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ショートストーリー
タイトル:【伝えるココロ】
伝えるココロ
僕はその頃、失恋の痛手を負っていた。
二度と恋は出来ない・・・
そんなふうに思っていた頃だった。
そんな時だった。
僕が彼女に出会ったのは。
きっかけは、偶然の二度の出会い。
一度目は、僕が傘をなくしたあの雨の日
二度目は、あたたかな小さな街角で・・・
「すみません」の言葉を繰返す彼女のやさしさと
背筋を伸ばしたきれいな姿勢が印象的だった。
三度目の出会いは、偶然ではなかった。
「ねぇ、私たち、もう1度会えるかしら・・・」
ぼんやりしていたら、きっと聞き逃したかもしれないような声で
彼女は僕に約束をしてくれた。
彼女の名前は美砂子。
長い髪とスカーフの似合う女性だった。
僕は、心のさみしさを埋めるような思いで彼女のやさしさに
ただ、甘えた。
はじめて二人で食事をしたレストラン。
彼女のお気に入りの席は、ちゃんと二人分空いていた。
「この店、静かでいいでしょう。」
まるで自分の宝物を自慢するようなその笑顔。
「そうだね。」
一言答えた僕は、もっと気の利いた言葉がなかっただろうかと少し後悔をした。
モーリスホワイトの”I need you”のBGMが流れていた。
彼女のかすかな甘い匂い
いつのまにか、前の彼女と比べてる自分をあわてて僕は打ち消した。
自分の幼い頃の事を彼女は楽しそうに話していた。
それまでの二人の空白の時間を少しでも埋めるように
僕も自分の事を、彼女にたくさん話した。
前の彼女のこと以外は・・・。
やがて店内のBGMが止まった。
少しだけ静寂の時が流れた。
「ごめんね。」
急に彼女が言い出した。
その言葉に僕はドキッとした。
それは、前の彼女の別れのきっかけの言葉だった。
「どうしたの?」
僕はコーヒーを静かに置いた。
「私ね、実は今年でもう29になるの・・・」
彼女の細い指が、水の雫をなぞっていた。
「あなたの知っている人がもし私達を見たら、きっと笑うでしょうね。」
そう言いながら、小さく苦笑いをする彼女。
正直僕はちょっとだけビックリした。
僕より5つ年上なんだ・・・。
言わなければ、それですんだ事なのに。
彼女の潔癖過ぎる純粋な心に
僕は彼女の不安な表情を打ち消す言葉だけを
ただ、必死にさがしていた。
「そんなの気にするわけないよ。」
僕の情けないそんな一言に、パッと明るくなった彼女の表情を見せられて
僕の心の寂しさは、次第に、それでいて確実に埋め尽くされていった。
・・・・・・・・
その日の夜、彼女から電話があった。
「今日はありがとう。」
電話の向こうの彼女の笑顔がすぐにわかった。
年上なんてひとつも思わせない、どこか少女の面影を残した
彼女の不思議な一面がとても魅力的だと思った。
何気ない言葉を交わしたあと、僕はお礼のつもりで彼女に言った。
「電話をありがとう。
・・・また、電話してよ。」
ほんの少しの沈黙の後
彼女は「うん」とだけ答えた。
次に会う約束をして僕は電話を切った。
このとき僕は、大きな間違いにまだ気が付かなかった。
・・・・・・・・・・・・・
その4日後に二人は夜のドライブをした。
僕は最初から少し元気のない彼女が気になっていた。
「あのね・・・。」
彼女が思いついたように言葉を続けた。
「私が電話をしたとき、あなたは”また電話してよ。”って言ったわよね。
あの時、私は”今度は僕から電話するから”って言って欲しかったかなぁ」
僕の顔を見ないまま、彼女はささやくように言った。
僕は、彼女の顔が見れなかった。
別に僕が運転をしていたからじゃなくて。
僕は、彼女と恋をはじめることに、どこか恐れている自分がいた。
もう、恋はしないと誓ったあの日から・・・。
彼女はきっと気付いていたんだ。
僕にとっての彼女は、僕の失恋のさみしさを埋めるだけの存在だった事を。
「ごめん」と言った僕は、また同じ間違いを繰り返していた。
彼女が聞きたかった言葉はきっと”ごめん”じゃなかった・・・。
彼女は何も答えないかわりに、小さな笑顔でちょっとだけ僕を見た。
こんなときでも、少女の彼女は健在だった。
それから彼女は、助手席の窓をいつまでも見つめていた。
ときどき照らす車のライトが、彼女の顔をなぜか、泣いているように見せていた。
帰り際に僕は、前に彼女が聞きたいと言っていたボビー・ブラウンのCDを貸したいと思った
それは彼女と僕をつなぎとめておくものを、それでも僕は残しておきたいと思ったからだ
そんな情けない自分が、まだここにいた。
「もういいわ。」
彼女はまた少女の笑顔で、僕の心をやさしく遮断した。
これ以上続けることはきっと哀しい恋になることを、彼女にはわかっていたんだ。
彼女のスカーフが風に揺れていた。
恋の形にもならないまま、二人は別れていった。
次の約束もしないまま二人は・・・。
僕は、最後の最後まで彼女を傷つけていた。
彼女の後姿が小さくなっていった。
そして、僕はまたひとりになった。
5つ年上の彼女は、僕よりはるかに大人の女性(ひと)だった。
僕にないものを彼女は持っていて、僕はそれに甘えていただけだった。
彼女にしてみれば、僕の中の本当の心を探していた。
伝えたいココロを、僕はきっとなくしていたんだ。
あたたかな小さな街角で
あのレストランの二人の指定席には
もう、違う恋人達が座っていた・・・。
2001/03/06 1:38:48
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あとがき。
これは10年以上も前のことですが、年上のガールフレンド(本当にただの友達)が
私に電話をしてきて、私が「また電話してよ」と言ったときに
「女はね、電話するよって言ってくれたほうがうれしいのよ」と言われてしまい
「そんなものかぁ」と感心した事があって、それを元に書いたショートストーリーです。
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