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10月・11月の日記とエッセイ

2006/11/26(日) 光の射すほう



 自分の小ささを、あらためて思い知る出来事があって
そうしてそんな心は次第に、子供が抱えた大切な玩具を
取り上げて面白がるような、どうでもいいものになる。

あぁ、早く時よ経て、と願う。
後悔しそうなことをしないうちに早く。

けれどもこんなときに限って、クリスマス会なるものがある。
どうしてこんな日に限って。最悪だ、信じられない。
(クリスマス・・・ほぼ、1ヶ月も先のことなのに。)

仕事が終わって、みんなが楽しげに
面白そうに騒いでいる。

何がそんなに楽しいんだろう?

私はその中にいて、次第に息苦しくなる。
それなりに笑ったり、調子を合わせたりするけれども
それが義務的で苦しくて、ココにいる意味がよくわからなくなる。

まるで本当は反対の意見でも、そのまわりの空気に流されて
笑って賛成しなきゃならないような・・・そんな息苦しさ。
正直言えば、こんなところにいたくないと言ってしまいたい。

でも、そんなことで場の空気を壊したくないと、余計な心配をする。
何を勘違いしているのだ。私ひとりがいなくなったって
誰も気づきやしないのに。

もともとそんな存在なのに・・・。
つくづく私はバカだなぁって思う。

どうしても私はこんな何かに、酔ったような空気が馴染めない。
出来るなら心だけ、どこか静かな安全な場所に避難したいと思う。
何を言っているのだろう?別に難しいことじゃないんだ。
ただ、一緒にバカ騒ぎすればいいのだ。

でもそれが、私には出来ない。出来やしない。
みんなはそれを簡単にやってのけるのに、私だけ出来ない。
(そういえば、小学生の頃、私だけが逆上がりが出来なかったっけなぁ。
ひとりだけ練習させられたっけなぁ。あの時もイヤだったなぁ・・・)
もう、すでに投げやり的感覚。一体どうしてなんだ?

うるさく騒ぐ人の中にいると、何をしていいのかわからなくなる。
一緒に何を騒げばいいのか?何をこんなとき喋ればいいのか?
私はそういう気分じゃないからと、きっぱり断れるセリフは何だ?
みんながみんな、今、そんなにも、本当に楽しいのだろうか?

この中に誰か一人くらいは、私のように本当は、苦しい人がいるじゃないだろうか?
そうふと、私は思って、まわりを見回すけれど、演技がすばらしいのか、
見分けがつかない。

みんなちゃんと、生きる術を
(こんな小さなことも)わかってるんだなぁ。

それが私にはうらやましい。

箸で食べもしない残りの料理を私は、ただ、つついている。
無駄に時間をつぶしていると感じてる。時計を何度も確かめてる。
ひとりはイヤだと思うくせに、やはり私は、ひとりが好きらしい。

久しぶりに、真夜中の魔法にかかった。
この魔法を解くのはたぶん・・・・一番哀しい歌を聞いて
どこかにひっかかったような、中途半端なこの心を
谷底に深く突き落として、真っ暗な闇の中で
深く深く眠ることなんだろうな。

そして、翌朝が来て、真新しい空気の中を
まるで何もなかったかのように
光の射すほうを見て
そして、背伸びをすることだろうな。


呪文のように私は唱える。

「光の射すほうを見て
何もなかったようにして」。



2006/11/27 2:22:18





2006/11/24(金) 灰谷健次郎先生へ



 図書館の新刊コーナーのその横に
小さな特設コーナーが設けられていた。

なんだろう・・・と思いつつ、何気なく見ていたら
こんな新聞記事の切抜きが。

「灰谷健次郎氏 死去。72歳。食道がんにより・・・」

呆然と立ち尽くした。
一瞬言葉が理解できない。
心がそれを信じようとしない。
けれどもやがて、それを心は受け止めてゆこうとする。
現実はいつもこんなふうに、私の心に入り込んでくる。

もしも空から見えぬ何かが「お前に10の望みを叶えてやろう」と言ったなら
迷うことなくそのひとつに「灰谷先生の教え子にしてください」と私は空に祈るだろう。

灰谷さんは、著名な作家であり、元教師でもある。
その著作は数多く、特に私は灰谷さんの教師時代のエッセイが好きだ。

灰谷さんの子供と向き合うその姿勢は、すべて静かな優しさで出来ている。
ひとりひとりの子供たちの、その傷ついたいくつもの心を、灰谷さんは
言葉という別の表現に置き換えて、子供たちにその内を見つめさせていた。
その言葉の多くは子供たちの、とてもすばらしい詩になった。

そのいくつかを紹介したい。


「ただいま」  よりはら きよみ

おかあさんがしごとにいっているから
学校からかえって「ただいま」といっても
だれもこたえてくれない
でもわたしのこころの中に
おかあさんがいるから へんじをしてくれる


「こころ」   1年 よしかわ かよこ

せんせいはなんのこころをもっているのですか
それをおしえてください
わたしはなんのこころをもっているのですか
おしえてください


「いぬ」   1年 さくだ みほ

いぬはわるいめつきをしない


・・・灰谷健次郎 「子どもに教わったこと」より。・・・



私は小学生の頃、先生によく叱られていた。
別に私は、いたずらっ子でもなければ、落ち着きのない子供でもなかった。
どちらかと言えば、そのまったく正反対で、いるのかいないのかわからないような
そんな存在だった。ただ、まじめだったけれども、なぜか私はよく叱られていた。
その事実は、たぶん、先生が叱ったつもりでなくても、ちょっとした注意に
私はすぐに傷ついていた。だから叱ったうちに入らなくても、私にはそれが衝撃的だった。
すぐにぽろぽろと涙をこぼしていた。

そして次第に先生は、それが面白かったのか、私をからかうようになった。
それは少しづつ、エスカレートしていった。
ほんの少し注意する。私が泣く。当てられて私が黒板に書く。答えを間違える。
注意する。そしてまた、私が泣く。「また、あいつ泣くぞ・・・」と誰かのささやくような声。
ひざを抱えるような想い。次第に先生は、笑いながらそれを繰り返すようになった。

