11月の日記とエッセイ
2005/11/28(月) 哀しいイチョウの木

近所にあったとてもきれいなイチョウの木を
彼女はほんのひとときの、楽しみにしていたらしい。
うちの奥さんは、パート先の店まで自転車で行くのだけど
毎朝、その途中にあるイチョウの木を、眺めつつも
急いでるので、どうしてもそのまま通りすぎてしまう。
いつかはちゃんと、ペダルを止めて
その木の下から見上げるように眺めてみたいと
いつも心に思ってたらしい。
「だってね、すごくきれいなのよ。
そのイチョウの木はね、赤く染まったところと
黄色く華やいだところとがあって
それを下から眺めたらきっと、きれいだと思ってたの」
そんなふうに語る彼女は、まるで小さな女の子みたい。
でも、その華やかな言葉の、最後が過去形からもわかるように
そのささやかな願いは、とうとう叶わなかったらしい。
今朝、いつものように、自転車でそのイチョウの木を
見ようと思ってたら、無残にも切られて枝だけになってたようだ。
どうしてそんなことになったのか、わからない。
いたずらというより、必要があって切られた感じだったらしい。
ただ、はっきりしていることは、奥さんの”いつか、きっと”は
とうとう永遠に来なくなってしまったということだ。
こんなとてもちょっとしたことが、小さな傷のように
気になって寂しくなる。彼女も、私も。
こんな小さな日常の中の叶わぬことって、気付けばいっぱいあるんだろうけど
それすらもきっと、私達は、気付かないでこの日常を生きてるんだろうな。
彼女がそのイチョウの木を、何気なく見てたなら
そんな思いをしなくてすんだのだろう。
でも、とても愛しく思っていたからこそ
そのひとときが幸せだったに違いないし
それでその結果、哀しいことになったにしても
やっぱり私は、それは幸せなことなんだと思う。
何も気付かないで哀しまない幸せ。
気付いたからこそ哀しい幸せ。
どちらがいいか、なんてこと、私には言えない。
この人生は人それぞれだし、生き方も、考え方も
みんな違っているんだし・・・
だからどうだ、ということもないんだけど
ただ、哀しいことがすべて、哀しいわけではないのだと、
私はそんなふうに、ただ、気付きたいのだと思う。
彼女のように、そんなささやかな哀しい幸せを
私もこの何気ない日常の中で
ほんのひととき、見つけられたなら・・・なんて思った。
彼女の話は、時々私にいろんなことを
こんなふうに気付かせてくれる。
2005/11/28 23:05:13
2005/11/27(日) 手のひらの流れ星

自分がどこまでも 小さく思えた日だった。
何をしても 何も出来ない。
何を話しても 何も伝わらない。
なんで私が ここにいるのか
それさえもよく わからなくなって
私は ただ そこにいる。
仲間はずれの子供みたいに
不安が私の中で暴れる。
どうにも止まらなくなりそうで
私が私でなくなりそうで
そもそも私が何であるのか
それさえもわからなくなって
どこまでも途方に暮れてしまう。
・・・夢を見た。
とてもきれいな夢。
よく私は夢の中で
とてもきれいな夜空を見上げている。
そこにはいろんな星たちが輝いていて
何かパレードでもしているかのような 楽しさがいっぱいで
私は子供のようにうれしがって その光景を眺めている。
やがて 星たちがあつまってきて それがきれいな流れ星になって
私のところへ降りてくる。
すると その流れ星は 私の手のひらでキラキラ光って
