと大人になっても、二人が友達でいる未来を
まだ、ふたりは知ることもなく、ただ、春の陽だまりだけが
最初から知っていたかのように、
ふたりをやさしく照らしていました。


おしまい。

この絵本のような物語について。

幼い頃、私はよく、ひとりで泣いていました。
それは私なりにいろんな理由があって
でも、そのたびに、先生は私にこう言うのでした。

「泣いてたらダメだよ。ひとりでいないで元気にしなくちゃ」

私にとって、その言葉は、いつもどこか「違う」と思っていました。
私が泣いているのは、ちゃんと心に理由があって、でもそれが
先生の心に届くことはなく、いつも、明るく元気でいなさいと私に言うばかりで
それが私には、なぜだか悲しくて仕方がありませんでした。

私は今も思うのですが、ひとりでいることが悪いことではなく
泣いていることが、間違ったことではなく、明るく元気でいることが
いつも正しいとは限りません。

そんな思いで、この小さな物語を作りました。
泣いているさっちゃんは、あの頃の小さな私で
うまく言葉のしゃべれない女の子は
見えない私の小さな友達です。

言葉はうまく伝わらないけれど、今も私の心のどこかで
ずっと友達でいます。


EACH TIME
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。