私は今もその先生の、名前をフルネームで言える。
子供心に、よほど恨んでいたのだろう。

泣いてる私に先生は、何もしてくれなかった。してもらおうとも思わなかった。
私の極端に傷つきやすい心は、何か原因があったのだろうけど
今となっては遠すぎて、色あせすぎて何も見えない。
あの時は、まだ、ちゃんと心の内にあったはずのものが、結局は鍵をかけたまま
その鍵さえも閉じ込めるように、私は飲み込んでしまったのだった。

もしも、あのとき先生が、灰谷さんだったならと、つい、私は考えてしまう。
灰谷さんは私に詩を、間違いなく書かせただろう。
「今、君が想っていることを、素直なままに書いてごらん」と
泣いてる私に厳しくも優しく言っただろう。

私は何を書いただろうか?
どんな想いを言葉にしただろうか?
小学生の私にしばし、帰ってみる。
ランドセルの重さを思い出しながら。


「先生教えてください」  あおき えいいち


先生、おしえてください。
私はいつもひとりです。授業を受けても
みんなが遊んでも、私はいつもひとりです。

みんなは笑います。でも、私は泣いています。
ころんでもないのに私は泣いています。

先生おしえてください。
私はいつも空を見上げています。授業を受けても
みんなが遊んでも、私はいつも空を見上げています。

みんなは笑います。でも、私は空を見上げています。
飛行機が飛んでいるわけでもないのに
私はずっと、空を見上げています。

先生おしえてください。
私は何もしゃべりません。授業を受けても
みんなが遊んでも、何も誰ともしゃべりません。

みんなは笑います。でも、私は黙ったままです。
かぜをひいたわけでもないのに、私は黙ったままなのです。

先生おしえてください。
おしえてくださいと言う私を。

先生おしえてください。
先生おしえてください。
先生・・・先生・・・

灰谷先生・・・
私にどうか、おしえてください・・・。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
灰谷健次郎さんのご冥福を心からお祈りします。


青木詠一

2006/11/24 19:17:09





2006/11/19(日) 遠い大切な手紙たち



 4年前の日記を久しぶりに読む。
うーん、まだ、心がこんなにも透き通ってたんだなぁと
感心をする。まるで昔の自分をビデオで見たみたいに。

日記を書いていて、本当に良かったと心から思う。
忘れていたものを、”はい、どうぞ”とこんなふうに
日記は優しくさし出してくれる。

昔の私が、今の私に・・・。

ありがとう。
あの頃の私。

私の遠い大切な手紙たち。


2006/11/19 18:30:36


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


”恋は、水のようだ。と、彼は言う。
そして、愛は雪のようだ・・・とも彼は言った。”


正確には覚えていないけど、何かの小説で読んだ言葉だ。

本当は、愛が水だったかもしれないし、恋が雪だったかもしれない。
そんなんじゃ全然意味がないじゃないか。と思われるかもしれないけど
私にとって本当の意味は、もっと別なところにあった。

水がたまると、人はその中では数分も生きてはゆけない。
つまり、想いが強すぎてたまりすぎると
人はやがて、息が出来なくなって苦しくなる。

雪が積もると、人はその中でも生きて行ける・・・と彼は言う。
なぜなら、音もなく降り積もる雪の中では、必ずどこかに隙間があって
その隙間には、新鮮な空気を含んでいて・・・

例えば凍るような雪国で、ある朝起きたら、窓の高さ以上に雪が降り積もった時
窓を開け、その中に頭をスッポリ入れたとしても、ちゃんと息が出来るのだと言う。
雪に洗われた冷たい空気が、肺の隅々まで行き渡って
細胞のひとつひとつがみずみずしくなってゆくのがわかるのだと・・・。

そんな経験は、残念ながら私にはないけれど
子供の頃のまだたくさん雪が積もってた頃の記憶をたどれば
なんとなく・・・それがわかるような気がする。

人の想いは、雪のように積もるのがいい。
大切なのは、その隙間があるということ。
水のように想いをためてしまうと、やがてそれは憎しみに変わる。
それはそこに隙間がないからだ・・・と彼はつぶやく。

お金をためる、ストレスをためる・・・

人は何かを”ためる”ことによって、どんどんと心は壊れてしまう。
だから私はひとつの生き方として、すべては”ためる”のではなくて
雪のように音もなく、ただ、積もらせよう・・・とその言葉から思うようになった。

それは、なんて単純でいて、それでいて難しいこと。
雪なんて・・・物静かで、色もカラフルじゃないし、ある意味目立たなくて
欲とか向上心とか何もないように見えて
ちょうどそれはコツコツと愚痴もこぼさずに歩きつづける
マジメ人間のようにも思えるけど・・・。

私はどちらかと言うと、そういう部類の人間に思える。
それは、なんてつまらないことなんだろうと、小さな頃からそう思う度に
自分が情けなくて仕方なかったけど、今はそれでもいいんじゃないか・・・
そんなふうに思うようになった。

それはつい、最近のことだけど・・・。


別に私は人生を、どこかあきらめていると言うわけではなくて
”競争”と言う強制的に与えられたものの中で、勝者になることばかり
考えさせられているこの世の中に”もう、それはいいよ。”という気持なのだ。

とはいえ現実には、こうして私は店員をしてるし
競争他店に負けるなと、どんどん闇雲に値下げをして、接客を続けてるけど・・・
でも、私はせめて心だけは、別な場所でありつづけようと思う。

今の私は、地位や名誉やお金さえ何もないけど
心静かに、四季の移ろいに喜びを感じ、高い空に涙するような・・・
そんな心の隙間をどこか持ちつづけて、ただ、そんなふうに生きられたなら
それはなんて素敵な人生なんだろうと思う。

今はまだ、遠いような想いだけど・・・



雪のように音もなく、この想いを積もらせよう。
ゆっくりと、時間をかけて・・・



2002/11/30 0:15:51





2006/11/14(火) いじめと孤立と



 いじめられた記憶はない。
けれども、あれがいじめだったでは?と誰かに問われたのなら
あぁ、そうかもしれないと、私は思うかもしれない。

中学生のころ、私の席の隣の人は、クラスで一番怖い人だった。
(ちなみに学年で言えば、3番目くらいに怖い人だった)

