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2007年06月・7月・8月の日記とエッセイ

2007/08/29(水) 3人とケイタイ事情



 図書館で、ようやくリリー・フランキーさんの「東京タワー」を
借りることが出来た。(なんて遅いんだ・・・でも、うれしい。)
今、読んでいるところ。久しぶりに、夢中になって本を読んでる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 携帯電話に関して、まーちゃん(中学2年)のクラスでは
”3人だ”と奥さんが話してた。よく聞いていなかった私は
「え?ケイタイを持っているのが3人?・・・まぁ、中学生だったら
そんなもんだろうな」なんて言ったら

「違うよ、ケイタイを持っていないのが3人だよ!」
と奥さんが”なに言ってんのよ”みたいな感じで私に言った。
(だってさ・・・ぶつぶつ。)

なんで中学生が9割以上、ケイタイを持たなきゃならないんだ?
さすがの私も、高校生なら話はわかるが、中学生でそれほどまでも
ケイタイは必要なのか?

毎日学校で友達と会ってるのに、なんで持たなきゃならないんだろう?
そう思うと・・・なんだかまるでそう思うことが、とても哀しくなってしまった。

まるで楽しそうに見えても実は、心の中は寂しくて仕方ないみたいな・・・
学園ドラマが流行った頃の、ちょいワルな転校生を見るような想いだ。

ちなみにまーちゃんは、その3人の中に含まれている。
まーちゃんはケイタイを持っていない。いや、正確には持たせていない。
その理由はただ単に、必要がないと私が思うからだ。

まーちゃんのほうも、特にケイタイを欲しがることはないし
私が持ってるケイタイにも、別に興味も示さないし・・。
(それともすでにあきらめているのか?)

まーちゃんは今の学校に、半年前に転校してきたばかりだ。
でも、もう、友達はたくさんいて、それが私にはうれしくてたまらない。
(ケイタイがそのための、道具にならずにすんでよかった。)

確かにケイタイが、あれば楽しいかもしれない。
友達もたくさん出来るかもしれない。
いつかはまーちゃんも持つだろう。

でも、ケイタイなんかで話さなくても、メールなんかで文字だけ見なくても
友達の笑顔やそのしぐさや、夕日に染まる横顔やその沈黙を
感じるそのことのほうが、よっぽど大切なのだと思う。

学生の頃、ケイタイもなかった私達のように
何年後かに思い出せるのは、そんな小さなもの達だからね。



2007/08/29 22:44:34





2007/08/23(木) 哀しいくらい



 昨夜は、なぜか眠れずに困ってしまった。
エアコンの効いた部屋で、家族も一緒に寝ている為、
電気をつけて本を読むことも出来ず、ましてやテレビをつける
こともできない。

今更、羊なんて数えても面白くもないし・・・。
ということで、悩んだ挙句、脳内短編映画を作ることにした。
(い、いきなり。)
真夜中に空想で作る映画は案外面白く、眠れないのに
夢中になった。

まずは主題歌は小田和正さんにお願いする。
(これは譲れない。)小田さんの歌をベースに考えると
やはり、内容は恋愛物になるか。
なんて考えてゆくと、どんどん想像がふくらんでゆく。

そして、映画タイトルはどうしよう?と思った。
いろいろ考えた結果、やはり、ココは小田さんの過去の歌のタイトルを拝借して
「哀しいくらい」に決めた。(これに意味なんて何もない。単なる思い付きにすぎない。)
映画のタイトルにしては、ちょっと文学っぽくなるかなぁとも思ったけど
とりあえず、仮に決定。
(主題歌の歌手と映画タイトルを、先に決めるというのも変な話だなぁ。ま、いいか。)

さて、肝心のストーリーは・・・と考えた。

まず、白い渚が頭に浮んだ。季節は初夏といったところか。
そこに白いワンピースを着た少女(14歳)が一人で海を見つめている。
少女は体が弱く、学校は休みがち。だから友達は誰もいなくて
一人でよくこの場所で、好きな絵を描いている。

少女はとても不思議な絵を描いた。
海を見て描いているのに、黒と赤の絵の具を使い
まるで死神の住む世界を描いたかのような絵だった。

そんな彼女を同級生達は、気味悪がり、そして、彼女をいじめた。
特に、同じクラスの「健太」のいじめはひどいもので、彼女の描きかけの
絵を取り上げては、ゴミのように破り捨てた。
(”死神”というあだ名も健太がつけたのだ。)
そのたびに、彼女は何度も泣いては、目を赤くした。
そして、とうとう学校に行かなくなってしまったのだった。

夏休みに入ったころ、彼女はいつものように、海辺で絵を描いていた。
そこに通りがかった若い男性が、彼女の絵を見て驚いていた。
その若い男性は、高校の美術の教師をしており、彼女の絵を
ひと目見て、隠れた才能を見出していた。

そんな彼女にその高校教師は話しかけ、絵のアドバイスをした。
やはり、気になるのはその暗いイメージの絵だった。
彼女と話しているうちに、彼女は次第に、その教師に心を開いていって
彼女の過去を語るのだった。