くるくると遊んでいる。
私はとてもうれしいんだけど、なぜか一緒に遊べなくて
なぜか不安な気持ちになって 素直に喜ぶことが出来ない。
すると その流れ星は 何か余計なことをしてしまったみたいに
後悔したように小さくなって、そして 少し微笑んだように輝いて
そして 小さく消えてゆく。
私はそれが哀しくて 哀しくて
いつまでも しくしく泣いている。
私は何も出来ないと 何も出来やしないと
ひとり ずっと 悔やんで泣いている。
それでも 星たちは輝いていて
こんな私をあたたかく見守っている。
私はまた 立ち上がって あの星たちをそっと見上げる。
星たちは そっときらめいていて
私はそれで救われたような気持ちになる。
ふと 目覚めると もう そこには朝がある。
あの星たちは もう どこにもいなくて
私はそれがとても寂しくて
夢なのに ひとり 哀しがっている。
・・・なぜだろう
心がうまく 言葉にならない。
2005/11/28 1:06:11
2005/11/25(金) 哀しみの無法地帯

久しぶりの休日。
時間に縛れないこの時間は、なんて素敵なんだろう。
”自由”という言葉をシンプルにすると、
こんな形になるのかもしれない。
ある仕事をしていて、その報告をしたから
「ダメだ」の冷たいひと言でつき返されてしまった。
この忙しいときに、「報告書を書け」と言われて
1時間もかけて悩みながら作って
そして完璧だと思ったのに、そのひと言。
そのとき、意外だったのは、私が泣きそうになってるという
事実だった。
「え?」と思った。
たったこんなことくらいで、心がふるえてる。
あぁ、目が赤く充血してゆくのがわかる。
涙が出そうだ・・・
私はそれを必死にこらえながら、もう一度、作り直すことを言うと
すぐにその場を離れ、トイレに駆け込んだ。
顔を何度も洗う。ゆっくりと鏡を見る。
泣きそうな顔だ。
そういえば、トイレに向う途中でさっきアルバイトとすれ違った。
こんな顔を見られたと言うことか・・・ 相手はなんと思うんだろうか。
確かに冷たくされて、心はしゅんと、なったけど
別に泣きそうなほどではない。なのに私の涙は勝手に
私の許可を得ないままに・・・・なんだか哀しみの無法地帯だ。
まぁ、それは仕方がないのか。
ここんところ、連日、朝7時から夜10時まで仕事してたから
心だって、ストライキを起こしたくなるんだろう。
今からその書類を作り直さなきゃならない。
休みなのにね。
何やってんだか・・・。
2005/11/25 10:18:22
2005/11/20(日) 忙しい日々

激しく忙しい日々。
新聞すらゆっくりと読めない。
この世の中で何が起きているのかを
なんとかネットで知っているといった具合。
なんか、自分がロボットになったかのような気分だ。
ひたすら働いてる。ガソリンさえ与えれば。(もしくは電気か?)
この日記が、唯一、私を戻してくれる。
ビデオのリモコンみたいに、本来の私の本当の場所へ。
でもね、なぜかとても調子はいいんだ。
時々、不安が止まらなくなる時があるけれど
信号機みたいに、ぴたっと止まるときもある。
(なんだんだ、私は?)
ただ、やはり鬱の影響なのか、時々
単純な漢字を間違って書いてしまったり、カタカナでさえ
何度か間違って書いてしまい、しかも、ボールペンで書くことが
多いもんだから訂正も出来ず、修正液も持っておらず、
(あれば便利なのに、なかなか買わない。なんでだろう?)