眉毛は細く剃ってるし、カバンはもちろんぺしゃんこで
目つきは悪く、学生ズボンは工事現場みたいで
いわゆる当時流行ってた彼は完璧なる”つっぱり”だった。

私は今でもそうだけど、人とあまり話はしない。
まじめで無意味におとなしく、ただ、ぼうっと窓の外を
見ているようなタイプだった。

そのせいか、彼からよく、私はいわゆる”ちょっかい”を受けた。

不思議と記憶は曖昧になっているけれど
何かにつけて、命令されたり、物を取られたり
物をぶつけられたりして、クラスのみんなの冷たい視線を
なんとなく覚えている。

それでも私は彼に対して、なぜか憎しみじみたものは感じたことはなかった。
いや、”なかった”と言えば嘘になるだろう。でも、私にはなかったように思えるのだ。

私はそんな被害を受けながらも、彼を私と同じ存在なんだと、どこか思ってる節があった。
私はいつも、どこかずっとひとりきりで、誰もが私を避けてるような気がしていた。
私の存在は透明で、空一面に浮かぶ雲の流れのように、区別のつかないものだった。
原因はよくわからないけれど、私は他人とはどこか何かが、違うのだろうとただ、思ってた。

あの頃の私は学校に行くことが、不思議にもイヤだとは思わなかった。
それは波に乗るようなもので、まわりに合わせれば楽であり
行かないことは波の中で、無理に立ち止まるようなもので
私には逆に苦しいもののような気がした。

それでも、また何かされるのかと、思うと心は憂鬱にはなったけれども
朝起きればちゃんと支度をして、学校に向う私がいた。
今思えば、それが私にとっての彼への静かな反抗であり
それでも自分を”ひとり”と認めたくない、ひとつの行動だったのかもしれない。

私は怖い彼のことを、怖いと思っていたけれども”本当に怖い”とは思わなかった。
ひどい口調で罵られながらも、彼は私に金銭の要求はしなかったし
直接暴力をふるうようなことはしなかった。

私はそれを知っていたし、それ以上に、そうしないことを信じていた。
なぜなら彼は、私と同じ何かを抱えた人だと思っていたからだ。
(私は何かにつけて、簡単に泣くのに、彼のそれに対しては、なぜだか
一度も泣かなかった。泣きたいとも思わなかった。)

これはそのときの、私に限ったことではあるけれど
彼(いじめをする人)は、私(いじめを受ける側)に
どこか似た箇所を見ていたのではないかと思う。

「なぜお前はオレのように、ひとりきりでいるのだ」と、彼の中で
怒りのような気持ちが生まれては、「俺は違う!」とそれを打ち消すようにして
私に当たっていたような気がする。

つまり、彼は私の中に、彼自身の嫌な自分を見ていたのではないかと思う。
それを私はどこかでわかっていて、ただ、それを受け止めていたように思う。
「でも、仕方ない。これが”僕”なのだから」と。

学生の頃の、悲しい思い出は、とにかく私は、孤立することだった。
バスでどこかに旅行に行くにしても、私の隣の席には誰も座らなかったし
クラスの何かの話し合いにしても、私はいつも、仲間はずれのような存在だった。
私に友達がいなかったわけでもない。

けれども、その友達さえもが、私よりも、他の友達を選んでしまう。
私をひとりにしてしまう。それが私にとっては一番辛いものだった。

でもそれを私はどこか望んでいる。望んでる私を知っている。
自分でそのように仕向けながら、私は自分を悲しんでる。


一番わからないのは、誰でもない。

・・・私自身だ。


私はいつも、どこか冷めた気持ちでいた。
孤立する私にとっては、ちょっかいを出す彼の存在が
唯一こんな私のことを、”ひとり”から救ってくれてたように思う。

ある日、朝の教室で、彼が私の筆箱を思いっきり投げた。
機嫌が悪かったのだろう。いつもはそれなりに手加減をするのに
その日に限っては珍しく、彼は感情をむき出しにしていた。

筆箱は、音を立てて転がってゆく。教室が一瞬静まり返る。
フタが壊れ、プラスチックの定規が割れ、鉛筆やら消しゴムやらが散乱してゆく。

クラスの誰かが拾おうとしてくれる。私は黙って、ありがとうと合図し
それを丁重にお断りする。私は黙って、ただ、それらを拾いたいと思っていた。
文句を言うでもなく、悔しがるでもなく、歯向かうでもなく、逃げるでもなく
ただ、黙って、それを拾いたかったのだった。

日頃の私は先生にちょっと注意を受けただけで、泣いてしまうほど弱いものだった。
(それが私の”ひとり”の要因のひとつなのだろう。弱い、女々しい、泣く、暗い。
今思えば、ひとりになって当たり前だ。)

でも、私は、それが哀しいとも、辛いとも思わなかった。
荒れている彼のことを、逆に”なんて悲しいこと”と私はどこか思っていた。

怖い彼はひとりの寂しさを、外に発散するタイプで
私はそれを内に閉じ込めるタイプで・・・
私はそれを、気づかずに知っていたのかもしれない。

僕ら二人は似ているんだ。
何もかも違っていても、それは形の違いに過ぎないんだ。
今の私だからわかる、それがあの日の答えのような気がする。

私は黙って床に散らばった筆箱を集めていた。
そんな私を、なぜだか彼は黙って見つめていた。

彼はあのとき、何を思っていたのだろう。
(謝ることも出来ないままに、ずっと後悔していたような・・・。)


その長い静かな沈黙が
今でも私はたまらなく好きだ。


・・・・・・・・・・・・

中学を卒業してから、一度だけ彼に出会ったことがあった。
2年後くらいだったか、私は地元の高校に通っていて
彼は確か、もう、就職していた。

彼は相変わらずの不良っぷりで、互いに自転車に乗っていて
見慣れた町は夕方近かったように思う。

彼が自転車を止める。

「よぉ。元気か」

「あぁ」

「じゃな」

「うん、それじゃ」

ただ、それだけですれ違った。
私はそんな気のない返事しかしなかったけれど
彼のそのときの笑顔を不思議な気持ちで見ていた。

ペダルをこいでて、しばらくして私は思った。
あんな関係でも僕らは、いつも互いのことを考えていて
いつもどこか近くにいて、
傷を背負いながらも信じるところがあって・・・

そうか、それでもあんな形でも
僕らはちゃんと「友達」だったのだと。




2006/11/14 20:59:04





2006/11/09(木) 死に生まれ来る言葉



 人が最後に伝えたいものは、「言葉」なのかなぁ、って
テレビを見ていてぼんやり思った。
それが哀しければ哀しいほどに、逢いたくても逢えない切なさほどに
時として人は言葉だけ置き去りにする。

普段使っているケイタイやメールなんかじゃなくて
それは紙に残された言葉。小さな手紙。

ともすれば、気づかれずになくなってしまうかもしれないのに
ともすれば、風や火で消えてしまうかもしれないのに
人は想いを綱渡りのように、小さな手紙にして残す。

それはなぜなのだろう?