幼い頃、両親が離婚したこと。
学校から帰ったら、母親が自殺していたこと・・・。
そのショックのあまりに彼女は、うまく言葉がしゃべれないでいた。

彼女は次第に、その若い教師に恋心を抱いていった。
彼女にとっては、それは初恋だった。
そんな中、彼女は明るい色を選ぶようになっていった。
その絵は誰が見ても、美しいと思えるもので
時折、道行く人たちが、彼女の絵を見ては立ち止まり
心ゆくまで眺めては、幸せそうなため息をついた。

けれども、健太だけは相変わらず、彼女の絵を見に来ては
(美しい絵を描くようになってからは、絵を取り上げることはしなくなったものの)
「へたくそ!」などという幼稚な言葉を、彼女に投げつけるのだった。

彼女がまた、死神のような絵を描くようになったのは
あの若い高校教師が、恋人を連れてきたのがきっかけだった。
その教師は彼女の気持ちに気づくこともなく
恋人に、彼女の絵を見せては恋人を喜ばせていた。
でも、また、暗い絵を描くようになってから、その教師と
絵のことでケンカをしてしまい、やがて教師は彼女の元に
訪れることはなくなっていった・・・。

また、一人になった彼女は毎日のように、海辺でずっと泣いていた。
そんな彼女に、また、健太は、その暗い絵を取り上げるようになり
彼女にこう叫ぶのだった。

「なんでまた、こんな絵を描くんだよ!」

やがて絵を描かなくなった彼女は、海を眺めるだけの日々になった。
それまで健太は、父親のカメラを無断で持ち出しては、この海の写真をよく撮っていたが
健太がわざと彼女にカメラを向けると、彼女がとても嫌がったので
それが面白くて彼女にカメラを向けては乱暴にシャッターを切っていた。

でも、やがて彼女がカメラを嫌がることもなく
死んだみたいに無表情になってしまった彼女に
健太はそんな幼稚じみたいじめが、なぜか虚しく感じられるのだった。

健太は明日、彼女に今まで取上げた描きかけの絵を返そうと思ったが
時はすでに遅かった。

その翌日、彼女はそれまで住んでいた祖父母の家から遠く離れた
親戚の家に引っ越していったのだった。

健太は知らずに何日も、海辺で彼女を待ち続けたのだった。
(健太が彼女の引越しを知ったのは、夏休みの終わったあとだった。)


それから十数年の歳月が流れた。

彼女はどこかの街の美術館にいた。
もう彼女は絵を描いていなかったが、こうして絵画を見るのが彼女の日課だった。
そんな中、彼女は一枚の写真を見つける。それはかつて、彼女が描いていた
海辺に似た風景だった。その隣の写真は、子供たちの笑顔に満ちた写真ばかりで
不思議と癒されるような、または懐かしいような感覚を彼女は抱いていた。

そして、その隣には小さな写真が飾られていた。
それはかつて、彼女が哀しいときに描いた
いくつもの暗い色彩の絵を写した写真だった。

そして、その下にはひとこと、こう書かれていた。
「これはかつて僕の一番大切だった友達の絵です」

そして、そのタイトルが

「哀しいくらい」
(おぉ、映画のタイトルにつながった!)

彼女はそれを見るとすべてを理解したかのように
静かに涙を流していた。

やがて気がつけば、彼女から少しはなれたところで、ひとりの男性が立っている。
写真家のその若い男性は、何人かの人々に、自分の撮った作品について
話しているようだった。

それはかつて彼女をいじめていたあの健太だった。
(その絵は健太が、かつて彼女から
取りあげたたくさんの絵だった。)

やがて、健太も彼女に気がつく。
彼女がゆっくりと歩いてゆく。

その表情は、泣きながらも恋をしていた頃の
笑顔の彼女だった。

やがて健太も近づいてゆく。
そして、エンディング。

バックに小田さんの「哀しいくらい」が流れる。
(あえて、ミディアム調のアレンジ曲にしてもらう。)

一番最後に、あの頃の彼女の笑顔の写真が映る。
(健太が密かに撮っていたのだ。)

そして健太が、彼女に笑顔で何かを話しかけるシーンで
エンドマーク。

(よし、ハッピーエンドだ。)


あぁ、そうだ、忘れてた。
彼女はどの女優さんにお願いしよう?
健太は?あの若い美術教師は?その恋人は?などと考えていたら
いつの間にか眠ってた。(とりあえず、目的は達成。)

この個人的脳内短編映画。
かなり自己チューですが
私の脳内だけの上映なので
観客は私、ひとりだけです。

パチパチパチ。
(なんだかちょっと哀しい。)




2007/08/23 23:39:46





2007/08/19(日) エアコンがないので



 日記が書けない・・・。

いや、別に精神的な問題じゃなくて・・・
えぇぇい!ぶっちゃけこの連日の猛暑で
この部屋にいられない・・・。

実はエアコンがないんです。この部屋には・・・。
歩くと熱い空気の動きが体に感じられます。
(いや、そんなの感じたくないんだけど。)
おまけにネットはワイヤレスじゃないから
この部屋じゃないとパソコンは使えないし・・・。

・・・・というわけで、もう少し涼しくなったら
ちゃんと書こうと思います。

日記を更新していないにもかかわらず
メールをありがとうございます。
今はとにかく、進め!進め!の強い気持ちで行きましょう!