ぐじゅぐじゅっと”まっ黒くろすけ”をいくつも量産している。
一瞬、脳みそに異常か!!思い悩んでしまうけれど
次の瞬間には、そのことを忘れている。
だから、私は私の脳みそがどうなっているのか
わからずじまい・・・。
とにかく、悩んでないで素直に寝ます。
おやすみなさい・・・。
2005/11/21 0:40:49
2005/11/16(木) 永遠の先のゴール

おばあちゃんが亡くなったのを
母からの電話で知った。
私が帰るには随分と遠いからと
母達だけでおばあちゃんの家に行き
葬儀は済ませたらしい。
おばあちゃんは、百歳以上生きたから
ほとんど眠るように、穏やかに亡くなったということだ。
これはもう、大往生といっていいのかも知れない。
小学校の頃、夏休みになると、お盆には必ず
おばあちゃんの家まで遊びに帰っていた。
おばあちゃんの住んでる町は海沿いにあって
帰っては魚釣りをしたり(時々、夜釣りもしたり)花火をしたり
海で泳いだり、お盆祭りを見たりして
毎年のように、子供の頃の私はそれが一番の楽しみだった。
お盆の頃は、親戚のおじさん達も帰ってくるので
いつもにぎやか。その中でも、自分と同じ年頃の女の子がいて
(とてもかわいいのだ)その子と遊ぶのも楽しみだった。
おばあちゃんは、今は亡き私の父の母親なのだけど
私の子供の頃からもう、おばあちゃんで
私が高校の頃も、ずっとおばあちゃんだったような気がする。
それがなんだか不思議だった。
(つまり、容姿が全然変わらないということ。)
高校を卒業する頃には、私は一人暮らしをするようになり
私が27歳の頃には父が亡くなって
それきり、おばあちゃんとは会っていなかった。
もう、随分と長くなる。
でも、ずっと元気でいるような気がしていた。
帰れば、まったくあの頃と変わらないおばあちゃんが、
そのまま微笑んでいるような気がしていた。
あの頃、おばあちゃんの口癖は「もっと、食べなせぃ(もっと食べなさい)」だった。
私はご飯を3杯もおかわりしても、その口癖は絶えることはなかった。
(そのたびに、私は食べ過ぎて苦労したけど)
たぶん、戦時中の苦労した思い出から、私みたいな小さな子供には
ひもじい思いをさせたくなかったからなんだろうと、後になって思った。
おばあちゃんは、私の少年の頃の夏の大切な思い出といってもいいほど
いろんな思い出を作ってくれた。
本当にありがとう
心から感謝したい。
「それでね、不思議なことなんだけど・・」
と電話での母が私に言う。
なんだろう?と、受話器に耳を傾けると・・・
「おばあちゃんが亡くなった日は、うちのお父さんの命日と同じなんだよ」
・・・こんなことってあるんだなぁ。
私は涙がこぼれそうになった。
「もしかしたら、父さんが、”もう、十分に生きたんだから
そろそろこっちにおいでよ”って誘ったのかもしれないね」
と小さく母と笑いあった。
私は今、なんて幸せな中にいるんだろう・・・。
母との電話を切った後、私はこんなシーンを思い出していた。
十数年前、私の父が危篤のとき、私達家族が何度呼びかけても
目覚めなかったのに、おばあちゃんが病院について
父の顔を見るなり、精一杯の声で(でも、本当はか細い声で)
「しっかりしなせいぃ」と言って、父の名を呼んだとき
父は「あぁ」と息を吐くような声で、小さく目を覚ましたのだった。
奇跡だと私は思った。でも、起こるべくして起きた奇跡だとも
思っている。母親の声はいつも、子供の心の奥にまで
届くものなんだろう。こんなこと、偶然なんて簡単な言葉で
きっと片付くものじゃない。
人の人生って、もちろん、人それぞれだけど
風のように走り去り、いろんなことを残しながら
そうして亡くなってゆくものなんだなぁ。
そして、その残したものが、また、次の誰かに引き継がれてゆく。
何度も、何度でも・・・そうか、私達は、こうしていつも同じ人生を
こんなふうにリレーのように、引き継いでゆくものなんだな。
そして、いつか、永遠の先に、そのゴールみたいなものがあるんだろう。
果たしてそれは、どんなゴールなんだろう。私はそれがとても楽しみだ。
もしも神様の気まぐれなイタズラで、私達人間にそうさせているのだとしたら
本当に、至福の境地を極めたゴールを用意してもらいたいと思う。
こんなにも、人生は苦しいんだから。