「私が死んだら読んでください」

少年少女たちの死の後に存在するもの。
その主はもういないのに、言葉だけが生きている、その不思議。

”なぜ、あなたはまだ生きてるの?”

声では聞こえない宇宙の中に深く閉ざされた彼らの想い。
光の中の小さな輝き。闇の中の黒い影。
見えないものは存在しない。けれどもそこにあり続けるもの。

言葉の中でこの世にいない彼らの想いだけが生き続ける。
そうしてこの世に生きている人たちの心を揺り動かしている。

彼らはもう、いなくなっても、その言葉だけが生き残る。
まるで使命を背負わされたように、人々の心を貫いてゆく。

何が正しいとか正しくないとか、たぶん言葉では言い尽くせないけど
たったひとつだけ言えることがあるとすれば
最後に彼らが伝えたかったことは、ただ、その「言葉」であること。

言葉によって、彼らもまた、心に傷を背負ってきた。
言葉によって、私たちもまた、今もこうして苦しんでいる。

ときにはその言葉を殺し
ときにはその言葉で癒され
私たちはそれでも、また、同じ明日を迎える。

でも、言葉がすべてを伝えてくれるとは限らない。
私たちの思っていることの半分も、言葉たちは伝えてはくれない。
そのことをいつしか私たちは忘れてしまっている。

けれども私たちは、言葉に頼ってる。
きっとわかってくれるはずだと。
きっと伝わっているはずだと。

そうして裏切られたような想いは、この世界のどこかに生まれてる。
そしていくつかの命が遠く消えてゆく。いろんな形で。いろんな言葉で。

もしかしたら私たちは、言葉を知ってしまったために
伝えられない大切なものを
気づかずに消してしまったのかもしれない。

言葉はすべてを伝えない。ましてや本当の心など。
それはただの道具に過ぎない。

それを前提に使ってたはずなのに、人はそれを忘れてしまった。
それを最後の手段にしてしまうことほど、哀しすぎることはない。
だから私たちはその言葉で、ただ、想像するしかない。
だから嘘や偽りが生まれる。
終わらない哀しみも、終わらない苦しみも。

本当の想いはきっと、人の”ぬくもり”の中にあるように思う。
だから手をつなぐだけで伝わるものや、見つめあうだけで
分かり合えるものが、ちゃんとあるように私は思う。

そのぬくもりが冷めたときに、人は言葉で補おうとする。
だから人は、いつもどこか間違っているような気がする。

もしも死しか、見えなくても、抱き合ったそのぬくもりの中で
死を選ぶ人は、この世にいないと私は信じてる。

普段は見えないけれども、無意識のうちに体の中では
生きるためのいろんなことが、絶え間なくなされている。
心臓は休みなく動き、血は体中を駆け巡り、肺に新鮮な空気を送り込み
まぶたは絶え間なくその目を守っている。

そこまでして生かされている、理由は一体なんだろう?
人生は、この世界は、どうして存在しているのだろう?

この長い時の中で、いろんな言葉や道具の中で
きっと、私たちは忘れてしまっただけなんだ。

生まれた瞬間から私たちは、誰もが死に向わされる。
始まりと同時に終わりが始まる。だから誰が悪いということはない。
特別な人は誰もいない。みんな同じ運命を背負わされる。

ただ長く生きてることが正しいのかはわからないけれど
答えはすぐには見つからない。見つからないから、私たちは
いつも向わなきゃならない。

必ずどこかにある死に向って。


私はいつも、想いたい。

こうしてココに生まれたことを
こうして今、生きてることを

そしていくつもの、小さなぬくもりを
そしていくつもの、伝わらぬ何かを

いつか失くしたこの言葉の中で。



2006/11/09 11:20:13





2006/11/02(木) 叫び声とシークレットヌードル


「叫び声編」


 先日の朝のこと。いきなり男の叫び声が聞こえた。
怒鳴ってるような叫び声。しかも、それは複数だ。

すわ!これは事件なのかっ!

仕事に出掛けようとしていた私は
玄関先で、まさにドアを開ける瞬間だったのだけど
思わずまた、ドアを閉め、ガチャリと思いっきりカギを閉めたのだった。

はぁ、はぁ、はぁ・・・たったそれだけの行動で
息が上がる。

何なんだ一体?

また、聞こえる。
ぎゃーとも、うわーとも判別できないような声。
まるで事件を起した犯人が、逃げてる最中といった雰囲気か?
またはその被害者が犯人を追いかけてるといった感じか?
かなり近くだ。というかやばい。玄関の魚眼レンズで外を見るけれど
声の主は見当たらない。

どうやらこのマンションの隣から聞こえてくるようだ。

警察は、まだ、来てない様子。
明らかに異常なのに、何をしてるんだ?警察はっ!住民はっ!
誰も通報してないのか?それとも私が第一発見者なのか?

とにかく私は勇気を振り絞るようにして
隣のアパートが見渡せる部屋の窓を小さく開けて、覗いてみた。

なぜだかいくつも旗が立っている。
うまく読み取れないけれど、太い文字で何か書いてある。
なんなんだ?これは何かの主張なのか?
(政治とか年金とか生活保護とかなのか?)

男達の叫び声がまた響く。バシバシと何かを叩くような音も聞こえる。
どうやら部屋の中からのようだ。何をしてるんだ、彼らは一体?
大きく開けられた窓から男達の影がちらほら見えてくる。
かなり大柄な若者ばかりだ。

右往左往している。行動不審で上半身は裸。
やばいって絶対やばいって!こりゃ大事件に違いないって!