最近、まーちゃん(中学2年の娘)が作家、乙一さんの小説に
はまってるみたいで、熱心に読んでました。

私も読みました。
コーリング・ユー。面白かった。
これは映画化されるみたいでタイトルは「君にしか聞こえない」だとか。
調べもせずにうろ覚えで書いているので、何か違っていたらごめんなさい。

この猛暑でうちの奥さんが、やたらと地球の温暖化を気にしてます。
こういう大きな問題は、慰めようもないので困ります。

昨日はどこかで花火大会をしていました。
私たち家族は出掛けることもなく、(家族全員がインドア派。)
ベランダから近所の高いマンションに3分の1隠れた花火を見ていました。
(単なる街の祭りだと思っていたら、意外にも花火のスケールがでかく、
とてもきれいだった。)

去年は初めて泳がなかった。
今年も泳ぐこともなく、夏が終わってしまいそうです。

あぁ、大人って本当につまんないな。



2007/08/20 1:09:12





2007/08/02(木) 受け入れること



 正直に言うと、この頃、あることでかなり落ち込んでいたのだけど
”このままじゃいけない”と思いつつ、ぱらぱらと適当に本を見ていたら
あるページが目に飛び込んだ。

内容をまとめるとこんな感じだ。

「嫌なことは受け入れる。その出来事(またはその人)のために
嫌な思いをひきずるほうがよっぽど無駄な時間。
”そういうこともある。または、そういう人もいる”のだと
それを受け入れること。そして、好きなことを考える。
それだけで、心は鍛えられてゆき、傷つきにくくなる」。

「受け入れる」という姿勢を、私はずっと心がけてきたつもりでも
時が経つとどうしてかなぁ?忘れてしまうんだよね。
だから新鮮な気持ちでこれを読んだと言うより
「あぁ、そうだった」みたいな心の再確認みたいな。

自分にとって嫌な人は、どうしても身近にいる。
いなくなればいいのに、とか、こういう性格を直せばいいのに
とか、言い方をもうちょっと考えればいいのに・・・などなど。
その人に変化を求めても、所詮、人は他人を操れない。

だから、そのままを受け入れる。
「そっか、そういう人なんだ」と。
嫌な気持ちで時間をつぶすよりも
そうするほうがよっぽど楽だ。
そして、心のギアをすぐに切り替える。
それだけで、前向きに歩けるのだから不思議。

この数日間、私は単純に受け入れてみた。
すると、とても素直に笑顔になれた。好きなことを考えられた。
それと同時に、人間関係も少しだけ、よくなったような気がする。

一見すると、これは逃避かもしれない。
受け入れつつもその裏では
現実を受け入れていないだけかもしれない。
でも、笑顔であることに、なんら間違いはないような気がする。

とりあえず、難しく考えるのはよそうと思う。
人はそんなに利口じゃないもの。
ひとつのことを覚え、そして忘れてゆく。
その繰り返し。

今は「受け入れる」ことを、私は続けてゆきたい。




2007/08/02 21:06:07





2007/07/28(土) 怒らない大人になって



 どんなときに、”怒る”のが正しいのだろうか?
と、この頃、ふと、そんなふうに思う。

大人であるこの私が、思うような疑問じゃないけれど
本当にこの頃、よくわからないのだ。

社会に出ると、何かと思うようにゆかないことや
思わず怒鳴ってしまいたいことなんて、山のように私たちにはある。
でも、それを気持ちのままに吐き出していいわけがないということを
私たちは知っている。

でも嫌になるような経験から、つい、吐き出してしまい
次第に”怒らないこと(または我慢すること)”を
覚えてゆくわけだけど・・・。

あるとき、ふと、私は思った。
「あれ?どんなときに怒ればいいんだっけ?」って。

そんな単純なことがわからない。
気づけば自分で自分の心を、思いっきり捻じ曲げてきたんだなって
あらためて知る思い。

正直に言うと、私はとても怒りやすい性格だ。
だからといって、気が短いと言うわけではない。
嫌なことがあっても私は、それまでの経験上、すぐには怒らないことにしている。
(だから周りの人は私が”気が長い”と思っているようなふしがある。)

ためてためて、ある程度我慢して、それで何かのタイミングで
一気に出してしまうタイプ。(”隠れ短気”とでもいうべきか。)

自分で思わず笑ってしまう。
この人間関係において、最もやってはいけないことだ。
まったく救いようがない。

だから周りの人たちには「あんなことで、なんで急に機嫌悪くなってんだ?」って
感じになって、よどんだ空気に、私は動きにくくなる。

そのたびに、「いや、違うんだ。それまでの・・・」と思うが
それは誰にも通じない。

それでどれだけ人を傷つけたことか。

今日も随分、人を傷つけた。
信じられないような言葉で怒る、自分をもう一人の自分が見つめる。
わかっているが止められない。見つめるもう一人の自分が
その自分の口を両手で、止めようとするが止められない。
止めることなど永遠に出来ない。
ただ、ことの流れを黙って、その私は見つめるしかないのだ。