でも、こんなにも
幸せを私達は作っているんだから・・・。
2005/11/17 10:35:34
2005/11/15(火) 君は僕の宝物

この頃、よく聞いている歌は
ちょっと古い唄だけど、なぜか槙原敬之さんの
「君は僕の宝物」。
(実はうちの奥さんが槙原さんのファンで
ちょっと前に、たまたまレンタルしたベストアルバムに
混じっていたひとつの歌。だから、私にとっては最近、聞いた歌。)
とても初々しい恋したばかりの
少年(青年?)の気持ちを歌ったものなんだけど
ちょうど私が初恋をしたときも、こんなだったような気がして・・・。
ちょっと恥ずかしいような、でも、誰かに話したいような
神様を思いっきり信じたり、時々、信じてみなかったり
ケンカしたり、泣いてみたり、そして、仲直りしたり笑ったり
時にはちょっと背伸びして、その幸せの意味を考えたり・・・
彼の詩は、とても好きです。
ストレートに心に届く気がして。
今日は少し、心、穏やか。
(あなた達の言葉がとても優しくて・・・)
こんな気持ちは、私の宝物。
2005/11/16 0:48:33
2005/11/14(月) 生き付いた先にあるもの

この頃、鬱的症状が悪化していて、不安で哀しくてたまらない。
今日、思わず苦しみから逃げたい一心で、ある人に
私が鬱であることを、はじめて打ち明けてみた。
すると、その人は、笑いながらこう言った。
「大丈夫、もっとがんばりなさいよ。趣味でも持ったら?」
ショックだった。
まさか、そんなふうに言われるなんて。
というよりも、私はその人に何を望んでいたんだろう?
何を期待してたんだろう?・・・何を甘えていたんだろうか。
その人に打ち明ければ、私の苦しみを開放してくれると思ったのか?
どうなんだ?私よ・・・。
仕方ない。
ただ、その人は鬱について、何も知らないだけなんだ。
何も知らなかっただけなんだ。その人に何も罪はない。
というよりも、私が勝手にその人に罪を作ってしまっただけのことだ。
本当はもっと、私の今を知って欲しくて
話したいことは・・・打ち明けたいことは・・・山ほどあったのだけど
その返事にやめてしまった。
鬱になると、・・・知らない人は知らないだろうけど・・・
時々死にたいような気持ちが、まるで抑えきれなくなる。
大きな声で叫びたくなる。子供のように泣きたくなる。
こんなにも苦しいのに、どうして誰も平気なの、と。
それが間違った考えだと、私自身はわかっていても
心は別の生き物みたいに私の言うことを何も聞かない。
だから、私は怖くてたまらない。
どうしてこんな病気になってしまったんだろう?
ニュースを見ていて、若い学生が、事件に巻き込まれて
死んでしまって、その若者がその先の人生が有望で
たくさんの哀しんでいる人たちを見ていると
・・・あぁ、私が死んであげたのに・・・と思う。
もちろん、それは間違っていると私はわかっている。
愚かなことと私はわかっている。それで哀しんでいる人たちが
喜ぶと思っているのか!と、自分自身を殴り飛ばしたくなる。
でも、心はそんなふうにつぶやいている。
そう思っていることに、私は哀しくて哀しくてたまらなくなる。
ただ、わかってほしいことは・・・ここに書いていることは、たぶん
私の心の底に溜まった沈殿物のようなものです。
心を大きくかき乱すと、時々間違って、表面に漂ってしまいます。
今がただ、その時なのです。
やがて、私の沈殿物は、また、心の底へと溜まってゆきます。
ゆっくりと時間をかけて、海の底に落ちるように・・・。
それは日頃はとても静かに、じっと、底にいるのです。
だから、もしも、心配に思ってくださる人がいたら・・・ごめんなさい。
私は大丈夫。・・・といえば、嘘になってしまうけど
誰もがみんな自信を持って、正直な心が言えないように
それでも笑顔で朝を迎えるような、気持ちを私は忘れてはいません。
この病気は、見えない何かがこの私に
何かをさせたがっているのかもしれません。
それが何かは今はまだ、わからないけれど
それがわかるまで私は
私を生きなくてはいけないのだと思う。
人生は苦しみでしかないけれど
それでも生きていることは、それほどの何か
輝くような価値があるのだろう。
この先に何があるんだろう。
こんな平凡な毎日に、私は何を見つけるんだろう?