しかも足を振り上げている!
シコを踏んでいるときたもんだ!

はぁ? シコ?


なんだ・・・。

よく見ると、彼らはお相撲さんだった。
まったく事件とかけ離れたような
屈託のない明るい笑顔で、二十歳そこそこの若者達が
一生懸命に稽古をしていた。

どうやら隣のアパートの一室が相撲部屋(かな?)になったようだ。


・・・そりゃないだろう。


いや、べつにお相撲さんが嫌いなわけじゃないけれど
でも、いきなりこんな事態を、誰が想像できるだろう?



あなたも想像してもらいたい。


   「朝起きたら、いきなり隣が相撲部屋」



・・・やっぱ、そりゃないよなぁ。



ま、でも、少し新鮮な、それでいてとても微笑ましい
そんな不思議な光景だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「シークレットヌードル編」


 今日は公休日だった。
午前中に図書館に行って、本を返して
また本を借りて、家に帰って「いいとも」を見ながら
ひとり、カップラーメンと、昨日の夜に買った手巻き寿司(半額)を
食べていた。

カップラーメンを食べていると、いきなり大きな卵焼きを発見した。
なんだこれは?というよりは驚いた。

とにかくデカイ。

普通に入っているカップヌードルの黄身を崩して炒めたようなそれとは違って
その卵焼きは約3センチくらいの正方形でしかも数ミリもの厚さがあった。

私はかなり驚いたけれど、最近のカップヌードルには
こんな大きな卵焼きを入れるようになったんだなぁ、と
かるーく感心しつつも、それをぱくりと食べてしまったのだ。
(甘くてとてもおいしかった。)

食べてしまってから私は思った。
もしかしてこれは、何か貴重なものではなかったのだろうかと。
たとえばチョコボールの金のフタのように、それがあたりの印だったりとか
もしくはコアラのマーチのように、メーカーが遊び心で作った
まれに盲腸の手術あとがあるかわいいコアラの絵柄みたいに。

そうだ。

普通、カップヌードルに、こんな大きな卵焼きが入っているわけがない。
絶対何かあるに違いない。私はあわてて、カップヌードルの
フタとかカップの側面のそれらしき説明の文字を探してみた。

けれども、何もそんな説明はない。

そうか!これは、まだシークレットなんだ!
まだ、世間には知れ渡ってないことで
たぶん、これからテレビでじわじわと言われ始めるんだろう。

「これが最近、うわさになってる幻のカップヌードルの巨大卵です!」とかなんとか。
(便宜上、以降、”シークレットヌードル”と呼ぶことにする。)

そうか、私はこのシークレットヌードルに当たったんだ!
確率はどうなんだ?もしかして数千分の一とかそんなところなのか?

あぁ、しまった。食べてしまう前に
デジカメで証拠写真を撮るんだった。

とにかく事実を確認しなきゃ。日清食品のホームページを見ればこの
シークレットヌードルのことが分かるかもしれない。
その卵がなくったって空き容器かフタでわかるものなのかも知れない。
どうしよう。ハワイ旅行とか当たっちゃったらちょっと困るな。
休めないし、単身赴任だし・・・などと、頭は完璧にパニクってる。

とにかく私は昼食を食べ終えようと
急いで食べかけの手巻き寿司を食べた。

するとその手巻き寿司に、なぜか
卵焼きが入っていなかった。

そう、約3センチくらいの正方形で数ミリの厚さの卵焼き・・・



  ・・・もう、説明しなくてもいいですよね。


本当に幻になったシークレットヌードル。
あぁ、誰にも言わなくてよかった。
(って、ココに書いちゃたけど。)



*念のため、オチの説明(でも、内容は事実。)

つまりは、手巻き寿司を食べているときに
私の気づかないうちに手巻き寿司の卵焼きが
カップヌードルの中に落ちてしまってたということです。

はぁ・・・。


2006/11/02 20:33:39





2006/10/27(金) 床屋の切ない風景



 私は床屋が苦手だ。

だいたい、あのくるくる回る広告塔からして苦手だ。
なんなのだろう?あれは一体?
誰が考えたデザインなんだろう?
あれは絶対に、目を回すためにあるような気さえする。

いや、話がそれた。
言いたいのはそんなことじゃない。
いや、この際言ってしまおう。

私は床屋が大嫌いだ。
それはもう、全国の床屋を敵にまわしてもういいくらいに
私は床屋のすべてが嫌いだ。

その理由は、中学生の頃の
ある床屋の想い出から始まる。

そこは子供の頃から通い続けている、いわば、町の庶民的な
床屋だった。もちろん、それまではそこは私の好きな場所だった。

刈り上げた後の髪をざらざらを、手で触ると気持ちよかったし
蒸したタオルの心地よい匂い。そして、窓から入る日曜の朝のやわらかな日差し。
楽しげなテレビの音。日頃は読めない漫画のエッチなシーンにちょっとときめいたり
そしてあの床屋独特の楽しそうな人々のざわめき。何気ない会話。
そして何よりも、床屋のおばさんがとても美人で、そして
床屋のおじさんが、とてもやさしい人だった。


その日、私は部活(学生の頃、私はソフトテニス部に入ってた。)の試合があって
でも、翌日、全体朝礼で頭髪検査(当時、とても厳しかった。)があって
私は髪が耳にかかるほど伸びきっていて(耳にかかるとNG。)
絶対に床屋に行かなきゃならない状態だった。
でも、県大会の試合が長引いてしまい、駅に着いたのは夜の7時を過ぎていた。

その床屋に行くと、もう、店はしまっていて、店の中では
床屋のおじさんとおばさんが、店の片づけをしていた。
私は恐る恐るドアを開けて、明日、頭髪検査があることと
部活の試合で来ることが遅れたことを説明し、ダメもとでお願いした。

おじさんは「いいよ」と明るい笑顔で言ってくれた。
けれども、おばさんは少し、むすっとした感じだった。

私がいけなかったのだろうか?
それともそのとき、夫婦喧嘩でもしていたのだろうか?