こんな日記だから書いてしまうが、こんな私を
私は本気で”死んでしまえばいい”と思っている。

でも、これは、これまでの私が作り上げた性格だから
自分でどうにかしなきゃならない。勝手に殺すわけには行かない。
生まれたからには行く末を、自分でちゃんと見つめなきゃならない。
その理由はわからないにしても、今はそう思うべきなのだろう。

この自分の性格に気づいた瞬間と言うものがある。
あれは小学6年くらいだったか。

ことの成り行きは忘れてしまったけど
(たぶん、行きたくないお使いに行かされたとかそんなもの。)
そのことで機嫌が悪かった私は、父におつりのいくつかのお金を
机の上に投げ捨てたのだ。

意外に大きなことを立てて
100円玉やら10円玉が、あちこちに飛びはねていった。

それを見ていた父は、叱るでもなく、叩くでもなく
ただ、驚いてひと言、私に、こう言ったのだ。

「お前がそんなことをするとは思わなかった・・・」

あんな悲しそうな目をした父を私ははじめて見た気がした。

そして、そのとき、私は知ったのだ。
「あぁ、そうか。自分はこんな自分なんだ」って。

正直言って、ショックだった。
父にそんなふうに言われたことと
そんな自分に気づいたことが。

本当はあのときに、その性格を直せたらよかったんだ。
けれども、私はそれを直そうとせず、ただ、必死に隠そうとした。
ひたすら誰にも気づかれないよう、ひたすら誰にも
指摘されないよう、ただ、心の内側に、見せないように隠し続けた。

その結果が、今の大人になった私だ。

いつ、怒ればいいのかがわからなくなってしまい
無駄に笑い、話の流れに調子を合わせ、相手に嫌われない距離を保ちつつ
そつなくこなす・・・なんてことに気を使っている。

そしてあるとき、抑えきれずに吐き出してしまう。
空気を読むこともなく、タイミングを計ることもなく・・・
この愚かさは、お釣りを投げ捨てたときの、あの私と同じだ。

父はもう、随分昔に死んでしまった。
こんな今の私に父は、やはり同じことを思うのだろうか?

「こんなお前だったとは・・・」

あのとき、投げ捨てたとき、私は不思議に泣かなかった。
ただ、あの言葉を言われたとき、心はいくつも引き裂かれた。
それは父が悪いからじゃない。

たぶん、自分で引き裂いたんだ。
こんな自分・・・いなくなれと。



また、もうひとりの自分が、
キーを叩くこの指を、必死で止めようとしているのがわかる。
けれども私のこの指は、好きなキーを叩いている。


せめて今だけ、想いのままにと。



2007/07/29 1:54:06





2007/07/26(木) 一時停止のその人



 その方は、もう60近い人なんだけど
本当によく働く。(と言っては失礼か。)

ほとんど雑用みたいなことしか任されていない人なのだけど
朝から晩まで働いている。私はその人が帰るところを
まったくといっていいほど見たことがない。

いったい、いつ来て、いつ帰るのか・・・。

「今、時間が空いているから」と
時々私の仕事を手伝ってくれる。とても助かる。
けれども、その方は重い荷物を持ったりすると
動きが一時、停止するのだ。
(あるいは、その他いろんな動作においても。)

私は事情がわかっているので、「ゆっくりでいいですよ」と言う。

実はこの方は、特有の病気を患っているらしく
何の病気かは教えてくれないけど
(というか聞いていない・・・聞けないような)どうも腰か背中の神経を
痛めているらしく、その動き方によっては、活動がぴたと停止する。
(幸いにも、日常生活に困るほどではないと言う・・・本当かな?)

痛そうな顔をするでもなく、しゃがみこむわけでもなく
本当にぴたっと動きが止まるその様は、まったく事情を
知らない人が見たら、ロボットか野生の熊のように
思えるのかもしれない。(風貌もどこか熊に似ている。)

そのたびに、私は「ゆっくりでいいですよ」と言う。
でもその方は「大丈夫。こうしてしばらく休めていれば
また、動けるから」と私に言う。

私はそのたびに、その人の優しさの大波を
ざばーん浴びたような気になる。

静かなのに ・・・・なんてすごい。
それまでのその人生が、その言葉だけで
まるであふれてるみたい。

その心の中ではたぶん、夏の高校野球並みの
(いや、それ以上の)戦いが繰り広げられているんだろう。

私は今、いろんな私なりの決め事をしている。
そのひとつに、とにかく仕事はいい意味で、無理をしないと決めている。
(いわば、その方とは正反対かも知れない。)

具体的には、残業はできるだけしない。
効率的な方法で仕事を進め、時間は残り何時間で考え、
その仕事にかかる適正な時間で、ひとつの仕事を終わらせて
そして、次の仕事を進めてゆく。

もしも時間に間に合わないときには、優先順位の低いものを
翌日の仕事に回してゆく。(またはきちんと残業をつける。)
その繰り返し。

そう私は決めている。
それが正しいと思っている。

それは今まで、無理をしすぎてエンジンが焼け付き、それでも
走り続けた結果、黒く焼け焦げた心が、他人を傷つけてしまうと
私なりに気づいたから。

・・・なのにこの方ときたら、朝から晩まで働いて
恐らくその仕事内容は、大きな達成感を得るとか
そういうものとは皆無なのに(勝手な私の思い込みかも)
その原動力はなんだろう?