そして何を見失って、そして何を奪うんだろう?
傷つけながら、傷つきながら、ボロボロになってこの私は
どんな空や星を見上げるんだろう?
今、私はただ、知りたい。
この先のことを、
そして、生き付いた後の先のことを・・・。
2005/11/15 1:06:45
2005/11/12(土) 突然・・・

突然、足元の地面がなくなって
暗闇に落下するような想い。
私に不安が止まらない。
どこまでも落ちてゆく・・・
あなたにも、そういう時があるの?
2005/11/12 23:29:42
2005/11/11(金) ウツメモ日記、更新しました。

お知らせです。
私の個人的鬱メモ日記(ウツメモ)更新しました。
はじめての心療内科での診察のことを書いています。
(大学を中途退学したことや、中途入社した家電店でのことも書いてます。
・・・って、私の人生って、随分と中途半端なんだなぁって今頃気付いた。)
よろしかったらどうぞ。
私の個人的鬱メモ日記(INDEX)初めての方はこちらから。
見えない心を診察する。NO3(こちらは今回の直リンク)11/11
2005/11/11 22:37:18
2005/11/10(木) 狂った人たち

いろんなことが慌しく、変わろうとしている。
いや、起きようとしている。
ゆっくりと心から休めた日はいつだろうか?とふと、思いたくなる。
仕事だから、仕方が無いんだけど、毎日、みんな疲れた顔して愚痴を言って
次の瞬間には作り笑いして、なんだか見てるだけで疲れてしまう。
今、私のこの店は、いつ、潰れてもおかしくないほど
売上げは、スキーで滑れるほど下降している。
(いや、冗談ではなくて、本気なんだこれが。)
管理職たちは、はたから見ていてもかわいそうなほど荒れている。
そのうち私達のことを「てめぇら、おめえら、」と言い出しそうな勢いだ。
まるで悪徳ローン会社の事務室にでもいるかのような雰囲気がする。
そこには「ご利用はご計画的に」なんて優しい言葉はかかれていない。
ましてや「あなたよりも大切なものはない♪」と歌ってはくれない。
「おめぇらよりも大切なものは、いくらでもあるのだ!売上げ上げろやごらぁ!」と
大きな掛け軸にでも書いていそうな気がする。
(他人事のように書いているけど、他人事のように書きたいのだ。)
もう、終わりなかぁ・・・・と思う。
こんなになったら。
がんばって、がんばって、それでも、がんばって、がんばり続けて
まだ、「がんばりが足りない!!」って怒鳴られると
もう、息が切れて走れそうになくて、どうでもよくなってしまう。
そこから悪循環は、きっと始まるんだろう。
結果がすべて、という世界。
そろそろ終わりに出来ないんだろうか?と
本気で私はそう思う。
(前年比?なんじゃそりゃ?明日さえもわからないのに
何の意味があるってんだ。)
世界はテロで、なんだか狂ってるし
日本もなんだか、どっちつかずでへらへらしてるし
地球も異常気象で怒り狂ってるし
人も、なんだか狂ってるようにみえる。
今じゃ、狂ってない人が狂ってる人に
「お前は狂ってる」と言われる時代だ。
どうすりゃいいんだ?いったいこれは。
こんなに文明は進んだはずなのに、
一方では、死にたくないのに死んでゆく人たちがいる。
一方では、死にたくて死にきれなくて、そして死んでゆく人がいる。
確かに時代は、体は楽にしてくれたけど
心はいつも置き去りで、ようやく人々は
目を向け始めたけど、もともとが形のないものに過ぎず
それを数値化できない限り、心は結局、ないに過ぎない。
哀しいね・・・そういうのって。
なんだかこんなこと、書いてて虚しくなってしまった。
何日も風呂にも入ってないような出来の悪い作家のように
書いたものをしわくちゃにまるめて、ぽいっと、捨ててしまいたいのだけど
そんなことも出来やしない。
ただ、保存しますか?「いいえ」 「はい」 のどちらかを選択するだけだ。
いや、私がしたいのは、そんな選択じゃなくて
ただ、子供のようにくしゃくしゃにまるめて、ポイって捨ててみたいだけなんだ。
そんなどこかのひげの生えた紳士みたいなヤツに
「保存しますか?」 なんて無表情で言われたくないんだ。
あぁ、何を言っても、何を書いても
今は虚しくて仕方がない。
これから先、みんなどこへ行くんだろう?