おばさんはタバコを吸い始め、背中を向けてソファに座ってしまった。
おばさんのいつもの笑顔はまったく感じられなかった。
(もちろん、そんなことは今までなかった。)
少し薄暗い店内で、私はなんだか居心地が悪くて
でも、座っているしかなく、おじさんに髪を切られるまま黙っていた。

いつもは明るいおじさんも、黙って私の髪を切っていた。
いつもは顔は、おばさんが剃るのに、ずっとおじさんがひとりでしていた。
いやひとりでさせられていたと言ったほうがいいのかもしれない。

とても重たい空気の中、時間だけが過ぎ去って
結局はおじさんがすべてひとりでして
そして私はお金を払い、ひとり店を出て行った。

店を出てから中学生の私は、ずっとひとり、考えていた。
もしかしたら、おじさんとおばさんは、仕事が終わったら
どこか食事にでも行く予定だったのかもしれない。
もしかしたら、もっと大切な用事があったのかもしれない。

それなのに、私があんなことを言って、無理にお願いしたものだから
気の優しいおじさんが断れるわけもなく、予期せぬ突然の訪問客の
私を受け入れてしまったのかもしれない。

いろんな想像が私を随分と悩ませたけど、しょせんは想像に過ぎず
何がどうだったのか、わかる術は何一つなかった。

それでも確かに言えることは、おじさんの優しさが、おばさんを
不愉快にしていたことだった。

それから私は、何か罪の意識が生まれて、その床屋に行けなくなった。
隣町の、日曜のやわらかな日差しの入らない、陰気な床屋に行くはめになった。

それから高校を卒業し、大学に行き、故郷を離れて私は一人暮らしを始めた。
ことあるごとに、私はそれがどうしようもない義務的な思いで(たぶん)床屋に通った。
不思議なことに、私はこの頃、床屋に行った記憶がない。なぜなのだろう。
やがて、大学を中退し、就職して、私は転勤族になった。

転勤するたびに新しい床屋を探すのが、私の憂鬱の種だった。

ココは大丈夫だろうと思った床屋に行くたびに、決まって嫌な思いをさせられた。
ある床屋に行くと、常連客と店主がずっと、話しこんでいて
その人以外私しか客はいないというのに、1時間ぐらい待たされて
苛立った私は「あとどのくらいかかりますか?」と思い切ってたずねたところ
「あと1時間!」とぶっきらぼうに言われ、私は黙って店を出た。
(どうして最初から言ってくれないんだ・・・。)

別の店に行けば私は、いきなり入店を断られた。
タクシーじゃあるまいし、私の何がいけなかったんだろう・・・。
(高級な美容室でもなく、普通の床屋だったのに。)

そしてある床屋では、そこは当時、カット千円(今では珍しくないけど)の
格安の店で、当然、お客は混んでいて、初めてだった私は空いてるイスに座ったが
いきなり若い店員に「勝手に座らないで下さい!順番を守らないと困ります!
そこに書いてあるでしょ!」と叱られた。

”そこ”を見てみると、片方取れた押しピンで、はがれかかったメモ用紙に
汚い手書きの文字で書かれてあった。
たぶん、お客から文句を言われてから
”ちぇ”みたいな気持ちで書かれたものだろう。

その店では、髪を切られているときも最悪だった。
若い店員は、片手で髪を切っている。信じられない。
左手は何をしてるんだ?と思ったら、だらりとただ、下ろしているだけだった。
何かとてもめんどくさそう。それにひどくへたくそだ。
(理容免許とかやらを、本当に持ってるのか?と疑いたいほど。)

私は「もう、結構です」と言って金を払い店を出た。
店を出ると気まぐれな風が、中途半端なこの髪型を、冷やかしているようだった。


なぜなんだろう・・・。

なんだか床屋に行くたびに、私は切ない気持ちになった。

やはりこの気持ちはあの、おじさんの「いいよ」の(たぶん)作り笑顔と
おばさんのタバコを持ったあの後姿に、大きな影響を受けているような気がする。

結婚してからは、私はずっと、奥さんに散髪をしてもらっている。
まったくの素人の奥さんに、私は無理やり頼み込んで
気づけば、ほぼ、7年近くも、まるで床屋から逃げるような思いで
ずっと切ってもらっていた。

そして、私は、こうして単身赴任をしてはや、一ヶ月。
そろそろ髪を切らなきゃならなくなった。
また、憂鬱の種が芽を出し始める。
今度は奥さんに頼むことは出来ない。
もう、私は逃げられないのだ。

さて、どうしたものか・・・。

今、私はこうして思う。
たぶん私は、床屋が嫌いなのではなくて
すべてはこの自分ことが、嫌いなせいではなかろうか?と
少しづつ、思いはじめている。

私はなぜだか知らないけれども、すべての床屋に迷惑をかけているような気がする。
私の雰囲気?私の表情?それとも私のこの癖毛のせい?(これは冗談)
とにかく私の何かによって、あんな態度をされたり、あんな言葉を言われたり・・・
それらは、よく、考えれば、あのときも、そのときも、私の確固たる何かが
いけなかったような気がしてならない。

私は恐らく、どの床屋に行っても、あの日の「閉店後の出来事」を
遠く心は思い描いているのだろう。

そして、あの時、私が壊してしまったものは、一体なんだったんだろうと
まだ、心は探しているのかもしれない。

あのときの切ない風景を
私は今も、あの頃の場所で、あの柔らかな日差しの中で

たぶん思い出している。



2006/10/27 11:36:04





2006/10/23(月) 自転車にやさしくない



 現在、私は自転車通勤をしている。
(安いママチャリタイプ。中学生の娘の自転車を
デス・ノートのコミック本を条件にもらったもの。やれやれ。)

転勤前までは、ずっと電車通勤だった。
休みの日の買い物とかは、もちろん、車に乗っていたけれど
こっちに単身赴任してからは、駐車代がべらぼうに高いので
車は家族の元に置いてきた。

なので、どこに行くにもチリンチリンとママチャリ自転車。
自転車に乗るのは、じつに3年ぶりくらいだ。


それはつい先日の、仕事帰りのことだった。

その日、私は店で買った見切り前の半額弁当と、日替わり商品の
おーいお茶2リットルと、ビールぐびなま6缶パックとヤマザキの食パン6切りを
ビニールの買い物袋に詰め込んで、自転車のカゴに入れて走っていた。