その方は、いつも前かがみで、倒れそうに歩いている。
(見ていて少しはらはらする。)
それはその病気のせいで、まっすぐには歩けないのだと言う。
どうしてもっと楽な仕事に変えないのだろうか?と
私はいつものように思う。

荒れた広い土地に生えた草を、ただ、むしって取るような
そんな繰り返しのような仕事を、どうして続けるんだろう?
いや、続けられるんだろう・・・。

仮にも、お金で困ってるようには見えない。
だからといって、誰かと楽しそうに仕事をしているでもない。
いつもひとりで、黙々としている。

すべてにおいて、私は不思議でたまらない。


今日もその方が、忙しそうにしている私に近づいて
「手伝おうか?」と笑顔で言ってくれる。

最近、その笑顔を見ると、私は泣きそうになる。
私はまだ、その方よりも十分若く、走れるし、高くジャンプも出来る。
でも、その方は一時停止する。

そして私にこう言うんだ。

「大丈夫。こうして静かにいればまた、動ける」

そのとき、私も、一人静かに停止する。
心がどうにも動けなくなる・・・。


過ぎた”一所懸命”なんて、私は無意味だと思っている。
それは今も変わらない。

でも、いつしか私の知らないうちに
ひたむきな何かを置き去りに
してきたような気がしてならない。

それが本当に大切なものなのかどうかは
まだ、私にはわからないけれど。


その方がまた、歩き出す。
まるで壊れたおもちゃのような
とても不安定な姿勢で。


でも、その背中は私よりも
多くの汗で濡れている。



2007/07/27 1:46:56





2007/07/25(水) 寝る前に思うこと



寝る前にこう思う。

今日も一日終わったな。
今日はよかったかな、悪かったかな。
誰かが拍手をしてくれるような、私だったかなどうだろうな。
それとも陰口叩かれるような・・・ダメな私だったかな
どっちかな。

答えはいつもわからないけれども
とにかく今日の私を終わらせる。
さっぱりと、砂時計のように一粒残さず空にする。
もしも、そのまま目覚めない日が来ても
季節の風にまぎれるように。


そして、明日も目覚めたなら
今日も私はその日をはじめる。
昨日の自分を引き継ぎながら
時にはきちんと別れるように
時には少し気にかけながら。

「バイバイ・・・」。

そんなふうに、毎日新鮮な私であるように
いつも終わって、そしてはじまって。
そんな繰り返しの人生が、いいなぁ・・・なんて思う。

現実には、昨日の私が不安そうな顔して
今日の私の足を引っ張って、なかなか前に進めないけど。

でもそんな自分をほっといて、歩くような自分ならもういらない。
私を守れてこそ初めて、誰かを守れるはずだから。



2007/07/25 22:46:06





2007/07/09(月) 五目並べ



 今日、小学5年の息子とニンテンドーDSで
五目並べをして遊んだ。
(”あそび対戦?”とかいうゲームソフト。
わが家には贅沢にも、DSが2台ある。)

結果は0勝20敗。
息子がじゃなくて、この私が。



私っていったい・・・。



2007/07/09 23:23:49





2007/07/09(月) 驚愕のニューストピックス!?



 さっきヤフーのトップページにあるニューストピックスを見て
ビックリした!

「取調べ 中居眠り 容疑者逃亡」

えー!スマップのナカイ君が取り調べ?眠り?容疑者?逃亡?
よ、よくわからないが、な、なんて驚かされるニュースなんだぁー!
明日の新聞は!テレビはどうなっちゃうんだぁー!
こりゃ、大変なことになったぁー!!!!!
なんて思ってクリックしたら、どうも中身が違ってる。

よく見たらスマップのナカイ君のことではなく
「取調べ中、居眠り。容疑者逃亡」と言うことだった。
(ニューストピックスって、文章を簡略化するからときどき見え方が紛らわしくなる。)

まだ、心臓がバクバクしている私って、
いったい・・・。


2007/07/09 1:24:29





2007/07/08(日) 105円の小さなお客様



 昨日書いた日記の中で、夢の中で変なエレベーターが出てきた件について。
(どうでもいいことだけど。)今日の夜、仕事から帰ってきてわかった。
そういえば、最近引っ越してきたこのマンションにはエレベーターがあるのだった。

帰ってきてエレベータに乗って、行く先の階のボタンを押して
ちーん、と扉が閉まったとき・・・・あ、あの夢だと気づいた。
夢ってとても無茶苦茶なようで、ちゃんと日常と繋がりがあるんだなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今日はとても忙しく、店のレジも込んでいて、私が応援に入っていたら
ちっちゃな男の子が駄菓子を持ってきて(もちろん、母親もいて)
それだけレジを先に通して、私が店のシールを張ってあげたら
「どうもありがとうございますぅー!」ってとても元気な声を出したので
体が1センチ動くくらいビックリした。

