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| はじめに。 2005年7月某日。 生まれて初めて、私は心療内科クリニックという病院へ行きました。 その診断結果は”鬱病”でした。しかも、軽度ではなく中度の・・・。 ココでは私の”鬱”という病気について、私なりの考えや、想いを綴って ゆきたいと思います。時々ダメになるかも知れないけれど それも、そのときのありのままの私。素直に受け止めてゆこうと思います。 もしも、あなたが私と同じ苦しみを、どこかで抱いているのだとしたら、 それが何か楽になる、きっかけになって下されば幸いです。 2005/09/27 EACH TIME |
| 9月末現在の状況 2週間に一度の通院。 クスリは不安を抑える薬1錠と精神安定剤を2錠を朝晩に服用。(仕事は続けている。) まだ、波はあるものの、体調は良好。しかし、落ち込むと不安が止まらなくなる傾向がある。 |
| Page1 「鬱病を確信するまで」 今思えば、私はすでに20年前から”鬱病”だったのかもしれない。 それは地元の高校を卒業し、志望大学にことごとく落ち、いわゆる すべり止めの大学に行ったあたりか・・・。 いや、思い出してみれば、実際には、思春期の中学あたりかもしれない。 その頃の私は、まだ、鬱病なんて病気を知らないから 知らないままに、哀しみや不安を抱えながら、ほとんど何も喋らず 教室でもひとり、浮いた存在だった。 話を現在に戻そう。 (学生の頃の鬱、ひきこもりは、またの機会に。) 実はもう、5年位前から、私は自分の鬱を疑っていた。 ちょうど私のホームページ「電器売場店員のクレーム日誌」を立ち上げた頃だ。 あの頃は、ただでさえ、落ち込んだ気分のような日々に、まるでもう死んでいるのに 何発も銃を撃ち続けているような、ひどいクレームたちに私は、いつもいつも どこか壊れかけているような感じがした。 その不安を、心を、助けてもらいたくて私は、あのホームページを作ったのかもしれない。 鬱病かもしれない・・・。そんな不安はいつも私の心を苦しめていた。 だからといって、精神病院なんてところに行くのは、正直、足がとても重たかった。 まだ、私にはそういう場所に、どこか偏見があったのだろう。 鬱病は”ただの心の弱い人間”。そんなふうに思っていた。 病院へ行けば、どこかそれを認めるみたいで、私はそれがイヤだった。 こんな私にも、その日は突然やってきた。 その日、私は公休日で、日曜日の明るい午後、小さく居眠りをしていた。 そのとき、どんな夢を見ていたのか定かではないけど、突然に 私に大きな不安が覆いかぶさって、その恐怖に耐えられなくなって 突然に起きて、近くにあった本を思いっきり壁に投げつけて わけも分からず叫んでいた。 我に返ると、近くにいた私の子供が怯えていた。 私は「ごめん・・」と小さくつぶやくと 自分の部屋に逃げ込んだ。 「今のは一体なんだったんだろう?」 私じゃない、私が私の中で生まれたような感覚だった。 それは悪魔のように凶暴な私。近くにあったものが本でよかった。 何も壊さずにすんだ。でも、これがお皿だったり、もしかして包丁だったりしたら 私は子供たちを、知らずに傷つけていたかもしれない。 私の中でどうしようもない不安が大きくなっている。 膨らみすぎた風船のように、いつ爆発するのかわからない。 どうしよう・・・どうしよう・・・考えれば考えるほど 深みにはまって行くばかりだった。 そして、その結論は 「こんなに苦しむくらいなら・・・いっそ、死にたい・・」 そのとき、以前から疑っていた ”鬱”という言葉が、私の中で鮮明になっていった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その夜、私はほとんど喋ることもなく 部屋の中に閉じこもった。 妻が私の部屋をノックして入る。 「どうしたの・・・子供たちが心配してるわ・・」 「ごめん・・」と私はポツリとつぶやく。 「苦しいなら、病院に行ったほうが・・・」 妻が言いかけて、止めた。言葉を選んでいるようだ。 「今度、病院に行ってみるよ。これは自分の性格だって 子供の頃からずっと、思っていたけれど、もしもこれが 少しでも軽くなるんだったら・・・」 ”鬱”という言葉は、互いにそのとき言えなかった。 でも、ふたりはわかっていた。 これは、心の病気なのだと。 この頃の主な症状 朝がとにかくイライラする。不安な気持ちが止まらない。