半額弁当は、私の好きな、から揚げつきのハンバーグ弁当だ。
半額とはいえ、元売価は498円もする(私にとっては)超豪華なものだ。
見切りシールは一人暮らしにとって、「ほれ、たまにはおいしいもん食べんなせい」と
言ってくれる(どこの方言か知らないけど)やさしい田舎のおばあちゃん的存在だ。

それにしても、なんてでこぼこ道が多いんだろう。
車道はアスファルトで整備されているというのに、歩行・自転車専用道路は
やたらと段差が多い。

私はまだ、その道に慣れていなかった。
その場所は少し坂道だった。ペダルを踏まなくても、少しづつスピードが増していった。
そして、車道と歩道のちょっとした段差を、私の自転車が過ぎようとしたときに

それは起きた。

私はうっかりしていた。
そのときちょっとよそ見をしていた。
(よそ見といっても、視線のはしっこを見ている程度)
道路わきのコインランドリーに目が行って、「こんどココで洗濯できるなぁ」と
ぼんやりと思っていた時だった。

自転車は、少しガタンと音を立てて、ほんの数センチ宙に浮いた。
ほんの少し跳ねただけなのに、カゴに入れた買い物たちは
まるで機嫌の悪いカンガルーのように、思いっきり跳ねた。

おーいお茶2リットルと食パンは、ほんの少しだけ浮いて
ちゃんと同じカゴの中に着地したのに、私のハンバーグ弁当に限っては
一番上に置いてたためか、カゴの外に、ポーンと飛んでいったのだった。

三流ドラマみたいにそれは、本当にスローモーションだった。
けれども確実に、弁当が地面に落下してゆくのを
私はただ、見てるだけしかなかった。

急ブレーキをかけたけど、もう、どうしようもなかった。
私のハンバーグ弁当は、地面の上で、もののみごとに粉砕していた。
半額とはいえ、私にとっては、”半額で買えた価値ある弁当”だったのだ。
いわばそれは半額以上の、いや、定価以上の価値が確かにあったのだ。
(半額の弁当に、そこまで熱くなるのもどうかと思うけど。)

ま、とにかくそのときの、ショックは相当なものだった。
第一、食べ物を粗末にしてしまった、この自分が許せなかったし
今晩の食事をどうするかと言う現実的な問題も、私を途方に暮れさせていた。

私はなす術もなく、その場にしばらくたたずんだ。
何人かの通行人が、見ないようにして通りすぎてゆくのが分かった。
(確かに落ちたものが、ケイタイか何かだったら拾ってくれるのだろうけど
地面に落ちたのが弁当じゃ、しかも半額シールつきじゃどうにもならない。)


結局その夜は、うまかっちゃんを食べた。
ビールを開けたら泡が吹き出た。
ほんのちょっぴり涙が出た。


それ以来、私は自転車に乗るときは、うまくブレーキで減速しながら
デコボコの危ない箇所を走ってゆくようにしている。
けれども場所によってはその減速が、歩いているスピードと変わらないときがある。
なんだそれは。それじゃ自転車に乗ってる意味がないじゃないか。

それに歩道に堂々と、駐車している車もある。
歩道が狭くて車と接触しそうな怖い道もある。
どうしてこうも、車は大きな顔をしてるんだ。
どうしてこうも自転車が、こそこそと車の邪魔をしないように
走らなきゃならないんだ?

だいたい自転車に乗ってる人が、もっと優遇されてもいいじゃないか?
自転車は空気を汚さないし、場所もとらない。少々不便を感じても
自転車に乗っている人のほうが、間違いなく偉いはずだと私は思うんだ!

・・・などと、ちょっと前まで車に乗って”自転車が邪魔だなぁ”と
思ってた私がいうのもなんだけど。



2006/10/23 13:21:38





2006/10/16(月) 誰もいなくなった私には



 ただいま、困難の真っ只中。

やっぱりいろんな意味でひとりは、寂しくて、苦しいなぁ。
話し相手がいないと自分が、生きてるのか死んでいるのか
それさえも、わからなくなる。

それでも明日は、やってくるから、人は生きてゆくしかないんだろうけど。

私は小さな頃から人に心を打ち明けないことが、正しいことと思っていた。
もちろんそれは正しくないと、大人ぶった私が理解しても
現実的な意味で私は、そう、かたくなに信じている。

心を言葉にしなければ、誰も傷つかないし、誰にも傷つけられない。
言葉にするたびに傷つくこの心は、もろく、どこか不安定で
そのたびに何度も私は殻にこもった。

けれどもいつしか気がつけば、私の回りには誰もいなくなった。
ただ、信号待ちのように、知らない人が立っているだけだ。

私は何をしてきたんだろう?
いや、何をしなかったんだろう?

何度も心に問いかけるけど、心は私にさえもいつしか
何も語らなくなった。

そして、私はひとりになった。

ひとり、静かに考える。
私はどこか、人と違っている。もちろん、私は私であって誰でもない。
ただ、普通と違っている、ということを私は気づき始めている。

私はたぶん、どこかおかしい。どこか、心が欠けている。
だからなのか、私に気軽に話しかけてくれるような人は
ほとんどと言っていいほどいない。
話しかけてくれるとしても、それは仕事上のことか、または義務的なことか。

どうして私は普通に人と、会話が出来ないんだろう?
どうして私が会話をすると、相手は不機嫌になるのだろう?

あんなに必死に、私は笑顔でいるというのに
あんなに必死に、私は優しくありたいと思うのに
時々、息が続かなくて、尖った心が表に出る。

子供の頃から、私はあまり、人と接してこなかった。
それは先の”相手と自分の心を守るため”それだけのものだったけど
でも、それは今の私がこの”普通じゃない私”を正当化するための
理由のように思えてくる。

なんて変な私。
どこで心を壊したんだろう?
どこでカケラを落としたんだろう?