そして、どこへ行かされ・・・
いや、生かされるのだろう・・・。
2005/11/11 1:04:36
2005/11/08(火) かつて憎んだ彼に

「仕事を辞めることにしたよ」
それは突然だった。
言葉を失うとは、こんなことを言うのだろう。
それに答える適当な言葉が何も見つからない。
何か、すごく大切な何かを、私は言いたいのだけど
現実には、ただ黙って、受話器を握り締めるだけしかなかった。
本当はそんな予感がずっとしていた。なんとなくそれはわかるものだ。
だけど、実際に本人の口から聞くと、突然のような気持ちで慌てる。
彼は私の上司だ。
そして、彼と私はこの2年間、ずっと対立し、憎みあうような
そんな最悪な関係だった。私が鬱病になったのも、その彼から生み出された
黒い感情が、その引き金になったのだとさえ思うほどだった。
毎日毎日、私は彼の存在に、憂鬱と不安と怒りを抱え
この仕事を続けていた。
あの頃、彼の行動と言葉は、とてもひどいものだった。
当時、初めての食品売り場の仕事に戸惑いながらも
一生懸命努力をしていた私だが、彼は私に何も教えず
尋ねても、いい加減なことしか言わず
そのくせ、「こんな仕事もまだ、終わらないのか!
やる気がないなら辞めてしまえ!」と周りににパートさんがいる中で
平気で私に怒鳴り散らすのだった。
私はプライドも何もかもを、ズダズダにされた。
そんな状況が長いこと続き、私は疲れがピークに達してしまい
「もう、続けられない・・・」と気付けば職場から妻に電話を掛けていた。
「もう、この仕事を辞めたい・・・」
今思えば、なんと情けないことなのだろうか・・・。
唯一の逃げ場は、そのとき私には家族しかなかったのだ。
「うん、いいよ。辞めちゃえ、辞めちゃえ!」
妻はそんなふうに明るく答えてくれた。
妻も以前から私との話の中で、私の仕事を状況を
理解してくれていた。でも、辞めるとなれば現実は私は家族を巻き込んで
不幸せを与えてしまうかもしれない。
妻もその後の見えない先の不安を、当然、大きく抱えてたはずだ。
そんな中でも「辞めちゃえ!」と言ってくれたことに
私は枯れたはずの涙がボロボロとこぼれそうなほど感謝したい気持ちだった。
私は彼に「辞めます」とただ、伝えた。
あなたのせいで、辞めるんです。とは言わなかった。
もう、どんな些細なことも、彼とは関わりたくなかったからだ。
しかし、店長に辞めることを話すと、「あいつのせいか?」と
私のそれを、すぐに見抜いていた。
店長は私との長い話の中で、最後にこう言われた。
「今は辞めるな」
何度も何度もその言葉を言われた。
その言葉に、気付けば私はうつむいて、ただ、泣くばかりだった。
結局、私は仕事を続けることになった。
店長の助けもあり、しばらくは、彼の私に対してのひどい暴言は
少なくなった。
でも、それもやがて終わり、また、以前と変わらぬパワハラが
私に襲い掛かるようになっていた。そんな中、ある日、私は決心をした。
今度こそは、逃げない・・・と。
私は彼に、仕事のことで話していて
そのときまた、いつものように、いい加減で相手にしてくれず
その態度と、今までのことが、私の中の感情が抑えきれなくなり
とうとう私は、彼に怒鳴り散らしたのだった。
そのとき、どんな言葉を言ったのか、今は思い出せない。
とにかく、今まで私がどんな思いでいたかということを
彼に直球で訴えたのだった。
彼はまるでそれに気付いてなかったかのように
驚いた顔をしていた。何か困った表情で、弁解をしていたみたいだが
私の耳にはそれは届かず、私の声の大きさに、周りはとても静寂だった。
ただ、そのことを今でも覚えている。あんなに私が怒ったのは
たぶん、あれが初めてだった。
そして、それがひとつのきっかけになった。
彼が変わり始めたのだ。