夕方になると調子がよくなり変に自信がわく。 (後で知ったのだけど、これは鬱特有の症状だそうだ) 自分が必要のない人間と強く思うようになる。ふと、死にたい気持になるときがある。 病院へ行くにしても、どこにそういう病院があるのか さっぱりわからなかった。通うなら、近くが良いだろうと思い 地図を広げるけど、どこにもそういう病院はない。 たまたま、私の地域に限ったことかもしれないけれど これだけ”鬱病”が世の中で騒がれていながら、まだ、それを受け止める 公共機関は少ないようだ。近くの国立病院に精神科が、あったものの 私は以前から、国立病院は、2時間待たされて5分の診察しかならない という実態を、イヤというほど知っているので、それは除外することにした。 (すべてがそうだとは限らないけど、昔、通った国立病院がそうだった) できれば個人で診察している心療内科を望んだ。 仕方がないので、ネットで探すことにした。 私の地域で検索をする。するといくつかの病院のリストが 出てきた。(つくづく、ネットの便利さを実感した。) 割と近いところにそれはあった。 「○○心療内科クリニック」 近いとはいえ、車で30分はかかるだろうか? その心療内科のHPがあった。 クリックすると、それは、ただ、診察時間とドクターのプロフィールと 病院内のいくつかの写真が載ってるだけのとてもシンプルなものだった。 でも、それだけで、そこがとてもくつろげる場所だと十分すぎるほど わかるHPだった。これほど丁寧にホームページを作っている病院ならと 好感を持てた私は、念のためにとその心療内科の名前を検索してみた。 すると、どこかの掲示板に行きあたった。 読むと評判は良いようだ。どのスレも「優しい先生」と書かれてある。 (こういうとき掲示板は、実際に通った人の声を生で読めるのですごく参考になる。) 私の中で、ほとんどそれは固まっていった。 この病院がいい・・・。 私の場合は、使いなれた”ネット”によって、その病院を決めたのだった。 そのとき、受話器を持つ手が震えていた。 私はその心療内科に電話をしようとしていた。 HPに「はじめての方は電話での予約が必要です」 と書かれてあったからだ。 電話をしてしまえば、もう、逃れられない。 そんなふうに、私はなんでもないことを 死ぬか生きるか、どちらか選べ!とまるで悪魔に言われているような そんな大げさな恐怖に心は、震えてゆくばかりだった。 その電話番号を何度も見返し、そして、ゆっくりと確かめるように 数字のボタンをひとつひとつ、押してゆく。 そのボタンを押すときに出る電子音が、変にゆっくりとした メロディーになる。そのメロディーはやがて終わる。 受話器からは今、あのHPの写真の受付でなっているであろうその電話を 私は想像した。なかなか出ない。不安をまた感じ始めて やはり、切ろう、逃げよう・・・と思ったときに、誰かがその電話を取った。 それは、今思えば、たった5回目の呼び出し音がなる前だった。 「はい、お待たせいたしました。○○心療内科クリニックです」 少し走った後のような小さな息遣いが感じられた。 どこか少し離れた場所にいたのかもしれない。 (たまたま忙しいときに、私が電話してしまったのだろうか?) 私は事前に用意してあった言葉を言った。 「あのう・・・初診なんですが・・・」 「はい、初診ですね」(女性のとても明るい声) 「えっと、はい、そうです」(私のとても暗い声) 「わかりました。えっとですねぇ(何かを探しているような様子) 次の先生の予定では、あさって朝10時ごろが空いてますが、いかがでしょうか?」 ちょうどあさっては休みだったので私はそれでOKした。 自分の名前を伝えると、それで電話は終わった。 随分と簡単なその手続きに、私は思わずほっとして そして、床に座り込んだ。 本当は、今からすぐにでも行くつもりだったから、そのぶん、拍子抜けしてしまった。 ”鬱病”を疑っているだけに、私は「すぐに救急車で来てください!」 なんて、(もちろん冗談だけど)言われるほどの覚悟を持っていたけれど なんのことはない。よく考えれば、ただの病気なのだ。明日死ぬわけじゃない。 普通に予約日を入れて、その日に普通に行けばいいんだと自分に言い聞かせた。 ここは待つしかなかった。 そして、「あさっての午前10時」は、瞬く間にやってきた。 次回につづく。 |
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