実はそのとき、その少し前に、レジで小さなトラブルがあって
(なにせとても忙しくて、レジも長蛇の列で、マシンガンのように
レジを操作するおばちゃんも、一度、タイミングがずれると
何がなんだかわからなくなって・・・みたいな状態になって。)
レジのおばちゃんがお詫びをして、私もお詫びして
そして次のお客さんが、この小さな元気のいい男の子。

ほっぺにバンソウコウを貼っている。
やんちゃな笑顔がにくめない。

とっても不思議。
それだけで、人の心って救われるんだから。

だって、もう、笑顔になってるんだもの。
イラついてたレジのおばちゃんも、レジで待ってるお客さんたちも。

何かにせかされ、忙しそうにしてる私たち大人の
なんと、なんと小さなことか。

急がなくてもいいように、早い乗り物を大人は作り
いつでも連絡が取れるようにと、携帯電話なるものをつくり
いつでも調べられるようにと、インターネットの環境を整え
これ以上、どんな便利があるんだ?ってくらい
便利になっても、結局いつも、みんな急いでる。イラついてる。

進歩しても進歩しないのは
どうやら私たち大人だけみたい。
何をやっているんだろう?
一所懸命なふりをして・・・。


あのね、こんな大人だけど
心から、ありがとう。

105円の小さなお客様。



2007/07/09 0:43:41





2007/07/07(土) 冷たい夢



 とても怪しい夢を見る。

私は転勤することになって、その日はその店の
初出勤の日、という設定になっている。

職場がまた、違う部署になっている。
「やれやれ」と思うが、ま、いいか、などと思ってる。

その店のエレベーターに乗る。
驚いたことに、そのエレベータは、ワイヤーで吊られていない。
どういう仕組みになっているのかわからないけれど
まるで未来を描いた映画みたいに、ぶぅーんと浮んで上ってゆく感じ。

ある階に着く。
私は降りようとするのだけど、扉が開かない。
だいたい、どこが扉なのかわからない。
外ではそのエレベーターに乗ろうとしている人たちがいて
「まだか!」みたいな感じでみんなイラついている。

私は必死で開けようとするけど、どうあがいても扉自体がわからない。
挙句の果てに、外で待っている人たちが、なんとかこじ開けてくれる。

私は「すみません」みたいな感じで降りようとすると
突然、エレベータが落下してしまい、地面に叩きつけられて
ぐしゃぐしゃに壊れてしまう。

私はすんでのところで助かり、唖然とするが、周りの人たちは
こんな私を「お前のせいで」みたいな感じで見つめている。

場面が変わる。

とてもきれいな白い花がいくつも咲いている。
私はそれをカメラで撮っている。
すると向こうから若いカップルが「このカメラの使い方がわからないから教えて欲しい」と
私に言う。見るとそのカメラは一眼レフなのだけど、古い映写機のボディに
オートフォーカスのズームレンズを取り付けたようなもの。

変だなと思いつつ、私は普通に一眼レフを扱うように、シャッターがココで
ズームはココで見たいな感じで教えてる。
白い花がいくつも風に揺れている。とても美しい。
そのカップルは、もうどこにもいない。私はカメラで撮り続ける。

場面が変わる。

転勤先の店の中だ。
私は新しいその店の売場を見たいと思う。
けれども、どの階段をのぼっても、売場に辿り着かない。
やがて事務室のようなところで私は店長(らしき人)に挨拶をしている。
「よろしくお願いします」と。でもそのおじさんは何も答えない。

私は仲間を紹介される。
4人くらいいる。どれも若い。
やっと売場を見ることが出来る。恐ろしく狭い。
シンプルな売場。しかもお客さんがいない。

時計は夜7時になる。
4人が帰る時間だと言う。
「7時で帰れるのか?」と私はとても不思議に思うが
こんなに早く帰れるなんて!と、とても嬉しくなる。

でも、みんなが全員、一緒に帰ったら店はどうなるんだ?と思うが
まぁ、いいか、とも思う。(もともとお客もいないし。)

反省ノートというものに、今日の出来事をそれぞれが書く。
(業務日誌みたいなものだろう。)
みんな一行しか書かない。私は新入りなので何も書かない。

外に出ると夕焼けで、とても美しい。
店の隣はすぐ駅で、私はひとり、帰りの切符を買ってる。
また、空を見上げる。

記憶が途切れる。
そして、目覚める。

長くも短い夢の終わり。



オリジナルな夢に近づけるため、読み返しもせず
思い出したままを、一気に書いてみる。

感想なんて何もない。
夢なんだから変なのは当たり前。

ただ、少し哀しいかなぁ。
誰もがみんな冷たくて、この私はすべてにおいて
何かをあきらめているような感じで。

この私の日常は
決してそうじゃないつもりだけど。


2007/07/08 1:24:13





2007/06/21(木) 靴と鞄についてのパニック



 私の中に、どうしても”納得のいかないものランキング”の
上位に食い込んでいるものがある。

それが「靴」と「鞄」という漢字。

正直に言う。
私はこの漢字を街の看板か何かで出くわすと
とてもささやかなパニックに陥る。

たとえば「靴」と出ていたとする。
私はこれが「カバン」なのか「クツ」なのか
どうしても悩んでしまうのだ。
(「鞄」の場合も同じだ。どっちかわかんない。)