それでも、まだ、私達はお互いを無視しているような
感情は消えなかったけど、その罵声は少なくなっていった。
そんな状態が続き、今年の7月になって、
私は不安やイライラが異常なほどとまらなくなり、
心療内科で診察をした結果、”鬱病”と診断されたのだった。
私はあの彼のせいだと思った。
彼に対して私から生まれるあらゆるストレスが
こんな病気にしたのだと思った。少し、また、憎しみが生まれたが
彼のやわらかくなった態度に、心はある程度、認めるようになった。
鬱の薬を飲み続けてゆく中で、私の体調はよくなり、イライラも
不安も、ゆっくりと消えていった。そんな中、彼との関係は
少しづつだが、よくなっていった。
この数ヶ月では、お互いに笑いがこぼれるほどになっていたのだった。
これならもう、大丈夫。うまくやっていけると私は最近思っていたのだった。
「この仕事を辞めるよ。お前には最初に言わなきゃな・・・」
理由は家庭の事情らしい。
私の見えないところで、いろんな悩みを抱えていたんだろう。
やっと、これからと言うときに・・・と私は少し悔やむ思いをした。
あの頃の私は、毎日のように、彼が辞めればどんなにいいかと
いつも、いつも、願っていた。(彼は高齢でもあった)
でも、そのとき、初めて彼の口からその言葉を聞いたとき
私は不思議にも、夕暮れのような寂しさを感じていたのだった。
この頃、私が考えていたのは、私のこの鬱病は、本当に彼のせいだったのだろうか?
ということ。いや、本当は、私がすでに鬱病にあり、その中で、イライラしたり
不安に思ったりしながら仕事をしていて、それが彼の目にはやる気のなさ
に見えたのではないだろうか?ということ。
どちらが正しいかは、私にはわからない。
ただ、なんとなく私はあの頃を詫びたい気持ちになっている。
なんという不思議な気持ち。きっと、言葉にはしないだろうけど、
それでも最後は笑顔で、と思う。
思えば最初は私が「辞める」と言っていたのが
今度は逆に彼が「辞める」と言っている。
私のは単なる逃避のため。彼はちゃんと家族のためなんだ。
そう思うと、私の愚かさがよくわかる。
私にはまだ、わだかまりがあるから直接いえないけど
その言えない言葉はココに書き記しておきます。
この2年間、ありがとうございます。
あなたとは、いろんなことがあって
憎んだり、泣いたり、怒ったりしたけれど
あなたのおかげで私は少し、
ようやく大人になれたような気がします。
お元気で。
あなたの大切なものを
いつまでも大切に・・・。
2005/11/08 11:48:13
2005/11/05(土) 勝者だけが生き残ったような世界

気付けば日記から、少し離れていた。
心はたくさんのこと、伝えたいのに
伝えれば伝えるだけ、虚しいような気持ちが
私から離れなくなるようで・・・難しいね。人生は。
今日、数名の人たちの異動の発表があった。
(50才を過ぎたか、またはそれに近いような人ばかり。)
どれもそれは、言葉に出来ないほどひどいもので
異動といえば、聞こえはいいが、裏を返せば
「これでも辞めないの?君達は?」みたいな言葉を
タバコでもポイと捨てるみたいに
いい加減で見下すような感じで。
これが現実なのかと思うと
ふと、人生が虚しくなった。
こうして、こんなふうにして、いつか私も
いつしかきっと、同じように
同じ仕打ちを受けるんだろうな。
そう思うと、なんだか少し、生きてる意味が薄くなるような・・・
そんな気がして。
やれやれ。ちゃんと鬱の薬を飲んだのにな。
たまに効き目がないらしい。
「勝者だけが生き残ったような世界」
私には難しいな・・・
こんな世界は。
2005/11/06 1:24:11
2005/10/31(月) 人として。

思いがけず、鬱の薬が切れてしまった。