遠く遠く記憶をいくつもさかのぼって見ても
いつも泣いてる小さな私が、ひとりポツンといるだけだ。

あの頃を思い出しても、私はいつも泣いてる。
普通は我慢できるようなことでも、私は簡単に泣いている。
大人になった今でも私は、ときどき、感情が抑えられなくて
相手を責め、傷つけて、そして泣きそうになっている。

時々、涙目になっていて、相手に気づかれるときさえもある。

なんて恥ずかしいことなんだ。
いい大人が、人前で泣きそうになるなんて。

この日記を読んでくれる人は、私を”優しい”と言ってくれるけど
残念ながら、現実の私はそんなに優しくはない。
冷静に判断すれば、どこか冷たく、冷め切っている。
私はいつも思うだけで、何も誰にもしていないのだ。

もしも私が、何かの事件に巻き込まれるか、起こしたとしても
インタビューに答えるかつての私のクラスメートは
「学生の頃は、あまり目立たない存在でした」と、お決まりの言葉を言うのだろう。

あいつは何を考えているのかわからない。
もしかしたら、みんなそう思っているのかもしれない。

確かに自分でも、何を考えているのかわからない。
どこか変だ、変な私。
あぁ、一度でいいから自分という人間がもうひとりいて
その自分と話をしてみたいなぁ。

そうすれば、自分に何が欠けているのか、わかるかもしれないのに。

やれやれ、気持ちがぐぐっと落ちていると
まるでわざと雨に打たれている悲劇の主人公を演じてるようで
自分がとても情けなく見えれるけど、これも今の私でしかない。

さて、もう、明日になってる。
また、仕事にいかなきゃならないのかと思うと正直不安になる。

また、誰かを傷つけるのだろうか?
それとも傷つけられるのだろうか?

何も私にはわからない。

ただ、誰もいなくなった私には。



2006/10/17 0:29:21





2006/10/06(金) 世界の中心で叫んだもの



 遠く飛行機が、雲のように飛んでいる。
空を眺めていて、ふと、私は想っていた。

この目に映る世界が、自分のすべての世界なんだなと。
ごく当たり前のことなんだけど、私の見ているこの世界は
私のこの目でしか見ていない。

いついかなるときでも世界は
この私でしか見ていない。

つまりは世界は、私を中心に動いているんだなと。
別に私が「世界の中心だ!」なんて偉そうに言いたいわけじゃない。

ただ、不思議に思えたのは
いろんな人たちがこうして生活しているけれど
私はそれを見ることはない。確かに一部分くらいは
見ることは出来るかもしれないけれど、それはすでに
私の見える世界の一部分でしかない。

世界は今、私の見える世界を中心に動いている。
どんなに文明が発達しても、本当の世界のすべては見えない。
それは不思議なようでいて、でも、あたりまえのようでいて・・・
私がこの場所で生きている、ということはつまり、「私が感じている世界」を
生きていると言うことだろう。

だから私は想いのままに、この”世界”を作り上げよう。
誰かの世界を尊重しながら、私の世界を大切にしながら
この世界を生きてゆくことが、何かに与えられた使命かもしれない。

世界はそれぞれに違う。同じ世界はひとつとしてない。
なのにそれを忘れてたぶん、人は傷つけ、争いあう。
同じ世界はどこにもないのに、同じにしようとするから人は
過ちが正しく見えたりするんだ。

たとえば人を殺すことは、誰にとっても、同じ変わらぬ
ひとつの大きな過ち。
人それぞれの世界だから、誰かが勝手にその人の
世界(人生)を終わらせてはいけない。

なぜだかはわからないけれど、人はそれぞれの人生を
きっと、生きぬかなきゃならないんだ。
そうしてやがて、この世界が、自分の中から消えゆくころ
その答えがまた別の世界で、見えてくるのかもしれない。

この頃、自分と言う存在を、想うことが多くなった。
でも、考えると考えるだけ、想うことが増えてくる。
まるで合わせ鏡の中の、自分を見ているみたいだ。

でも、その鏡の中で、ひとりくらいは違う自分が
もしかしたら、どこかで見ているのかもしれない。

君よ、いつも忘れるな。
世界はそれぞれに”違う”のだと。



2006/10/06 10:17:59





2006/10/02(月) 取るに足らない自分



 忘れないための、覚書。(ちょっとした心構え。)

少し苦しいなぁと思うことがあって、ぱらぱらと本をめくる。
以前読んだ本の中で、心に留まったものがあった。
久しぶりにそれを見て、もう一度心にとどめようと思った。

田口ランディさんのあるエッセイの一節。

「そうだよな、しょせん他人なんて。誰もそんなに
私を必要としているわけではないのだ。
そのことを思い知ると、かえって気が楽になる。
誰にも応えなくったって、私は生きてていいんだなって。
この取るに足らない自分でいいじゃん。半ば、やけくそに
そう思ったときの不思議な爽快感」

〜田口ランディ「雨とフラダンス」より〜


そういえば、以前の勤務先のこと。
私がいなくなって、随分と大変なんじゃないかと思っていたら
なんてことはない。ちゃんと普段どうりにうまくいってるみたいだ。

あんなに私が毎日苦労していたことが、何か不思議に思えてくる。
自信過剰もいいところだったんだなぁって思う。

ある意味、ネガ的な考えに見えてしまうかもしれないけれど
しょせん人ひとりの力なんて限られている。
自分がすべて抱え込んで、なんでもかんでもしているように見えて
実は、私の知らないところで、誰かがちゃんとうまくやってるんだ。

今一度、考えをシンプルにしよう。

「人ひとりの力なんて、あきれるほど、ちっぽけだ」
そのことを私は忘れないようにしよう。
”頑張る”ってことは、ある意味いいことだけど
それが自分ひとりの力だと、どこか驕らないようにしよう。

私は私を楽しんでいいんだ。

新しい勤務先は、私がそれまでに築き上げた仕事のやり方
進め方が、すべて無意味になってしまい、随分と苦しい状況に
なっている。いつかは慣れるのだろうけど、それがどこか正しいとも思えず
心が行き場を失っている。無理に私の意を通せば、もっと苦しくなるのだろう。

そう思うと、私は前へも後ろへも進めなくなる。
そんなとき、私は心にこう想いたい。

「この取るに足らない自分でいいじゃん」と。

私は私を生きてゆこう。
誰かの言葉や行動に、過敏に意識することなく
私は私を楽しもう。そうしてそんな私を誰かが見ていてくれて
誰かが私を必要としたら、私は喜んでそれを望もう。

私は私でいていいんだ。
この取るに足らない小さな自分で。


よし。

以上、覚書終わり。


2006/10/02 9:42:03



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