”靴屋”だと思って店に近づいたら、”鞄”が並んでたなんてことも
”鞄売場”だと思ってエレベーターから降りたら、そこは・・・
もう、言わなくてもわかると思う。
(誇張でもなんでもなく、本当だから仕方ない。)
まずいことにこんなことで、日常生活に支障が出ているのだ。

どちらかと言えば、「靴」という字に私はどうも納得がいかない。
なぜ、”革”が”化”けると書くのか?
なぜクツの漢字の要素に”足”という字がないのか?
どうしても「クツ」のイメージに、大きくかけ離れた字に見えてしまう。
だからこの字を見ても、頭がどこか認めようとせず、ささやかなパニックに
陥ってしまうのだと思う。

こんなふうに「靴」と「鞄」の字の区別のつかない人って
みんな誰も何も言わないだけで、案外、多いのではないかと思うんだけど・・・。

どうだろう?

もしかして、今の私。
とても恥ずかしいこと言ってる?


2007/06/21 23:46:14





2007/06/18(月) 5秒足らずの恐怖



  先日の朝、目覚めたときに
とても怖い思いをした。

時間にしてわずか5秒足らずだったように思う。
(実際には一秒も満たないものだったのかも。)

朝、目覚めたときに、ぽっかりと記憶が抜け落ちていた。
まず、最初に思ったのは「今日って、何曜日だっけ?」と言うこと。
そして次に「今日って、休みだっけ?仕事だっけ?」ってこと。
なぜかいくら考えても思い浮かばない。

そして、最後に私は思った。
「私って・・・えっと、・・・・誰?」


こえぇーーーーー!!!!!!!!

そう思った瞬間に、私の脳みそが慌てたのか
その日が日曜であることと、今日が仕事であることと
そして私が私であることを、バチバチっと電気のごとく思い出した。

あせった。ほんとに。

あのままもしも思い出せなかったら
私はどうなったんだろう・・・。

金縛りって、体が眠っていて脳が起きている状態を
言うらしいけど、これってもしかして
その逆バージョンってことなのかぁ?
(脳が眠ってて体が起きてる?)



2007/06/19 0:20:52





2007/06/14(木) 加齢臭とおっさん化炭素



 最近やたらと「加齢臭」という言葉を耳にする。
流行っているんだろうか?そのせいか
最近やたらとうちの奥さんが「ちょいくさっ!加齢臭?」などと
私によく言うようになった。まったく、失礼ったらありゃしない。

それでうちの子供たちも、朝、私が寝ている布団に向って
「くっさー」とか言いはじめた。(しかも笑いながら。)

ちょっと昔も今も私は、なんら変わっていないと思う。
(私は朝シャンだって、昔から毎日しているのだ。)
たぶん「加齢臭」って言葉が、どこか斬新だったんだろう。

だから私は心の中で「加齢臭」を「華麗臭」と
そよ風のごとく変換している。

そんな中、うちの娘のまーちゃん(中学2年生)が
こんなことを言いはじめた。

地球に温暖化の悪影響を与える「二酸化炭素」とならんで
私たちおじさんは「おっさん化炭素」なんだそうだ。

なーるほど・・・じゃない!
なんだそりゃ?

これもまた、流行っているのか?
それともまーちゃんが作ったのか。

どっちにしても
うれしいじゃないか!
(娘にかまってもらえて喜ぶ本人。)



2007/06/15 0:37:29





2007/06/11(月) 悲しき私のケイタイ事情



 生まれて初めてこの私が、携帯電話を持つようになって
約半年が過ぎた。

機種変更してからじゃなく、ましてや5年とかでもなく
初めて持つようになってようやく、半年を過ぎたのだ。

それまでの私にとってケイタイとは、「人にとって必要の無い
とても便利なトランシーバ」程度にしか認識がなかったので
いくら会社の人間に「連絡つかねぇだろ!お前、ケイタイくらい持てよなっ!」
と言われようが、若い女の子に「えーっ、あなたってまだ持ってないのぉー!
信じらんなーい!」と黄色い声で言われようが(嘘です。言われたことないです。)
私はずーっと持たないでいた。

そんな私が持つようになったのは、一時期、単身赴任をすることになって
どうにもやむなくケイタイを携帯することになったのだけど・・・。

最近、問題が生じている。

半年が過ぎて、家族と一緒にまた暮らすようになってからというもの
私はケイタイをまったく使ってないのだ。というか鳴ることすらさえない。
メールもときたま来る電話会社からのインフォーメーションくらいのもので
メールを打ったのも一度だけ。しかも自分宛て。(私はうぶな中学生かっ!)
そんな状態で月々の基本料金が、しっかり取られるのだから悲しくなる。