本当は私が通っている心療内科へ行かなきゃならないのだけど
ここ数日、忙しすぎてなかなか行けなかった。
次の休みは、まだ、ずっと先だ。
まぁ、調子もいいことだし、少しくらい間が空いても仕方ないか、
と思っていたら、いきなり体調が悪くなってきた。
不安が押し寄せてくる。頭がぼーっとして熱っぽい。
仕事をしていても、やたらとイライラしてしまい
制御不能になってしまいそう。
本当は、そんな急に悪化するはずはないとわかっていても
たぶん、知らずに心の中では「薬を飲んでいない」という不安が
形になって現れたのだろう。
”どうしよう・・・また、あんな気持ちになったら”と
この自分を恐れている。
なんて弱い心なのかと思う。
だから、こんな病気になったのか・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日、たまたまあるテレビ番組を見た。
それはドキュメンタリーものだった。
よく、たとえば「脱サラして、はじめてのラーメン屋経営」と
いったものがあるように、それも同じような類だった。
それはきまって流れはどれも似たようなもので
最初は苦労して、そして厳しい現実に涙して
上司や師匠みたいな人から、「もう、辞めてしまえ!」
みたいな罵声や言葉をカメラの前で(わかっていながら)怒鳴っている。
そして、それでも頑張って、なんとか成功してゆくみたいな・・・。
つまりは、お涙頂戴的なもの。
私はいつも、そんな番組を見て思う。
「なんだ、それ?」・・・と。
つまり、私はあきれてしまっている。そんな作り物みたいなものに。
確かに中には、そのまま現実を映した感動的なものもあるのかもしれない。
でも、まるでパワハラを肯定しているかのようなそんな番組に
私はとても不快感を抱く。
確かに現実は、厳しいものだけど、そんなものが
日常的に、しかも、たまたまカメラが回っているそのときに
起きているとは思えない。
もし、そうだとしたら、異常事態だ。
アメリカの巨大ハリケーンみたいに、もう名前を付けたいほどだ。
(たとえば、キャサリーンとか、そんな具合か)
冗談を言っても仕方がない。
ただ、それがもしも行き過ぎた演出や
テレビ的な許容範囲の作り物だとしても
私はやはり、不快感を抱く。いや、もはや怒りを感じる。
人の人生は、私の、いや、私達のこの人生は
そうやって人に押さえつけられて、生きてゆくものなのか?
もっと、自由であっていいはずだ。
もっとお互いがやさしくあっていいはずだ。
そんな中での時としての厳しさも、愛情が感じられれば
それは本当のやさしさと、私は思う。
ただ、怒りを他人にぶつけているその行為は
まるで思いもしなかった事故みたいなものだ。
その事故で最悪な場合、自殺という形で死んでゆく人達もいる。
・・・なんだ、それ?と私はまた思う。
私はその人のために、他人のために、仕事のために
少なくとも生きていはいない。
そんなものを、私達に見せて、何を想えというのだろうか?
(テレビなのだから、見たくなければチャンネルを変えればいいのかもしれない。
でも、もはや、そんなレベルの問題ではない。)
私は私を生きている。
それを忘れたくないのだ。
忘れさせて欲しくはないのだ。
誰でも、誰にでも。
私達のまわりには、あまりにも出来すぎた作り物で
あふれているような気がする。
たった、十数秒で流れるCMのような、
何時も笑顔があふれているような、そんな白けた虚しさで。
人として、私は想う。
この競争世界の中で、
勝者だけが生き残ったような世界で
私達はどんなやさしさを、
それでも残してゆけるのだろうかと・・・。
2005/11/01 0:54:18
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