まぁ、それまでは、遠方に住んでいた家族に電話するくらいしか
使い道がなかったから、当然と言えば当然かもしれない。

ただでさえ、いかに自分に友達がいないか、こんなちっぽけな機械に
”フッ”って笑われてる気がするのに、それに追い討ちをかけるようにして
月々の請求書がやってくる。

通話料 千円程度。(割引後)
基本料金 2千5百円くらい。

バカらしい。

唯一役立っているのは、デジカメ機能(売場の画像を撮っている。)と
電卓かわりになる程度。これじゃ無駄に高価なおもちゃだ。

今のわが家は、中学の娘が塾に通うようになり
少しでもお金を節約したいのだ。

たぶん他人からすれば、”月々がたったこれだけの支払い?”と
案外、驚くものかもしれない。(ケイタイに関しては無知なのでよく知らないけど。)
でも、私にとっては月々3千円以上の金額は、無条件に高く思えるのだ。

せっかくなんでそのままケイタイを持っていようと思ったけど
解約したいなぁと思うこの頃。

でも、確か契約のときに、なんとかの割引を適用しますので
1年間は解約できませーんと窓口のかわいい女の子が
微笑んで釘を刺していたような・・・。
(はっきりと覚えていないけど、たぶんそうだろう。)

解約しないにしても、もっと、こう・・・なんというか
納得のいく安いプランはないものか?検討しようとは思うけど
今更、電話会社を変更するのもなんだか面倒だし
(元店員だったせいか、接客されるのが苦手。)
持ってないと人からとやかく言われるし・・・どっちにしても面倒だな。

そういえば、携帯電話を持つようになって
不思議な現象が私に起きている。

普段はケイタイをベルトにつけたホルダーに入れて
持ち歩いているのだけど、そうすると、腰がしびれたような
痛みが生じるのだ。実は、以前は、ズボンのポケットにケイタイを
入れていたのだけど、ケイタイが触れる太もも部分が、やはりしびれてくるのだ。
(それでホルダーに入れるようにしたのだ。)

別にケイタイが大きすぎて、体が圧迫されてるわけでもない。
これってやっぱり、長時間電磁波を浴びている影響なのかな。
でも、今こうやって、ノートパソコンに向って、確実に電磁波を
浴びているけど別になんともないのだけどな。

こんなことって私だけ?それとも別に原因がある?
ケイタイを持つだけで体が熱くなったようにしびれるなんてこと
人から聞いたこともないし。

そういえば昔、電器売場の店員時代に
「電磁波を受けると体が弱るので、エアコンを返品したい」って言う
ちょっと変わったお客さん(おじさん)がいたっけな。

しかもカウンターの柱越しに、半分顔を出して言ってたっけな。
(電磁波を避けるため?)

でも、その後ろにあるテレビ売場の電磁波を
思いっきり浴びながら言ってたけど。

あれはなんだったんだろう?
まぁ、そんなことはどうでもいいや。

とにかくこの異常事態は
ほんの少し心配になってる。
なんとかしなきゃ。

今度、ケイタイショップに行って
ちょっと相談してみようかな。


「あのう、電磁波を受けると体が弱るのですが・・・」


あのときのおっさんは
この私かっ!



2007/06/11 23:11:29





2007/06/08(金) 七年坊主



 やれやれ。この頃、日記が空いてるなぁ。
すっかりなまけ癖がついちゃった。
三日坊主、じゃなくてこれじゃ、7年坊主だな。
(なんだそれは?)

仕事が結構、ハードすぎて
帰ったらすぐに布団に直行の日々。
食事を簡単に済ませるようになり、そのかわりに
ビールが1本から2本に増えた。

最近、人から”痩せたねぇ”
なんて言われた。

そうかなぁと、家で体重を計ってみたら
なんと4kgも痩せていた。ただでさえ痩せているというのに
よく見たら頬がこけている。まじまじと鏡で顔を見たら
目がなんだかギョロギョロしてて、今にも死にそうな顔。
(まるでヤッターマンの悪役の細い人のようだ。いや
それほどひどくないか。)

自分のことなのに、自分じゃ気づけないなんて。
今更ながらに、他人のほうが自分のことを
よく見てるんだなぁなんて思った。

そりゃそうだな。
自分を直接見た人なんて、この世には誰もいないんだから。
鏡でさえも、その像は左右が逆転してる。本当の自分じゃない。

私が見ているものはすべて、自分以外のまわりの何か。
そう思うと、人は生まれたときからすでに
自分なんてどこにも見えないんだ。

どうりで寂しいわけだなぁ。

人が誰かを抱きしめたくなるのは
互いに自分の存在を、唯一知らしめる手段として
相手を想うふりをしつつ、本当は自分のことだけを
想いたい行為だとしたら・・・

それもひどく切ないなぁ。

とにかく今は、安易に何かの力に頼らず
食事と睡眠をもっと増やして
ビールは一本にちゃんと減らさなきゃ。



2007/06/08 22:40:04



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